2002年9月13日
於 笹川平和財団会議室
会議出席者(敬称略)
福川伸次(電通顧問)
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)
国分良成(慶應義塾大学教授)
イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
鶴岡公二(政策研究大学院大学教授)
松田学(言論NPO理事)
福川 それでは、始めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
きょうは国分教授、コールさんにお話を伺うことになっておりますが、前回、これからの戦略会議を進めていくうえで議論の軸をどこに置くかについて、皆様からいろいろご意見がございました。まず、それを松田さんからご紹介いただいて、その後、早速両先生にお話を伺いたいと思います。
松田 お手元に「アジア戦略会議メンバーからの回答」というペーパーがございます。まず、当面念頭に置く論点について皆様のご意見がまとめてあります。アジアにおける21世紀の日本の比較優位は何か(成熟した民主主義文化など)、日本はアジアのリーダーになれるか。そのための日本人としての条件、アジアにおける政治的、経済的、歴史的環境はどうか。そして日本としての政策方向はどうか。東アジアにいわゆる地域統合を実現する経済的、政治的、社会的条件はあるか、それを醸成するための方策は何か。東アジア経済圏の形成をめざすべきか。日米中関係の安定的発展を実現する可能性とそのための方策はなにか、といった論点が出されております。あるいは日本の人口問題についても論点が提示されました。
それから、谷口さんからの提案として、日本が持つ2つの戦略的資源(誰もが安心して投資できる自由で公正、かつ豊かな金融市場と、米軍前方展開戦力の基地機能)の活かし方に関する論点が提示されています。
次に、きょうお話しいただくイェスパー・コールさんと国分先生への質問事項として出されたものを載せておりますが、これにつきましては既に講師の方にお知らせしてありますので、それを踏まえてお話をいただけるものと思っております。
福川 それでは早速議論に入らせていただきますが、最初に国分先生、よろしくお願いいたします。
国分 わかりにくい報告にならないようにと思いまして、お話しすることを箇条書きにまとめてまいりました。
第1点目は、中国は政治的に見た場合は国家として1つですが、経済的にはもう1つではないということです。ヨーロッパが統合に向かっているとすれば、中国は地域的な多様性、地域的分散化に向かいつつあり、さまざまな側面から見て1つではなくなってきているということです。いろいろな中国があると言ってもいいでしょう。
中国人みずからが最も誇る時代が17~18世紀の清朝、乾隆帝の時代ですが、満州族であった彼は漢族の文化をとにかく大事にしてくれた。そして、一説には漢族といううわさもあるとか、にわかに信じがたい議論が展開しておりますが、要するに、あの時代の中国に戻りたい。どうしてもその版図を維持したい。そこを前提に物事を考えているものですから、香港を回収し、そして最後に台湾を取り戻すことで中国は完成する。それが中国人の最大の夢なわけです。
しかし、国家の全体的統一性を維持しようとすればするほど、ますます分散化傾向が出てくるのが経済であります。例えば、今世界中から投資が殺到しているのが上海です。しかし、日本企業について見ますと山東省にかなり進出しています。もうすぐ青島に日本人学校をつくるといった話もあります。この山東省は、もともと韓国からの企業がたくさん入っていたのですが、今は日本からたくさん入っています。山東省の人口は9000万人で、日本より少し少ない。そして、ここは農業圏であり、土地も肥沃で、非常に豊かです。面積は日本の半分以下の15.7万平方キロメートルですが、その中に日本より少し少ない程度の人が暮らしている。
ちなみに、朝鮮半島は、韓国が10万平方キロメートル、北朝鮮が12.5万平方キロメートル、合わせて22.5万平方キロメートルの中に南北合わせて約7000万人が暮らしています。
ですから、山東省は韓国と北朝鮮を合わせたよりも大きな人口をもち、ひとつの国とも言えるようなものです。中国には日本26カ国分が存在している。ですから、肥沃な場所、豊かな場所をうまく開拓すれば、それで恐らく何十年はもつことになるわけです。そうした地域が、上海とその近郊の江蘇省にも、今大分広がってきている。
そんなことを考えていくと、例えば四川省が人口9000万弱で、面積は日本よりも30%ぐらい広い50万平方キロメートルぐらいだったと思います。そうすると、四川省だけで、日本がそこにあると言ってもいいくらいです。あるいは新疆ウイグルだけで165万平方キロメートルと、非常に巨大です。
こういう発想をしていくと、中国内では著しい差別化現象が起こっているといえます。沿海を中心にして間違いなく著しい成長が起こっている一方で、全体として見ると、その背後地域が巨大でありますから、国としてはなかなか苦しい状況です。これが第1点目であります。
