政府のどこまでコミットすべきか
工藤 産業再生はさまざまなパーツ間の相関がはっきりとして、その中で政府はどこまでコッミトし、民間側はどうするのか、の整合性の政策パッケージが必要です。例えば、韓国の場合は、財閥の解体も含めて企業の再生は金融と一体となって相当ドラスチックに進めました。小泉総理にはそのような哲学や戦略はきちんと描かれていると思えますか。
瀬戸 大きな旗を振ったことはいいと思いますが、問題はディテール、工程をどうするかです。韓国については、変化に対する対応が早いという国民性もあると思います。今のこういう時代には、韓国の国民性は有利に動きます。1997年のIMFショックから奇跡的に回復し、その後去年の12月から若干壁に当たり、カントリーリスクの問題に遭遇して、今度は逆にもう一度自分たちの足元を見直そうという機運が、4月頃から大きく芽生えてきました。韓国はそのような意味で、行き過ぎた自己満足を自ら見直しながら、これから逆に着実な成長が望まれるのではないか。
一方で、日本はあまりに決断が遅い。スピードが遅い。右顧左眄をする。こうした国民性が、産業の変革を促すスピードが遅い大きな原因ではないかと思います。私は、企業のリーダーの自覚と気概ということをもう一度言わなければいけないと思っています。あまりにも無気力です。何事も横並びで、向こうがやるから自分もやるといった気質がここまで来てもまだ直らない。国の旗振りもいいのですが、国の旗振りに応えた企業や、改革をする企業が次々と出てこなければなりません。自己改革をした企業はそれを誇りに思い、堂々と発信した方がいい。
工藤 韓国では、金融機関にとってIMFの大きなショックがありましたが、日本の場合は、ゼロ金利であり、ペイオフも延期した。公的管理色が相当強く、保護されています。中小企業を見ても、セーフティーネットが過剰に厚く、政府保証という状況が強まっています。私たちが評価すると、小泉改革は民間と市場ということを志向したにもかかわらず、結果としては逆の方向に動いています。どこに原因があるのでしょうか。
瀬戸 過剰な保護がよくないと思います。企業も全てそうですが、最終的には自助努力です。厳しいことは厳しいということで体感させなければいけないと思います。先日、私は宮城県へ行ってきましたが、20ヘクタールの農地を持っている米作の農家が、いもち病対策について過剰な保護政策を批判していました。企業でも同じことが言える。子供の教育と同じで、大事に大事に育てるとひ弱な子供に育つということになりはしないか。もういい加減にやめなければならない。一挙にやめると死んでしまいますから、徐々に正常な姿に戻していくことを考える時期に来ているのではないでしょうか。
安嶋 韓国にとって幸いだったのは、当時、世界的なITの好況の波があり、これが後押しして、リレーで言えばバトンがうまくつながれたということです。競争力のない企業が整理されていく中で、新しい産業であるIT分野に雇用が受け継がれていった。産業構造全体の変革に際しては、重要なことです。今までとは違う切り口で新しい産業の芽が出てきて、それが受け皿になっていかなければマクロ全体の構造改革は進まない。過剰供給の産業の中だけで問題を解決しようとしても所詮無理があります。リレーのバトンをどうつないでいくのか。これは経済全体の話で、規制緩和や、新しい産業を起こしていくためのベンチャーの育成をどうするのかということでもあるので、不良債権の処理や産業再生機構の問題だけでは片づかないと思います。
重要なのは、個々の知恵や創意工夫であり、経済全体として新しい芽が出てくるようなきっかけを作るということでしょう。例えば今は世の中でリスクマネーが回っていませんから、新しいものにチャレンジをする人に対して、資金面や税制面で後押しをする仕組みをつくっていくということもあるでしょう。残念ながら今のところ、新たな雇用の受け皿となる産業が何なのか、十分に見えてきていません。
工藤 産業再生機構ができる前に、産業政策は国に必要ではないかという議論があり、自民党の一部議員の中にも産業再生委員会をつくるという話が出ていました。結果としてそのような形にはなっていませんが、強引に一度、市場脱出型の公的な手術をするためにある程度の期間を設定する必要があるのではないかという議論でした。今出たお話は、きっかけをつくって民間側に任せろ、その中で新陳代謝をやっていけばいいということですね。
