2014年9月24日(水)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所所長・教授)
増田雅之(防衛研究所地域研究部主任研究官)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOは9月27日から3日間の予定で、東京で「第10回 東京-北京フォーラム」を開催し、日本と中国の間で本気の議論を行うことになっています、その中には安全保障の対話もあり、中国側は人民解放軍の関係者を含む8人の方が参加して、日本側の有識者と対話をします。私たちは、去年北京で行われた「第9回 東京-北京フォーラム」で、日本と中国の民間レベルで「不戦の誓い」を合意しました。これをどのように具体化していくのか、ということが私たちに今回問われています。そこで、今日は、今、日本と中国の間にはどのような安全保障上の課題があるのか。そして、私たちが考える不戦の誓いというものを具体化するために、どのような知恵が問われているのか。そういったことについて議論をしていきたいと思います。
それでは、ゲストの紹介です。宮本アジア研究所代表で、中国大使も務められた宮本雄二さん。続いて、京都産業大学世界問題研究所所長の東郷和彦さん。最後に、防衛研究所地域研究部主任研究官の増田雅之さんです。
さて、日本が尖閣諸島の国有化を行ってから2年が経ちました。その間、私たちは世論調査を実施してきましたが、その結果を見るとやはり両国で国民感情が悪化したし、非常に緊迫した安全保障上の環境も出来あがりました。世界はこうした状況をどう解決するのか、固唾を呑んで見守っている状況が続いています。尖閣諸島を含めた日本と中国の軍事・安全保障の環境というのはどのような状況なのでしょうか。
増大を続ける中国の軍事力
増田:2点指摘したいと思います。1つは、中国の軍事力の近代化が、急速に進んでいるということです。これは必ずしも尖閣問題をきっかけとして進んでいるわけではなく、長い蓄積の下で表に出てきたものですが、海軍力について言えば、2007年から2008年くらいにかけて、遠方の海域での作戦行動を可能とする艦艇が急速に増えた。さらに空域においても、2005年くらいから、中国が国産と称しているJ-10など第4世代戦闘機の数が一気に積み上がり、ジェーン年鑑によれば680機くらいを保有している。これは日本の保有数をはるかに上回っています。このように軍事力が近代化し、しかも、より遠くで戦える作戦能力を持った軍事力が増大を続けている、という大きなトレンドがあります。
2つ目は、尖閣や南シナ海も含めて、中国が言うところの係争にある地域・海域への対応においても中国の能力向上が著しいという点です。中国が「紛争」を自国に有利な局面に導いていくのか、という点について、中国は軍事力を見せるとともに、法執行機関、すなわち日本でいう海上保安庁の警備活動というものを重視している。中国は尖閣周辺で海上法執行機関のプレゼンスを示しながら、日本にプレッシャーを2年間にわたってかけてきたわけですが、1,000トン級の警備艇の数を見てみれば、現状の日本と中国の数はどちらも50数隻です。しかし、中国は5か年計画でこれをさらに積み上げていく方針です。さらに、乗組員の養成もやっていますから、今後数年間で数の論理では一気に日中が逆転します。もちろん、実際にそのパワーを行使するかどうかというのは、中国の党主導部の政治的な判断によるので、何とも言えませんが、数や能力を見てみれば積み上がっているというのが現状です。
工藤:尖閣周辺の情勢について、防衛省の関係者に話を聞くと、中国も侵犯という点では非常に慎重になっていて、ちょっと入ったらすぐに戻っていき、回数も減ってきている。一方で、空域での動きは気になるということでしたが、実際はどうなのでしょうか。現場レベルの自制によって何とか緊張が出ないようにしている状況なのでしょうか。
増田:現場レベルで何が起こっているのか、正直わかりません。ただ、空域の話がありましたが、先程申し上げた通り、第4世代の戦闘機が一気に増え、パイロットも養成している。さらに中国が東シナ海に「防空識別区」を設定しました。これらを実行に移すというプロセスの中で、一気に自国に有利な態勢をつくろうとしているわけですから、自制というよりもこれから緊張が高まっていく可能性があります。中国機に対する自衛隊のスクランブルの数も昨年度はかなり増えていますから、表面上、海上では落ち着いているように見えるかも知れませんが、空を含めて立体的に考えると、危険性は残っているし、むしろ今後緊張が高まる傾向もあると思っています。