第2点目は、経済成長と政治が密接な相関関係にあるということです。つまり、中華人民共和国の最大目的は中華人民共和国の維持、すなわち政治権力(中国共産党の権力)の維持であります。その維持という政治的目的を達成するために最も必要なことが何かと言えば、それは豊かな国民生活をつくること、すなわち経済成長なのです。この経済成長がまさに政権の権力基盤であると言ったのはトウ小平(とうしょうへい)です。それが10年前。我々はそれを南巡講話と言っていますが、ここで社会主義市場経済が出てきたわけです。これは基本的に市場経済を目指すということで、IMFや世界銀行が、中国は2000年前後に日本経済を抜くであろうという報告書を出したのも、90年代前半のこの時期です。当時の年間投資額は物すごい額で、契約だけで見てみますと、海外からの直接投資額は現在よりも多かったのです。トウ小平(とうしょうへい)の92年の決断とは、簡単に言えば、ソ連の経験を見て、ソ連のようにならないためにはどうしたらいいかということだったわけです。その前年にソ連が崩壊しましたから、そうならないための経済成長だったということです。
そこで、中国の場合の経済成長とは一体何なのだろうかということです。これを私はいろいろなところで言ってきたのですが、ようやく少しずつ皆さんにわかっていただくようになりました。毛沢東時代の経済成長率は、中国の公式統計では約7%です。この数字が最近中国の公式統計からほとんど消えてしまっています。この数字には水増しなどの加工がなされており、嘘であるといった言い方もされるのですが、私は嘘でもないのではないかと思っています。なぜかというと、基本的には公共事業として、とにかく農業を中心としてそこから収奪する形で富を蓄積し、それを工業化に回すという方式でやってきた。つまり、公共事業の形で、工業社会をつくることの目的のためにすべてを集中してきたわけです。
社会主義とは結局「分配」ですから、毛沢東時代の経済成長7%という数字を正しいと仮定すると、要するに儲かった富を全部貧しいところへ均一に分配したということです。ですから、上海はその時代伸びなかった。上海は昔の豊かさで食っていたということで、とにかく中国で最もおくれた都市上海に対して80年代末に、「上海頑張れキャンペーン」というのがあったのです。私はそのころ上海に住んでいました。このときの市長が江沢民だったのですが、彼は全部中央に貢いだ。それで中央にすべて吸い上げられて上海自身はだめになったわけです。そこで上海をどうにかしろというのがトウ小平(とうしょうへい)の南巡講話です。90年代は江沢民も中央に行き、上海を重視するようになりました。
結局中国が現在どうなっているかというと、豊かになったものが回っていないということです。つまり、豊かになったものを一たん中央が集積し、それを分配すれば平等社会のはずですが、実際はそれほど急激には豊かにならないということです。ただ、昔は公共事業だけでしたが、今は公共事業プラス市場の原理が半分入ってきているということです。市場が中国発展の原動力になってきていることは間違いないですし、中国はそちらの方向に移行していきたいわけです。ですから、同じ経済成長7%でも、毛沢東時代とは意味は少し変わってきています。ただ、ここ2年くらいアメリカでは中国の統計が非常にいい加減だという大論争が起こっており、中国の統計をよく見ていくと、確かに7%がゼロ位なのかなというぐらいに見えますね。そういう感じが感覚的にはしてきます。
国家の一体性を保つという点でいきますと、このようにばらつきが出ているわけですが、ただ今のところは、遅れたところも少しずつですが潤ってはきていて、それで何とかもっているわけです。しかし、西部や内陸部で、そこからさらに落ちこんできている部分も多くなっていることは事実です。そこで、中華人民共和国の一体性という点で考えれば、とにかく内陸部と西部の開発になるわけですね。それをやってもらうのが市場の原理であって、自分ではできないから外資にやってもらいたいという話になるわけです。最終的にはそのことによって、政治的な国家としての一体性も保持したいということになるだろうと思います。
3点目は、そのような経済成長を生み出すのに、国では補填できない、公共事業のための金はないということになると、どういうことになるのかという点です。お手元にグラフと表がありますが、これは私が最近いろいろなところで配っているものです。みずほ総研にお願いしてつくってもらったのですが、その中で見ていただきたいのは、直接投資の固定資産投資に対する割合が、最近減ってきているということです。例えば国家財政収入の中で外資企業からの税収が2000年で17.3%、2001年は多分20%ぐらいになるでしょう。この数字は中国の公式統計からのものです。税金の20%を外国企業からもらっているという国はそうないでしょう。日本はどうでしょうか、おそらく0.ゼロいくつ、といった世界だと思いますが。つまり、どれぐらい外国企業から金を取っているかというより、その金で(国を)動かしているということが重要ですね。
また、中国の工業総生産額の約30%が「その他所有制企業」となっているのは、実はいろいろ引いていくと結局外資系企業だろうと言われています。もっとすごいのが、輸出の50%が外資企業だということです。これは2001年の中国公式統計からとった数字です。つまり、中国の経済成長は基本的に輸出で、その輸出の50%以上が外資系企業だということです。ご存知だと思いますが、日本企業が中国に進出して、日本に輸出してくるというパターンです。
つまり、中国という場所を使ってみんなが頑張っているという、中国が半分ウインブルドン化している部分があるわけです。ならば、中国の選手はまだ出てきていないのかというと、現在中国の選手も出始めているのはいるのですが、本当に基礎的な部分でのみです。「何言っているんですか、ニューヨークのタイムズスクエアを見てください、ロンドンのピカデリー・サーカスでもどこでもいいですよ、見てください。中国系企業の看板が1つでもありますか?」と中国人はよく言いますけれども、「この差は何年ですか」という言い方です。この辺はもう少し綿密に計算をしなくてはいけないし、もちろんキャッチアップされている部分もかなりありますが、まだまだ引き離している部分もあります。
