伊豆見 ご指摘の点については本当する同感の部分が多いです。特にアメリカとの協議が重要だというのはまさにおっしゃるとおりだと思うのですが、実際はどうでしょうか。小泉訪朝が終わってみれば拉致問題ばかりになってしまうわけですから、なかなか基本的には難しいだろうと思います。難しいだろうというのは、政府がいくら努力しても、ちゃんとアメリカと協議した上でどう考えるかという話には多分ならないだろうという意味です。訪朝後2週間ぐらいたって、それはもう大体見えたなという感じです。
加藤 1つ伺いたいのですが、日本は経済援助をまだ出していませんから、いつでもそれをやめたと言えるわけですね。北朝鮮の方は日本に対して交渉上どういうカードを持っていると考えればいいのですか。
伊豆見 私が見るところ何もないです。あるとすれば、日本の中に北朝鮮に対しての脅えがあるんじゃないかと邪推する人たちがいる、それが唯一のカードですかね。しかし、本当は何もないですよ。
安斎 コインの表と裏だと鶴岡先生がおっしゃったので、イラクとの関係で権益その他を考えると、北朝鮮はそんなにアメリカが重視すべきほどのものではない。イラクの方が格段に大きい。もうアメリカにとってロシアとの関係は決まってしまっているし、あとは軍の配置も、中国との関係で置く必要のあるものが北も向いているというだけで、アメリカにとってここはそんなに大きな権益になってはいないんだと思います。
鶴岡 いや、私はそうは思わない。
安斎 イラクの方が格段に大きいです。
鶴岡 どっちがより大きいかという比較はてんびんに載せた上でないとわかりませんけれども。
安斎 逆に言うと、少し動かしておいた方がいいと、それぐらいの話ではないでしょうか。
鶴岡 現実にアメリカは、軍を韓国にも日本にも置いているわけです。湾岸地域には駐留されている軍はないということとの対比においては......。
安斎 北朝鮮については、アメリカにとって石油だ宗教だといった、もっと深い権益がないでしょう。
鶴岡 いやいや、それは経済的な権益のてんびんだけで見たら、あちらにはイスラエルも湾岸の石油もありますから、いろいろな意味における重要性はもちろんあります。ただ、これは日本を含めた北東アジア安定のかなめの1つであるということであって、南北朝鮮問題であれ、北朝鮮問題であれ、そこだけを切り離して描くこと自体がアジア情勢全体を見るときには適当でないと私は思います。そうした全体として見た場合には、アメリカにとってみれば、イラクの問題と北朝鮮の問題は優劣をつけがたいぐらいの重要性を持っていると言えると思うんですよ。
安斎 だけど、イラク攻撃のように、理屈なしでもやりたいという強いインセンティブはないのではないか。
加藤 鶴岡さんにお聞きしたいのですが、今回の小泉総理の訪朝をアメリカは本音ベースではどう思っているのですかね。
鶴岡 それは、私は実際聞いたわけではないので全く推測するしかありませんから、ちょっとお答えできないですね。
しかし、マスコミ報道を見る限り、否定的な報道は見たことがないですね。ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズもウォール・ストリート・ジャーナルもすべて、社説などで簡単に言及したものも含めて否定的に言っているところはないです。そこは、アメリカ政府がどう考えているかは別として、国民世論の大きな支持を持っている小泉政権が戦後課題であった北朝鮮との関係に乗り出してきている、そのこと自体が、アメリカの識者から見れば、日本の積極的な外交への関与ということで歓迎されているとは言えると思います。
政府はどうかわかりませんが、今のところアメリカの識者や言論界の見方として、日本の国際政治への関与を歓迎するというところは確実だと思うのですが、その先これからどうするのかということについては、じっくり拝見いたしましょうというような姿勢ではないでしょうか。そうすると、例えば、まず両首脳の間で合意されている10月の国交正常化交渉再開が実施されるのか。そして、実施された場合にそれがどのような内容を持ち、今後の見通しがどのようになっていくのかについては、アメリカを含む国際社会が注目するところになるでしょう。国際社会から見れば、本来そこが先ほどの安全保障に直接つながる非常に重要な論点ですから、その点についていろいろと相談し、協議したいということになっていくはずです。
ただ、これはどうもよく見えないんですね。日本国内の報道を見ても、そのあたりがどう議論されているかということは、関心がないのか、実際になされていないのかわかりませんが、よく見えません。
