【論文】「小泉マジック」から「コイズミノミクス」へ(会員限定)

2001年9月13日

koll_j020710.jpgイェスパー・コール (メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)
Jesper Koll

ジョンズ・ホプキンス大卒。OECD、JPモルガン、タイガー・マネージメント・マネージング・ディレクターなど経て現職。著書に『日本経済これから黄金期』へ。

■ 歓迎すべき政局の長期安定

小泉純一郎首相は、順調なスタートを切った。参院選は自民党の大勝に終わり、日本はこれまでなかなか実現できなかった、政局の長期安定を手にする可能性が高まった。過去10年間に9人も首相が代わったことは、株価の下落や失業の増大など、日本経済に根深い問題が存在することを物語っている。リーダーの頻繁な交代はいつも、国の弱さと不幸を意味し、政府や法律に対する不信感を引き起こす。しかし、最大の問題は、企業の経営者や起業家、消費者の間に不透明感が高まることである。

自民党は、小泉首相の強い人気に支えられて勝利を収めた。新たな映画スターや漫画のキャラクターがそうであるように、人気が今後数カ月のうちに落ちていくことは確実である。しかし、小泉首相は現在なかなかいいポジションにいる。1980年代半ばの中曽根康弘首相時代以来では初めて、2、3年という短い期間以上に長い間、首相の座に就くことができるだろう。そのため、政策決定過程に対する国民の信頼が高まるのでは、という期待も高まっている。

小泉首相が抱える最大の課題は、自民党内における対抗勢力に立ち向かうことではない。守旧派は、いつの時代にもいる。しかし、日本では――どこの国でもそうだが――成功した者が勝ちである。小泉首相は、これまで長い間自民党総裁が示せなかったもの、すなわち、長期政権の見通しと自民党員としての誇りを党員に示すことができた。

自民党内部には、小泉首相の求心力に疑いの目を向ける者は一人もいない。エリートたちは、日本がこれまでと同じやり方を続けるなら二流、三流の国に成り下がってしまうという危機感を抱いている。きちんと分析すれば、どんなやり方でもそのリスクが大きいことが明らかになる。財政赤字の拡大、人口の減少、世界経済における中国の台頭が日本に及ぼす影響などを見ても、問題の深刻さがわかる。しかし、現代日本政治の中で最も重要なダイナミズムは、小泉首相が国家衰亡の危機を政治的な力に転換したことである。

彼のメッセージは明快だ。自民党は、衰亡の危機を乗り切るリーダーになることも、歴史のゴミ箱に捨てられることも可能なのである。自民党が他の党にないものを持っているとすれば、それは権力の座に座り続けるためのマキャべリズム的な意思である。事実、最大の懸念は、小泉マジックが野党の攻撃にどこまで耐えられるかという点である。野党が結束し、小泉マジックに対する大衆の人気に立ち向かうようになるのはいつか。野党の指導者たちは、日本国民の夢や期待を手中に収めることができるのだろうか。


■ 小泉マジックからコイズミノミクスへ

小泉首相が直面する最大の課題は、経済政策面にある。世界第2位のこの経済大国は、先を見通した透明性の高い経済戦略の策定に全力をあげる必要がある。改革を着実に実行すれば、彼は産業界や起業家、銀行界の信頼を即座に獲得できる。経済政策面で指導力が発揮できなければ、日本は再び崖っ淵に押し戻されるだろう。小泉マジックをコイズミノミクスに転換できるのは、今しかない。

コイズミノミクスのカギを握るのは、日本国民の購買力である。小泉首相の政治的な力は、自民党の不透明な派閥力学ではなく、国民の支持によって支えられている。それとちょうど同じように、彼にとって、経済面での最大の同盟者も日本国民である。彼の経済政策が成功するか失敗するかは、国民の購買力を高めることができるかという一点にかかっている。小泉首相に対する歴史的評価は、彼が向こう数年間、国債発行額を30兆円に抑制できるかどうかで下されるのではなく、彼が日本の政治過程に国民の力を動員したように、日本経済に民主主義を導入できるかどうかに左右される。レーガン大統領やサッチャー首相のように、小泉首相の経済政策はサプライ・サイド経済の行方がカギを握っている。


■ 国民の購買力をどう引き上げるか

かつてサプライ・サイドの改革を進めたサッチャーやレーガンは、自分たちの政策がすぐにデフレ的効果を及ぼすことを完全に認識していた。サプライ・サイド政策は、政府の介入を弱め、民間部門のイニシアティブを重視する性格をもつが、最初の段階ではつねにデフレ的である。これは、競争の激化によって、力が弱く非効率的な企業が廃業に追いやられるからである。こうした当初のデフレ圧力に抵抗するために、伝統的なサプライ・サイダーたちは大規模な減税を実施した。これは、国民の購買力を直接引き上げることになる。しかし、日本は史上最大の赤字を抱え、この手段をなかなか使えない。筆者の個人的意見としては、日本の競争力を高めるためには、現行40%の法人税を30%に引き下げることが必要と考える。しかし、小泉首相にはそれよりもっと効果的な政策手段がある。

