小倉 和夫(日本側座長、元駐韓国大使、前国際交流基金理事長)
小松 浩(毎日新聞社 論説委員長)
添谷 芳秀(慶應義塾大学法学部 教授)
司会:工藤 泰志(言論NPO 代表)
対話に参加した日本人パネリスト3氏も、一様に手応えを口にし、来年以降への展開に期待を寄せた。
工藤:ソウルでの第2回日韓未来対話が終わりましたが、私は、去年の1回目と比べてはるかに率直で、しかも建設的に本音の議論ができたという印象を受けました。あくまでも「市民目線」を貫くことができたということも良かったと思います。対話を終えて、今の皆さんの率直な評価をお聞かせください。
「まずは、自分たちの問題」という姿勢が目立っていた
小倉:政府とマスコミ、それと市民という3つの主体が、それぞれ日韓関係において、どのような関係や位置づけなのかということを議論できたことは良かったと思います。日韓関係の議論では、関係悪化の原因として、とかく「政府が悪い」「メディアが悪い」という方向に走りやすいのですが、同時に、市民自身にも責任はあるわけですから、その点についても今回の対話ではしっかりと押さえられました。しかも、日韓関係をめぐるこの3つのプレイヤーについての議論が、日本と韓国の間であまりすれ違わなかったということもこの種の対話では珍しい、画期的なことだと思います。
添谷:私は、他の色々な日韓対話にも出ていますが、それらはあまり後味の良くない終わり方になってしまうということが多々ありました。なぜなら、民間人が参加しているにもかかわらず、あたかも政府の代表同士が言い合っているような雰囲気になるからです。歴史認識問題では、韓国側は当然、日本に非があるという議論をしてくるし、日本側もそれは韓国の誤解だと反論し、非難の応酬になる。しかし、この日韓未来対話ではそういうことがなかった。それは非常に良かったと思います。それぞれのパネリストが自分を多少客体化するというか、相対化した上で冷静な対話ができていた。明示的に言っているパネリストもいましたが、「まずは自分たちの問題を考えて、それから相手との対話に発展させよう」というような姿勢で議論がなされていました。そういう意味で、今までにない日韓の対話になったことは非常に良かったと思います。
工藤:韓国の経済人から、韓国の政治家に対して、「あなたはどんな成果を出したのか」とかなり厳しい意見が出ていましたよね。これは驚きました。
添谷:韓国側でそういう意見が出てきたということは、こういう対話では極めて珍しいと思います。
小松:メディアと世論の相互作用のようなテーマは、これだけでじっくり議論してもいいようなテーマだと思います。今回の議論では、東アジア地域やグローバルな視点から、日韓関係を考えたり、今お話にあったような韓国側からの自制論など、驚くような議論があったりして、これからどういう視点で日韓関係を考えていけばいいのかというヒントがたくさん見られました。
小倉:私が今回の対話で一つ、反省があるとすれば、北東アジアのパワーシフトなど非常に高度な内容の話が多くなってしまったことです。確かに、そういう話も大事なのですが、それだけではなく各々の社会が今、どんな問題を抱えているのか。日本の市民にとっての大きな課題とは何か。そして、日本社会はどう変わろうとしているのか。韓国の市民にとっての大きな課題とは何か。韓国はどう変わろうとしているのか。というようにこれからの社会の変革に対する意識についても、もう少し話し合うことができればよかったと思います。
添谷:小倉さんがおっしゃったことは私もすごく大事だと思います。社会的な課題として、例えば、日本はよく「課題先進国」と言われますが、少子化は日本より韓国の方が酷い状況であるように、実は韓国も同じ課題を抱え始めているので、そういった観点から現場レベルの方々も議論に巻き込むことによって、日韓がいかに似たような問題を抱え、同じような将来像を描いていくべきなのか、というようなことを、市民社会のレベルで議論することも実はできるのではないかと思いました。
