今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、2005年から毎年行っている日中共同世論調査の結果を元に、いま、日中関係には何が問われているのかを議論しました。
(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で2011年8月24日に放送されたものです)ラジオ番組詳細は、こちらをご覧ください。
なぜこの1年間で日中両国民の感情が悪化したのか
工藤: おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝さまざまなジャンルで活躍するパーソナリティが自分たちの視点で世の中を語るON THE WAY ジャーナル、毎週水曜日は「言論のNPO」と題して、私、工藤泰志が担当します。
さて、私は8月11日に北京で、私たちのNPOと中国のメディア、中国日報社(チャイナデイリー)とが共同で行っている日中の共同世論調査の記者発表に出てきました。
この記者会見には日本と中国のメディア70社の約100人が来ていました。この世論調査は、実を言うとこの放送のときにはもう終わっているのですが、8月21日から行われる「北京-東京フォーラム」という日中のハイレベルの民間対話でも報告され、日中の有力メディアが話し合うということになっております。
この対話そのものも非常に緊迫感のある内容になると思うので、どこかで皆さんにご紹介させてもらいたいと思っています。
今日この場で皆さんと一緒に考えたいのは、この世論調査の内容です。日中間の国民の相手国に対する印象がこの1年に急激に悪化している。この状況をどう考えればいいのか、という問題です。
実を言うと簡単に世論調査と言っていますけど、世論調査を中国で行うというのはすごい困難で、これまでも企画した人がいたんですが実現できませんでした。私も7年前に中国で世論調査を提案した時には、会議を打ち切られたり、日本の外務省からは「そんなことやったらつかまるぞ」と言われたことがあります。ですが、どうしても私は日本と中国の間で世論調査を実現したくて、それが何とか実現して、そして今7回目を迎えているということなんですね。
今年の共同世論調査から「日中関係の今」を読み解く
ということで、今日のON THE WAY ジャーナル「言論のNPO」は、先日北京で行われた世論調査の分析を踏まえて、日中関係に今、何が問われているのかについて皆さんと一緒に考えてみたいと思っています。
この世論調査ですが、今回で7回目ですが、2005年の反日デモで騒然とした雰囲気の中で初めて行われたんですね。そのときになぜ中国が若者を含めて日本に反発を強めているのか、その真相にどうしても僕たちは迫ってみたいと思ったのですが、そのとき私は非常にびっくりしたことがあったんですね。驚いたのは、当時、半数を超える中国人が今の日本を軍国主義だと思っていたということです。
これはかなり中国側と議論になりました。そのときに私は気付いたんですね。日本と中国はこんな隣同士なのに、お互いの基礎理解が足りない、未熟なままにある。それはどういうことなのか。考えてみますと、両国民の間に圧倒的な交流不足がある。中国の国民の中で日本に来たことのある人が数%しかいない。
今はいっぱいショッピングで秋葉原とかに来ている人がいるので、多くの中国人が来ているような錯覚になっちゃうのですが、中国の人口はすごいので、ある程度来たとしてもパーセンテージは10%未満なんです。
両国民の感情は構造的に不安定な状況下にある
それから中国の人で日本人と話ができる知人なんてほとんどいない。実はこうした傾向は日本人も同じなんですね。では、お互いの相互理解というのは、何によって支えられているのか。というと、自国のメディア報道なんですね。つまり多くの日本人と中国人は自国メディアの報道に依存して相手国を知っている、という状況にある。
これまで世論調査は6回やってですね、今回7回目なんですが、この傾向を分析して、分かったことがあります。つまり中国人は過去の視点から今の日本を見ている。当然、日本と中国の間には戦争もありましたし、中国はそれを傷として日本のことを思っています。そういう過去の視点で日本を見ている。
これに対して日本はですね、過去ではなく今の中国、巨大になっていく中国を見て、中国のこれからに不安を募らせている。そういう不安定な構造の中で、大きな事件が起こると、ばっと感情が悪化してですね、それがミラー効果になってお互いの世論に反映してどんどんどんどん共振して悪化していく。
つまり、日本と中国の国民感情は、構造的に不安定で弱い状況にある。
では、今回の1年間に何が起こったかというと、実は去年の9月に尖閣列島で中国漁船の拿捕問題があって日本はそれを逮捕してしまって中国ではデモが起こるという、そういう問題があった。日本ではその後3月に大震災があってですね、特に福島原発の問題があって、放射能汚染の問題で情報公開が遅れ、世界、まあ中国もそうですが、いろいろなところに周辺国に対する配慮が足りない、という反発が広まってきている。
