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2009年10月8日
出席者:会田弘継氏(共同通信社編集委員・論説委員)
飯田政之氏(読売新聞東京本社文化部長)
木村伊量氏(朝日新聞社ゼネラルマネジャー・東京本社編集局長)
山田孝男氏(毎日新聞社政治部専門編集委員)
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤 メディア対話では、両国民の世論調査結果についてメディアの立場から議論を行うことになります。そこで今回の調査結果をどう読むかということですが、ひとつ目のポイントとしては、対日観・対中観について、5年間で変わっているものと変わっていないものがあるということです。傾向として変わっていないのは、両国民の直接交流の乏しさですね。特に中国人の中で、日本に来たことがあるという人の割合は1%を切っているような状況で、全く改善されていません。
それから、過去5年間を見ると、まずはじめの2年間は政府間関係が悪化していたわけですから、それに引きずられて国民のイメージもかなり悪かった。その後政府間関係は改善しました。しかし、それに伴って対日観・対中観がそれぞれ改善したかといえばそうでもなくて、ある種の踊り場にはいってしまったような状況です。一昨年のギョーザ事件などの影響で対中観は悪化し、中国の対日イメージも大きく改善しているとは言えないですね。つまり、確かに5年前と比べると、何となく良くなっているようにも見えるわけですが、全体としてはあまり良い状況だとは言えません。
私は8月に北京でこの調査結果を公表したのですが、ある中国メディアがこのようなことを書いていました。つまり、「政府間関係が改善しても、政府間関係が良かったために相手を批判するような報道が抑えられていただけであって、本質的なところでは何も変わっていないのではないか」というのです。私はこれを見て「なるほど」と思ったわけですが、中でも特に気になっているのは、中国の国民が日本のことを依然として過去のイメージで見ているということです。「日本と聞いて何を思い浮かべますか」という設問に対して、最も多かった回答が「南京虐殺」だったわけですから。
木村 ずっと変わっていないわけですよね。中国人が日本を見るときには、古層としてずっと変わらない見方と、その時その時で変化する見方とが二層構造になっています。古層と言いましたが、「歴史問題や領土問題などに対する日本の基本的な認識は昔と変わらず、その時々の報道などの影響で少し揺れている程度の話だ」という認識なのでしょう。
工藤 中国国民の対中観が過去に縛られたままだというのは、危険だと思います。
木村 その傾向はなかなか変わらないですね。固定化しているものが出てきてしまった。南京虐殺のイメージなどは一種の刷り込み現象ですよ。
工藤 これについては去年、南京虐殺に関する映画が注目されたことなどが考えられると思いますが、映画ひとつでここまで認識が変わってしまうのですから、非常に脆弱な関係ですよね。これに対して、日本の対中観で言うと、日本は中国の今とこれからを見ているわけです。中国の経済的な台頭の中で大国的・覇権的な動きを見るとすぐに「これはまずいのではないか」と不安に思ってしまう。
この状況をこのままにして良いのか、という思いがあります。お互い直接交流が乏しく、自国のメディア報道にしか頼ることができないままに認識を形成している中で、一方が過去だけを見ていて、もう一方が将来に対する不安しか感じられないというのは、極めて危ないと私は思います。政府間関係はある程度改善しましたが、今度はそういうことが新たな問題として浮かび上がってきたように感じました。
木村 私は「日中関係とアメリカとの関係のどちらが重要か」という設問が、面白いなと感じました。結果を見ると、日中両国民の認識はほぼ同じです。つまり、「アメリカとの関係が大事だ」という意見か、「日本(中国)との関係もアメリカとの関係もどちらも大事だ」という意見のどちらかに分かれてしまう。
工藤 「世界のどの国に関心がありますか」という設問では、中国国民の関心は圧倒的にアメリカに向いています。日本では60%の人が中国だと答えていますが。
