黒田東彦 (財務官)
くろだ・はるひこ
1944年生まれ。67年東京大学法学部卒業。71年オックスフォード大学経済学修士取得。67年大蔵省入省。87年国際金融局国際機構課長、91年主税局総務課長、92年大臣官房参事官(副財務官)、97年国際金融局長を経て、99年財務官に就任。著書は『財政・金融・為替の変動分析』『政策協調下の国際金融』『国際交渉-異文化の衝撃と対応』。
概要
財務官の黒田東彦氏は、日本の不良債権処理の成功は日銀がデフレを本気で止めようとするのかにかかっている、と主張する。持続的な物価の下落は金融的な現象に過ぎず、日本社会にビルトインされたデフレマインドを覆すためには、日銀が伝統的な金融政策の大転換を図るべきだと考える。黒田氏が期待するのは日銀が物価安定目標を設定し長期国債の買いオペを物価が安定するまで続けること。物価の下落が続く限り、新規の不良債権は増え続けるからだ。
記事
今のデフレの問題を世界、そして国内の経済状況から考えてみたい。まず世界の経済状況については、回復過程にあるというシナリオ自身は崩れていないが、今年の春まで考えられていたよりもかなり緩やかな回復になっている。その最大の理由は、回復のエンジンであったアメリカ経済の減速である。それに合わせてヨーロッパや日本、そして新興市場諸国も回復が全体として緩やかになっている。ヨーロッパは、ドイツ、イタリアを中心に非常に状況は難しくなり、特にドイツなどは、最近の足元を見ると日本よりも悪い経済状況になっている。
日本はこの間、デフレが続いていたが、そうした海外の要因がさらにデフレを悪化させている。それが新規の不良債権を生み出し、銀行が不良債権を処理していけば当然資本が棄損するわけで、BIS規制を守るために今度は貸し出しを圧縮しようとしている。デフレが不良債権問題をつくり、それがまたデフレをつくっていくという悪循環であり、いわばデフレスパイラルという現象に陥っていると言ってよい。
世界経済が抱える3つのリスク
こうした状況の中で、世界経済はいくつかのリスクを抱え始めている。1つは世界的な株安の影響。これは日本だけの現象ではない。世界的にこの春から最近まで大幅に株が下がった。日本とアメリカの株の下落は大体同じだが、ドイツではこの春から、実に4割以上下がっている。この影響がどのように出てくるかはなかなか読めないが、資産効果で消費が悪くなるということが考えられるほか、企業は株の発行によるエクイティファイナンスがしにくくなり、設備投資が弱くなる、あるいは日本やドイツのように銀行が株を保有しているところでは金融システムが不安定になるとか、さまざまな影響が考えられる。
2つ目のリスクは、日本ではあまり報道されていないが、実はラテンアメリカ諸国は当初のアルゼンチンだけではなく、その後、ウルグアイ、パラグアイ、エクアドル、ボリビア、ベネズエラ、そしてブラジルとその大半が通貨、金融の危機的な状況に陥っている。これが世界経済に今後、どのような影響を及ぼすのかの問題がある。第3のリスクは、現段階ではまだ何とも言えないが、仮にアメリカがイラクを攻撃したり、あるいは中近東などで不穏な動きが起こり、テロリストのいろいろな攻撃とか、予期できない安全保障上の、あるいは治安上の問題が起きる可能性があることである。そうなると、どうしても経済にも影響が出てしまう。私たちはこうしたリスクに十分、注意を払いながら経済情勢を見て、経済政策を運営していかなければならない状況になっている。
こうした世界的な株安や中南米の問題は、そもそもはアメリカの問題がその背景にある。資金はグローバルに動いているため、アメリカの株安は資金の収縮、または回収の動きとして、世界に波及するからだ。アメリカで起こっている問題は2つあり、1つは90年代後半のITバブル、ニューエコノミーバブルの調整が加速していることだ。企業の過剰な設備投資の裏側には当然エクイティファイナンスがあり、ニューエコノミーなどを持てはやして、株価が高いところに資金が流れ過ぎていた。日本のバブル後に株価調整があったように、アメリカもそうしたバブル後に株価調整があって、まだ依然として不安定な状況にある。もう1つの要因も日本のバブル後とよく似ている。ありとあらゆる粉飾決算、フィナンシャルスキャンダル、コーポレートフロード、そういうものが数多く表面化した。あのエンロン、ワールドコム、その他ブルーチップで有名な会社に至るまで会計疑惑が指摘されている。こうした金融スキャンダルが明らかになって、ますます企業は信用を失い、株式が影響を受けることで、アメリカの株価が相当下がってきた。
アメリカの株下落の影響