安嶋 産業人口の世代間シフトという面もあります。右から左に持っていけるような話ではなく、一方でセーフティーネットを置きながら、新しい産業人口をどこで吸収するかという話になる。
工藤 しかし、日本全体を見ますとセーフティーネットが張られ、地域の金融など信用保証の貸出しばかりになってきており、色々な面で公的管理が強まっています。
益田 過剰供給という問題については、こういう問題意識があると思います。すなわち、産業の力が弱くなってきた中でセーフティーネットをたくさん張りって温存してきた。銀行の側に隋分と圧力をかけて不良債権を処理しなさいと言ってきたのですが、これまでのところ少しは進んだものの、やはり限界にぶち当たってきた。それが去年の10月ぐらいまでの時点だろうと思います。自分がメインバンクになっているところを破綻させずに、ライバル行の取引先が破綻してくれるのを待つ方がいいということで、お互いににらみ合いの状況になっていたという面もある。これでは動けないということで、産業全体の過剰供給に目をつけて、産業再生機構ができてきた。実際には、国のマクロの過剰供給全体をばっさりと切ることまではできませんが、一応そのような問題意識がバックにあった。個別の企業について言えば、過剰債務を減らしてやれば立ち直れる可能性がある企業もある。問題となっているゼネコンや流通、不動産を見ると、セミマクロの過剰供給がある。これは民間銀行では処理できない。そこで、にらみ合いの状況になっている。
産業政策と政府の関与の是非
だとすれば、そこについては、政府がやるしかない。安嶋さんが言われるように案件が次々と出てくるのであれば、それは民間のファンドでマーケットで処理できることになるが、実際には出てこないわけですから、結局、政府がリーダーシップをとって産業全体をにらんで処理していくしかない。その中では、破綻させるところも出てくるかもしれない。塩川さんがおっしゃった「閻魔大王」という観点も必要かもしれないという議論はあるわけです。こうしたことに照らしたときに、今の産業再生機構、あるいは産業再生全体の民間ファンドも含めた体制がうまく機能するのかどうか。ここが極めて重要なのだろうと思います。
安嶋 私は全て民間でできると言っているわけではなく、入り口のところでどうやって玉出しをするかについて国が関与することについては賛成です。但し、国が案件を全部抱えて最後まで処理をする必要は全くない。やはりマーケット全体の総力戦でやるということです。マーケットを動かすためのきっかけづくりを公的な力をバックにやるのかどうか、これは1つの判断だと思います。
益田 そのときに、銀行を国有化して不良債権を押し出して動かし、あとは民間ファンドも含めてみんなで再生していけばいいという話があり、一方ではそれがうまく行かないのであれば、今度は引き出すという両輪が必要ですが、引き出す際に価格の問題、それはひいては国民負担をどの程度覚悟して産業再生機構やRCCが買い取っていくかという問題がでてくる。ツールの問題のバックにあるのは、引き出すために政府がどの程度コストを払うのかです。
工藤 産業政策を政府がやるということは、それほど多数意見ではないのですが、少なくとも一部にはある。また、今出たような引き出し方の話なども問われているのは事実です。そこは非常に曖昧なままになっている。この点の戦略化が産業再生の枠組みをどうしていくのかという話につながるのだと思いますが。
斉藤 現状は確かにセーフティーネットが過剰だと思います。補助金、助成金だらけで、恐らく国民はその実態をほとんど知りません。先日も、アメリカから肉の関税を下げろと言われて下げたと同時に補助金を出しているわけです。結局、高い肉を国民全体としては買わされるのと同じで、似たようなことが数多く行われている。韓国の人に聞いたところ、日本にはカネがあるからそんなことが出来るのだということでした。幸か不幸か韓国にはカネがなかった。IMF方式は本当は韓国人も嫌だった。日本はうらやましい、カネがあるじゃないかということなのです。カネがあるということに我々は奢っている面がある。
