ロバート・フェルドマン (モルガンスタンレー証券調査部長・チーフエコノミスト)
Robert Alan Feldman
1953年生まれ。イェール大卒、MITでPh.D.取得(経済学)。NY連銀、IMF勤務など経て現職。著書に「日本の衰弱」「日本の再起」。 Institutional Investor誌「The All-Asia Research Team Poll」で第1位 を獲得。
佐治信行 (みずほ証券チーフエコノミスト)
さじ・のぶゆき
1958年生まれ。関西学院大学法学部卒。日興リサーチセンター投資戦略部長など経て現職。著書に『「景気循環」で読む日本経済』(共著)。 Institutinal Invester誌、The All-Asia Research Team Ranking、エコノミスト部門第2位。
経済がよくない状況のなかで、参院選後、小泉総理は構造改革に踏み込もうとしています。経済の専門家の方はそれをどうご覧になっているのか、また、この改革を成功させるにはどういう考え方が必要なのか、という点をお話いただければと思います。まず、最近の経済の状況からお願いします。
■ 日本の経済停滞の要因
佐治 今回の景気の悪化は、日本の製造業を中心とした産業競争力が大きく落ちようとしている局面で起こっているのではないか。
つまり、1999年から2000年にかけて、ハイテクを中心とした電機機械工業がリードしていく景気の回復があった。それが遮断されはじめてきたことの意味は、加工産業を中心に輸出を増やして成長するという、これまでの長期的な路線が否定されはじめてきたということではないか。今回の不況は、そうしたタイプのものではないかと思う。ここが重要なポイントだ。
特にどこが重要かといえば、電気機械工業の部品などの投入価格は下がっているが、それ以上に産出価格、すなわちアッセンブラーの完成品の価格が下がっているので、プライス・マージンがどんどん下がっていっている。これは専門用語でいえば、交易条件が下がっているということになる。
こうして交易条件が下がりながら、数量調整が起きている。それをなんとか持ち上げようとすると、製品の開発をより速めて、ライフサイクルを短くすることになる。しかし電気機械工業は歩留りが収益の源だから、このように3年のライフサイクルの製品を2年に縮められると、最後の3年目の歩留りから得られる収益が消えていくことになる。
こうして、電気機械工業の収益構造を見ると、アジアの追い上げによる交易条件の悪化などによって、限界まで利益を得られない状況になってきている。それゆえ、日本の製造業を中心とした景気のサイクルは、今の時点でおそらく遮断されると思っている。
こうしたことや、非製造業部門の不良債権処理などを視野に入れて足元の景況感を見ると、製造業も非製造業も同時にマイナス成長になるという状況だ。GDP成長率でいえば、2001年は実質でマイナス0.4%、名目でマイナス1.9%となっている。名目と実質の成長率が同時にマイナスになるというコンビネーションは、98年度、世界的な金融危機が起こったとき以来で、戦後は1回しか起こっていない。それ以前では終戦の1945年と1923年の関東大震災の年だ。
つまり、名目成長率と実質成長率が同時にマイナスになるというのは、国土が破壊されている年、状況でしか起こっていない。今年はこれが起こりそうだ。来年度もおそらく名目と実質がマイナスになると思われるが、2年連続でそうしたことが起きるというのは、日本近代史で初めての現象となる。
やはり、冒頭で述べたとおり、われわれエコノミストは、これまでの日本の産業構造、特に経済をリードしてきた産業の競争力が破壊されているという切り口で現状を見ておかなければいけない。
となれば、問題は、特殊法人改革などではなく――それも確かに重要ではあるが――、不況下での構造改革によって、産業構造を切り替えられるのかということだと思う。
フェルドマン 最近経済状況が悪化している原因はいくつかある。ひとつはITバブルがはじけて、世界的に落ち込んでいること。もうひとつは、資産価格がまだ最低値になっていないことだ。そのため、新しく不動産を開発したいと思う人たちの意欲がまだ顕在化していない。だめになった土地を安くでもいいからとにかく売れ、ということになってくれば、安くした土地から順に動くようになる。そのような形での資産構造の改革が必要だと思う。
企業のリストラの点では、今はいろいろな問題が混ざっている。
今注目を集めている問題は、勝ち組である優良企業が、本当にだめな企業、すなわち収益性が非常に低くてレバレッジ・レシオ(負債比率)が非常に高い企業を、助けられるにもかかわらず、買わないということだ。勝ち組がなぜ負け組を買わないかというと、資産の値段が高すぎるためだ。