工藤:今回の世論調査の中で、日韓関係は重要だ、という見方は多いことが示されましたが、今の両国ではその重要性についてなかなか語りにくくなっているのではないかということが、指摘されていたので、それを最後のテーマにしました。そこで、お互いが両国関係の重要性について議論しようと思ったのですが、なかなか時間がなかった。小倉さんはこのあたりについてどう思われましたか。
小倉:日韓関係はなぜ重要なのか、というテーマで議論をしよう、ということ自体が非常に新しい試みだと思います。というのも、今までは日韓関係が重要だということは当たり前のことであって、そういうことを議論する必要性はなかった。日韓関係が悪化したからといって、そんな当たり前のことについて改めて議論しようとは今更言いにくいけれど、やはり、自分自身の問題としてしっかりと議論するべきだ、という認識にみんながなってきたということに意味があったと思います。
きちんとしたメディアのコミットも必要
工藤:メディアに関する議論として、自衛隊の60周年記念式典をロッテホテルで開催するということが某韓国メディアで報じられた結果、抗議が殺到し、会場提供拒否に至ったことについて、別の韓国メディアから批判する論調が出てきた、という話がありました。つまり、ナショナリスティックな風潮をメディアが利用していく、ということに関する問題提起が、メディアの中から出てきたわけです。これは前向きなものであると評価していいのですか。
小松:そうですね。某紙が一面で大きく書いたため、ロッテホテルがキャンセルしたということですが、こういう行き過ぎた反日を煽るような報道に対して、韓国のメディアから批判する論調が出たということは、かなり大きな驚きでした。韓国のメディアは反日一色で、殊更反日感情を煽っているというイメージが日本国内では一般的にあると思いますし、私自身もややそういう傾向が強いと思っていましたので、今日の対話での発言は非常に新鮮に感じました。対話では「メディアの役割を減らした方が良いのではないか」という話も出てきました。確かに、日韓関係悪循環の一端をメディアが担っているのであれば、逆に、メディアが報じなければどうなのかということを、想像してみることは面白いと思います。ただ、日韓関係はケアしてマネージしないとかなり大変なことになるのではないかと思います。というのも、2015年は日韓国交正常化50年、戦後70年という節目の年です。韓国側の皆さんは「中韓の歴史共闘はない」と言っていましたが、結局、メディアの介在の仕方次第で、また歴史認識問題での正面衝突が起きかねないという懸念を私はまだ持っています。ですから、そういう中で、メディアの役割をもし減らしたとすれば、インターネット等を通じて、色々なかたちで不規則に情報が拡大することが野放しになるので、むしろメディアはもっとコミットをしないとまずい、常時マネジメントをして、ケアをしていかないと、大変なことになるという危険性があると思います。そういう意味でも今回のような対話への参加も含めて、メディアの良い意味での関与を増やすなど、色々な手を打っていかないと日韓関係は大変なことになる、と思います。
新しい芽が見えてきた日韓未来対話
工藤:それでは、最後の質問です。私たちの日韓未来対話は、あくまでも市民が自分の問題として日韓関係における問題を考えていくための議論の場なり、素材を提供しようという考えに基づいています。つまり、市民が各自で考えることのできるサイクルをつくり上げるために、世論調査を行うことで国民の認識に限りなく寄り添いながら、オープンな対話をしているわけです。すぐに私たちのこのミッションが実現されるわけではないですが、少なくとも今回の対話をベースにして、その動きの先行きが、少しずつ見えてきているような感じがありますが、皆さんはどのように考えていますか。