木村 しかし「軍事的脅威を感じる国は」という設問になると、ガラリと変わりますね。中国が軍事的脅威を感じる国としてはアメリカが圧倒的です。ですから、中国はアメリカに対して非常にアンビバレントな感情を持っているということではないでしょうか。貿易相手としては大事だけれども、脅威もあると。他方、日本が軍事的脅威を感じる国としては、北朝鮮と中国が圧倒的ですね。つまり、日中関係の重要性についての認識は日本も中国もほぼ変わらないけれども、中身のベクトルは全く違うというか。
工藤 近年の日中首脳会談の成果については、あまり評価が高くないという結果が出ました。「首脳会談で議論してほしいことは」という設問については、日本で多い回答は北朝鮮問題と食品安全の問題ですよね。
山田 中国では歴史問題を議論してほしいと思っている人が多いわけでしょう。すると、首脳会談の成果があまり上がっていないということは、中国が考える歴史問題とか、日本が考える北朝鮮問題や食品安全の問題が会談で十分に議論されなかったということを意味するのではないでしょうかね。議論してほしいと思っていることが議論されなかったから、評価が低いのだと。
工藤 いずれにしても、5回の世論調査を通じて課題がはっきりしてきたように思います。メディア報道の役割ももちろん重要ですが、やはりもっと民間交流を増やさなければなりません。この対話は政府間関係が悪い時に始まりましたが、政府間関係が回復しても、世論はこれ以上良くならないという、ある種の限界が見えてきた。岩盤のようなものが出てきてしまったということですよね。この問題にどう取り組むかが大きな課題でしょう。
木村 確かに、これまでは毎年の変化を追ってきました。「去年より悪化した」とか「この項目はちょっと回復しましたね」とか。しかし下部構造を見ると硬い岩盤があって、お互いにステレオタイプ化しているところもあって。日本には、中国は食の問題も含めて安全ではないとか、軍事大国化に対する不安もあるわけで。
会田 言いすぎかもしれませんが、二国間だけではどうにもならないところに来ているような気がします。先日ある国際会議に出席した際、中国の方と日中関係について議論する機会がありました。彼らの対応はとても親切ですけれども、やはり歴史問題のことになると、「日本人の認識は何も変わっていないのではないか」とか「日本人は歴史のことをよく理解していない」とか、そういう話になってしまうわけです。しかしそのときに、第三者としての視点を出してくれたのがシンガポールの中国系の外交官でした。「そうは言うけれども、日本人は他にもいろんなことをしてきたんだよ」と。ですから、そういう第三者が入ることによって、日中問題について客観的な見方を示してもらうことも重要ではないでしょうか。東南アジアなどは特にそういう力を持っているような気がします。
工藤 これまで4回対話を続けましたが、この状況を受けて、今年の「メディア対話」での議論をどう進めるか、きちんと考える必要があります。
そこで、過去5年間の対日・対中観について、相互理解は進んだのか、進んでいないとすれば何が問題なのかについてまずご意見をうかがいたいと思います。ふたつ目は、中国が日本の過去だけで今を見ているという構造的な問題をどう考えるかということですね。さらに、メディアの問題です。私たちは「メディアの役割」ということを言い続けてきたわけですが、その役割がこの5年間でどの程度果たされたのかということですね。もちろん進んだ面もあるでしょうが、メディアの役割だけで、この相互認識の問題を解決できるのかどうかという話をしたいと思います。今回の世論調査結果について、毎日新聞は「官熱民冷」という表現を使っていましたけれども。
山田 政府間関係は良くなったけれども、民間は冷めているということですね。
木村 日中関係については、私たちは小泉政権時と比べると、安倍政権以降ずいぶん良くなったような気がしていますけれども、それが中国の国民の対日感情では共有されていない。今回の世論調査結果を見ていてもわかりますが、日本と聞いてまず南京虐殺をイメージしたり、やはり古層みたいな部分は変わっていないということで、認識のギャップは依然として大きいわけですよね。さらに「日本人の国民性についてどう思うか」という項目を見ても「利己主義」だとか「信用できない」「頑固」などという回答が徐々に増えてきています。むしろ対日イメージがじわじわと悪化している。これはどうしてなのでしょう。
工藤 直接交流の経験がある人の割合は変わっていないわけですからね。