加藤 鶴岡さんのお話には非常に共感を覚えるのです。しかし、アジア通貨危機のときに、日本は確かに不用意だったのですが、アジア通貨危機構想を出したら、こてんぱんにアメリカにつぶされた。それはアメリカの経済的な権益がアジアにあるのに、それをアメリカ抜きでやろうとしていることに対して官民挙げて猛反発だったわけです。今度の場合反応が違うというのは、アメリカの安全保障面での世界戦略の中で日本がやろうとしていることに対して、それほどアメリカとして重きを置いていないということなんでしょうかね。
鶴岡 これもまた比較するのは難しいと思いますけれども......。
谷口 重きを置いていないのか、あるいは結構な補助線だと思っているのか、どちらですかね。
鶴岡 いやいや、それはどちらの評価もしていないと思います。そういう意味においてまだ見えていませんから。ただ、非常に大事なことは、具体的に総理がいつピョンヤンに行くかについてアメリカと協議はしていないと思いますが、少なくとも行くという事実を発表する直前にはアメリカに連絡しているはずなんです。
加藤 それはそうですね。
鶴岡 これがぎりぎりの事前通報になるわけです。その上、日米首脳会談でたびたび北朝鮮情勢は議論されてきている。その中で事務的にも北朝鮮情勢についての認識にまず齟齬がないということは素地として確認されていますから、その範囲内で総理が北朝鮮に出かけることをアメリカ側が評価する場合、それが積極的な評価に傾いたものになるというのは、日米の同盟関係の中から見れば当然の結論だと思います。
アジア経済危機のときに、なぜアメリカに事前にそういう形での政府部内での見解調整ができなかったのかということが逆に私個人としては不思議なんですね。
加藤 もちろん事前にアメリカには言っていますけれども、それでもあれだけの反発が起きた......。
安斎 だけど、アメリカと北朝鮮との関係は既にあるんですよ。
鶴岡 今回の場合はブッシュ・小泉でやっているわけです。大統領、ホワイトハウス、それから特に安全保障に関与している国防総省も含めた、日本との関係をずっと持ってきている人たちとの間でやるわけですから、一から全部議論しなくてもいい。具体的な名前が何人も挙がってくるようなお互いの長年の親密な関係といった素地がまずあるわけですね。特に大きな新しいことを動かすときには、相手方のだれもが驚かないような根回しは一応やっておかないといけない。相当慎重にする必要があります。しかし今回の場合、どのぐらい事前に広い範囲にわたって根回しをやったかというと、広くやればやるほど情報の漏洩の危険性があって、漏洩した途端に全体が失敗するおそれがあるから、それはできません......というのが一般的に理解される説明なんですね。
その上にアメリカ側と、KEDOが始まっているわけですが、従来からやってきている延長線上の話として、これは小泉総理自身が金大中ともブッシュとも会っている。その中で自分の信用を使って、最後のところで事前に通報する。そういう意味では一応教科書的な外交協議の大原則は守っているわけです。それを守った上でもアメリカが仮に、ふざけるなとか、やるな、あるいは否定的なリークを出すことになると、これは同盟関係の信用が失われますので、それはとてもできなかったでしょうね。
加藤 だから、聞かれれば、よくやったと言わざるを得ないでしょうね。
鶴岡 それはそうです。
安斎 だけど、お二人は、日本中心に考えていませんか。アメリカと北朝鮮との交渉は今頓挫しているけれども、既に始まってしまっている。それから、ヨーロッパと北朝鮮も始まってしまっている。日本だけがしていなかったという話で、遅れていた日本がちょこちょこ動くことは、アメリカにとって、頭越しに何か画期的なこと、大変な変化を起こすようなことでも何でもないですね。日本でこそ大きな話題にしていますが、アメリカにとってそんな大きな話ではない。だから、アメリカは国民も含めてみんなクールなんです。今ごろやっているのかと、そういう問題だと思うんです。余りにも日本ばかり中心に考えるとすごいことをやったように見えるけれども、世界的に見れば北朝鮮との交渉は既にかなりの程度で始まってしまっている。日本だけがなかった。そういう問題ですよ。
鶴岡 いや、アメリカがやる前、まさに十何年前から日本は国交正常化交渉をやっているわけです。それが大体において北側の事情によって、ドアが開いたり、閉まったりを繰り返している。
安斎 だけど、今度は政府ベースの話です。
深川 政府ベースも、もうやっています。