添谷:今回のような議論のやり方であれば、日韓両国民の相互理解は進むと思います。つまり、相手に問題があるというような言い方で議論をしていると、お互いに「いや、お前の言っていることは違う。私の方がお前のことをわかっている」という議論になってしまいます。しかし、まず自分側にも問題があるのではないかという前提で話をしていくと、相手側もきちんと話を聞くわけですから、本当の意味での相互理解というのは、今回我々が行ったような対話の中から出てくるのではないかと思いました。例えば、日本では今、「韓国が中国にすり寄っている」という論調が出てきていますが、韓国の人はこれを一様に否定するわけです。韓国にとって中国というのは極めて大事ですし、しかもあれだけ巨大な国であるわけですから、対中外交というのはものすごく大変な作業なのだと思います。ですから、中国と付き合うこと自体で精一杯となり、他のこと、つまり、日本に対してカードを使おうという発想で中国にアプローチをするような余裕などない。ですから、日本に対して、歴史問題で中韓は結託しているわけではないと彼らが本気で言うのは、本音であるということが、この対話によって私も理解が進められたような気がしています。
そういう相互理解、我々日本側からすれば韓国の理解の進捗を、民間対話の中で我々自身も実体験をし、その成果を社会に還元していくという展開がこれからも続けばよいと思います。
小松:今日の対話でも韓国側から日本人の余裕のなさや焦りについての指摘が出ていました。確かに、中国には経済的に追い越され、韓国とも対等となった。ある世代以上の人はそういう状況に慣れていないし、若い人には生まれたときから対等なのになんで70年前のことで色々文句を言われなければならないのだ、という思いもある。対韓感情の悪化の背景には嫌韓本などもありますが、そもそも韓国に対して非常に不安な目で見ている日本人が多く存在しているということが構造的なものとしてあると思います。逆に今まではなぜ余裕があったのかというと、自分たち日本の方が進んでいるという思いがどこかにあったからだと思います。それはそれで健全ではないですし、自信満々の状態からその自信が一気に喪失したり、優越感が劣等感に変わったり、そういう振り子のように揺れ動く不健全な感じが社会の中にあると思います。そういう意味では過渡期ではないかと思います。「未来対話」という以上、未来を見据えながら、そういう今の過渡期を乗り越えて、韓国も日本も互いに相手を序列で見ないような関係になっていくべきだし、そうなるためにメディアの役割というものがあると思います。ですから、希望を捨てずに今後も取り組んでいきたいと今回の対話で思いました。
小倉:韓国が経済的に大きく成長してきたという意味での、日本との力関係の変化というのはやや高尚な議論ですから、一見市民レベルの議論とは関係ないような印象がありますが、実は根底ではつながっています。今回の議論で、韓国側にこういうことを言っている人がいました。「私たちは実は過去を克服したいのだ。韓国側にも過去を克服する責任はあるし、自分たちがやらないといけないことはたくさんある。ただ、日本側もそれを助けてくれないか」と。日本の人々はとかく「また韓国が何か言っている。いつまでたっても変わらない」と、だんだん反韓になって、嫌韓になっていく。しかし、韓国と日本が対等のパートナー、成熟した国同士のパートナーとなっていく過程がそろそろ始まったとこの発言から感じました。この韓国の方は過去を克服したいと思っているけれど、いきなり100%自分たちだけの力で克服しようと思ってもできないから、日本も「いつまでたっても」と言わないで、助けてほしいと言うわけです。このように国が経済的に大きく成長し、力関係で日本と対等になってきたからこそ、市民としての意識も上がってきたのだと思います。こういう議論がいくつか出てきたので、これからもうまく拾い上げていけば、やや高尚な議論と市民レベルとの議論がつながっていくのではと思いますし、その芽が今回少し出ていたように私は思います。
工藤:確かに、視点とか立ち位置をはっきりしていないと、いつの間にか自分が政府になったり、高尚な議論だけではお互い評論家みたいな議論になってしまう場合も多いのですが、それから見ると今回はかなり現実的で、しかも自分自身のことを語るようなかたちでの対話になった。これで新しい市民に開かれた対話の一つの基盤が見えてきたかなという気がします。ということで、この日韓未来対話、やはり来年も継続するべきだと思っていますし、さらに発展させたいと思います。今日は皆さん、ありがとうございました。