木村 5回の調査を通じて、年月とともに変わるものと変わらないものがあるということが見えてきましたよね。お互いの価値観がだんだん明らかになってきた。変わらないものについては、今回の対話で議論する必要がありますね。
山田 工藤さんがおっしゃったふたつ目の点についてですが、「なぜ中国は過去にこだわるのか」ということは、こちらからはあまり言えないことだと思います。中国側はおそらく「足を踏んだ人には、踏まれた人の痛みはわからない」と言うでしょう。踏んだ人はそれを忘れるけれども、踏まれたほうは忘れないのだと。しかし中国側の議論の中には、実像からかけ離れたプロパガンダ的なものもあるわけですから、そういうところについては的確に指摘していく必要がありますね。日本国内の議論も、昔と比べるとかなり整理されてきたように思いますから、そういう努力を地道に続けていくことが重要でしょう。いずれにせよ、歴史認識というものはこういうかたちで続いていくのだということを思い知らされました。
会田 おおざっぱな見方かもしれませんが、われわれ自身が日本の未来に対して確かな思いを抱いていないということ以上に、中国人は、自分たちの未来にとって日本の未来が意味を持つのだとか、日本と一緒に何かを組んでやるのだとか、そういう考え方ができない状況にあるのではないでしょうか。自分たちの未来を考えるときには、やはりアメリカやヨーロッパなど、別の力を持っているところに魅力を感じてしまうのではないですか。留学生の行き来を見ても、米中はかなり活発ですからね。どういう国を相手にしながら自国の未来を考えていくのかという中国人の思考パターンから、日本は何となくずれていて。ただ、本来ならば日本のことをもっと考えないといけないという現実はあるのだと思います。たとえば中国の政治家や知識人などの中には、環境問題における日中協力とか、日本独自の技術力を取り入れたいと思っている人も多いはずですが、一般の人たちの日常のレベルにおいては、日本が自分たちの未来に大きくかかわってくるのだというイメージが形成されていないわけです。もちろん、教育の問題などもありますけれども。
さらに日本人自身も未来への展望を持っているかどうかというと、一般レベルではかなり不確かなところがありますよね。そういうものがいろいろと反映されて、「なぜ過去しか見てくれないのか」というところに出てきてしまうのではないかと思います。
工藤 確かに、日中が経済分野をはじめとしてかなり密接な関係を持ち始めているということは事実ですよね。その中で未来に向けてお互いの国のことを考える材料はたくさんあるんだけれども、国民レベルになると過去しか見ることができないという状況は、非常に不幸なことだと思います。以前は政府間関係が悪化していたので、ある意味でそれを言い訳にできるような部分もありましたが、今は関係が改善しているわけですから。一種の岩盤が見えてきてしまったと思います。
飯田 南京虐殺や歴史問題については、お互いに触れないようにしようという意見も多いように思います。長い目で見て、あまり触発しないようにしましょうと。確かにイメージがじわじわと悪くなっているという傾向は見られますが、年代別に見るとそうでもない場合もあるでしょう。若い人の印象はもう少し良いのではないですか。
会田 逆に若い人のほうに、岩盤みたいなものがあるという状況だと思います。日本との悪い関係を実地で知っている人はむしろ、日本とうまくやりたいと思っているのではないでしょうか。日中関係を良くしたいと思っているのは、戦争を経験している人ですよ。経験していない人は、抽象的にしか考えられないわけで、そこが怖い。具体的な事例がないのに「日本は何となく嫌な国だ」と思ってしまう。実体験のある人は、「いや、そうは言うけれども、日本人はこういう努力もしてきた」とか。
工藤 一方で、日本に行きたいという学生は多いわけですから、複雑ですね。
過去の対話では、「メディアの責任が」大きいという議論をずっとしてきましたよね。確かに直接交流が非常に少ないので、お互いの国に対する認識の形成はメディアに依存しています。日本と聞いて南京虐殺をイメージする人が少し増えたのも、映画が公開されたからだと見ることができますし、日本に対する軍事的脅威を感じているという中国人が増えているのも、「北朝鮮の問題に対してアメリカと一緒になって何かしようとしているのではないか」という報道が行われたからだ、と考えることもできます。メディアの影響というのは確かにあります。しかしメディアの努力だけで、この岩盤の問題を解決できるのでしょうか。メディアの役割という側面からこの5年間を見た場合、何が変わったとお考えですか。