資産に対するリターンである総資産利益率を見ると、勝ち組企業は平均で7.23%、負け組が平均で0.9%。一方でバランスシートの大きさを見ると、勝ち組が平均で1300億円ぐらいと小さいのに対し、負け組は4000億円以上となっている。
もうひとつの問題は、レバレッジが低く、バランスシートは問題ないけれども、収益率も低く、事業として成り立たない企業の存在だ。こうした企業が大体4分の1ある。
こうして、今は2つの問題を抱えている。ひとつは、不良債権の存在と、勝ち組企業が負け組企業を買わないという問題。もうひとつは、勝ち組と負け組の間にある「待ち組企業」が、どうやって高い利益を出せるように転換するか、あるいはさせるかという問題だ。
■ 真の意味での構造改革とは
――構造改革に対する考え方というのは。真の意味での日本の構造改革とはどういうことだとお考えですか。
佐治 私は、今の日本の産業構造を、サービス化へ向けていくきっかけをつくるのが構造改革だと思っている。日本の付加価値のうち、半分は下回ってきているとはいえ、限界的な成長力を製造業が担っているという構造はずっと変わっておらず、かつ輸出比率は80年代前半よりも上昇している。つまり、今でも製造業中心の社会は大きくは変わっていないと見ている。
その製造業のコスト、例えば1時間当たりの人件費は、フリンジ・ベネフィットも入れると日本は21ドル、アメリカ19ドル、韓国や他のNIES諸国は6ドル、メキシコは1ドル、中国はおそらく1ドルを割っている。これでは相手にならない。
今回、IT関連製品の価格はものすごい勢いで下がり、日本もそれにあわせざるを得なかったが、しかしそれでは採算が合わなくなっている。そうすると在庫調整となって、この循環から抜け出せなくなる。
問題なのは、サービスに対する需要が全く増えてこないことだ。サービスの需要を増やすには、サービスの価格を下げなければいけない。サービスの価格を下げるには、サービスを供給している人たちのコストを下げなければいけない。では、人のコストを下げるにはどうしたらいいか。若い人を雇えばいいというのもひとつの案ではあるが、もっと経済原理を使えば、失業を増やさなければ、賃金は下がらない。日本は低失業率によって賃金の下方硬直性が守られているので、これを一度壊さなければいけない。
誤解を招くのを承知でいえば、失業政策を取らないと、産業の構造改革、つまり、ソフト産業とかサービス業へのシフトはできない。
今、第三次活動指数のなかで、活動が比較的しっかりしていて、雇用吸収力があるのは、清掃業、警備業、廃棄物処理業の3つだ。よくいわれる、情報通信は確かに伸びてはいるが、特殊な技術が必要なので雇用吸収力がない。
この3つの分野には、いわゆるリストラされた人が行っているが、その賃金は、サービス業のなかで順番をつけると、下から5番目に入っている。要するに、今需要が増えていて、かつ雇用吸収力があるのは、賃金が下から数えて5番目に入っているところばかりだ。なぜか。供給サイドからすれば、コストが下がれば人は雇うし、需要サイドからすれば、サービスが安く提供されているのであればそれを使おうとするからだ。
私は、日本経済を清掃業と廃棄物処理業で成長させようと思ってはいないが、それらの分野で証明されていることは、賃金を下げれば、サービス化が進むということだ。
賃金を下げるひとつのきっかけが、不良債権の処理だ。不良債権処理で銀行が貸し出しを増やすことはない。例えば新生銀行は、平成13年度の決算で、不良債権を5700億円減らしているが、新生銀行の貸し出しは1兆円の減少と、それ以上に減っている。
しかし、政府は増えないといっているが、不良債権を処理すれば失業率が確実に増えて、賃金の下方硬直性が壊れていく。すると、サービスの供給価格が下がり、サービスへの需要がついてくるというメカニズムが初めて働き始める、と私は見ている。
フェルドマン 佐治さんのお話から、80年代前半のアメリカを連想した。当時のアメリカでも、雇用が増えたうち、かなりの部分がガードマンだった。
確かに、今、失業している方を吸収するには、そういった賃金破壊の部分が必要かもしれない。なぜ必要かというと、スキルがないからだ。しかし、本当に豊かな日本経済をつくるということを考えれば、やはりクビになった人たちのスキルズをどう増やすかが肝心なポイントだと思う。
現在の求職者数は、80年代後半と比べると100万人以上多い。現在、求人は150万人ぐらいだと思うが、15年前は、これと同じぐらいの求職者がいた。しかし現在の求職者は250万人ぐらいで、ミスマッチが非常に大きい。アメリカにもかつて全く同じ問題が存在したし、ヨーロッパには今でもあるが、これを解決するにはやはり教育しかない。
そこで、どのように勉強の意欲を高めるかがポイントになる。その点で、賃金体系が崩れるということは非常にいいことだと思う。政府がその役割を果たせる部分があるとは思うが、これは基本的に個人的なことだし、首相が勉強しろといったから勉強するかといえば、それはない。