私が申し上げたいことを一言で言えば、中国の経済成長は外資で起こっている、だから、WTOにも入らざるを得なかったということです。「あんな苦しいのにどうしてWTOに入るんだ?」とみんなが言ったわけですが、WTOに加盟する瞬間と西部開発が一緒に出てきましたから、西部開発をとにかく市場原理でやりたいということです。ということで、第3点目は、とにかく中国の経済成長は外資依存型であるということです。
このことから、第4点目として、中国は対外的に協調路線をとらざるを得ないということが挙げられます。政治、経済の論理からいくとそういうことになる。そのときに中国が考える一番手っ取り早い方法はアメリカを押さえればいいということです。アメリカのいわゆる一極支配という言葉がよく出てきますが、特に昨年9月11日以後の中国の外交政策は対米に集中したということです。それまでのブッシュ政権は中国にとって非常にきつかった。アメリカは、北朝鮮やイラクを「ならず者国家」という形でやっていましたが、中国は最終的にアメリカが狙っているのは我が国に間違いないと確信を持っていたわけです。つまり、21世紀のどこかの時点で中国の台頭を阻止したいというのがアメリカの狙いだろうと思っていた。
ということで、9月11日の事件では、ご承知のように、中国は最初にとにかくブッシュ大統領に電話を入れて、それ以後アメリカとの関係修復に全力を尽くしたわけです。できるだけ頭を上げない。これはトウ小平(とうしょうへい)が言った言葉ですが、とにかく弱いうちは頭を上げるな、じっと我慢せよ、そして蓄えよということであります。そして、去年7月には北京オリンピック開催が決まりました。これはブッシュ政権が始まった頃から随分交渉をやっていましたので、無事にとにかくオリンピック通過。その後も上海のAPECに来てもらおうということで大分交渉し、結局来てくれたということです。
皆さん、海南島で軍用機が衝突して中国のパイロットが死んだという事件をもう覚えていらっしゃらないかもしれませんが、そういう物すごい大きなニュースがありました。それはブッシュ政権がスタートしてすぐですから、中国としては、とにかく米中関係の修復に向かったわけです。
アメリカの目が中東と中央アジアに行った瞬間から、中国は台湾問題に集中しました。なぜかというと、簡単なことで、対米関係の最大のイシューは台湾問題です。つまり、それさえ解決すれば米中関係の半分は解決すると見ていますから、台湾に集中し始めた。それは、台湾の投資が上海に集中的に入り、ご承知のように、今30万とか、一説には50万人の台湾人が上海に暮らしている。すごいですよ、結構お金は持っていますから、200~300平方メートルのマンションを台湾の人たちが買って、そこに暮らしています。上海では、中国の温州で儲けた人や海外の華僑たちが買いあさっていますが、台湾の人も相当買いあさっています。
とにかく台湾人が多くて、台湾部落がいくつかある。そこから踏み出して、経済的な統合から政治的な統合へということで、中国はいろいろな裏のチャンネルを仕掛けました。そして実際、台湾問題についての日本との対話とか、アメリカとの対話、ヨーロッパとの対話、いろいろなところで仕掛けを、それもできるだけ民間レベルでしました。ところが、その結果が、最近の陳水扁の「それぞれ別の国(一辺一国論)」に行き着いたわけです。
北朝鮮の問題に関しても、中国は不審船をどうしてこんなに軽くオーケーしているのか。瀋陽総領事館の事件のときに、中国はしばらく亡命者たちを出さないといっていたところが、急に出したんです。そこには、やはりアメリカが介在したとも言われています。つまり、上院が早く出せという可決をした翌日出しているのです。いずれにしても、アメリカの言うことは大体聞くというのが中国の最近のスタンスであります。
なぜかというと、中国は怖いわけです。北朝鮮と一緒にされたら困るというのがあります。ですから、日本の今の北朝鮮に対するやり方に対しては、最初は複雑でした。日本に頭越しでやられたところがありますから、びっくりしているわけです。中国の人が言っていましたが、論理的に言うと物すごく歓迎すべきことだけれども、心理的には気に食わない。つまり、日本にやられたと思っている。論理的に言えば中国にとってすばらしいことだが、心理的にはガツンと来ているというのが非常に正直な言い方だと思います。いずれにしても、アメリカに対しては非常に気を遣っていることに間違いないというのが4番目です。
5番目は、実は全体的に中国外交は今苦しいということです。なぜ苦しいかといいますと、アメリカにいろいろなところでいじめられているからです。いじめている気持ちはアメリカにはないのかもしれませんが、中国はそう感じている。例えば日米関係でいうと、90年代半ばにみんなガイドラインの方に目がいってしまっていましたが、実はガイドラインの問題は、NATOの問題との関連の中で起こっていた。つまり、論じる人は余りいなかったのですが、NATOの東方拡大が始まっていたわけです。NATOにロシアが入るか入らないかという問題が90年代後半にあり、ロシアがNATOに加盟したらたまらんぞというのが中国の発想だった。ところが、準加盟してしまったわけです。ですから、ロシアのプーチンが一生懸命気を遣って、その後も上海協力機構とかいろいろやっています。