山田 昔と比べると、ずいぶんと視野の広いとらえ方に変わってきていると思いますよ。しかしここ4~5年でどう変わったかというと、ちょっと難しいですね。安全保障の問題などは特に複雑で、たとえば日本はロケットを打ち上げただけなのに、中国からは軍事増強だと解釈されてしまうわけでしょう。しかし世論調査の中の、「日本はどのような国か」という設問のところで、「軍国主義だ」という見方がトップだという事実には、やはり驚かざるを得ません。国際社会から見られるものとして日本の新聞やテレビの報道をどうコントロールするのかというのは、かなり難しい問題だと思いますよ。
工藤 ただ、この間の日本のメディアを見ていると、中国について多面的な報道がかなり増えているように思います。国民レベルに対して、多様な情報が提供されていますよね。一昨年大きな問題となった食の安全についても、いろんな情報が提供されたからこそ、生活者視点で中国を感じる機会が増えてきたのではないかと。一般国民がそれぞれ中国を身近に感じるようになって、それが時には不安や不信感につながってしまうこともあるということではないですか。これはメディア報道だけの問題なのでしょうかね。
山田 中国の軍事費は現実に伸びているわけですからね。
会田 そういうことを話していると、結局いつもの「中国のメディアには世論を主導する役割がある」という議論になってしまいますよ。「メディア対話」は毎年行われていますけれども、そういう議論しかできないのでしょうか。メディアがお互いのイメージを悪くしているのだとすれば...
工藤 今年はこの問題が大きなテーマになるような気がします。つまり、実際の交流がもっと活発になるとか、多面的な動きがあればそれがニュースになっていくわけですが、今はそういう「一緒に協力して何かに取り組んでいく」という動きが決定的に不足しているのではないかと。
木村 もちろんそれもあると思います。こう言っていいのかどうかはわかりませんが、古く凝り固まった「マス」のようなものがあって。中国の学生が最も利用するニュースメディアはインターネットだということですが、インターネットを通じていろいろな情報にアクセスできる立場にありながら、しかもそれなりの読解力と教養を得る機会に恵まれているにもかかわらず、一般大衆と同じように日本については第一に「南京虐殺」を連想してしまうというのでは...この思考の回路は一体どうなっているのかと。日本は他にもいろいろなことをやっているわけですが、それらを相対化する力がないというのは、教育の問題もあるのかもしれませんが。日本の学生と同じようにテレビやインターネットから多様な情報を得ているにもかかわらず、こういう反応が出てくるという状況については、かなり読み解いていく必要がありますね。
他方で、自国の食品の安全性については、かなり厳しい見方をしている人も多いわけですから、そのあたりはきちんとバランスのとれた考えを持っているのではないかという気もします。だとすればなおさら、日本に対してステレオタイプな見方が世代にかかわらず出てきてしまうということの意味については、もう少し踏み込んで解析してみないとわからないですね。そこを解いていかないと、いつまでも経年変化を追いながら「ちょっとイメージが良くなりましたね」と言っているだけでは、またすぐ下振れするような状況になってしまいます。今年の調査結果を見ると、日中は相変わらずお互いを第二の敵だと見ていて、それでいてお互いのことを大事だとも思っている。これは非常にアンビバレントな、不思議な関係ですよね。
これまでの対話ではお互いの国のメディア特性の違いのところに話がすぐに行ってしまって、相手からは「メディアが教育しないから悪いのだ」と言われてしまう。「日本だってメディアが世論を誘導しているのだろう」とか、思ってもみないような反応が出てくるわけですよね。われわれが「中国の場合は権力のマウスピースだから仕方ない」と言うと、「冗談じゃない」と。「こんなに多様な報道をしている中国に比べれば、日本のほうがはるかに一枚岩的な報道をしているではないか」と言われてしまうわけです。このあたりが、いつももどかしいところですね。