習近平体制の安全保障方針に対して、日本はどう向かい合うべきか
工藤:軍事力が増大しているということですが、習近平体制はこの安全保障についてどのように考えていて、日本に対してどのように向かっていこうとしているのでしょうか。
宮本:中国の軍事力は法執行機関も含めてこれからも確実に増え続け、軍事力が増大すれば、彼らの作戦も変わってきます。つまり、当然外に出てくるわけです。日本列島は北海道から沖縄まで、中国が外に出るのを防ぐような形で連なっていますが、そこに中国がどんどん進出し、中国の船もどんどん増えてきます。すなわち、客観的趨勢としては、増大する中国軍と日本は直接対峙しなければならなくなるわけです。その中で、日本と中国の関係をどうするのかという大きな視点が必要だと思います。
それから、習近平体制の考え方についていえば、彼らを動機付け、背中を押している一番の理由は、「中国の夢」という言葉で代表される中華民族の復興なのです。彼らは日清戦争が端緒だといいますが、それ以降100数十年の屈辱の中国の歴史を乗り越えて、もう一度自分たちの名誉を回復したいというわけです。そのためには「強い中国」になる必要がある。その「強い中国」をつくるためには経済力が必要で、経済力がつけばつくほど中国軍は大きくなってきている、という状況です。そうした「外に出ていこう、拡大していこう」というのは、習近平さんだけではなく、これまでの共産党政権の基本的な考え方でした。それを実現できる経済的な力がついたので、実際に我々のところにひたひたと押し寄せてきている、という状況ではないでしょうか。
工藤:「外に出ていく」ということの目的、理念は何ですか。
宮本:中国自身も混乱していて、統一見解はないのだと思います。ある人は「アメリカと張り合うのだ」と言えば、ある人は「いや、とてもではないけれどアメリカと張り合うような力はないよ」と言う。「それでは、軍事力を強くすることによって、私たちはどのような世界や秩序をつくろうとしているのか」ということについて、彼らは今まさに模索中だと思います。
東郷:中国の出方が、日本に対する直接的な脅威になってしまっている。これは戦後、まったく初めての事態だと思います。戦後、日本にとっての脅威として、まずソ連がありましたが、ソ連は米ソ対立の中で日本を見ていた。それから北朝鮮の脅威が出てきた。しかし、北朝鮮の脅威というのは、日本に対してだけ向いているというわけではない。ところが中国は、尖閣周辺の領海に毎週入ってくるわけです。日本がこういう形で直接の脅威を受けたのは戦後初めてです。日本の防衛において、中国をどう扱うか、という点に関しては、抑止の力をもっと強めなくてはいけないと思います。もう1つ、外交については、対話が重要です。この抑止と対話に全力を注いだ上で、中国をどうするかを考えて、それ以外の周りの国とは仲良くする。これが今の日本にとって大事なことだと思います。しかし、現状、抑止はあっても対話がないことが問題です。本当に対話をやってもらわなければなりませんから、安倍政権には是非とも対話を再開してほしいと思います。
工藤:習近平さんは、周辺外交に関して、経済的な共通利益を拡大するためには、近隣国との良い関係をつくらないといけない、と非常に良いメッセージを出していました。ただ、その後防空識別圏が設定したり、軍事的な問題が出てくると、中国内でどのような体制で意思決定が行われているのか分からないわけです。安全保障上の考え方を習近平さんが全部決めているのか、そうではないのか、これはどう見ればいいのでしょうか。
増田:中国は共産党による指導下にある国家ですから、現状7人の党政治局常務委員の合議による意思決定によって政治がなされているということです。ただし、習近平政権になって大きく変わっているように感じるのは、緊急事態も含めて迅速な意思決定をどのように可能にするのかということを、かなり意識している。例えば、安全保障においては、中央国家安全委員会というものをつくり、主席に習近平さんが就いています。この新しい制度を通じて習近平さんは、7人のうちの1人ではあるものの、意思決定における決定的な重要性を持つようになったということです。したがって、習近平さんなり党指導部が何を重要と思って優先順位を付しているのか、安全保障政策もそれによるのだろうと思います。