やっぱりそういうことの2つがですね、今回のお互いの世論にも急激に反映しているという状況なんですね。
日中関係に対する認識はこの1年で両国民とも20ポイント以上悪化した
ということで、今回の世論調査を見てみますと私が非常に気になったのが2つの点なのです。まず相手国に対するイメージが悪化している、ということです。
実を言うと日本人の8割、つまり78.3%なんですが、中国に対して悪いイメージを持っている。これは去年からこの1年で増えている。6ポイントくらい増えている。
中国の人は、6割の人、58.4%が日本に対してあまりいい印象を持っていない。つまり日本人の8割と中国人の6割がお互い悪いイメージを持っていまして、そして中国はですね、この1年間で10ポイントも悪いという人が増えていたんですね。
次に、今の日中関係はどういう状況か、ということがあるのですが、実を言うと日本人の51.7%、半数を超える人が今の日中関係は「悪い」と思っている。しかも、去年と比べて23ポイントも悪化しているんです。つまり、逆にいえば、去年は30%くらいしか日中関係は悪いという人はいなかったんですね、日本人は。それが一気に23ポイントも拡大して51.7%にふえてしまった。わずか1年でです。
これに対して、中国人は、54.5%が日中関係は「いい」と思っている。なので日本は半数が「悪い」と思っていて中国人は半数が「いい」と思っている。だからなんかおかしいなと思うんですが、中国の54.5%という数字にもちょっと理由があってですね、実を言うと去年中国人はですね、日中関係が「よい」と判断しているのはなんと74.5%もいたわけですね。つまり74.5%の人が日中関係がよいと思っていたのが一気に20ポイント低下してですね、それで54.5%に下がったという状況なんです。なので、状況としては非対照になっているのですが、お互い認識が悪化しているという点では同じなのです。
悪化した理由の多くは、尖閣列島での政府対応など
今回の世論調査は40設問くらいあるのですが、こうした感情の悪化がすべてに影響を与えている。すべてが悪化しているという、悪いという状況なのです。
それはなぜなんだろう、ということを世論調査は聞いています。相手国に対する印象が悪い、と回答した日本人・中国人に、何で悪いのかと聞いている項目があります。その設問に対して、日本人で圧倒的に多かったのは、やはり尖閣諸島の漁船拿捕をめぐってのその後の中国の反応だった。中国はそのあとかなり強硬な対抗措置を執ったりデモを行ったりですね、そもそも漁船の拿捕におけるあのシーンが日本ではかなり放映されました。
つまり日本人の間に、日中間に領土問題っていうものがあるんだと。目に見える形でみんなわかり始めた、ということが今回のマイナスイメージにつながっている。まあそのほか日本人のなかには、たとえばエネルギーとかそういうことの確保で中国政府の対応は強引なんじゃないかとか、そういう見方も結構出ている。
では、中国人はなんで日本に対してマイナスイメージを持ったのか、その理由で最も多いのは、やはり戦争なんですね。過去に戦争で侵略されたという思いが中国の国民に根強い。でも今回急増している新しい理由もありました。それは2つあったんですが、1つは尖閣問題だった。尖閣問題で日本人が非常に強硬な対応をしたと中国側は判断している。もうひとつ、それと並ぶように、日本に対してまずい印象を持ったのは、やっぱり福島原発の対応だったんですね。やっぱり原子力、放射能汚染ということに関して中国の国民は非常に気にしている。中国人は放射能汚染も情報を日本が周辺国に出さなかったとか、非常に対応が後手後手になっていたことを意識しているわけです。
中国国民にも「フクシマショック」は直撃している
実を言うとこれに関連して、今回の設問で私が驚いた設問があってですね、原発をどうするかという設問があったのですが、日本は圧倒的に縮小・減らすという意識なんですが、中国はまさに原発を200基くらいつくるという計画があるんですね。もう原発だらけという状況になる可能性があるのですが、その中国の国民の中で半数を超える人たちが現状のままでいいと、これ以上増やすのはよくないと、やっぱり減らすべきだという声が出てきている。それくらい福島原発ショックというのは中国国民にも浸透している。
中国政府は今はちょっと増設を止めてるらしい、ということを聞いたことがありますが、国民の中には、そういう慎重な声がかなり大きくなっている。
震災時の日本国民の行動に感動した中国国民も多かったのだが・・
私は非常に残念だなと思っていることがあって、実を言うと私が4月に北京に行った時もそうだったのですが、逆に日本にいいイメージを抱いている中国人が多かったんですね。