アメリカの株の下落に伴う影響はいろいろ考えられる。アメリカではグローバルに投資しているため、例えばアメリカの投資ファンドにはアメリカの株だけではなくて、日本やヨーロッパの株も組み入れられている。株が下がると、投資する人はそれを資金化して逃げたいため、解約が始まる。そうすると投資ファンドは資産を処分しておカネを払わなくてはいけない。その時には下落を続けるアメリカの株よりも、まだそれまで下がっていなかった日欧などの株を売り、資金化して払おう、となる。そのため、他の国の株が下がる。さらに、ファンドというのは大体、国ごとか産業ごとに一定の組み入れ比率で組成しているため、アメリカの株が下がりそのシェアが下がると、日本やヨーロッパやエマージングエコノミーの株を処分しないとアメリカの株のシェアが過小になってしまう。アメリカの株は自動的にナンピン買いになり、海外の株は売ることになり、株価下落の影響は世界に及ぶ。
そういう状況になってくると投資家は全般的に非常にリスクアバース、リスク回避的になる。そうすると、特にエマージングエコノミーに対する資金というのはどうしても細っていくことになる。エマージングでもアジアとラテンアメリカは状況が異なる。アジアは97年の通貨危機を経て、ほとんどの国が経常収支黒字になっている。ただラテンアメリカ諸国はほとんどすべてが資本輸入国で経常収支が赤字のため、資本が少し細ってくると、為替市場とか金融市場に混乱が起こってしまう。今のラテンアメリカの状況はアルゼンチンに始まり、アルゼンチンの現象が他に波及したというよりも、世界的に投資家がリスクアバースになっているため、資金の回収や、少なくとも新規の投資が動かなくなり、この結果、ラテンアメリカを中心に非常に大きな金融危機が起こっているということである。
私は、こうした状況が底なしで進むとは考えてはいない。アメリカの経済や資本市場が今後、どうなるかということは非常に重要だが、実体経済が悪くなったといっても緩やかな回復であり、マイナス成長になるというような状況では全くないからだ。90年代後半の4%台の成長ということはもう望むべくもないが、それなりの実質成長が来るということであれば、株も、一定の調整が終われば、企業収益を反映して、今度また反転する可能性もある。粉飾決算とかコーポレートガバナンスの問題も、かなり強烈な法律を通して、厳しく公認会計士を取り締まるとか、企業の監査について厳しい罰則を付すなど、アメリカはさまざまなことを行っている。失われたコンフィデンス(信頼)は徐々には回復してくるはずである。
また、今のアメリカの景気を支えているのは消費と住宅投資だが、長期金利が下がることで自動車とか住宅の販売を促進している。アメリカでは金利の低下でモーゲージのリファイナンスを行うが、借り換えによって消費者にキャッシュフローが増え、これが消費あるいは住宅投資を促進するという形になっている。現実に住宅価格は依然として少しずつ上がっている状況であり、これが経済の相当な下支えになっている。つまり、現在の世界的な株安などはアメリカの問題から起こってきたものだが、その問題のアメリカのところが比較的先が見えつつある。もちろん、先の3つのリスクにうち、特に最後のテロリストのアタックとか戦争のリスクはまだ予測はできないが、株価の下落やラテンアメリカの危機のほうはどんどん悪くなるということではなく、先も見え始めている。それがやがては日本やヨーロッパやアジアにとっても下支えになるのではないかと私は思っている。
デフレ阻止と不良債権処理が最優先の政策目標
こうした状況の中で、私たちは日本のデフレの問題に立ち向かわなくてはならなくなっている。この段階で、今、最も重要な政策目標は、デフレを止めるということと、金融機関の不良債権を処理することの、2つに尽きると思う。もう少し中長期的に言えば、財政構造改革、規制改革、新しい産業技術の発展させるなどの目標もあるが、今はこの2つの目標に向かって、各政策当局の協調を図るべきだと考える。
デフレ、つまり物価の下落が続いている中で経済が立ち直っていくというのは非常に困難であり、本格的に持続的な経済成長を遂げるということはなかなか難しい。しかも、日本の場合は打ち続くデフレの中で、バブル崩壊後生じた不良債権問題がどんどん拡大している。金融機関自身はこれまで70兆円とも言われる額の不良債権を処理したが、まだ約40兆円の不良債権が残っている。バブル期のばかげた投資による不良債権の処理は90年代の半ばごろまでにほぼ終わっているはずだが、その後も増え続けているというのは、明らかにバブルというよりもデフレの進行によるものである。