コイズミノミクスは、国民の購買力を高めるために、日本の経済・産業文化を依然として直接・間接に支配している経済・産業面のカルテルを打破する必要がある。まず実行すべきことは、政府による「事実上」の大規模独占に対する規制緩和を集中的に行うことである。公的企業による独占利益を削減することによって、実質的な減税効果が期待できるからである。日本の消費者は、年間総支出額の約2.5%を、固定式電話や携帯電話、インターネットの接続など電子通信費に支払っている。政府がこれら料金を30%引き下げるよう命じれば、個人消費の0.7%程度が浮くことになり、その分を自由な市場で取引されているモノやサービスの購入に仕向けることができる。

間接的な減税――間接的という言葉を使ったのは、税率ではなく、政府による規制価格の削減を通じたものだからである――が実施できるその他の分野としては、政府が「事実上」独占している公益事業が挙げられる。都市部の消費者は、年間総支出の約5%を電気・ガス・水道料金の支払いに充てている。政府がこの料金の10%値下げを命ずれば、個人消費は0.5%程度増加する計算になる。もちろん、公共料金値下げの正確な経済効果はわからない。どの程度のコスト削減が実際に行われるのか、電気・ガス・水道の利用はどの程度増えるのか。しかし、それは、一国の首相が心配することではない。さらに、そんなことをしても国内の総消費の中身が入れ替わるだけだという、エコノミストの議論も無意味である。事実上の政府独占から自由市場経済へ国民の富を再分配するという政策決定が行われること、これが重要なのである。

2001年秋の日本経済にとって最大の課題は、「自由な市場で取引されている財やサービスの消費に対する需要を高めること」である。より大胆な規制緩和や、「事実上」の政府独占が行われている電気通信分野や公益事業分野の価格引き下げを通じて、国民の購買力を引き上げること――これがそのための最も直接かつ効果的な手段である。こうした政策が今年の秋に提示されるかどうかが注目点である。


■ 邦銀にとっての新たな収益獲得チャンス

銀行・金融面では、不良債権処理が議論の中心となっているが、これは問題の本質から目を背けさせるものである。銀行についても、「国民の購買力向上」と同様の政策を進めるのがコイズミノミクスである。小泉首相は3カ月前の就任以来、住宅金融公庫の民営化に向けて積極的に動いてきた。この巨大な組織は、郵貯と財政投融資が支配する日本の金融社会主義機構の中心的存在である。

住宅金融公庫は郵貯を資金源として市場より低い金利を提供し、国内の住宅ローン市場の約3分の1を占めている。この分野での規制緩和は即座に「クラウディング・イン」を引き起こし、民間銀行にとって輝かしいビジネスチャンスと収益獲得機会を与える。住宅ローンは銀行にとってかなり手堅い利ざやを稼げる市場なので、有力な銀行アナリストは、小泉首相の規制緩和によって邦銀の業務純益は15%も高まると推計している。

このように、小泉首相の政策は、銀行に対して具体的なビジネスチャンスや収益獲得機会を新たに提供している。これは、不良債権に関する終わりのない論争より、明らかに重要なことである。首相の住宅金融公庫民営化案が今年の秋に法律化されるということであれば、邦銀は初めて前向きの政策に直面することになる。


■ 大型補正予算は不要

コイズミノミクスを評価するもう一つの方法は、何をすべきでないかを考えることである。これまでは、景気後退が進めばすぐに大型の補正予算が組まれた。小泉首相はこのパターンに従わない。補正予算は国民の購買力を削減するからである。すでに日本では、これまでのケインズ的な救済措置によって、政府債務残高がGDPの130%に達している。そのコストは国民が背負うことになる。小泉首相は来年度の新規国債発行額を30兆円(2440億ドル)、つまり日本の1家計当たり2000円までに抑制するとしている。このお金は、東京で金融機関が集まる地価の高いところなら昼食2人分、地方に行けば3人分に相当する。

国債の償還費用が、国民の購買力を引き下げることは明らかである。さらに、金利がすでにかなり低くなっているので、国債の価格は将来低下するとは考えにくい。小泉首相の経済政策はこの点に注目している。財政赤字を増やせば、国民の購買力がその分低下するのである。もちろん、2兆~3兆円程度の小規模な補正予算の編成は、技術的にやむをえないかもしれない。今年度の税収不足を埋め合わせる必要があるからである。しかし、今年度も大型の経済対策が組まれるようだと、かなりの危険信号といわざるをえない。

小泉首相の先導者である中曽根元首相は、「日本の政治は、一寸先は闇」という言葉を生んだ。政治的にも政策面でも、多くの試練が小泉首相の行方に待っていることは確実である。しかし、全体として見ると、彼の経済政策は正しい方向に動き出したといえる。コイズミノミクスが、規制緩和と民営化によって日本国民の購買力向上を目指せば、日本経済はよい方向に進むだろう。