鶴岡 ご承知かどうか、政府がずっと日朝国交正常化交渉はやっているので、10月は再開するかどうかの議論であって、初めてやるのではないんです。
安斎 だから、それはアメリカにとってそれほど重要ではないのではないでしょうか。
鶴岡 いや、それが非常に重要であるというのは、例えば、もう既に30年ぐらい前になりますか、日韓国交正常化を実現したとき、5億ドルの援助を日本側は出すことを約束しているわけです。今まさに先ほどの紙幣を刷ってでも政権を維持しなければならないような体制になっている金正日政権に対して、国交正常化が現実のものになった場合には、その当時の韓国に対して出した5億ドル相当のお金を――どういう形でどのぐらいの期間について出すかというのはまた別としても――少なくともそのお金が見える環境を整えることになるんですよ。これは金正日政権にとってみれば大変なお宝を手に入れたことになるでしょう。
ですから、先ほどから慎重にやらなければならないと私が言っているのは、これは世界が変わるぐらいの切り札になるということですから、それはアメリカ側も......。
谷口 本当に鶴岡さんがおっしゃる問題に直面すると思いますよ。5億ドルというのは、計算してみたら、当時の日本のGDPの0.55%、すなわち現在に換算すると2兆数千億という金額になる。こういうものを出してしまうと、やっぱりレジームは残りますよね。そのときにそのレジームを......。
安斎 簡単には出さないですよ。そんな出すわけがない。
谷口 いや、だから、出すまでのステップの中に、先ほど鶴岡さんが心配していたように、こわもてと一方で餌を見せるという2つのトラックがあって、イラクに対しては、こわもてが効いている。日本は、北朝鮮に対してこわもての方ではなくて、餌の方ばかりになってしまう。それが結局アメリカと日本との関係において、日本の外交姿勢に対するアメリカの不信を招くという方向に流れていく怖さはないですか。もっとずばりと言ってしまうと、田中さんたちには、いざとなったら全部御破算にして、もうやめたと言って帰るだけのオプションはちゃんとあるのでしょうか。
鶴岡 田中という人は外務省の局長にすぎない。それは小泉総理ご自身の判断だと思います。それはそれでよろしいんじゃないでしょうかね。
福川 そうですね。
鶴岡 まさにいかなる交渉にもお互い利害得失はあります。ただ、最終的に席を立つかどうかは、全体の得失を判断する最高責任者の責任ですね。今回の場合、拉致がきっかけになった上での判断であったとしても、それはそのときの政治判断ですから、それでよろしいんじゃないですか。仮に、それでは、あした、10月にやろうと言っていた国交正常化交渉の再開もやらない、改めて日朝間でこの点について話し合いをすることにしましょうとなった場合、それでは、伊豆見先生がずっと議論された北東アジアの安全保障の問題にその判断はどういう影響を及ぼしますかと考えると、安斎さんがおっしゃるとおりほとんど無関係ですね。
鶴岡 そういう意味においては、日朝が何をするかということは、実弾が入っていくまでは、相当程度余裕のある中で対応を考えることはできるということです。先ほど国連の場で北朝鮮が宣伝として使うと申し上げましたが、それを相手方が利用していくことはもちろんありますが、それは大勢に影響のあるような問題ではないですね。北朝鮮はイギリスとも国交正常化しているし、カナダともやるとか、いろいろありますが、それは別にだからといって北東アジアの安全保障情勢が大きく変わるということでもないわけです。
結局、最後のところで一番大事なことは、日本から見た場合の北東アジアにおける安全保障がどうなるかということであるとすれば、アメリカもそこのところに注目をしているから、今の段階では先ほど申し上げた事前通報のような形での協議で満足できるわけです。ただ、具体的に物事が進み出すことになっていけば、さっきから申し上げているとおり、場合によっては巨額の資金が――相手方に実際渡るかどうかは別として――見えてくるわけですから、それによる北朝鮮が得られる利益は大変大きなものがある。政権に対する影響も大きなものがある。これは軍事態勢に対しても影響を及ぼす可能性がある。だから、そこに至るところでは十分協議しましょうね、こういう話になりますね。
加藤 だけど、その前に、日本がアジアの戦略を独自に持つということがアメリカの考えとどこまでコンパチブルになり得るのか、なり得ないのかということです。考えようによっては、アメリカがツー・トラックで押したり引いたりして、最終的にはレジーム・チェンジをねらっている、そのときに日本が早めに(独自に戦略を持つんだという)臭いだけでもかがせてしまったということ自体が、アメリカとしてどうなのかという判断を日本としても考える必要があるのかないのかということです。そこのところは、今までの経済面でのやりとりからすると、相当しこってくる要因となり得るのではないか。