工藤 中国側が毎回主張するのは「メディアが努力を続けていけば、日本を軍国主義だと考える人も減っていくだろう」と。しかし現実は増えているわけですからね。
木村 日本と聞いて南京虐殺を思い浮かべる人が6割を超えているわけですよ。70年代の日中国交回復以来の様々な交流の積み重ねがありながら。日本のイメージがこれで固定されてしまうというのは不幸な話です。もちろん、あれだけの侵略と災厄をもたらしていたわけだから、歴史問題を背負っていかなければならないということは当然でしょうが、ここまで日本がシングルイシュー的に見られてしまうというのは...これほどまでにバランスを欠いた見方を、なぜ若い世代までもが共有してしまっているのか。この問題にはもっと迫っていかなければならないと思います。
工藤 たとえば日米関係で言うと、日本と聞いてアメリカ人みんなが真珠湾攻撃を連想するわけではないでしょう。
会田 そういう人はかなり限られていると思います。日本に対するイメージはずいぶんと変わってきていて、特に若い世代は日本の政治や経済が発展するにしたがって、見方を変えています。日本からいろんなものを輸入して、それらを通じて日本という社会を見るようになってきているわけですよ。マンガやアニメもそうですし、独自の技術力などもそうです。「こういうものをつくる国は一体どういう国なのだろう」と。
工藤 中国としては、メディアの努力によって人々の意識をかえられると思っているところがあるわけですよね。メディアの教育効果はかなり高いと。
山田 中国は「主導」と言っています。「日本メディアが日本の民衆を主導するのは当然のことだ」という趣旨の発言は確かにありますよね。
会田 一歩間違えると、その議論の泥沼の中に入ってしまう危険があります。「なぜ対中イメージが悪いのかといえば、日本メディアが中国の良いイメージをきちんと伝えてくれないからだろう」と。ですからそこにはまらないように、この問題をもっと広く、客観的にとらえていく必要があります。
テクニカルな問題としては、「この世論調査の結果が、実際の中国全体のオピニオンの中のどれだけの部分を示しているのか」ということは当然あるわけです。たとえば、近年、中国も含め東アジアからの観光客がたくさん日本に来ていますよね。ある程度裕福な層に限られるのかもしれませんけれども、少なくとも彼らの意見は、こういう結果の中にはなかなか現れてこないわけです。変な言い方かもしれませんが、巨大な人民の海のようなものが変わりつつあるのだとすれば、その潮の変化のようなところをもう少し知る方法はないのかなと。そういう議論をしつつ、本当に何も変わっていないのか、変わるためには何が必要なのかということを考えていくことは重要です。中国の調査結果に、ある程度偏りが生じている可能性は考慮する必要があります。
山田 読み方によるのだと思いますが、日本について思い浮かべるものとしては確かに「南京虐殺」の割合は多いわけですけれど、「電気製品」と「桜」がそれに続いていますよね。そこが唯一の救いというか。ですから潜在的には、日本の技術や風景を連想する層は存在しているわけです。日本が重要か重要でないかというときに、軍備の質や経済力、GDPの規模などを基準に見ている部分もあるのでしょうが、もっと別の価値観があってもいいと思いますね。環境とかデモクラシーの質とか技術力とか、別の基準で眺めてみると、もっと魅力的な日本が見えてくるのではないかと。ものさしの当て方みたいなところをもう少し検討していくような方向性が、議論の中で出てくるといいですよね。
飯田 確かに、南京虐殺が突出して多いですね。
工藤 映画がかなり流行ったみたいです。しかし逆に言えば、そういうことぐらいしか、国民の認識に影響を与えるものがないということでしょう。日本でもそういう、中国の人たちの関心を呼ぶような情報発信が遅れているということなのでしょうか。日本の発信力が低下していると。
会田 この世論調査について、われわれはネガティブなところばかり見ているけれども、山田さんが指摘したように、どこかに前向きな面があるかもしれないので、そこをどうやって伸ばすのかという議論ができればいいなと。若い世代は、それこそ日本の電気製品などを通じて日本に対するポジティブなイメージを形成していくのだと思いますし。