それから、「平均賃金を下げるなら若い人を雇えばいい」という意見があるが、そうした賃金体系は古い。高齢者のなかには、安い賃金でもいいから働きますという人はたくさんいるし、若い人のなかには高い技術をもつ人はたくさんいる。そういう人たちに、おまえは若いから安く働けなどと言ったら、逃げられるだろう。年齢イコール賃金という感覚は、もう崩れてしまったほうがいい。その意味で、佐治さんがおっしゃったことはごもっともだという感じがする。
佐治 実際問題として、失業して、おカネがなくなったら教育を受けられない。その意味で、失業しようがしまいが自分のスキルは変わらない。しかしコストが下がれば、1スキル当たりのコストが下がるのだから、それを雇う人が出てくる。
もちろん、社会的なインフラとして、スキルアップするための教育が必要なのだけれども、経済の需給均衡メカニズムが働くから、需要が出るところまでコスト、すなわち賃金は下がるに決まっている。
そうしてコストが下がってくれば、その人のスキルは変わらなくても雇ってもらえるし、かつ、企業側からみれば、マネジメントの複合化によって、例えばただのガードマンとして雇うのではなく、ガードマンとビルのメンテナンスを複合したようなサービスができる可能性もある。そうなれば、オン・ザ・ジョブのスキルアップもできるようになる。
フェルドマン スカイラークの社長からおもしろい話を聞いたことがある。彼があの会社をつくった理由は、家族や兄弟が失業したからだそうだ。何かやらなくてはと思って、新しい形のレストランをつくろうとした。このように、困ったときこそ創造力がよく働くということを見逃してはいけない。私は拙著『日本の再起』(東洋経済新報社、2001年)でクリック・サイクルという持論を論じたが、危機から反応、反応から改善ということを考えなくてはいけないと思う。
■ 骨太の方針をどう評価するのか
――6月下旬に、小泉内閣の「骨太の方針」が出されたが、あの中身はわれわれが行っている構造改革の議論から見てどうなのか、その評価をしてほしい。
佐治 ポイントは財政構造改革と、不良債権処理の部分だと思う。他にもいろいろついているが、あれは飾りものだ。
もし30兆円のキャップを設けて歳出をカットすれば、債券市場に与える影響もポイントになるが、それよりも実物経済にネガティブな影響を与えて、失業率が上がることになる。
竹中さんは、失業はあまり増えないし、金融機関のリスクもとると言っているけれども、そんなことは絶対にありえない。しかしその理屈でやってくれれば、結果的に今の賃金水準は下がって、構造改革は一気に進んでいくと思う。
ただ、それを突き詰めれば不況になるので、賃金調整が生じて不況になった後、サービス化の方向にもっていくには、税によるインセンティブをつけなくてはいけない。税のインセンティブといったとき、需要サイドのインセンティブと供給サイドのインセンティブが必要だ。
需要サイドのインセンティブというのは、使う側のインセンティブのことだ。今から5年先に、30代の人たちの収入は人口動態上自然に増える。今50代前半にいる団塊の世代の人たちは、退職していって限界消費性向は低くなるけれども、30代の限界消費性向は高いので、ディマンドは実は落ちないと思っている。5年後、30代の人たちは所得層でいけば中間上位所得層に入っていくが、その層の税率を下げるというのは、あってもいいと思う。
一方、三百数十万という課税最低限は世界一高い。課税最低限をパートと同じくらいの135万円ぐらいにしてもいい。
それから、できるできないはともかく、供給サイドのインセンティブをつけなければいけない。
供給サイドのインセンティブというのは法人税のことだ。黒字企業で、収益が出たら40%取られるという法人税率は、率直に言えば高い。一方で、67%の赤字企業が税金を払っていないのは絶対おかしい。
今回の基本方針では、地方への財源移譲について書いてある。釣り人やトラックから税金を取るのは大いにいいが、その前に外形標準課税についてきちっと議論をして入れたほうがいいと思う。それによって税の安定性を確保して、今のタウン・タックスを全国の企業に適用すると、非常にラフに計算すれば、法人税の実効税率は30%くらいまで下げられるのでないかと思っている。
法人税率は確か、イギリスが今30%を超えていて、ドイツも30%程度だったと思うが、日本はこのようにすれば、黒字企業にとって、先進国で法人税率がいちばん安い国のひとつになる。逆に、赤字企業にとってはいちばん厳しい。
労働分配率を下げて付加価値の高い製品をつくって収益を上げた企業が、40%もの税金を取られるというのはおかしいのではないか。
――小泉改革は本当に構造改革に踏み込めるのか。そこに行く前に、景気優先派の反撃で、またお手上げになるのではないかという疑問がある。