周辺外交方針については、日本側でやや期待しすぎたという感がないわけでもない。習近平さんの講話を読むと、ほぼ経済中心であり、さらに日本が含まれるのか、なかなか読み取れなかった。むしろASEAN諸国を意識しており、東シナ海と南シナ海の二正面での対立を避けるために、経済という論点を強調しながらASEANをどう抱き込むか、というところが中心だったと思います。習近平さんの意思が反映されていないというわけではなく、我々が受け取ったメッセージと彼らが発したメッセージが違う、ということだろうと思います。
なぜ「中国の夢」が打ち出されたのか
工藤:中国の理念的な展開が分かりにくい。中国にとっては経済的な利益は非常に大事で、経済改革をしないと次につながらない。そう考えると、中国にとっては、対立を拡大するよりは、ある程度共通利益の拡大を追求していくようなやり方の方が、本当は理にかなっているように思いますが、ご指摘の通り、実際は軍事面でかなり拡大している。中国は何を目指しているのでしょうか。
宮本:ここでも彼らは混乱しているのだと思います。政治の世界では常にそうですが、同時に追求しなければいけない目的というのが出てくる。しかし、これらは論理的整合性を持たないのです。中国は、自分がなぜ世界にとって驚異の源だと思われるか分からないでいる。なぜならば、中国は世界の平和と発展のために積極的に貢献するつもりだからです。悪いのは、中国の領土や主権というものを侵犯する連中なのだ、我々は一生懸命に世界の平和のためにやろうとしているけれど、この連中は理不尽にもそういうことをやってくる、という発想です。相手も自分と同じ理屈を持っていて、どちらが正しいかは自分では決められないのだというところを分かっていない。それが彼らの論理的な欠点です。だから、先ほどの周辺国外交にしても間違いなく1つの理念としてあるのですが、例えばベトナムとの問題では「全部ベトナムが悪い」ということにしてしまう。いずれにしても、彼ら自身がきちんと頭の中で整理できていないという問題が大きいと思います。
東郷:私は時々、相手の指導者の立場になって物事を考えますが、とりわけ、中国のように、指導者の考えることが全体に大きな影響を及ぼす国においては、指導者の置かれる立場から判断していくのは大事だと思います。
そうすると、一番大事なのは国家運営です。中国はもう嫌になるくらいの問題を抱えていて、その中で国家を安定して運営管理していかなければいけない。その鍵は経済です。経済がうまくいかなければ、共産党の統治はたちどころに崩壊します。そうだとすると、理性的、協調的な国際関係をつくっていかない限り、経済の発展はできないわけです。
しかし同時に、国内の民族主義を強め、場合によっては煽り、その結果、対外強硬姿勢というものをもう1つの柱にしなければ、中国国内の安定が維持できないという状況にあるのです。先ほど宮本さんが言われた「中国の夢」ですが、それは必ずしも合理的な判断だけでは実現できないものです。
宮本:中国の社会全体で価値観が漂っていて、社会が分散傾向にある。何かの1つの方向にまとめて持っていきたいという気持ちが、間違いなく習近平さんにあるのです。それで「中国の夢」を打ち出してきているのではないでしょうか。なぜ、それが中国人に対してアピールする力があるのか。それは、民族のこれまでの色々な苦難から来た国民感情に合致するところがあるからだと思います。
「対話」によって拡大傾向を「抑止」していく
工藤:「中国は経済的な利益が非常に重要で、経済改革を進めないと統治がもたない。一方で、中国は何百機も飛行機をつくって、外に向かって広がっていく」という、非常に矛盾しているような動きが同時に動いてしまっています。この底流にある理念的な大きな展開が非常に見えにくい状況です。ひょっとしたら、拡大することそのものが目的になってしまっているのではないかという気もします。
増田:特に軍事面でいうと、冒頭で申し上げた通り、今まで投資していたものは後から出てくるわけです。中国が公表する国防費は日本の防衛関係費の3倍近くあると思うのですが、その規模だけ考えても大きいわけです。その大規模な国防費を一気に小さくすることがそもそも不可能だと考えれば、拡大自体が自己目的化してしまっている、と言えると思います。特に軍事に関しては背景に軍事産業などの存在がありますから、一度踏んだアクセルはなかなか止めることはできないと思います。