鶴岡 私がよく理解していないのかもしれませんが、例えば冷戦前の米ソ間の核兵器削減交渉の過程でのゴルバチョフとレーガンのやりとりを見ますと、世間の報道では、レーガンはゴルバチョフ率いるソ連を「悪の帝国」呼ばわりして核兵器の削減を一方的に求めている。 SDIと言われたアメリカの防衛だけを強化することによって、ソ連の軍事力の無力化を実現しようとして一方的ではないか、こういう批判があったわけです。ところが、実際の米ソ間交渉においてアメリカが最初に求めたソ連側の譲歩は人道問題です。これは端的に言えば、ソ連国内にいる人間の出入国の自由の実現です。それによってユダヤ系ロシア人が一気にイスラエルに行くことになって、今の中東問題の原因の1つをつくったわけですが、少なくともそういう形でソ連という体制の変化につながるような基本的人権の確立を2国間交渉の中で求めていったわけです。これは形を変えたレジームの変更の要請なんです。
それは日本にとっても好ましいことですね。それを、共産党を解党しろというふうに言うのか、基本的人権を尊重し、民主的な制度を確立しろと言うのか、これは表現の違いです。北朝鮮に対して我が国として何を望むのか、あるいは、アジアの各国がどういう体制を持つことが日本にとって好ましいのかを考えたときに、別に党の名前を指摘する必要はないのであって、原理としての基本的人権の尊重と民主主義手続の確立を一つの透明性の条件として求めていくというのは当然外交の一つの要請であって、おかしくはない。そういうことも含めて、日朝国交正常化の中で何を議論していくかということについては、小泉総理と金正日の間の声明の中で示されたようなやわらかい一般的な書き方をしているわけです。その中で何をこれから具体的に取り上げていくかということに対して、アメリカと協議を行った上で臨んでいくこと。ケリーが今北朝鮮に行っているわけですから、それを今度はアメリカも始めたわけです。
北朝鮮は、日本が何を言ってくるか、アメリカが何を言ってくるか、さらには韓国が何を言うか、場合によっては中国、ロシアは何を言うか、これを聞いていますよ。温度差があり、それぞれ強弱が違うことがあるかもしれない。ただ、その中に共通項として流れるものは何なのかということが彼らの耳に届くことになるでしょう。
ですから、非常に骨の折れる話ではありますが、まさにこれからが外交の展開を問われているということだと思います。
谷口 加藤さんがご心配になっているように、アメリカが考えている道筋に今の日本の外交は雑音を最初から入れてしまったという可能性は完全には否定できないが、民主的な体制になることと安全保障の懸念がなくなるというゴールはアメリカと日本で完全に一致している。そこまで行く道筋で、今のところは拉致問題やテロ国家であると半ば自認させるところまで持っていったという今度の小泉訪朝が、先ほどのたとえで言うならば、大臣の出国を認めるような最初の一つのボタンになっている可能性があるとアメリカは今見ていて、したがって、とりあえずは評価する姿勢をとっている、こういう理解でいいのでしょうか。
鶴岡 いや、そこはそれほど全部整理された上でアメリカが評価を決めているということはないと思います。今アメリカは、日本の北朝鮮の対応について公式に問われれば、評価に積極的でも消極的でもなくて、日本側の努力を見守っているというようなことになるのではないでしょうか。これは僕は実際聞いたことがありませんからわかりませんが、対外的に言えることは、2国間で首脳にまで上げた努力が行われているのですから、同盟国としてはそれを温かく見守るというのは当然のことでしょう。
谷口 そうすると、アジア通貨危機と今回の姿勢の違いということで言うならば、アジア通貨危機のときは、もしかすると、アメリカのかくあるべしと思っている姿と日本がかくありたいと思っていた姿とに違いがあったのに対して、今回はそれほど相違がない......。
鶴岡 アジア通貨危機の話はちょっとわかりませんけれども......。
加藤 日米のヘゲモニーのせめぎ合いみたいなことの象徴としてアメリカはとらえた。それが安全保障面では齟齬がないということかもしれませんね。