佐治 実際の世界では、実際失業率が上がってきて、自殺者が増えてくれば、橋本改革と一緒でひっくり返すことができると思っている。
ただ、そこが小泉政権の踏ん張りどころだと思う。セーフティネットをしっかりつくって断行する、ということでなくてはいけない。
フェルドマン 全体の評価を申し上げると、財政に関しては非常によく頑張っていると思う。それぞれの小さな分野が自分のことばかり考えて、全体の方針をあまり批判しない。だから、いろいろな分野でやろうといっている、この戦略は政治的に非常にいい。
不良債権はこれからが勝負だと思う。柳沢さんと竹中さんの意見の違いはいろいろあるらしいが、6月21日の経済財政諮問会議のリポートを読むと、だんだん竹中さんの考えに沿って動いているという感じがする。
例えば、整理回収機構を積極的に使うという方針や、塩川財相は、必要であれば公的資本を入れてもいいのではないかという発言をしている。こうしたことから、より果敢に処理に踏み込もうとしているといえる。動いていないということではないと思う。
財政再建と不良債権処理以外は飾りものという評判があるが、私はそうではないと思う。特に諮問会議のレポートのなかで、セーフティネットに関する部分がかなり長いが、これは非常に肝心なポイントだ。
例えば補正予算が必要になったとき、今まであれば必要ない橋をつくったり、道路をつくったりして供給側をいじって需要をサポートしてきた。しかし、これからはセーフティネットで補正予算をつくるということであれば、必要のない供給をつぶしながら需要を支えることになる。これは今までの哲学と正反対のものだ。
そういう意味で、報告書のセーフティネットに関する考え方はかなり画期的だという感じがした。
■ 小泉改革は橋本改革の二の舞になるのか
――橋本改革のとき、財政構造改革をやろうとしたが、景気が悪くなってできなかった。今も同じような状況になってきているのではないか。
佐治 橋本構造改革のときは、一律何%という規模で、構造改革法に基づいて支出をストップしただけ。一方で今回の不良債権処理の数字などを見ると、外生的な要因というか、政府がやろうとしていることのデフレ圧力は、結果的に今回のほうが大きいと思う。
ちなみに、橋本構造改革が間違いだったという議論はそもそも間違いだ。財政構造改革で歳出をカットしたから景気が悪くなったというが、日本経済は、その前にシクリカル(循環的)に見て96年にはピークアウトしていた。
――橋本内閣も小泉内閣も、ピークアウトして下がっているときに改革に踏み込んでいくという点では同じだと思う。しかも、いろいろな政策がほとんど限界になってきている状況でやらざるをえない。かなり追い詰められている。
佐治 構造改革を断行した場合のインパクトは、今回のほうが強い。断行しないで、食わせていけなくはないけれども、ここで変えないと、電気機械工業という、日本の東証の金看板が明らかに外れる。その意味で実は、不況になっても、ここでやらなければいけないという緊迫感がある。不良債権処理もそうだが、国民が失業を許容せざるをえなくなると思う。ここを政治サイドがどうデコレーションするか。つまり、セーフティネットをどう設けて、マインド的な安心感をもたせながら誘導していけるかどうかは、小泉さんにかかっている。橋本さんは、経済が落ちているときに一気にやろうとしたから、だれも支持しなかった。ここが小泉さんの腕の見せどころだと思う。
――小泉さんはそこまで戦略を描いてやっているように見えますか。
フェルドマン 今の状況と橋本さんのときの状況では、違うところがいくつかある。
まず財政スタンスでは、橋本さんは非常に厳しい引き締めをした。公共事業の削減もあったし、増税、社会保障の負担増もあった。だから、GDPの約2%のマイナス効果があった。
一方、小泉さんは30兆円以上の国債発行はだめだと言っているが、これは今年度の28兆円に比べて若干大きい。つまり公的部門の大きなマイナスは計画していない。将来はそうするのだろうが、現時点ではそれほどマイナスではない。
もうひとつは、小泉政権はアウトサイダーの力を借りてやっているということだ。橋本さんは、インサイダーで改革をやろうとしたので、インサイダーたちのバランスのとれた政治しかできないという状態のなかで、おかしくなってしまった。
さらに、おもしろい点ですが、当時は97年7月1日からアジア危機に入った。一方、今回、アメリカはもうすでに悪くなっている。年後半から緩やかながら回復ということなので、国際環境という点では小泉さんが多少助かる部分もあるかと思う。
過日、150人くらいの参加者がいるミーティングで、失業率が上がったら支持率がどうなるかと聞いてみた。するとその人たちは、失業率が上がるともちろん支持率は下がるが、失業率が7%を超えないと支持率が5割を割り込まないのではないか、という予測をした。その点では、多少余裕があるのではないかという感じがする。