さらに2006年にロシアがG8に正式に加わってまいります。これも中国にとってはショックです。つまり、ロシアが向こう側に行ったということです。一応テロ対策という名目ではありましたが、中央アジア方面におけるウズベキスタンを中心にしたアメリカの駐留の可能性などを、中国は物すごく気にしている。さらに、それだけの単独行動で起こっていればいいのですが、これが全部いっぺんに起こっていたのが、ちょうど瀋陽総領事館事件のときです。日本の新聞がこの事件にかかりきりになっていたとき、瀋陽総領事館事件は中国の記事のどこにも出ていない。中国の関心はみんなそっちに言ってしまっていた。それはそうです、中国封じ込めラインができ上がるということですから。
もう1つ同時進行していたのが、インドとアメリカのインド洋における海軍共同演習で、これはアメリカにとって同盟国以外で初めてやったものです。そして陸軍の共同演習が3月。これも同盟国以外ではもちろん初めてです。
アメリカとインドがやっているわけですから、中国にとってこんな嫌なことはない。そして、その瞬間、アウン・サン・スー・チーが解放されたわけです。中国が援助して、インド洋に通じようというために一生懸命ミャンマー・ルートを開発していたのですが、軍部がアメリカに近づいたことで中国はやられたと思ったわけです。
その瞬間に今度は陳水扁がまた仕掛けたのです。それがすべて瀋陽総領事館事件のときで、日本のマスコミはそこにばかり目を向けているから、いったい何を考えているのだろうと私は思いました。400年の歴史のあった東チモールの事件が端の方に行ってしまったり。
とにかく台湾の陳水扁が何を言ったかというと、就任2周年の5月の初めに海外メディアのインタビューに応じて、台湾は独立国家であるという発言を繰り返しました。これには、去年の終わりの選挙で多数党になった民進党党首に陳水扁が就任したという背景があります。つまり、議会の中の多数党の党首になったことで、国会運営が非常にやりやすくなっていたということです。その延長線上に最近の「一辺一国論」があるのです。
ということで、今度はアメリカが焦った。このままいって陳水扁に独立されたら困るというので、ブッシュ政権にしてもかなりきつい調子で陳水扁を怒った。まだちょっと若いなという感じはしますけれども、今度は陳水扁がひるんでしまって、アメリカとの関係をどうしようと悩んでいるのが最近の情勢です。
いずれにしても、中国は今言った一連の事件を公式には、見事なまでにほとんどコメントしていません。インターネットの書き込みの中に出ているくらいです。つまり、中国は、アメリカとの関係を刺激しないように、すべて抑えた。それが5番目のことです。
6番目はFTAです。こうした状況の中で、中国はとにかく外交的にある種の包囲網を脱する、いい子ちゃんになるということですから、WTO加盟によって市場経済化を図り、次は自由貿易協定を締結する。実際やれるかどうかわからないけれども、一応目標だけ出す、ということです。ASEANとの間で10年後の締結ということで目標をだしています――中国とASEANですと発展途上国待遇でできますから、日本とASEAN間の締結とはちょっと意味が違います。日本がシンガポールと自由貿易協定を結んだことは、もちろん日本にとっては1つのステップです。ただ、シンガポールでこの間聞いたところでは、単独でやってしまってけしからん、ほかのところはどうするんだということで、シンガポールが大分批判されたという話です。この辺を中国は見ていて、一応ゴールとしてASEAN全体とのFTA締結を打ち出すということです。
ただ、この間、中国の経済学者たちの話を聞きましたが、いろいろと聞いていくと、かなり農業セクターからの抵抗が強い、全くこんな話は聞いていないという人たちもかなりいる。今のところFTA締結は10年後なので、かなり詰めてやっていますから、その辺がどうなるのか――中国も内部はもう一筋縄ではいきませんから。
7番目は日中関係です。お配りした資料の中の私の論文「国交正常化30年――『1972年体制』を超えた日中関係を求めて」(外交フォーラム2002年10月号)で、どうして日中関係がこんなに元気がないのか、何で30年で盛り上がらないのかというようなことを書きました。まじめに書きましたので、見ていただければと思います。
それから、9月11日付け読売新聞の全国の有権者3000人を対象にしたアンケート調査を見ていただければわかりますけれども、日中間の雰囲気が非常によくない、どうしてこんなに雰囲気がよくないのかというくらいによくないです。質問の中に「あなたは中国を信頼できると思いますか、信頼できないと思いますか。」で「あまり信頼できない」と「全く信頼できない」を足すと55.3%、「信頼できる」が30%台です。
また、「あなたは、中国の軍事力が、将来、日本の安全を脅かす可能性があると思いますか、ないと思いますか。」に対しては、「大いにある」と「多少はある」で大体70%を超えていますから、これはもう中国に対する不信感が根強いということになるわけです。
ただ、先ほどからお話ししておりますように、中国の日本観も非常にゆがんでいます。つまり「1945年までの軍国主義から変わっていない」という日本観で、戦後の日本をどう評価するかという部分が欠落しています。
日本の側の中国観もかなりゆがんでいる。非常に情緒的です。これはきょうお話しする時間がないのですけれども、お配りした論文に簡単に書いてありますので読んでいただければわかりますが、これまで5回中国ブームがあって、中国万歳から中国悲観論へというのが4、5回繰り返してきたということです。中国研究というのは地雷を踏むか踏まないか、そんな研究分野であります。もう踏んで吹き飛んだ人もたくさんいますけれども、とにかく感情的になってくる。非常に理性的に、あるいは合理的に物事が判断しにくい対象であることは間違いないという感じがするわけです。ですから、とにかく分析が必要だと思います。特に瀋陽総領事館事件だけでも話せば1時間ぐらいはあるのですが、今日は時間がないのでやりません。