木村 去年は四川大地震の際に、日本から派遣された救援隊が、被災者に対して黙祷を捧げたことが報じられ、中国の人々が皆それに感動して、それで中国の対中イメージが急に改善したと言われましたよね。確かに、「日本にも良いところがあるんだなあ」と思った中国人は多いはずですし、われわれだって誇らしく思いましたよ。しかし今やそれが元に戻ってしまうのかという感じですね。
ODAもそうですが、この50年60年の間とにかく、日中関係の進展にいろんな努力を続けてきたという思いが日本としてはあるわけでしょう。「こんなにいろいろやってきたのに、まだ南京虐殺だと言うのか」ということで、逆につまらない反中ナショナリズムを日本国内で誘発してしまう可能性もあります。そういう不毛なスパイラルに入ってしまうのは、日本にとっても良いことではありません。
工藤 岩盤が見えたというか、お互いに対する認識がなかなか改善しないという問題を中国がもっと意識して、それをどう乗り越えていくかということを語り合わなければいけないということですね。
木村 今回のような結果について、中国のメディアはどのように報道しているのでしょうか。
工藤 日本側と比べると、プラスの部分を強調するような報道が多かったように思いますね。5年前と比べるとやはり改善しているので、そこを強調していました。私も記者会見のために北京に行きましたが、ものすごい数の報道関係者が集まっていて、現地の記者からも質問がたくさん出ました。調査結果も大きく取り上げられましたし、関心がかなり高いということがわかりましたね。
木村 5年間続けてきたことには大きな価値があると思いますよ。1年や2年では見えなかったものが浮かび上がってきたという意味でも。経年変化を追うことももちろん重要ですが、それに一喜一憂しても仕方がない。なかなか変わらない、岩盤の部分にメディアがどう対応していくかということが重要でしょう。
工藤 岩盤の部分をどう改善していけばいいかというところに、共通のアジェンダがあるということですね。そういう議論をきちんとしておかないと、中国が見せている新しい動きに対する不安がじわじわと出てきているので、これは危ない兆候かもしれません。
木村 日中の経済規模の逆転はもうすぐですからね。
工藤 一度、日本も下位に落ちてしまうと、世界の関心がどんどん離れていくような。
会田 仕方がないという部分もありますけれどね。
バイの議論というのはどうしてもそのコンテンツの中で行われてしまうわけですから、行き詰まったらどうしようもなくなってしまいます。6カ国協議がなぜ6カ国なのかといえば、「ふたりでやっていては行き詰まってしまうから、みんながいるところで話ができて、言ったことを証明してくれる人がいたほうがいい」ということでしょう。簡単に言うと、どちらに非があるかを採点してくれる人がいるということですよね。結局のところ、行き詰まりを打開するには、客観的に採点してくれたり議論に加わってくれる人をそろえていく必要があります。
工藤 「メディア対話」だけでももう少しマルチな議論を行えないだろうかということは、提案する価値はあると思いますけれども、いかがでしょうか。
木村 マルチにすることで、逆に焦点がぼやけてしまう可能性もあります。
山田 会田さんがおっしゃることはわかりますけれども、マルチでやるというのは、何か具体的な問題について議論するときでしょう。しかし今みたいなことを議論しようとしている場合には、焦点がぼやけてしまって、日中の交流がますます薄まってしまう危険性もありますよね。
木村 マルチでやるなら、「東アジア共同体」をどう考えるのか、かつてマレーシアのマハティール首相が提唱した EAEC構想などとどう違うのかというようなことを議論するほうがいいと思います。「東アジア共同体」については、鳩山政権が最近アピールしていますけれども、「もともと中国が言ってきたことだ」という主張もあるわけですからね。
山田 おっしゃる通りだと思います。具体的なテーマについてマルチで議論するならわかる。
木村 たとえば会場に来ている中国の記者にオブザーバーとして何人か入っていただくとか、ちょっと話を振ってみるとか。そういうことは考えられますよね。しかし完全にマルチでやってしまうと、議論の方向性がよくわからなくなってしまうのではないかと思います。
工藤 来年の東京大会であれば、そういうこともできるかもしれませんね。今回はいろんな問題が見えてきてしまったわけですし。