――フェルドマンさんのクリック・サイクル論で言えば、危機に対する反応があったあと怠慢が始まり、また危機が来るというのがこれまでの日本経済でしたね。それはどうですか。政治的な主導力で突破することが可能なのか。
フェルドマン 今はまだ危機象限にいると思います。ただし、本格的な反応段階がおそらく9月から始まると思います。ポイントは、小泉さんが反対勢力に足を引っ張られるかどうかです、引っ張られた場合、財政を出して危機を抑えようということで、彼が完全にゴルバチョフ化されてしまう。すなわち、改革をやりたいけれども、自分の周りの人たちに足を引っ張られてだめになってしまう。
逆に、守旧派が負けて、小泉さんが言うとおりに変身していくことが可能であれば、サッチャー型、すなわち本格的な改革を実行するという形になる。私はサッチャー型にならざるをえないと思っているが、まだわからない。
――最終的にはサッチャー型だが、もう一度ゴルバチョフ型に戻る場合もあると。
フェルドマン ありうると思います。私は証券会社にいますが、債券のお客様と株のお客様は意見が違う。債券のお客様の半分以上は、多分ゴルバチョフ型で終わるだろうと言う。一方、株のお客様は、悲観論者は4分の1くらいで、4分の3が多分サッチャー型になっていくだろうと考えている。
――改革が進んでひどいデフレ現象が出た場合、国民によほど覚悟を固めさせないと話にならない。だが、今の政権の流れを見ていると、そこまで覚悟を固めさせてはいない。これでは、昔に逆戻りで、やはり景気は悪くしないとか、財政を出すという議論になってくる可能性がある。
フェルドマン 今回の危機は今までの危機とはちょっと違う。というのは、今までは景気循環の危機もあって、みんなが大変な状況だったが、不良債権処理は、ある人にとってはすごく危機だが、ある人にとってはすごいチャンスになるという側面がある。
■ 不良債権対策は後退したのか
――小泉さんは、不良債権処理を本気でやらなければならないと言っているが、一方で、「骨太の方針」では、そのトーンが後退しているという意見があるが。
佐治 不良債権が原因で不況になっているのか、あるいは不況の結果として不良債権が出ているかということを考えると、ここ3年ぐらいは、結果として不良債権なっているものが多いのではないか。
不況の原因としての不良債権として、まだ残っているものが確かにあるので、これはバランスシートから落とさなければいけない。一方で、景気の悪化により生じた不良債権は、景気が回復してくれば、ある程度収益を上げられるものが残っている。この線引きをするガイドラインは、そう簡単にはつくれないだろうと思う。
今の主要16行でいえば、破綻先、実質破綻先、破綻懸念先の不良債権11兆7000億円、要するに、不況の原因であるものの処理は厳格にやったほうがいい。小泉政権はその処理をすると言っているから、その点はオーケーだが、どういう方法で処理するかが、見えない。私的整理なのか、法的整理なのか。私的で進めるのであれば、ある基準で引き当てをして、さあ、この分を消しましょう、という形で進めなくてはいけないので、ガイドラインづくりをきちっとしなくてはいけないが、そこがやや後退しているような気がする。
銀行の実務上からいえば、そう簡単にガイドラインができるはずはない。それを経団連に渡すというのは、よく理解できない。
――健全化計画に基づく資本注入がフィクションだったのが明らかになっているのに、では、それをどうするのか、行政側の方向が見えなくなっている。また、金融業界も合併、再編という新しい展開を見せようとしたけれども、期待したほどには動かず、問題を引きずりつづけているように見える。さらにペイオフも解禁できていないし、金利も抑えられて金融はかなり管理されている。こうした現状からどう脱却し、冒頭でおっしゃられたような産業構造調整にもっていくのか。そのシナリオなり戦略が見えていない。
フェルドマン 「基本方針」にも、整理回収機構への言及があったと思うが、銀行が私的に処理するということであれば、解決は早く進まない。公的機構で処理してもらうしかないと思う。
その際、どのような債権を強制的に引き取り、どういう値段で買い入れるかを考える必要がある。これまでの整理回収機構の買い入れを見ると、平均して、元本に比べて大体5%買ってきた。これは法的な問題や、暴力団の問題などで、銀行が自力で処理できない、いわゆる問題債権だったと思うが、今後はより幅広く、大変大きな金額でやるということになれば、銀行が資本の目減りを引き受けることになるので、経営問題、株主責任が問われることになる。けれども、やらないともっと大きな危機が生じてしまう。だから、選択肢はひとつしかない。
■ 金融システム改革は民間の自主性で実現できるのか