それから、この間、日韓フォーラムに参加いたしましたが、どうして日本たたきはあるけれども、中国たたきはないのかと韓国の人が問題提起をしてきました。どうして日本脅威論はあるのに、中国脅威論はないのだ。中国は民主主義でもないのに何でそんなに我々は好きなのだという問題提起を韓国側からしてきたわけです。まだ中韓国交があって10年、考えてみますと、日本も国交10年の1982年ぐらいが日本の中国に対するイメージが一番良かった。アメリカに対するイメージより良くて、80%近くが良いイメージをもっていました。韓国もそれと大体同じではないのかという感じになるわけです。
一言で言うと、接触がふえたら関係が悪くなった、相互依存がふえるに従って関係が悪化している、ということです。関係がほんとうに悪いのかどうかというのも検証しないといけない。今、両国間で、目の前に大きな懸案は何もありません。ただ、お互いに何となくむきになって、感情的になっているところがあるわけです。そういう意味でいきますと、相互依存関係が深まったとき、どのようにそれを冷静に、もう少し実務的な関係に持っていくか、そうしたことだろうと思います。
最後に8点目で、共産党の党大会が間もなく開かれますので、そのことについて一言だけ触れておきたいと思います。今度の党大会には、私は非常にがっかりしていますが、中国の一般の人たちも、知識人も含めて非常にがっかりしている。1つは、21世紀になって、だれが選ばれようが関係ない、だれが選ばれようがいい、問題は選び方の問題だということです。選び方が余りにひどい、全く不透明である。これまで毛沢東ですら、劉少奇に譲り、こんどは劉少奇が権力をもち過ぎて文化大革命になると、林彪に譲る。そして、譲ってみたら、またおかしくなってしまった。トウ小平(とうしょうへい)は、自分がトップのポジションに行かないで、まず胡耀邦に譲った。しかし、彼を切った。その後、趙紫陽に譲って、自分は全面的に引退した。そして天安門事件で、また切ったという歴史を繰り返してきたのが中国です。でも、譲るだけは完全に譲ったということです。
つまり、後継者をつくるメカニズムが中国では依然としてできていない。いろいろ問題はあるものの、下の方ではかなり選挙をやっていますし、村ではいわゆる民主主義のシステムにだいぶなってきている。ところが、上層部は全くだめだということです。今度の党大会では、多分、江沢民が再びいろいろな形で周りにおだてられて出てくる可能性が高いですね。とにかくわかりませんが、最後は江沢民にすべて一任されていると言われています。
要するに、権力が決まらないと政策が決まらない。ですから、政策的に新しいものがない。政策的に新しいものを我々は実は1つ期待していたんです。それは私有財産制です。つまり、共産主義を実質やめ始めるということ。農産物価格がこの1年間で20数%、WTO加盟の関係で落ちています。依然として穀物も30%ぐらい高いとか、そういう状況の中での農業問題をどのように解決するのかという議論を、この2,3年中国内部では真剣にやっていました。中には、農地を法人に売るとか、そんな話まで大分やっていた。つまり財産権の問題をどうするのだという話を大分詰めていたのです。一部私有財産制を導入するかどうかを、内部のタブーの議論ではありましたが、やってきたわけです。
去年の段階ぐらいまでは、それでいくかなというところだったのですが、これがどうも止まってきた。それにあわせて共産党の名前の変更とか、そういう議論も内部では一応やっていたのです。それが全部止まってしまった。現在、私有財産制の問題には答えてはいけないことになっていますから、誰に聞いても一切誰も答えません。沈黙しているだけです。ただ、そちらの方向にいかざるを得ないことには間違いありません。
いずれにしても、私が申し上げたいのは、最後は民主化という政治の問題が残っているということです。民主化がなぜ必要かというと、最初のほうでお話したように、切り捨て現象が始まっているからです。豊かになるところは非常に豊かになっていますが、切り捨てられたところは、例えばほんとうに苦しい町では、ほとんど戒厳令下に置かれているとも言われています。外国人は余りいませんから、そういうのがほとんど伝わってきません。
こうした状況の中で、中国の実際の失業率のことなど考えていくと、中国がこれからWTOのルールに従いだした場合、中国はどうなっていくのかというのが大変な課題になる。それ以前に中国自体が一つでなくなってきているということです。そういう意味で、我々の戦略をどう組み立てるかといった場合には、対中国という北京に対する戦略と同時に、企業レベルではそれぞれ地域の研究を徹底的にやったうえでの戦略をたてていかなくてはならないだろうと思います。
最後に申し上げた政治の問題は、結局、豊かなところから貧しいところに回す、という分配の問題です。分配するのは共産党ですが、それをやっていない、というより、できない。つまり、今は市場の原理優先でありますから、そうすると、国としてはますます分散化するという現象が起こって、最後はどうなるのですかと言われると、中国をソフトランディングさせる道がわかればノーベル平和賞でしょうということですね。(笑)以上です。
福川 ありがとうございました。
それでは、まず中国問題でしばらく討論をしていただければと思いますが、どなたでもどうぞ。