特に過去4年間、消費者物価は毎年1%ぐらい下落し、GDPデフレーターは1.5%下落している。消費者物価が1%下落するということは大したことがないように見えるが、実は消費者物価指数というものは製品の質の変化というのが十分入らず、また消費者物価指数のバスケットというのは5年ごとにしか見直さないため、新製品は5年間その中に入らない。つまり、新製品や性能の向上による価格の下落は入らないため、経済学者によってその推計は違うが、多分1.5%から2%は過大評価されているという。実際は消費者物価が1%下がるという時、本当の物価は3%近く下がっている。消費者物価指数ではそれがもう既に4年間続き、卸売物価では10年以上も下がっている。物価の下落が長期にわたって続くということは、不可避的に企業が抱える債務の実質額を膨らませ、企業のバランスシートを悪くし、そこに貸している銀行のバランスシートを悪くする。
銀行の不良債権というのは、銀行が不良だから生れたわけではなく、借り手が不良だから不良債権になったものである。過去において銀行が過剰な投資や採算が取れない貸し出しなどその判断が間違ったことは事実だが、その後の不良債権というものは、デフレが続いているということによって企業が持っている資産の価値が悪くなり、実質的に負債が増えることによって増え続けている。いわゆるフローとしての物価だけではなく、土地とか建物の資産の価格も下がっている。そうした資産を活用する産業は、例えば流通や不動産や建設関係などまた状況が悪化するという悪循環が続いている。つまり、このデフレを止めない限り、無限に果てしなく不良資産、不良債権が出てくる。だから、デフレを止めるということにおいて、政府、日銀が一体となって対応することが必要なのであり、特に日銀の金融政策の役割が一番大きいと私は思っている。
持続的な物価下落は金融現象
このデフレについては、日本ではさまざまな議論があるのは知っている。ただ、およそ世界的に著名な経済学者の大多数は、長期に続く持続的な物価の下落というのはやはりマネタリーな現象なのだと判断している。つまり、金融政策でしか説明できないし、金融政策でしか直せないという判断である。中国から安いものが入ってくることは、確かにそこからいえば価格を引き下げる要因になることは間違いない。ただ、インパクトとしてそういうことがあったとしても、それは経済学的には相対価格の話で、日本の物価水準である絶対価格がそれによって中長期的にも下がるか下がらないかというのは、別な問題だと考える。
日本の国内での過剰設備あるいは規制緩和などのさまざまな要因も確かに影響はあるが、持続的に5年も10年も連続して物価が下がり、しかも、その間で成長率は90年代でも高いときは5%ぐらい、悪いときはマイナス1%ぐらいでサイクルを描いている。それでも、消費者物価が持続的に毎年1%下がっているというのは、やはりこれは金融的な現象であり、かつ、一種のデフレマインドが経済の中にビルトインされてしまっているとしか考えられない。要するに、消費者は、価格が下がるから今は買わなくて、後で買った方が得だと判断する。企業の方は、今、設備投資をしても、製品がどんどん下がっていくとなれば設備投資を躊躇する。物価下落が人々の心理の中に入るほど、それが物価の下落となり、そうしたマインドが完全にビルトインされてくる。
そういうデフレ期待を打ち壊すようなサブスタンシャルな金融政策の転換がなされていなかったことが一番大きい。そういうデフレマインドを覆すような金融政策の転換が今、必要だと思われる。物価安定目標はインフレターゲットとも呼ばれているが、それは別に5%も10%もインフレにしようという話ではなくて、2~3%ぐらいの物価上昇率にしないと、こうしたマインドは変えられない。2%ぐらいは実は性能の向上や新製品が考慮されていないことによるので、本当はほとんどゼロに近い。ちなみに、ECBは明示的に2%というのを物価安定目標にしているし、FEDは明示的には言わないが、大体2%くらいを物価安定と考えているようだ。日本も2%強の物価上昇を物価安定の目標とし、その実現のためにいかなる金融政策手段も使う、それ以上のインフレも認めないし、それ以下のデフレも認めないという強い決意を日銀が示して、そのためにあらゆることをやるということをコミットしなければ、デフレマインドを変えられない。デフレはもはや日本ではマインドセットになってしまっているからだ。
日本のような持続的な物価の下落は世界には例がない。よくグローバルデフレーションとか言われるが、戦後の先進国でデフレが何年も続いているというのは日本だけである。かつて数十年前にポルトガルでもそうした現象があったというが、今でも先進国でこんなデフレが4年も5年も、あるいは卸売物価では10年以上も続いているという異常な国は日本しかない。先進国ではいろいろなところでバブル崩壊があった。北欧のスウェーデンやフィンランドではGDPの何10%にも相当する不良債権があり、特にフィンランドではその処理のためにGDPが15%ぐらい落ちてしまったこともある。だが、そうしたところでも、日本のような持続的デフレはない。