深川 分析の単位が通貨の問題と外交、安保の問題では違ってきているということがあるのではないでしょうか。通貨の世界というのはもう限りなくグローバル化しているわけで、まさに金は天下の回りものなんです。だから、IMFでやっているわけであって、そこに政治的には国単位のせめぎ合いはありますが、グローバル・マネーの問題は1国でどうこうの問題ではありません。ウォール・ストリートが世界の心臓部であることは事実で世界は一体化しており、アメリカとしては覇権的にやりにくい構造がある。アメリカはそれをよく知っているからIMFへの影響力に執着しているわけで、完全に国の単位でやっている安全保障とは、必ずしも一致しない面があると私は思います。
これまでのお話に出てこなかったことで、もっと日本にとって脅威だし、非常に危ないと考えなければいけない問題は、金正日が合理的な君主として、アメリカと合理的に交渉している範囲でカバーできるのは、安保のテリトリーであるミサイル問題だということです。この問題では日本とアメリカの間には非常に大きな落差がある。アメリカにとっては拡散がより重要な問題かもしれないけれども、日本の多分一般国民のほとんどにとっては、既にノドンは配備されてしまっているので、拡散よりも既に存在する脅威なわけです。
その温度差はいつも日米間について回るものだと思うのですが、9.11以降もっと重要になってきているのは、冷戦時代の国を単位としてミサイルを撃つという話以外に、国ではない人たちがテロとして行動するという新しい交戦レジームが出てきてしまっているということです。そのときに、アメリカにとってはアルカイダという形なきテロ組織との戦いですが、北朝鮮にとってテロを一番やりやすい国は日本です。80万人の在日韓国人がいて、見かけ上は日本人と全く区別がつかない。彼らは完全に日本人化していますし、既に工作員を日本国内にびっしり配置して組織はできているわけですよね。
ミサイルの問題では証拠がありますから、アメリカの情報であったとしても対話はできるかもしれない。でも何かこじれていってテロみたいなものを起こされたときは、日本の体質はアメリカの準備体制とは全く比較にならないほどテロに弱いわけじゃないですか。オウム真理教というサンプルもあって、いかに弱いかがばれてしまっている。そのときに、日米安保体制は国と国の枠組みだから、テロに対してどう機能するか多分余り決まっていないと思います。対象が米軍であった場合は別ですが、それが単なる地下鉄に乗っている一般市民だった場合はどうなるのかわからない。
そういう意味で、国を単位とした交渉とは別の次元の問題が出てくると、アメリカとの間に落差が出てくるのは仕方がない。国と国との範囲では一応同盟国ですから、結局同じようなゴールに向かっていくと思いますが、そのプロセスで抱えている一つ一つの細かなイシューについては、アメリカと日本の立場がすごく違う部分があるということはもう避けて通れない問題だと思いますね。
安斎 イラクの場合、アメリカもフセインをつぶした後の次の体制についてはある程度描いている部分があるのだと思うんですね。反体制派というか、その人たちをどうするか。しかし、北朝鮮については、そういうことがある程度描けているのでしょうか。
無法国家みたいになってしまって、金正日がいる間は軍にしろ核にしろコントロールできている。しかし、それが崩れて本当にコントロールできない状態になったときが一番危ないですね。金正日が最後まで握っていて、一瞬にして崩れるのが一番いいですね。
深川 そうです。
安斎 ソフト・ランディングなんて言うけれども、本当はそれが一番いい。だけど、そうならないときに――例えば東欧の場合は最後の政権になるところが比較的マイルドにコントロールしてきましたよね――そういうのができる可能性が北にはあるのか。在日朝鮮人の話が出ましたけれども、今回の拉致問題では、こんな国とは知らなかったと言わんばかりのコメントを発表していますよね。ああいうことが北朝鮮の中に反体制派というか、そういうものをつくり出す下地になるのかどうか。北朝鮮が我々にとって脅威にならないようにマネージする暫定的政権が――ゴルバチョフ、エリツィンみたいなのでいいですから――そういうのができる展望があるのかないのか。
深川 それはだれにもわからないことだと思うのですが、日本にとって一番望ましいのは、もし金正日の体制が崩れて、とにかく誰でもいいから、かつての朴正煕(パク,チョンヒ)タイプでもいいから、とにかく出てきてとりあえずまとめてくれることですよね。まとまらなかったときは大変ですよ。基本的には対日感情は悪いですから、我々がテロを受ける可能性はないとは言えない。北の極度に情報が少ない中で非常にゆがんだ教育を受けてきている人たちの非常にラジカルな一部が、テロとして日本に手向かってくるというのが一番怖いですね。当然経済協力してもらわなければ困るから、国の指導者はそれなりにちゃんと対応してくると思いますが、中に過激な人たちがいないとは言えない。