安斎 国分先生のお話の中で、中国は一つではないというのがありましたが、あれだけ巨大な国で、統一的に全体が同じような歩調で進むことを、日本的な意味でできるというのは難しい。国家とは何かというと、国家の定義は最終的に外交、防衛、通貨が一つになっているもので、連邦制と非常に通ずるところがあるのです。私自身も中国と付き合ってきた過程で、これはアメリカ人やイギリス人とも議論してきたのですが、経済的にはばらばらというのはしようがないんです。ところが、日本みたいに小さな国は、国家というときには経済的にも同じにしようということで、農産物、地方交付税、公共事業など全部いっしょにして、ばらまきのシステムをつくってしまった。今の日本はむしろそこで悩んでいる。そう考えると、中国の場合、やはり連邦制のような形で、経済的に格差が起こってもしようがないという政策しかとり得ないし、そういう意味でアメリカ的な連邦制のメカニズムをとり入れてくるのではないかと思いますね。
ですから、政治の世界でも、こうした過程の中で共産主義がどこまで維持できるかというと、実質的な崩壊はもう始まっているのだろうと思うんです。あの巨大な国を一つの国として経済的にも同じようなレベルでやっていくというのは不可能に近くて、最後は外交と防衛と通貨だけでしょう。通貨は香港の部分が違うのですが。そういうことで、どんな政権が何をやろうと、格差をつけざるを得ない。日本的な手法は絶対とらないであろうと思います。金持ちの省と貧乏な省が一緒になって何かをしましょうなんていう物語みたいなことをやっていますけれども、あんなことで経済は変わりませんしね。
あとは、中国経済における外資系の話が出ていましたが、輸出だけでなくて、徴税のシステムをどうするかです。中国には徴税のシステムがないんですよ。徴税のシステムがあれば、通貨で得た収益は防衛に使えると思うんです。ところが、防衛に使っている金は巨額だからおそらくそれでは足りないとは思う。そういう差を前提としたシステムに移行するでしょう。移行するかしないかではなく、それしかないですね。だから、日本としては、中国と付き合うときは外交、防衛、通貨との関係で中国との関係があると考える。あとは地方と地方のつき合いです。
実際日本も、もう県単位で動き始めているね。そういう時代に入ってくる。グローバル化がますますそれを促進しているのではないか。ことさら主張しなくても、技術革新などがそういうふうにさせちゃっているんですよ。先生のお話を聞いて、だいたいこんな感想を持ちました。だけど、最近の政治の話はちょっとひどいね。人事も満足にできていない。
国分 党大会の日程は変えて、アメリカに行く日は変えなかった。党大会の日を変えたんですから、すごい話ですよ。
安斎 ということは、後任に選ばれるやつらに迫力がないね。こういう意味での迫力のなさというのは、アメリカに追随するなら構わないけど、中国全般の運営としては大変ですね。そういう印象を持ちました。
国分 あそこまでアメリカに気を遣っていますからね。
谷口 国分先生のおっしゃる遠心力と、安斎さんが今おっしゃった外交、防衛、通貨。外交、防衛、通貨は、どうしたって求心力の強い中央の権力があって成り立つ話ですよね。分散の力学が強いので、それもアンダーマインしていくという感じですか。
国分 防衛の問題について言えば、江沢民が握っていたわけです。それは張万年という男がいて、今回も北載河で、とにかくあなたがやらなきゃだめだと一番主張したのが張万年です。なぜかといったら、この10年間で軍は基本的に江沢民の傘下に入ったわけですから、江沢民にやめられたら困るんです。あなたがやめたら困るということで、とにかく引きとめたという話じゃないでしょうか。
そういう意味でいきますと、軍はかなり上の方の異動が激しい。つまり、それはシビリアン・コントロールです。もう1つは、今みんな異常に昇進が速いんですよ。もちろん若返りはあるのですが、論功はなくても、とにかくプロモーションで上げてやる。そういうことでなだめてきたところがありますからね。もちろん、地方に行きますと地方の軍人そのものはその地方で雇っているからちがいますが、国防についてはまだ一体性を持っています。
それと、軍隊をやめた連中は今、けっこう人民武装警察部隊に入るんです。人民武装警察部隊というのは、瀋陽総領事館事件のときに武警として出てきましたね。武警だから強硬だとかいうわけではありません。軍隊の中にもいろいろな考え方がありますから。その武警も今100万人近くになったと言われています。
安斎 給料はもらっているんですか。
国分 もちろんです。武警というのは一応武装警察隊ですから、機動隊みたいなものですね。
安斎 在郷軍人とは違うんですか。
国分 違います。これは機動隊のように、突発事件に備えて常時構えているわけです。天安門事件のときは彼らが出たんです。
安斎 だから、例えば北の生まれのやつは南に持っていっているでしょう。
国分 言葉が通じないですね。
安斎 反乱分子と一緒にならないように。
国分 そうです。天安門のときもそうでした。
安斎 それでどうにか軍を支配しているんだと思いますよね。
国分 地方同士のいろいろな経済的あるいは文化的な交流は進んでいますが、政治、外交は基本的には北京経由で全部やっていることに間違いない。しかも、正直言うと、外交部は今ほとんど力を持っていないということですね。唐家セン(とうかせん)さんも対日弱腰とか対米弱腰とか言われて、かなりたたかれました。今はもうインターネットでたたかれますね。中国もそういう時代です。
谷口 国分先生のお話では、外資の依存度が高いため、脆弱になっていて、したがって、対外協調路線に行くのだというロジックでしたが、中国の人自身もそういう認識なんですか。
国分 そうです。
谷口 逆に言うと、これだけのキャプティブといいますか、これだけの人質を持っているんだという見方ができるのでしょうか。