工藤:東郷さんは先ほど「抑止」とおっしゃっていましたが、拡大することが自己目的化しているような動きを、「抑止」の概念だけで抑え込むことはできるのでしょうか。
東郷:だから「抑止」と「対話」が必要なのです。この両方のどちらが欠けてもいけないのです。しかし、「抑止」というのは声を大にして世界に宣伝する必要はないわけで、日本としては腹を固めて、粛々と日本の防衛力、すなわち「抑止」を高めていき、その上で、中国に対して「対話」を働きかけることが必要です。
まず首脳レベルの対話、それから首脳のエンドースメント(裏付け)を受けた事務レベルの対話、国民・民間レベルでの対話、大ざっぱに言ってこの3つが必要なのではないでしょうか。
1つ非常に興味深いのは、非公式に一人ひとりの中国人と話をしていると、実に色々なことを発言して、みんな意見が違う。政府批判も驚くほど率直にする。ところが、公の席に出ると、本当に一枚岩になる。これはやはり、みんな中国共産党の支配下にいるので、絶対に政府と違ったことを言えないわけです。ところが、一人ひとりの人間の考えていることは、けっこう立派ですし、発想も開かれている。このギャップを何とか埋めることができるようになったらとても良いと思うのですが、これはなかなか大変ですね。
宮本:東郷さんもよくご存じのように、それは共産党のルールなのですね。党で決まった重要国策については、党員はそれと違うことを言ってはいけないという明確な党規約がある。
東郷:ただ、私は外務省にいた頃、ソ連とも交渉したことがありますが、彼らは本当に一人ひとりの人間が外部と話をしませんでした。しかし、今の中国はまったく違います。だから、その辺に今後に向かっての希望はあるかなと思わないでもない。
増田:希望はあると思います。というのも、特に安全保障の分野では、別に「中国だから」「日本だから」ということがありません。例えば、日本政府が「シーマンシップ(船員としての職業倫理)」という言葉を使っているように、海軍であれば、海でどのような行動をとるべきか、という国際的な規範やルールというものはあります。ただ、それを日中で話し合うと、宮本さんがおっしゃるように共産党の統一見解のようなもので覆われてしまう。ですから、多国間とか専門家の枠組みの中で議論しながら「これが国際常識なのだ」と決めていくことが、特に安全保障の分野では大事です。中国も、ハワイ沖で実施されたリムパック(環太平洋合同演習)に参加しましたし、あるいは4月に青島で西太平洋海軍シンポジウムを主催しました。色々な問題はありながらもそういう国際舞台やそこでつくられたルールに歩み寄ろうという意思はある。ですから、そういった多国間の場をどう使うか、ということも対話における大事なポイントになると思います。
工藤:今年の第10回日中共同世論調査中では、中国人から見た「軍事的な脅威の国」という設問で、「日本」との回答比率が高まりました。今までは米国が圧倒的で、日本がその後ろにあるような感じだったのですが、だんだん接近してきている。日本人も同じように中国の比率が高まってきて北朝鮮に並びかけている。お互いに相手を非常に気にしている状況の中で、まったくコミュニケーションができていないわけです。この状況についてはいかがですか。
東郷:中国が大きくなってきて、さらに尖閣問題が出てくると、日本の国民感情としては「中国はけしからん」と思うわけです。しかも、この20年の日本の漂流の中での自信喪失によって倍加されるわけです。しかし、これは非常に良くない。相手が本当に危険なときこそ、やはり今の「抑止」と「対話」のバランスを取って冷静にならなくてはならないが、国民感情が爆発している。そこで、「東京-北京フォーラム」のような対話の舞台で「冷静に中国と話し合いをする」ということについての国民的な訓練をしながら、そういう雰囲気を高めていくことが、本当に必要だと思います。
工藤:今の「対話」という問題にも連動する話ですが、現在、日中間にはホットラインがないなど軍事的な危機管理メカニズムがありません。この点について、世界が非常に気にしていることなのですが、この状況はどうしたら改善できるのでしょうか。