――具体的なイメージでいくと、例えば銀行が処理を進めれば資本が足りなくなる。その部分を公的資金で埋めれば、優先株ベースでやっていたとしても国有銀行に限りなく近づくことになる。そうして国がコントロールしながら、一気に金融を立て直して、その後に市場に戻す、というところまで公的にやらなくてはならない段階なのか、それとも民間側の自主性に任せるのか。後者での問題解決は期待できないが、「骨太の計画」ではまさにそういう表現になっている。ということは、ハードランディング型での調整になるしかないのではないか。
フェルドマン アメリカのRTC(整理信託公社)でも、80年代後半に同じような問題があった。88年あたりには、不良債権ばかりがたまっていって、安く売れないという状態だったので、シードマンさんが議会へ行って、安く売ってもいいようにしてくださいと言った。それから、ようやく本当の最終処理が始まった。日本では、整理回収機構は不良債権をまだたくさんもっているわけではないので、あと2段階ぐらい進んだら処理が始まるような気がします。
――不良債権処理にはかなりの資本投入が必要だとして、30兆円のキャップは来年からにして、今年は一気に入れましょう、というような政策の順位づけがあれば、戦略性は見えるのだが。
フェルドマン この30兆円は、私なりの解釈をすればフローベースの値だと思う。財政再建のための分は、例えば資産を売るのではないか。そうして入ってきたおカネは全く別枠だと思う。
だから、ストック調整のための国債発行と、景気を支えるためのフローの発行は別々に考えたほうがいい。フローベースの30兆円は30兆円に抑えるべきだが、例えば金融セクターを直すための国債発行は全然別枠にすべきだ。これは本質が全く違う。しかし、今はまだそのようにはなっていない。
佐治 要求払い国債でからくりをするということなら、なんとでも理屈はつくのではないか。
いったん不況を起こした後は、民間の自律的な調整メカニズムによって景気が浮揚してくるということを、政府は信じるべきだが、回復に向かう過程で資本劣化した部分については、株主責任が絶対問われることになる。
またそれで公的資金を注入するといったとき、そもそも銀行を中心に据えた金融システムでこれからもいくのか、あるいはそれとは違う新しい金融システムを構築して、新しくスタートを切るのかという、いわゆる金融国家論がない。だから、動かない。
■ 小泉改革に戦略は描かれているのか
――フェルドマンさんのお話でいくと、財政再建と不良債権処理を両立できるのかという議論になる。果たして両立できるのか。そして小泉政権の改革のなかにその戦略は本当に描かれているのか。
佐治 そう考えると、描かれていないのではと思われるような疑わしいものは山ほどある。30兆円のキャップと不良債権の処理、公的資金投入の整合性しかり。また、不良債権処理でデフレ圧力が発生するので、それを緩和するための、ディマンドを引き上げる政策は規制緩和であると言っているが、その効果の信憑性はどうなのか。あるいは道路特定財源の見直しや特殊法人改革もしかりだ。
道路特定財源は目的税なので、これを本当に変えるのなら、まず減税をしてから、道路に関する支出を減らしましょうということでなくてはいけない。また土地再生プランに移行するなら、常識的には、土地再生プラン上の特定財源としてつくらなければならない。
しかしそうではなく、ただ配分比率を変えるというのであれば、ある権益を別の場所に移すことにすぎない。財政は「入りを図りて出るを制す」、すなわち収入と支出がセットで見直されないといけない。「出る」を変えるだけでは構造改革にはならない。
今の小泉政権の構造改革を見ると、本当に経済の構造改革をしようとしているのか、あるいは自民党の構造改革をしているのか、混同しているところがある。なにかずれているのではないか。
フェルドマン サッチャー時代のイギリスでも、哲学ははっきりしていたが、つじつまが合わないことがたくさんあった。重要なのは試行錯誤なので、そういう部分があってもいいのではないか。小泉さんの頭の中にはおそらく、民間に任せられるものは民間に任せようという考え方がある。では、なぜ株の買い上げ機構をつくっているのかという批判ができるが、試行錯誤的にやるという面があるので、それはそれでいいのではないかと思う。
私は、むしろ言葉、言い回しを考えなくてはいけない部分があると思っている。例えば「整合性がない」というのはかなり批判的な言い方だが、これは実際には哲学を探している、ということだと思う。ミケランジェロは、捨てられた大理石からダビデ像をつくったが、今の小泉改革はまさにそうだ。どこを削れば、きれいなものをつくれるかを考えている最中だと思う。
もうひとつ、不良債権という言葉がある。「不良」という言葉には、道徳的に悪いという意味合いがある。しかしこれは、正確には「不良」ではなく「不採算」だ。不採算なものを処理をしましょうという話であれば、非常にやりやすくなると思う。