必要なのは日銀の金融政策の大転換
こうした現状を招いてしまった背景には、この間の金融政策の失敗がある。90年代前半はまず日銀の金融の締め過ぎがある。この日銀の90年代前半の金融政策の失敗を日銀は認めていないが、日本の学者の多くはそれを認めている。要するに「ビハインド・ザ・カーブ」というか、金利は下げたが、実体経済における物価上昇率はどんどん下がるのに追い付かない。もっと踏み込んで、もっとプロアクティブにアグレッシブに金融緩和を進めなくてはいけなかったが、それができなかったために、90年代前半でかなりのデフレマインドを呼び込んでしまった。まずいことに、その時に一方で財政は公共事業を中心に拡張した。財政拡張で金融引き締めだから、経済理論の教える通りに当然円高となり、実際、円高基調がずっと続いてしまった。90年代後半になると日銀はかなり金融緩和のほうに転じ、特に、最近はゼロ金利政策も採り入れたりしたが、それでもデフレマインド、デフレスパイラルに追いつかない。だから、もっとデフレマインドを根本的に正すような抜本的な金融政策の転換がない限り、デフレはいくらでも続いてしまう。
私自身は政府、日銀が一体となってデフレ対策に取り組むということが、まず何よりも大事だと考えている。その姿勢は政府としては精いっぱい示している。あとは日銀が考えることだが、日銀は政府から完全に独立だから、そこは日銀が自分でよく考えて、人々のデフレマインドを払拭するような思い切った金融政策の大転換を図っていただくしかない。その場合にどういうふうにするのかというのは、政府がああしろこうしろという話ではないが、ちなみに多くの学者は2つのことを言っている。
1つは、物価安定目標をきちっと設定して、日銀がそれに対してコミットすること。しかも、まさに命懸けでやる。インフレ退治も命懸けだったかもしれないが、デフレ退治も命懸けでやる。それも、いつまでにということを言わないといけない。10年後では全然意味がないので、例えば1年以内に物価上昇率を2%にしますというようにタイムフレームをきちっとして、そして消費者物価指数についての目標にはっきりコミットする。責任を取るくらいの覚悟で物価安定目標にコミットするということが第一である。2つ目に、では、それを具体的に実現するにはどうしていくのか。中央銀行が株を買うというのは、今回のあの決定も、金融機関が過剰に持っている株を減らすことの一助にしようという話であり、金融政策ではない。仮に金融政策としてやるのであれば、中央銀行が株を買うとか不動産を買うよりも、最も普遍的な、最も信用の高い金融資産、つまり、国債を市場から買うしかない。短期国債は金利がゼロに近くなっているわけで、これ以上金利をマイナスにできない以上、新たなオペの手段といえば、当然、中期あるいは長期、超長期といった国債となる。
国債の日銀引き受けという話は、また別次元の話で、私はそういうことをやるべきだとは思わない。それはもう、全くの非常時の話である。今やるべきは、デフレ期待を破壊するような物価安定目標の設定と、それを実現するためにベースマネーをどんどん増やすこと。そのためには中期、長期の国債のオペを大胆に大量に思い切って、物価が安定するまで続けることに尽きると思う。それは経済学者が言っているだけではなく、9月末のIMF総会に向けて世界経済見通しをIMFは出したが、その中にもはっきり書かれてある。現在、日銀はベースマネーの構成要素たる銀行の準備預金の量を量的緩和目標ということで、10兆円から15兆円ということをやっている。ただ、金額を絶対額で決めるというのではベースマネーの伸び率も、増やした月は増えるが、その翌月からは対前月伸び率ゼロとなる。対前年比だと12ヵ月は高い伸び率のように見えるが、12ヵ月たつとやはり伸び率はゼロになる。つまり、絶対額で決めていると、額を増やした時だけ緩和しているので、その後は全然緩和していないことになる。
そのため、学者の中には、むしろ操作目標としてもベースマネーの毎月の対前月伸び率でやった方がいいという考えもある。日銀自身も、ベースマネーの伸び率が対前年同月比で20%近いということは言っているが、このままではすぐに対前年同月比もほとんどゼロになってしまう。やはり、ベースマネーとかマネーサプライの伸び率をターゲットにしてやった方がいいと考えられる。
伝統的な金融政策の限界