増田:中国の軍事力が大きくなっていますが、これはすべて日本に対する脅威として機能するわけではありません。何のために対話をするかというと、もちろん相互理解ということもありますが、拡大する中国の軍事力をどう方向付けするのかということも対話の1つの目的になるし、危機管理というのはその延長にあるのだと思います。「危機管理メカニズムがない」というお話がありましたが、もう既に海上連絡メカニズムの中身については基本的な合意は成立している。それをどう運用開始に持っていくのか、というのが今の課題です。
相手を信頼するためにも自らの自信を取り戻す必要がある
工藤:日中共同世論調査でも、両国の政府間関係に対する認識は悪いのですね。そこで日中関係の発展を閉ざしていくような障害とは何なのだろうかというと、やはり「領土問題」と「歴史認識」という問題が出てくるのですが、ただ、それは減ってきているわけです。代わりに出てきているものが「政府レベルでの信頼がないこと」それから「国民レベルでの信頼がないこと」というものです。中国世論では、その2つを合わせると半数を超えています。そういう結果が出ているのですが、この状況はどのように見ればいいのでしょうか。
宮本:日本はずっとアジアでナンバーワンを張ってきたつもりでいましたが、中国は日本にナンバーワンに張らせるつもりはなくて、大昔から自分がずっとナンバーワンだと思ってきている。ですから、日本と中国の関係はものすごく微妙なのです。この2つの大きな民族の間に、そこの整理がついていないというのが、お互いの関係を非常に曖昧にしているのです。
それでは、どのようにしたら相手を冷静に見られるようになるのかというと、自分自身に自信を取り戻すしかない。自信を取り戻せば、意外と相手が冷静に見えるものなのです。それができないと、色々なことを想像してしまい、相手が信頼できなくなる。そして、相手のマイナスイメージに飛びついてしまう国民心理が働くのかな、という感じがします。日本も自信を失っていますが、中国自身も、決して今、自分の社会・国家の将来についてそんなに自信満々というわけではないのです。
まずは政府間での対話を行い、その次に政治指導者の決断が必要
工藤:政府間外交は、「条件が整わなければ会談できない」などというところで止まってしまっている感じがあります。リアルな世界では現実的な脅威が生じているわけですから、それに対して政府間外交によって課題解決に乗り出していかないといけないと思うのですが、なかなか進展しない。これはどのように考えていけばよろしいのでしょうか。
宮本:うがった見方をすれば、中国はかつての朝貢外交の発想をまだ引きずっているのではないかと思います。要するに、「会わないで困るのは日本側だけだ」、「関係を断ち切ったら困っただろう。だから、態度を変えろ」という発想なのではないか、という気がします。しかし、もはやそんな時代ではありません。外交にしろ危機管理の部門にしろ、危険な状況になればなるほど話し合わないといけない。それにもかかわらずそういうレベルの対話まで切ってしまうというのは、私は国際的なスタンダードに合わないのではないかと思います。今後、中国が発展・成長していく中で、そういう姿勢は是非改めて欲しいし、中国が本当にアジアや世界の指導者になるためにも必要なことだと思います。現状はそういうコミュニケーションが不足し、相手に対する理解を持たないまま政策が打ち出されているわけです。
それから、冒頭で工藤さんが、尖閣諸島の「国有化」とおっしゃいましたが、正確には「日本の国内法に基づく所有権の移転」です。日本の法律では、外国政府も所有権を持てるのです。したがって、ある特定の国が全てを持つ、という意味での国有化とは本質的に違う。例えば、尖閣がフィジー国政府の所有になっても、日本の法律上問題ないわけです。それは、国際法上の一国の主権などとはまったく違う問題です。こういう認識のギャップが生じてしまうのは、もちろん、中国人は「法治」とか「法の支配」というものに慣れ親しんでいないから、日本側が説明しても理解できないという面もあるでしょうが、そもそも両国が意思疎通できていないことが大きな要因なのです。対話をしてそういうギャップをどんどん減らしていかないと、間違った認識に基づく判断で間違った政策をお互いに出し合っていくと、不必要な打撃をお互いの外交に与え続けていくことになってしまいます。
工藤:世論調査結果を見ると、やはり中国世論の中では依然として、尖閣問題の存在が大きい。ですから、この問題をどのように解決していくのか、その道筋をある程度描くことが必要だと思っているのですが、今はどのように進めていけばいいかまったく見えてこない。世論の状況も厳しいことから、結局、昔のようにいわゆる「棚上げ」のようなかたちの展開しかないのでしょうか。