そういう面倒くささは少なくともアメリカにはあんまりないわけですから、日本が自分で考えないとだめだということですね。
谷口 お金を実際出すに至るまで、日韓会談のときは結局20年ぐらいかかったわけでしょう。そういうことだってありえるんだという姿勢があってほしいですね。
安斎 いや、そのとおりですよ。そんなすぐ金を出すということはありませんもの。
深川 そんなすぐ出ると思っている人は余りいないんじゃないですか。(笑)
鶴岡 それは、外交上の駆け引きの問題ですから、何が出てくるかに応じてこちら側が考えればいいだけのことなんですね。こちらの事情で早く出すということであればとっくに出しているわけですから。まさに相手方がどう来るかということを見きわめる。今、深川先生のお話の中で非常に大事なことが2つあったと思うんですが、1つは、北のことを我々は知らない。これも事実ですが、それでは我々は日本をどこまでよく知っているのかということです。本当に極限状態が生じたとき、日本国民はどう反応し、政権はそれに対してどう対応するのか。例えば今、伊豆見先生のご指摘があったとおり、日朝首脳会談後の報道はほとんど拉致事件以外のことは伝えていないんですね。
そうすると、拉致問題がどうしたって国論を支配する問題になっていくことは避けられない。先ほどからここで議論しているようなことは全然紙面に出ていないわけですから、さっき私が申し上げた日米協議のような場へ日本が出ていったときに、拉致以外の話は本当はできないんですね。官邸でも拉致以外の話にどのぐらい時間を割いているか、私は知りませんが、恐らくかなり少ないんじゃないかと思います。そうすると、結局のところ、深川先生がおっしゃったとおり、アメリカの関心と日本の関心との間に齟齬が生じてくる。そこが日米間の協調を難しくする。それは、結局のところ、交渉担当者であり、政権の責任者が日本国内をどのぐらいよく理解しているかということを基本にして考えるべきことだと思うんですね。
もう1つは、これは非常に重要なのですが、先ほど北朝鮮の対応について、ミサイルについては北朝鮮が合理的にとおっしゃられました。伊豆見先生ももちろんそれを前提に考えていらっしゃるのですが、北朝鮮は決して合理的ではないんですね。合理的な反応を示すのであれば、今までにいくらでも合理性を示せるような反応はあったはずです。他方においてもっと恐ろしいと思うのは、今回の拉致事件と工作船の問題について、首脳が公開の席に出してもいいということでは発言したのだと思いますが、その発言はまさに国家の犯罪であることを認めるものです。さらなる調査にも応じている。いけばいくほど、これは泥沼なんですね。そのレジームを日本が支援するということは、これは常識的にはあり得ないはずです。
自分が国家犯罪をやっているということを認めた元首、首脳は、恐らく世界の歴史をひもといてもいないと思います。東京裁判の中でも、国家的な犯罪を私はやりました、済みませんと言ったA級戦犯はいなかったと思います。そのぐらいこれは異常なことです。金正日は知らずに、知ったか知らないかはわかりませんが、とにかく平気でそれを言っている。しかも自分は知らなかったから責任はないのだということも併せて言えてしまう。これは、どのぐらいあの国が国際社会から隔絶した論理で動いているか、あるいは本人が社会からの情報をもらっていないか、教育が不足しているかということを如実に示していると思います。
ということは、これからいろいろ交渉していくときに、金正日が我々が考えるような反応を示すかどうかは甚だ疑問であるということです。予見可能性が極めて少ない人間をこれから我々は相手にしていかなきゃいけないのだということを示していると思うんです。そうすると、いろいろなことを持ち出して、こちら側が交渉をできるだけ引っ張っていくということを原則としながら、一方で相手方の反応をよく見きわめて対応していくということで十分ではないかと私は思います。
福川 それでは議論は尽きませんが、時間になりましたのでこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。
以上
ご指摘の点については本当する同感の部分が多いです。特にアメリカとの協議が重要だというのはまさにおっしゃるとおりだと思うのですが、実際はどうでしょうか。小泉訪朝が終わってみれば拉致問題ばかりになってしまうわけですから、なかなか基本的には難しいだろうと思います。