佐治 フェルドマンさんがおっしゃるように、今までのシステムを壊して新しいものをつくるときというのは、試行錯誤があるから、多少の不整合はあってもいい。しかし、最後の最後に、国家をこういう方向へ向けて、こういう社会をつくろうじゃないか、という議論がないように思う。この点はむしろ橋本政権のほうがあったのではないかという感じがしている。
フェルドマン それは、数値目標を立てればいい。自民党総裁選の最中、候補者は4人とも、財政支出の対GDP比率を下げながら、若干減税し、小さな政府ができればいいと言った。この議論を復活するのが、非常にいいと思う
例えばプライマリー・バランスの議論では、これまでゼロに戻しましょうと言ってきた。これは見方を変えればプラスにしなくていいという意味で、いわば上限だった。これに対し今回の諮問会議の報告書のなかでは上限は言っておらず、最低限を言っている。これは大きな進歩だ。
■ 景気対策必要論をどう見るか
――経済が落ち込むと、また景気対策が必要だという議論が出てくるが、これにはどう反論すればいいか。
佐治 景気対策で公共事業にお金を出すのも、ある程度効果的だとは思うが、しかし所得の再配分機能が、ある特定業種で固まってそれが不良債権業種になっているから、ギアが入ってこない。やはりそのおカネをギアの入る業種に回していかなければいけない。
私は、それをするくらいなら、税制改革をして、リスクを取って収益を上げた人や企業の税金を減らしたり、これからリスクを取ろうという人にインセンティブを与えるための予算として支出するということをしたほうがよいと思う。
――それは民間型の社会に変えるための呼び水ですね。
佐治 小泉政権の根本に、個人・企業がやる気を起こすような国家に変えていこうじゃないかというなんらかの国家論が存在しているのなら、受け入れられる痛みというのもあるのではないか。
昔のように公共事業を与えれば、また平和ボケが続いて、どんどん赤字は広がってJGBクライシスが出てくるようになる。結局そこに行くなら、リスクを取ろうという人のところ、あるいは限界消費性向、限界投資性向が高いところへ資金を回したほうがいい。
フェルドマン 今度の景気対策は、セーフティネットを中心としたものにすべきだ。私は、税制改革の点で、"THE・改革"というアイデアを出している
その意味を述べると、Tはテクノロジーだ。今後国税庁の役人などは減ってしまうので税制を電子化しないといけない。納税者番号制度を導入する一方で、税制を電子化して、非常に簡素な税制体系にすることがいい。
Hはオネスティー、遵法性という意味だ。みんながなぜ税金を払いたくないかというと、隣が払っていないからだ。電子税制を導入すれば、これを直せると思う。
Eはエフィシエンシー、効率だ。高齢化ということを考えると、まず所得税をゼロにすべきだ。というのも、資源を供給する人に税金をかけるということはそもそもよくない。ますます少なくなっていく労働者から税金を取るということは、働くインセンティブを削ぐなどの問題が起きてよくない。
もうひとつ、リスクに対する課税をゼロにしたほうがいい。金利はリスクを取らずにもらうおカネなので税金を取ってもいいと思うが、キャピタルゲインに対する課税はゼロにすべきだ。
他に、とん税や、石油税、相続税などの小さな税収しか入らない税金を廃止する。そして、生産要素にかかる税金をできるだけ少なくして、その分、消費税を増税して取るべきだと思っている。
■ 参院選後に経済危機は起こるか
――本当の構造調整をやるとかなりデフレ圧力が強まると思うが、どこぐらいまでいくのか。また危機が起きるようなことはないのか。
佐治 危機は起こります。その理由は、冒頭で述べたように明らかに日本の電気機械産業の競争力は落ちている。今、アメリカのエレクトロニクスの調整という外生的な要因で不況を語っていますが、日本の競争力が落ちているから、在庫調整が終わって一巡したとしても、それで浮揚してくることは当分ありえない。さらに、非製造業部門では、不良債権による呪縛があるから、これも悪くなる。
財政のほうは、締まると自然増収が発生する。1兆円、あるいはもう少し出るかもしれない。こうして、また使えるカネが出てくれば、参議院選で勝った政権が、補正予算が必要でしょうという話になる。こうして構造改革モードが一段下がる。すると金融市場はがっかりして、これで危機に入る。
その次は時価会計の恐怖が襲ってきます。これは銀行の中間決算もそうなのですが、本当に問題なのは、生保の時価会計。生保の時価会計の問題はものすごく根が深い。銀行は貸し出しを5~10年で回しているが、生保は30年で資産の長さが違う。この資産劣化による痛みは銀行どころではない。時価会計でソルベンシー・マージンが落ちてくるというリスクを、年度下期、生保はかなり味わうことになると思う。