震災の時の日本の市民のですね、連帯感とか、非常に秩序正しくいろんなことを協力し合うようなことに中国人は感動している。すばらしい、日本人は、と言う人たちが結構いたんですよ。いたんですが、それが全体のイメージを大きく改善することはなかった。これは非常にもったいないと。震災のとき、中国も日本にかなり支援していたんですが、中国にとどまらず海外から被災地がどれくらい支援されて一緒にやっているかということが、あまり知られていない。
アメリカのトモダチ作戦の話だけは出ているんですが、メディアも報道していないですし、中国では、日本の東北のある会社が中国の研修生を命がけで救って、逆にその専務さんが亡くなったということが英雄伝説になって大きく報道されていたのですが、日本ではそういう支援の動きが、大きな話題にならなかった。
何か、対立関係が様々な問題に波及しており、たとえば日本人で中国に行ってみたいとか、観光を含めてですね、中国に行ってみたいかという設問ではですね、お互い半数以上が行きたくないと答えている。
世論調査で両国民の認識が悪化したのは、この1年のことなので、いろいろ考えなきゃいけないっていう問題が結構あるんですね。21日に行われるメディア対話で私もその問題提起をするつもりなのですが、やはり両国の国民世論という問題をもう少しきちんと考えるべきではないか、と強く思いました。
交流を深めることで理解が進む段階から、「違い」を認め合う段階に
今までの僕たちの考え方というのは、お互いを全然知らないのだから、それが認識のギャップにつながっている、というものでした。その後、様々な交流が動いていますが、まだ30%くらいの中国人は日本を軍国主義だと思っている。改善はしていますが、まだ3割があると。という状況をどう考えるのか、ということです。
基本的にまだまだ交流が足りないという状況は変わっていない、と思います。よく日本に来ている中国の留学生に会ったりすると、日本にきてイメージが変わったという人が結構多いんですね。なので、直接的な交流が決定的に必要という構造は変わっていない。これはまだまだ必要ですし、何か対立感情が起こってナショナリスティックに、領土問題のような大きな問題が起こったときに、国民感情を煽るような報道をなるべく止めたほうがいいとかそういう問題が結構あってですね、そういうことによって国民感情を改善することはもっとできると思うのですが、しかし、今回の調査を見て、それだけではだめなんじゃないかという気がしています。
やはり、中国という国はかなり巨大な国になっていまして、去年は日本経済を追い越してですね、軍事的にも完全に軍事拡張を進めている。つまり巨大な国となり、その行動も目につき始めている。しかもその体制というのは日本と同じではないという状況にある。いろんな考え方に対しても、国の事情も日本とかなり異なっているわけですね。それが日本人にも分かり始めている。
しかも、中国では新幹線事故の問題もありまして、今では大連のほうでも安心安全の問題でかなり住民が騒いでいますよね。つまり中国の経済発展の後ろにはいろいろなひずみがあると。色々な問題の中で中国は大きくなっていっているんですね。
僕たちはそういうことを知った上で、その中国をどう見ていけばいいのか、という問題が問われていると思います。つまり、知らないから認識の改善が進まないのではなく、違いが分かり始めたから不安を感じることもある。その違いを理解したうえで、もっとコミュニケーションを高めていってですね、お互いを尊重し合えるという動きを作っていかないとですね、やはり本質的な国民感情の改善という問題にはつながっていかないんじゃないかと、思うんです。
問われるのは偏狭なナショナリズムではなく、違いを乗り越え共生を図ること
ただ、国際交流をやっている専門家と話すと、日中間に求められているのは、かなりレベルが高い交流なのです。まず初歩的には相手を知りあうことがその目的となる。次には違いを理解したうえで、相互に尊重できる関係を目指す。そのための多様なコミュニケーションをしていくというのは非常に難しい高度な次元の話なんですが、しかしそのレベルまでこの2つの国民はなっていかないと、うまく付き合えない。
中国は経済的にもアメリカに並んでいくのではないかと将来的には思われている。しかし、そういうひずみを抱えながら、様々な問題がある。その国の未来を変なナショナリズムだけで見ていくことは極めて危ないと思うし、それでは2つの国がどう違いを乗り越えて共生できるか、その答えを見つけ出せないと思うのです。
さて、私たち言論NPOでは8月21日、22日、本気で中国と議論をしてきます。本当の相互理解は、本気の議論でしか得られないと思うからです。こういう世論調査から浮かび上がった日中関係の現実ということを皆さんはどう考えたでしょうか。それでは時間です。今日はありがとうございました。
今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、2005年から毎年行っている日中共同世論調査の結果を元に、いま、日中関係には何が問われているのかを議論しました。