木村 別に南京虐殺に対する意識がどんどん薄れていけばいいと思っているわけではありませんが、われわれからすると非常にバランスを欠いている、異様です。メディアとしてこの問題をどう改善していけるのかということですよね。どうしてお互いがステレオタイプな認識を消せないのか。メディアが努力をすれば解決するのかといえば、努力してもなかなか消えない部分が明らかになってきてしまっているわけです。
工藤 ただ今回の日本の結果を見ていると、昨年のギョーザ事件が与えたインパクトはやはり大きいですよね。
木村 あれでイメージがガラリと変わってしまいました。
でも、新しい接点がほしいところです。今年は「これ」というトピックがないですからね。たとえば、両国の報道関係者がパネリストとして参加するわけですから、お互いの報道を持ち寄って議論することはできませんか。
飯田 中国の建国60周年については、各紙が特集を組むなどいろんな記事が出ているわけですから、「日本では中国をこういうふうに伝えていますよ」というものがあれば、それは議論の題材になりますね。
会田 中国側には、日本の政権交代をどう報道したのかということを出してもらってはどうですか。
工藤 それはいいですね。そのほうが具体的な議論ができるように思います。それを私は中国側に提案してみます。
では最後に、今回の「メディア対話」での議論にどういうことを期待しているのかについて、お話しいただけますか。
会田 先ほど申し上げた通りです。世論調査から、ネガティブな部分だけではなくてポジティブな、伸びそうなところをすくい上げて議論ができればいいと思います。日本の技術や文化への興味など、前向きに使っていけるものがあるのではないかという視点は重要です。
山田 私はこれまで4回出席させていただきましたが、毎回問題になるのは、テーマの設定と会議の運営の仕方の部分です。やはりどうしても、てんこもりというかテーマが拡散しがちでうまくかみ合わないという問題があった。やはり共通の問題を設定して、こちらからは言いたいことを伝え、向こうの言い分もしっかり受け入れて、同じテーマの中で議論がかみ合うようなかたちにしたいなと思います。
飯田 私は根っからの政治記者ですが、今はたまたま文化部長という立場にあるので、文化的な側面から何か発言ができればいいなと思います。経済面、文化面での交流は相当進んでいるので、そういう分野が、どうしても変わらない古層のようなところを変えていくためには重要になってくるのではないかと思いますので。
工藤 日中双方の識者が共同で歴史研究なども行っていますけれども。
飯田 たとえばかつての日本とアメリカの戦争に関しても、最近では様々な観点からの研究が出てきていますよね。ところが日中の南京虐殺などについてはまだ研究が進んでいないので、そういう問題意識のもとで共同研究を行っているのだとは思いますけれども。これからいろんな見方が出てくれば、この問題ももう少し変わっていくのではないかと。
木村 この対話は今年で5回目を迎えますけれども、非常にエポックメイキングな対話になると思います。10回やるという中での折り返し地点ということもありますが、それだけではなくて、日中のGDPが来年には逆転し、経済のグロスが大きく交差していくという変わり目のときにあたるわけですから。そのような状況の中で、お互いがお互いを必要としているということは十分わかっている。しかし国民レベルの感情がそこについて行かなかったり、あるところでは逆転してしまっていたり。一方で中国は大国としての地位を確かなものにしつつあるということで、非常に自信に満ちているところがありますけれども、日本については不況も長引いてなかなか自信回復というところまでは行かない。日中のパーセプションをどう管理していくかということが重要です。そういう意味で双方のメディアの責任はこれまで以上に大きいし、新しい局面に入った日中をメディアの立場から議論して、お互いにフィードバックできればいいなと思います。
工藤 おっしゃる通り、5回目を迎えて、次に向けての課題が見えてきたように思います。お互いに対する認識の中で変わっているものと変わらないものとを整理して、新しい相互認識のかたちをつくっていくための議論を始めたいと思います。
(了)
10月8日、11月1日から3日にかけて開催される「第5回 北京−東京フォーラム in大連」の分科会「メディア対話」に参加するメディア関係者による事前打ち合わせが行なわれ、8月に公表された第5回日中共同世論調査の結果をどうとらえるかなどについて、協議が行われました。その議事録を公開します。