宮本:いずれにしても、両国の関係を緊張させたり混乱させたりするような問題については、やはり政府間で話し合うべきであり、それが一番大事なことです。
その次に必要なのは、政治指導者の決断です。私はミャンマーの大使を務めましたが、ミャンマーの北の方の雲南省との境に、漢民族が住んでいる地域がありました。この地域はもともと清朝がイギリスに割譲したのですが、新中国ができてから、毛沢東さんは当時のビルマに「そのままでいいですよ」と言って、漢民族が住んでいるのに、そこをビルマ領にしました。中ロの国境問題も、基本的には50:50のルールで解決しました。このように、やはり指導者がある段階で決断をする必要があります。
それから、私は常々「冷蔵庫の中にもう一回放り戻せ」と言っています。その時々の政治状況で色々な選択肢があっても構わないのですが、全部正面から解決するのは政治的な決断がない限りできないわけですから、とりあえず次の段階まで待つ。尖閣問題も相当長期間、両国の正面からの問題とすることを避けて対応するしかないのではないかと思います。
工藤:政治の決断は重要なのですが、国民に説明しながらやるということがなかなか難しい局面ですよね。こっそりやらないといけないわけでしょう。
すると、新しい現代型の外交交渉というのはどのようにやっていくのでしょうか。今の民主主義社会、つまりオープンな社会では、国民に説明しないといけないわけですよね。
宮本:私はよく「物語」という言葉を使うのですが、それぞれの国が自分たちの物語をつくり上げてしまっている。それは、お互いからすると全然違う物語なのです。一方の国の人はその物語を信じ、他方の国の人は別の物語を信じているのです。そうすると、国民世論に対して、「その物語自体が正確ではありませんよ」という点から説き起こしていかないといけなくなるわけです。本当に気が遠くなるような作業です。
工藤:昔は、お互いの国民がお互いの物語を持っていてもよかったわけですか。
宮本:例えば、中ロの国境問題が解決したと言いましたが、これは今でも詳細が公開されていません。あの中国でさえもまだ公開を憚っているという問題なのです。
「不戦の誓い」を具体化していくために
工藤:私たちは、今回の「東京-北京フォーラム」で昨年合意した「不戦の誓い」をもう少し具体化することを考えています。簡単に、昨年日中間で合意した「不戦の誓い」について改めて説明します。昨年の世論調査で、中国人の半分以上が日本を「覇権主義」だと判断していたのですが、我々は、これを非常に深刻だと感じたわけです。日本による尖閣国有化を「力によって現状を変えた」という論理で中国人が理解しているとすれば、それは間違いです。ただ、そういう認識が出てきている背景には、今までの戦後の国交正常化をめぐる中で、中国国内のストーリーが、ひょっとしたら日本とは違うかたちで展開していた可能性があるわけです。そうであれば、パンドラの箱が開いてしまった現状では、新しい、誰もが納得できて、課題解決にとって非常に究極の核心的なメッセージを出す必要があるのではないか。そこで、私たちは民間レベルで「戦争をしない」というコンセンサスを合意できないか、中国側と協議を行いました。色々と大変でしたが、最終的には「戦争に道を開くどんな行動もしない」という合意を、中国との間でつくりました。民間レベルといっても、中国の社会ではかなり政府レベルにも影響していったと思います。
ただ、そのときに、色々な理念的なことだけでなく、危機管理メカニズムの構築など具体的な課題にも取り組むことも唱えたのですが、実際問題今はまだできていません。色々な人たちと話していると「『不戦の誓い』の合意を実現するためのもっと理念的な合意なりコンセンサスを議論した方がいいのではないか」という声が寄せられるのですが、合意作成に関わっていただいた宮本さんは、どのように発展させればいいと思われますか。
