【セッション1】
『 アジアの変化に日本はどう向かい合うべきか 』
パネリスト:
柳井正(ファーストリテイリング代表取締役会長兼CEO)
やない・ただし
1949年山口県生まれ。71年早稲田大学政治経済学部卒。ジャスコに入社後、父親の経営する小郡商事を継ぎ、84年社長に就任。カジュアルウエア小売店「ユニクロ」のチェーン展開で急成長する。99年東証第一部に上場。2002年11月代表取締役会長に就任。
ドナルド・P・ケナック (AIGカンパニーズ日本・韓国地域社長兼CEO)
Donald P. Kanak
1952年ワシントン州スポケーン生まれ。ノースカロライナ大学で経営学士、ハーバード・ロースクールにて法学博士号、オックスフォード大学にて経済学博士号を取得。多国籍金融・保険コンサルティング会社の共同経営者、米国系生命保険会社の日本子会社で社長兼CEOを経て、92年リージョナル・バイスプレジデントとしてAIGに入社。95年3月にはAIGカンパニーズの日本・韓国地域における社長兼チーフ・オペレーティング・オフィサーに就任、2001年1月に社長兼CEOに就任。
榊原英資(慶應義塾大学教授)
さかきばら・えいすけ
1941年生まれ。64年東京大学経済学部卒業。65年大蔵省入省。69年ミシガン大学経済学博士号取得。94年財政金融研究所所長、95年国際金融局長を経て財務官就任。99年退官後、慶應義塾大学教授就任。「グローバルセキュリティ・リサーチセンター」を設立しディレクターを務める。アジアを中心に世界の市場分析を行う。
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
あんざい・たかし
1941年生まれ。63年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。85年新潟支店長、89年電算情報局長、92年経営管理局長、94年考査局長を経て、同年日本銀行理事就任。98年日本銀行理事を退任、同年日本長期信用銀行(現・新生銀行)頭取就任。2000年同行頭取を退任後、同年イトーヨーカ堂顧問に就任。01年より現職に就く。
コーディネーター:
谷口智彦(日経ビジネス主任編集委員)
たにぐち・ともひこ
1957年生まれ。81年東京大学法学部卒。85年以降日経ビジネス編集。91~92年プリンストン大学フルブライト客員研究員、97~2000年日経ビジネスロンドン支局、この間ロンドン外国プレス協会会長(同会は世界最古の外人記者クラブ、それまでアジア出身会長の例なし)、02年~03年にかけ上海国際問題研究所客座研究員。バブル期日本の銀行行動に関する小括論文(プリンストン大学92年刊)はよく引用された。
【セッション2】
『 日本とアジアの関係をどう構築するべきか ―北東アジア経済圏の可能性―』
パネリスト:
堺屋太一(作家・エコノミスト)
さかいや・たいち
1935年生まれ。60年東京大学経済学部卒業後、通商産業省入省。日本万国博覧会を担当したり、沖縄開発庁に出向中は沖縄海洋博を手掛けた。通商白書では「水平分業論」を展開し、世界的に注目される。また、在職中に執筆した小説「油断!」がベストセラーとなった。78年に退官後は、執筆、評論活動に入った。また、85年に出版した「知価革命」は世界8ヵ国語に訳され、90年代の世界を予言した書として国際的評価を得た。(財)アジアクラブ理事長、中央省庁等改革推進本部顧問、国会等移転審議会委員、政府税制調査会委員、阪神・淡路復興委員会委員などを歴任。98年7月より2000年12月まで経済企画庁長官を務める。現在、内閣特別顧問。
康奉均 (韓国民主党国会議員、元財政経済部長官)
Kang, Bong-kyun
1943年生まれ。ソウル国立大学経済学部を卒業後、マサチューセッツ州ウィリアムス・カレッジにて開発経済学修士、漢陽大学にて経済学博士号を取得。労働部次官、経済企画院(現財政経済部)次官を経て情報通信部長官、さらに金大中政権下で首席経済秘書官として構造改革に中心的役割を果たし、財政経済部長官、韓国開発研究院(KDI)院長を歴任。第16代国会議員。