国分 両面ですね。日本だってこれがないとやっていけないように、中国もそうなわけです。ですから、教科書問題とか、靖国参拝とか、李登輝さんの訪日とか、中国でどれぐらい報道されたかというと、ほとんどないんですよね。つまり、スポークスマンに記者が聞きますから、そのときには「遺憾である」とか言うわけです。それは人民日報には1行ぐらい出ていますが、こちらのマスコミはそれを取ってきて大きく報道することになりますから。つまり、中国がなぜ小さくしたいと思っているのかという分析をしないといけない。それをしないで、中国は、過敏にけしからんと反応している、ということになってしまう。もう少し分析をしないとだめなんだと思います。
安斎 (反日感情を)民衆が引きずったらもう大変ですよ。コントロールがつかないです。
国分 そういうことですね。それは歴史的なんです。五・四運動も義和団もそうですけれども、昔から政府が反日運動に乗った瞬間にうわあっと盛り上がってしまうわけです。政府は抑えられなくなる。しかし、外交をやらないといけないから抑えるわけです。そうすると、弱腰だといって政府がたたかれる。だから、それは絶対やりません。
加藤 中国がWTOに加盟して、2008年北京でオリンピックをやって、それから後の国家目標としてはどんなことが考えられますか。
安斎 あともう1つ、万博があります。日本にそれを賛成させるため、今本気になっているわけです。
国分 これがおもしろいんです。上海に行くと、「北京オリンピック」という言葉は全く見なかった。町中に一つも出ていない。「上海万博」しかないんですよ。全部上海万博。まだ決まっていないのに、2010年と出ているわけです。こんどは北京へ行ったら「上海万博」はゼロで、「北京オリンピック」のみです。
安斎 問題はその後なんです。
国分 上海は、北京オリンピックなんかに関心ないですから。私がよく言うのは、日本の、東京オリンピックは1964年です。北京オリンピックは2008年、その差が44年間。韓国のオリンピックはいつかというと、1988年で、大体中間地点にあるということです。これは日韓フォーラムで言ったんですが、2008年に多分中国は経済成長も民主化も国としては遂げていないでしょうね、その点では韓国とは違いますと。韓国は87年に民主化宣言をして、88年にオリンピックを迎えた。こういうことは、中国には多分まだできないでしょう。
加藤 財務省の広報誌『ファイナンス』8月号に、外務省から北京大使館に出ている大西君がおもしろいものを書いていまして、今の中国の経済規模は、現在の換算で日本の3.5分の1。中国が現在の経済成長率を続けていき、一方日本がゼロ成長だと、20年で日中の経済規模が同じぐらいになる、という。多分そうでしょう。ただ、きょうの国分先生のお話では、中国が今の成長率を20年続けるという前提自体がかなりクエスチョンマークではないか。
国分 それはどれぐらい外資が来てくれて、市場メカニズムがどうなっていくか、ということだと思います。それは自助努力をしないとだめですね。ただ、最初に申し上げたように、中国は経済的にはもはや一つの国ではないですから、沿海部だけをとって考えたときには、山東省だけでもぐっと伸びてくる。あるいは上海の郊外だけでも物すごい伸びをすると思う。広東でもそうでしょう。これらはみんな競争で伸びてくるわけです。地域としてはテイク・オフを始めたようなのがたくさん出てくることは間違いない。
ですから、ビジネスではどこに出て行くのがいいのかというと、きちんと綿密にマーケティング調査をして、ということですね。そういうところはあり得るわけです。経済と市場の論理が政治とは関係ないという部分が、中国ではかなり広がってきていると思う。というよりは、中国のビジネスマンたちは、最終的には関係あるものの、政治とは基本的に無縁の部分で動いている。
といったことから、韓国のビジネスマンたちが中国に対して警戒心を持ち始めている。
つまり、韓国のレベルからすると、キャッチアップが意外に速いというので、この何カ月意識をし始めている。ですから、日韓フォーラムはちょっと雰囲気が変わっていました。日本の場合はまだいいじゃないですか、まだ一番高いところがあるじゃないですかと。ただ、最近は日本の企業の中でも、最上級のR&Dを出すかなりの企業が中国に進出しようかと現在検討しているんですね。
なぜかといいますと、今のうちにやっておかないと差別化できないからです。競争に勝つためには今のうちにそこに基盤をつくりたい。日本では人材も、何も足りなくなると考えたら、中国で全部やった方が速いということで、これまでの成功を踏まえて進出したいという企業が幾つか出てきているんです。
ただ、中小企業は苦しんでいる。1年くらいは新しさでもつけれど、1年か2年ですぐキャッチアップされてしまうから。模造品をつくられてしまうんですね。ただ、日本企業も中国でつくって日本に売ります。中国に売ったらいいじゃないですかと言ったら、それは2つの理由があって、まず日本に売った方がいいそうです。
1つは、先に中国に売ってしまうと、コストが一遍にダウンしてしまう。まず日本に売ればコストを下げなくて済む、一応順番があるということです。もうひとつは、中国には商社もないし、どうやって売るかというネットワークもまだできていない。だから、三洋電機が中国ハイアールと組んだのは、中国ハイアールの持っているサービスが目的です。技術的には三洋電機とはるかに差があるけれど、中国ハイアールと組むと何がいいかというと、中国ハイアールの家電製品を買うと翌日電話してくるそうです、「壊れていませんか?」って。(笑)日本のはめったに壊れないから大丈夫だけれども、向こうはアフター・サービスがいいということです。これが三洋電機と中国ハイアールが組めば結構よくなるだろうなと、そんな話だと思います。