これは反省でもあるのですが、我々は納税者のお金を使って、結果的に企業を救済した形になっています。建設業界などでは、業界で上の方でしっかり経営をやっておられるところへ行って話をしますと、早く下を整理してくれと言います。特に債権放棄を受けたところが公共工事まで戻ってきてアンフェアな低い値段で入札している。結局は産業全体がまた痛んでいく。だから、ここを本当に全部救済しないでくれという声が、実は第三者ではなく、建設業界の人に多いのです。再生委員会では、それが大きなテーマになります。これだけ救って、一生懸命やっているライバルが不利になってしまうということがあってはいけない。ここはジレンマがありますが、我々も十分頭にあることです。
加えて、国がこのように十何年間も不況になってしまったわけですが、韓国、あるいはスウェーデンや以前のイギリス、あるいはさらにそれ以前のアメリカなど、どこでも国が必ず入っています。それは、ある意味ではケインジアン的な入り方で、ケインジアンのターゲットが昔は橋であり穴を掘ればいいということであったが、それが金融になっているのです。インフラがないときには、カネの入れ場所は橋や道路などであった。ところが、インフラがこれだけできているときに、どこにカネを入れるのが一番効果かということになり、金融システムに入れている。つまり、ケインジアンは死んでいない。カネを入れる先として金融機能を蘇らせた方が回復ははるかに大きいのだということを、是非、学者の先生方には数量的に証明してもらいたい。
同時に、弱者、強者という論理があります。しかし、いもち病でやられた人たちを救済することによって、結局、消費者は高いコメを食べさせられ、世界に安いコメがあるのにそれが入ってこないということが起こっているわけです。そのときに必ず出る議論として、では、戦争などが起こったときに誰がコメをつくるのかという論争になるのですが、果たしてそうでしょうか。本当にフェアな競争をやらせれば、結果としての弱者、強者というものは出る。しかし、結果の不平等性はある程度容認せざるを得ないのではないでしょうか。日本ほど国際競争力で食っている国はないのです。これがもし弱者を救済する結果、国際競争力がなくなっていきますと、この国は死んでしまい、海外にやられる。弱者を救済しなければいけないというのは、論理が逆さまになっている。実はそのようなことをやると、本当に外国にやられてしまう。外国と戦うためには保護ではなく、日本に本当に強い人をつくらなければいけないと思います。
瀬戸 国の入り方、関与の仕方ということがポイントではないかと思います。今のお話のように国際競争力は国益につながります。国益といった観点から国が入ってくればいい。しかし、実際は票田から入っているのです。これが国の力をどんどん落としていると思います。
弱者、強者の問題につきましては、ジャーナリストがセンセーショナルに、弱者を切り捨てていいのかなどと言いますが、弱者と言われている人が本当の弱者なのか、なぜ弱者になったのかをもう一度我が身に照らして考えてみなければいけないと思います。努力をせず、なさざるの罪で弱者になったのであれば、これは切り捨てられるべきだと思います。強者は今まで努力したから強者になったのであれば、その強者をさらに強くして、産業全体をリードしていくような企業に育てなければならないと思います。
もう1つ付け加えますと、斉藤さんがおっしゃった、現場から出た政策という言葉は、大変良い言葉だと思います。現場で起きている変化現象と、為政者や企業のリーダーが感じている変化現象は若干ずれがあるのではないか。もっと現場におりていって生々しい変化の現象をつかみ、それを国の政策や企業の戦略に生かしていくことが今こそ必要だと思います。
工藤 今の状況で、民間が自立的に企業の立て直しに向けて動き出すという歯車が回ってきていると判断していますか。
瀬戸 自覚している企業は歯車がだんだんうまくかみ合ってきていると思います。長い間、失われた10年を経過し、企業も自覚をしてきている。自分の企業を改革しなければいけないということは誰しも思っています。改革の仕方やスピードには温度差がありますが、感じていることだけは間違いない。要は実行です。
政治が明らかにすべき争点は何か
工藤 次の総選挙において、この産業再生問題を1つの争点として考えていくとした場合に、政治は何を公約すべきですか。