ノルディン・ソピー (マレーシア戦略国際研究所(ISIS)所長)
Noordin Sopiee
1944年生まれ。マレーシアを代表する知識人の1人で、論客としても知られる。同国の有力英字紙『ニュー・ストレーツ・タイムズ』のグループ編集長等を経て、84年よりマレーシア戦略国際研究所(ISIS)所長、97年同研究所の会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。ISISはマハティール政権の委託研究や政策提言等を通じて、国政、近隣諸国にも大きな影響力を持つ。アジアの立場から経済や安全保障問題などを分析する切り口には共感者も多い。67年英ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス修了後、同スクールで政治科学・国際関係学の博士号取得。
杜平 (中国国家発展計画委員会国土開発与地区経済研究所長)
Du, Ping
1956年生まれ。82年中国国家計画委員会(現在の国家発展計画委員会)に配属。沿海地域開発担当処長、内陸地域開発担当処長、環境政策担当処長を歴任後、98年国家発展計画委員会国土開発与地区経済研究所長に就任。中国では有名な政策メーカーであり、長年中国における国土政策、地域開発政策及び環境政策の立案に携わる。更にASEAN10プラス1FTA構想を始めとする多くの国際協力政策にも関与。中国のマスコミは現在、西部大開発政策第一人者と評している。
コーディネーター:
国分良成(慶應義塾大学法学部教授兼同大学地域研究センター所長(法学博士))
こくぶん・りょうせい
専門は、現代中国政治・外交、東アジア国際関係。1953年生まれ。76年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。81年慶應義塾大学大学院政治学専攻博士課程修了。同年慶應義塾大学法学部専任講師に就任後、85年同大学准教授、92年から教授、99年から地域研究センター所長。この間、82年ハーバード大学フェアバンクセンター、83年ミシガン大学中国研究センター、87年中国・復旦大学国際政治学部、97年北京大学政治学・行政管理学部、98年台湾大学法学院のいずれも客員研究員として留学。主な著書に、「中華人民共和国」、「グローバル化した中国はどうなるか」、「グローバル化時代の中国」等。
【セッション3】
『 開かれた日本づくりをどう進めるか 』
パネリスト:
福川伸次(アジア戦略会議座長・電通顧問)
ふくかわ・しんじ
1932 年生まれ。55年東京大学法学部卒。同年通産省(現経済産業省)入省。ジェトロ・アムステルダム駐在員などを経て、通産省事務次官に。88年、退官。神戸製鋼副社長などを経て、94年、電通顧問兼電通総研代表取締役社長兼研究所長に就任。現在、総合資源エネルギー調査会(経済産業省)、政府審議会委員などを務める。主な著書は『21世紀・日本の選択』『IT時代・成功者の発想』等。
小林陽太郎/こばやし・ようたろう(経済同友会代表幹事、富士ゼロックス代表取締役会長、言論NPOアドバイザリーボード)
1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業。58年ペンシルバニア大学ウォートンスクール修了後、富士写真フイルム入社。63年富士ゼロックス取締役販売部長、78年取締役社長を経て、92年に代表取締役会長に就任、現在に至る。その他、科学技術・学術審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、社団法人経済同友会代表幹事、三極委員会アジア太平洋委員会委員長、学校法人慶應義塾評議員、学校法人国際大学副理事長などを兼任。
山崎正和(劇作家・評論家、言論NPOアドバイザリーボード)
やまざき・まさかず
1934年生まれ。56年京都大学文学部哲学科卒業。京都大学大学院美学美術史学博士課程修了。関西大学、大阪大学教授を経て、現在東亜大学学長。劇作から文芸評論、社会論まで活動領域は広範囲。主な著書に『柔らかい個人主義の誕生』『大分裂の時代』『歴史の真実と政治の正義』等。