キャッシュフローが入っていれば生保は大丈夫なので、買い手がいるうちはまだいいけれども、それがいつ途絶えるか。アメリカの金融市場も、今ではひところの勢いがなくなってきて、リストラが始まっている。つまり買い手がずっといてくれるわけではない。
下期、生保の破綻問題が出てくると、彼らは損切りして一斉に外債を引き揚げていきます。それから、株はもうもてない。すると、株価は下がり、外債は売られて円高になる。円高になれば、エレクトロニクス業界がまた多大な損失を被る。こうして下期は相当なデフレ圧力と、小泉改革に対する失望が入るので、構造改革どころではなくなると思う。
――株も下がりますか。
佐治 猛烈な勢いで下がる。投信がもっている電機セクターのウエイトは4割ぐらいになっているが、これはインデックスに対して持ちすぎだ。投信だから実は売れないので、みんなこれほどロスを発生させて投信をもっている。投信のロスは個人に降りかかり、個人消費も落ちてくる。
■ 小泉改革はサッチャー型かゴルバチョフ型か
――小泉さんはそういう状況の中でどういう手を打つのでしょうか。
佐治 私はゴルバチョフのシナリオになると思う。小泉さんの総理大臣のイスは自由度が高いイスでもあるので、やろうと思えばいろいろなことができる。後は小泉さんがどういうふうに対応されるかにかかっている。
フェルドマン 私はサッチャー型のシナリオを描いている。確かに8月に入ってから小泉さんが反対勢力に勝つかどうかはわからないが、彼が、インサイダーのように「緩くやりましょう」と言ったら彼の政治生命は終わる。彼はそれを絶対にわかっていると思う。彼の周りにいて、彼に力を貸しているアウトサイダーは、仮に株価が下がった場合、これはチャンスだと思うだろうと思っている。
例えばある生保が倒れた場合、その生保を整理するときに、資産を買う人がいないということではない。必ずある値段で買う人がいる。それが日本再生の原点です。その意味で、危機になった後、本当の反応が始まって、怠慢ができないような構造改革になっていくと思っている。
情報開示のルールはしっかりしたものになってきているし、ディスクロージャーやガバナンスもだんだんよくなってきている。十分とは言えないかもしれないが、その方向に動いているのだから、あまりにも悲観的に考えるのは問題がある。
――本当に痛みが表れてきたとき、国民がどこまで小泉さんを支えられるか。
佐治 痛みが出てくると、昭和恐慌のときなどもそうですが、論調が変わる。そうしたとき、例えば、これまでは20兆円の公共事業をやっていたけれども、今回は20兆円の税制改革だといった具合に一気に切り替えて、景気対策といっても奇想天外な変人の景気対策だということになれば......。
――今の感じでは、かなりハードランディングのイメージが強い。
フェルドマン レーガン政権でも、2年目は戦後最悪の不況だった。しかし、それでもこの路線を続けますと彼が言えたのは、やはり4年という任期があるからだ。
そこで、小泉さんは秋にかけて総選挙をやらなくてはいけない。そうして、私の言っていることでよろしいでしょうかと国民に問わなくてはいけない。当選したら4年間頑張ればいい。こうすれば、安心感が政権のなかに生まれるから、実際に、では、やりましょうということになる。
私は経済は危機的状況にならないと思っている。というのも、不採算債権の処理が意外に速いスピードで新しい投資を生むのではないかと思っている。そごうが倒産した後、その店舗に、かなり早い段階でビックカメラが入ったことはその一例だ。
――それは清算したからですね。ぐずぐずやっているときはそうはいかない。
フェルドマン そう。日本経済の新陳代謝が90年代の構造改革で早くなったと思います。
佐治 フェルドマンさんの後半がそういうシナリオになるんだったら、多分変わらない。
しかし、竹中さんが自らの理屈を信じて、「失業など、大した影響はないので、ここはきちっと処理すべきだ」と動いて、その結果、大変なことが起こってそれで改革が進んでいくというシナリオなら、それのほうがありうると思う。
本当に構造改革を進めれば、今の年間3万人の自殺者が、6万人になるかもしれない。3万人という数字をどう見るか。サイパンが陥落したときに3万人死んでいる。3万人は陸軍の2個師団に相当するが、2個師団を失った東条英機内閣は総辞職して、そこから終戦の道へ入っていく。
戦前の政治経済から戦後の政治経済、そこに舵を切るときは3万という人が死んだ。自殺者が3万人増えるということを、竹中さんがやってくれれば、手術は進む。
竹中さんは構造改革をしても大した問題は生じないと言っているが、そんなことはありえない。経済は理屈どおりには絶対にいかないものだ。いずれにせよ、産業構造をサービス化の方向に向けて変えていけるかどうかが、日本経済のこれからを占うカギだと思っている。
――ありがとうございました。
(司会は工藤泰志・言論NPOチーフエディター)