斉藤 小泉政権が打ち出している政策の方向は、本当に今、小泉さんが言っているように続けることが大事だと思います。ただ、続けていくと、恐らく小泉さんも周りの人も想像しなかったような驚くべき現象が起こるわけです。例えば、我々が金融債権の放棄を計算し、30~40行の非メインの銀行に一律に債権放棄をしてもらいます。メイン寄せをやらせないためにできた機構なのですから、これは一律というフェアさでやる。フェアにいきますと、下の金融機関は具合が悪いような事が起こるのです。しかし、私は、やる以上は、これはそういうシステムなのだということを金融庁に言っています。金融庁の立場はこのシステムを見て、実に複雑です。主務大臣ですから我々のやることに反対できない。しかし、産業は生き返るかもしれないが、地方の小さな金融機関が問題になるのです。
これまでは、こちらもあちらもあまり痛まないようにということで10年かかったので、今回はどちらかに結論を出しますよということを我々はやっている。これは法律に則って粛々とやっています。
しかし、それを行えば、こういうことが起こるのです。起こったところで止まってしまい、戻ってしまうのであっては、小泉さんは全く口だけの人だということになります。国際会計基準に基づいて粛々とやっていると、一方では市場対応の時価会計などけしからんという声が改革を言っている人からも出てくるのです。そういうことの繰り返しです。改革を言った人が、しばらくして、本当の現象を見て意見を引っ込める。そこで、宙ぶらりんになって、スカートを踏まれて前へ進めと言われている。
ですから、絶対にスカートを踏まないで行こうということです。税も、引当てを積みましたら、やはり税は控除をしてやらなければならない。引当てを積んだら税金を取るということは、ペナルティーをかけていることになりますから、それで引当てをしなさいと言うのは、ひどい自己矛盾です。そういうことが全然整理されていない。金融庁、財務省、国交省などから、バラバラの意見が出ていて、1本の国家政策になっていない。1つ1つの声は賛成できるのですが、現場にいますと、その矛盾にあちらこちらにぶつかってしまう。
工藤 今日のお話は私たちの評価でとても重要な指摘です。一方で中小企業への信用保証は過度に広がっており、ルールもダブルスタンダードになっている。
斉藤 そうです。あれだけこぶしを上げて言った以上は、矢でも弾でも飛んでくるのです。それをやれば、この国民はもっとサポートするはずです。
工藤 つまり言葉の遊びの改革ではなく、本当に改革をするのかが問われなければいけない。今度の総選挙でもそれが問われなければなりませんね。
安嶋 先程も申し上げましたが、痛みというのは国民一人一人の負担として税金が幾ら払われるのかということだと思います。銀行に対しての資本注入が銀行の経営者にとってインセンティブになることはあり得ないのか。資本を入れることによって、国全体の金融システムを強化し、産業構造の変革を促していくということもあるのではないかと思います。
工藤 そうであるならば、コストと出口をきちんと語らなければ駄目ですね。
瀬戸 小泉さんが再選されて政権が続くのであれば、小泉政権は政策に完全に責任を負うわけです。そうなりますと、責任を負わされたリーダーとして、グランドデザインを具体的に示さなければいけない。それがないから、国民がベクトル合わせをできていない。グランドデザインに対して、ベクトル合わせをまずしなければならない。当然そこにはロードマップが要る。ロードマップの中では、痛みを伴うこと、成果が出てきたことに対して、適時適切にディスクローズすべきだと思います。これが国民の元気につながってくる。
そういうことをしながら、日本の国に夢を持ってこなければいけない。日本人は大変高い能力、知恵、勤勉性などを備えているのですから、やればできるはずです。そのやればできる国民がなぜもたもたしているのかというと、やはり目標の与え方に問題があると私は思います。痛みと成果というものを適時適切に開示をしていくということが、これから一番大事なことになってくるのではないかと思います。
工藤 最後のまとめをしていただき助かりました。今日はどうもありがとうございました。
(聞き手は工藤泰志・言論NPO代表)