宮本:外交というものがますます国民世論の影響を受けるようになり、「国民世論がしっかりしないと、しっかりした外交もできなくなりつつある」という状況が出てきています。この状況の中で、「輿論」、すなわち物事を比較的よく知っていて冷静に考えられる人たちの意見が、世論に影響を及ぼしていくことで、事態を少しでも良い方向に持っていく。こういう展開がまず必要です。そうなっていくと、まさにこの「不戦の誓い」を具体的な形にできると思います。ですから、我々がやっていくべきことは、そういった輿論の形成をしている人たちの議論をより多くの人たちに知っていただくことです。それは例えば、「東京-北京フォーラム」であったり、言論NPOの活動だったりするのだと思います。
それから、有識者同士の間でも認識を深めていくことも必要で、そのための議論が、まさにこの「東京-北京フォーラム」の安全保障分科会ではないだろうかと思います。
「東京-北京フォーラム」に期待することは何か
工藤:今回の「東京-北京フォーラム」に対してどのようなことを期待されていますか。
増田:将来に向けて、どう望ましい将来をつくるかという議論も必要ですが、同時に、今、日中両国が置かれている現状をもう少し知る必要があると思います。また、安全保障という点でいえば、大規模な軍事的衝突とまではいかなくても、「何かが起こる可能性がある」という危機感の共有が本当になされているのか、という懸念は正直あります。
ですから、将来に向けての話の前に、現状認識が一致しているのかという確認と、危機感も含めた認識の一致ができればよいと思います。中国側には、その時々の報道に応じた危機感の高まりというのは見られますが、一貫した危機感をどこまで彼らが持っているのかと考えると、私はあまり持っていないのではないか、という気がしています。「日本としてどういう危機感を持っているのか」、「中国としてどう思っているのか」、「両者が共有できる、共有すべき危機感はどこか」ということを対話によって掘り下げていただきたいですね。
東郷:このような対話を通じて「相手が何を考えているのか」ということが、お互いにより分かるような情報伝達がもう少しできるといいと思います。例えば、安倍政権が掲げる積極的平和主義、それから、集団的自衛権をめぐる憲法の解釈変更の持っている意義について「これは必ずしも覇権主義的な動きではない」というようなことを、日本側はフォーラムの中で説得力をもって説明する。そして、それを中国側は中国国内に伝える、というような流れです。
それから今、靖国神社への参拝が日中間で問題になっていますが、その原点は、1972年の日中国交正常化のやり方にあったと私は思います。周恩来は「日本の軍国主義は日中人民共通の敵」と言いましたが、日本人は、自身の責任について今まで誰も中国人に対してはっきりものを言っていない。少なくとも中国との関係では、こういうところに靖国問題の原点がある。こういった話をフォーラムの議論を通じて、日本国民ももう少し理解するなど、相互理解を両国民が深めていく。そういった触媒にこのフォーラムがなればいいなと思います。
宮本:日本は日本で「こういう世界が実現できればいい」と考えている。中国は、先ほど言いましたように模索中ですが、時々ポツポツと「こういう世界」の片鱗が現れてきています。いずれ民間レベルで本格的にやらなければならないのは、日中の有識者が政府よりも先に「我々はどういう東アジアをつくろうとしているのか」、「我々の目指すべき理想は何なのか」ということを語り合うことです。そして、ある意味での共通の土俵が出来上がれば、今度はそこから今を眺めてみる。「今からあそこにどのように導いていったらいいか」ということを考える一群の人たちがいないと、「現状にどう対応していくか」だけを考えていたのでは、我々は方向性を見失ってしまうと思います。それは、民間のこういう対話の場にとって非常に重要な役割ではないかと私は思います。
東郷:大賛成です。ただ、そういうレベルの話をするのであれば、「日本はこういうふうにしたいのだ。そのためには今の政府の方針は間違っている」というように政府に対する批判もきちんと言いながらビジョンをつくっていくような議論をしないと、非常に上滑りになってしまうと思います。そういう本当の対話ができるかというと、日本でも大変だけれど、ましてや中国ではさらに大変だと思います。しかし、それでもやることには大賛成です。
宮本:中国も、まだ決まっていないこと関しては自由に発言していいのです。逆に、一度決まるできなくなる。ですから、クローズドなセッションでもいいし、双方が合意した成果だけを出すということでも構わないと思います。