安斎 日本では昭和30年代の後半、高度成長期に所得倍増計画をやりました。あのときに東京と地方の格差がぐんと広がったんです。ところが、我々には幸いなことに戦後のツケとか共産主義のツケがなかった。それで東京の生んだ所得を地方に分散できたんです。それが米代金、地方交付税、公共事業。だけど、中国は今共産主義のツケの部分で物すごいものを抱えてしまっているんですよ。
国分 そう、借金ばかりなんです。
安斎 これを徴税システムをつくってでも、処理しないといけないですね。はっきり言って、不良資産ということですな。もう飲み食いに使ってしまった金融の貸し出し分です。本当は日本みたいに地方に分散させたいんですよ。
国分 朱鎔基さんが1度言っていましたよね、日本の不良債権は中国並みにひどいそうだな、って。(笑)
福川 国分先生は、日本の外交政策はどういう評価をされて、何をすべきだと提案なさいますか。
国分 PHP総合研究所の「9.11問題報告書」の中で私が書いた提言がそれです。中国外交に対しては国内のオーディエンスが物すごく多いですから、実際外交をやっている方はかわいそうだと思いますよ。つまり、秘密がきかないでしょうし、成功して当たり前で、強く出ないと評価してくれないわけです。しかし、強く出るだけが外交ではなくて、うまくまとめていくのが外交ですからね。そういう点でいくと、チャイナ・スクールの人たちにしたって大変だと私は思います。しかし、基本は国内政治だと思います。
ですから、彼らだけに押しつけても責任はやっぱり負えないと思う。私だって過去にも随分、どうしてそこまで中国に問題を起こさないようにしないといけないんだ、と思うようなことはよくありました。しかし、基本は友好関係をつくるのが仕事ですからね。ただ、そのために日本の立場をきちんと言わないということになれば、やはり問題だと思います。
今度、中国に新幹線が入ることになったというニュースが今日あったんですか。
谷口 ほぼ決まったということです。
国分 中国の人たちが、もうすぐいいニュースがありますからとか言っていたんですが、多分そのことかなと思うんです。友好のシンボルということでしょうが、両国関係はもうシンボルじゃないんですがね。ちょっときつい言い方かもしれませんけれども、私は、日韓フォーラムを見ていて本当にうらやましい。昔は日韓関係はとてもとても日中友好関係に及ばなかった。それが今や歴史研究も含めて、日韓関係がリードしていると思います。私も議論を2日間やりましたが、歴史問題が出ても、日本海の名称問題が出ても、すぐに話が止まります。それを止めるのは韓国の人でした。私は感激しましたね。
どうしてかなと考えていくと、もちろん複雑な思いはあるけれども、相互依存化したときに関係というのは基本的に社会に落ちるんです。関係全体を社会で吸収する力がないとだめだと思う。韓国も経済発展し、民主化して15年ですから成熟社会になっているわけです。それで、日本との間でいろいろなことがあっても、韓国の中でいろいろな意見の存在を理解して抑えられるようになってきた。教科書問題や靖国参拝問題があっても乗り越えたということです。つまり、国家が問題を起こしても社会が吸収したという相互依存関係ができ上がっている。これは本物になりつつあるなという感じがしているんです。
そういう点でいくと、日中関係の相互依存化は進んでいるのですが、社会に関係が落ちないです。今でも必ず国家がすべて主導する。それは中国の政治体制の問題だと言ってしまうと怒られてしまいますから、それはもちろんこちら側にも責任があるとは思います。ですから、相互依存体制の中で、政治的に問題があっても吸収できるような関係に持っていくということは、お互いの成熟度の問題だと思うんですね。
安斎 民度ということですか。
国分 それを言ってしまうと終わりなんですが、ただ、中国でできないわけではない。留学組も含めて、中国の中で今台頭してきている若い層を中心に、対話ができるわけです。その人たちとの連携を強めていくことで、将来的に相互依存関係をネットワークの基礎にしていく。中国の将来を考えて、そうしたレベルで、社会や地方などの関係を固めることは、必然的に増えていくと思います。
福川 若い人たちの交流というのは必然的に増えていきますか。
国分 そうですね。大学では英語と同じぐらい中国語を勉強しています。学生たちは韓国も普通に行きますけれども、中国にも普通に行っています。私の学生だって半分以上は中国旅行に行っていますから。今そういう関係になってきていますね。
ただ、1つ問題なのは、中国の中での日本に対する関心が非常に低くなっているということです。これは明確ですね。TOEFL何点とらないと自分の人生はないとみんな言っているんですから、とにかくアメリカになってしまっている。ただ、アメリカを、あるいはヨーロッパでもいいのですが、経由した人たちは、やっぱり見る目が違いますから、日本に一度来てもらえば、これは軍国主義ではないと一瞬にしてわかる。それでいいわけですよね。そういう感覚を持てる人たちであることは間違いないので、必ずしも親日派だけをつくればいいというわけではない。国際派がふえることは日本にとってはいいことだと思います。
〔 「第2回 言論NPO アジア戦略会議」議事録 page2 に続く 〕
会議出席者(敬称略)
福川伸次(電通顧問)
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)
国分良成(慶應義塾大学教授)
イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
鶴岡公二(政策研究大学院大学教授)
松田学(言論NPO理事)