私は、民間の大きな役割の1つは、政府が正式に始める前に、一歩あるいは半歩でも先んじて色々な問題を議論し合ってみることだと思います。事前に民間が荒ごなしをしてあげて、その上で政府がやるともっと進みやすくなるでしょう。それは政府が考えることのきっかけにもなると思います。ですから、ビジョンや理念についても政府に半歩先んじて、民間レベルで取り上げて、議論していくことは大事だと思います。
工藤:増田さん、先ほど海上連絡メカニズムについて、中身については合意しているとのお話がありましたが、内容としては、本当にもう答えを出しているのでしょうか。まだ詰めなければならないことがあるのであれば、今回の対話でそういうことも深めることができるかなと思っていますが、いかがでしょうか。
増田:内容としてはそんなに難しい話ではなく、防衛白書にも若干の記述はありますが、例えば、現場レベルでどういう周波数を使って、どういうコンタクトを取り合うのかということなどです。ただ、問題となるのは、その合意が最終的にオペレーションとして中国側に反映されるまでに時間がかかるだろうということです。「合意した、運用開始になりました」、「では、反映してうまくいきますか」というと、たぶんそうはならない。そのタイムラグを我々はどう乗り切っていくのか。彼らが学習して、それを運用上正しいものとして実行に移すまでの間どうしていくのか、という点ではまだまだ議論が必要でしょう。
また、これは必ずしも軍だけの話ではなく、民間の船も、安全な距離や安全な運航の仕方という課題があるという点では、軍とはそれほど大きな違いはないわけです。ですから、「民間はどうするのか」と議論も成り立つと思います。やはり、軍は国やナショナリズムを背負いますから、そういう中ではなかなか日本に対して言うべきことも言えない。しかし、民間には色々な舞台があるわけですから、まずは既に実行しているもの、あるいは既に合意しているものも含めて確認し合う。あるいは、合意はないけれど何も起こっていないところでは、なぜうまくいっているのか、ということを議論する。このフォーラムでそういうところを深めていくのは良いと思います。
再び「戦略的互恵関係」を進めるために
工藤:宮本さん、以前「戦略的互恵関係」が打ち出されましたが、その戦略の具体化というものがなかなか見えない状況の中で、非常に日中関係が悪化しました。今後、日中両国の政府レベルのコミュニケーションが再開されたとしても、具体的な戦略的な関係になり得るのでしょうか。世論調査結果を見ると、「日中関係は重要だ」と言っている人に「なぜ重要ですか」と聞くと、日本側は、例えば「アジアの平和的な環境づくりに協力できる」など、理念的なことを答える国民が多くいました。一方、中国側は「隣国だから」や「大国だから」など一般的な認識にとどまっている。つまり、どのような協力関係を持てるかということについて、国民レベルでは一致していないような感じがしています。
宮本:2008年、日中両国政府は戦略的互恵関係の共同声明を出しましたが、これは付属の文書の中に、何十項目にもわたって具体的なプロジェクトが書き込まれていました。それが実現できないまま、現在まで来ている。したがって、おそらく両国国民も、戦略的互恵関係が実現したら具体的にどうなるのか見えないまま、ここに来てしまって、尖閣問題が起こってしまった。
一方で、軍事・安全保障の世界では危機が迫ってきていますから、不測の事態が起こらないように、中国が無闇やたらと暴走しないように、日中関係をしっかりとしたものにしていかなければなりません。そのためには、東郷さんも強調しておられるように「対話」をしていく。同時に、経済を中心としたもう1つの世界ではしっかりと互恵の関係を築いていけば、両国民にとっても戦略的互恵関係の具体像が見えやすくなると思います。
工藤:今回の議論を聞いていると、やはり政府も民間もとにかく対話をしなければなりませんね。それからでないと、色々なものが見えなくなってしまうというところがあります。これから11月にAPECがあるなど、日中関係にとっての決定的な局面が来ているような気がしていますが、そこに向けて私たち民間も少しでもお役に立てればと思っているところです。
ということで、9月28日から、私たちは安全保障だけではなく、経済、政治、メディアなど色々な対話をします。皆さんも、これを機会にアジアの平和的な環境づくりや日中関係の問題について、当事者として考えていただけるようになっていければいいなと思っております。今日は皆さん、どうもありがとうございました。