こうしたデフレの場合に政府が利用出来るのは、一般的には金融政策と財政政策ということになろうが、財政はGDPの12%を超える公債残高を抱え、その余地が極端に小さくなっている。しかも、財政政策は長続きしないので、持続的なデフレには対応できない。
そこで、少し理論的に金融政策を考えると、実は金融政策のマーケットオペレーションと、国債管理政策と、為替市場への介入政策の3つは関連している。伝統的にはマーケットオペレーションというのは、通貨と短期国債とか政府短期証券との交換であり、国債管理政策というのは、国債の長短期の構成の変更だから、短期国債と長期国債の交換となる。為替市場への介入というのは結局のところ、国内の政府短期証券と外国の政府短期証券との交換である。そうすると、通貨、政府短期証券、長期国債、外国の政府短期証券の4つのアセットがあるから、独立な相対価格が3つあることになる。その3つの価格をそれぞれ三政策当局がそれぞれ操作目標にして、まず短期金利を金融政策当局が、長短金利の格差、つまりイールドカーブを国債管理当局、それから国内の政府短期証券と外貨建ての政府短期証券の価格比、これが為替レートだが、これを介入当局がいわばオペレーションをやっている。つまり、3つの当局がそれぞれ、金融当局は物価安定、国債管理当局は国債費の最小化、それから為替当局は為替の安定という、別々の目標を狙ってそれぞれのツールを操作していてよかった。
ところが、現状は日本においては短期金利がゼロになってしまっており、伝統的な金融政策に固執している限り、その効果はほとんど出ない状況になっている。金融政策は通貨と政府短期証券の交換と言っても、いずれも金利はほとんどゼロのため、ほとんど差がないものを売買しても大きな影響が出るはずない。だから、日銀が政府短期証券のマーケットオペレーションに金融政策のツールを基本的に限定している限りは、金融政策というのは効果がほとんどなくなってしまう。
つまり、伝統的な政策ではこれ以上の物価安定はできず、デフレはあるけれども、日銀としては何もできない、という話になってしまう。しかし、そうではなくて、多くの学者が言っているように、物価安定目標を立てて、政府短期証券ではなく、中長期国債を大量にオペレーションすることによって量的緩和なり、あるいは中長期金利の引き下げを図って、そういうことを通じて物価の安定を目指すというオプションがあるのではないか。
仮に、日銀としてはそういうことはできないというのであれば、あとやるところとしては国債管理当局と為替当局しかない。まずは国債管理当局のオペレーションとして、短期債の比率をもっと大きくして長期債の比率を小さくすることによって、イールドカーブをさらに寝せていく。物価安定を考慮しつつ長期金利をさらに下げていくというのが第二のオプション。日銀がデフレ対策をしない、物価安定は日本銀行の金融政策ではもうできないというのであれば、第二のオプションとしてそういうことが考えられる。
さらに、国債管理政策ではそういう物価の安定ということはあまり考えられない、国債費最小の原則だけでやるのだということになれば、外国の政府短期証券と国内の政府短期証券の交換であるところの為替介入によって、為替の安定ではなくて物価の安定を図るということも最後のオプションとしては考えられ得る。ところが、これの非常に大きな問題は、為替安定のために介入するというのは国際的に認められているが、物価安定のために為替市場に介入するというのは国際的な理解が得ることが難しいということである。つまり、意図的な円安政策になってしまう。為替が円高に行き過ぎていて、為替の安定のために修正するというのならいいが、日本は物価がどんどん下がって困るので、物価を押し上げるために円安にしますというのは国際的に受け入れ難い。
物価安定は基本的に日銀の責任
だから順序としては、やはり金融政策、次のオプションが国債管理政策で、最後のオプションが為替介入政策、と私は考えている。これらのオプションは全て一緒にやる必要はない。なぜならば、あくまでも今の問題は物価の安定という目標をどうやって実現するかという話であり、物価の安定という目標を実現するために何がいいかというと、普通考えられるのは金融政策だからだ。
しかし日銀はあくまでも独立であり、それができないと言われたら、座して待っていると物価がいつまでも下がり、不良債権はいつまでも増え続け、景気もいつまでも本格的回復にはならない。そういうことを日本経済として容認できるのか。であれば再度日銀法を変えて、日銀が政府から独立だというのをやめるというのも1つの考え方だが、そこはそうではなくて、やはり日銀にやってもらうしかない。より基本的なことを理論的、経済学的に言うと、長期的に政府には物価安定はできず、中央銀行しかできない。物価安定、デフレ退治というのは基本的には日銀がやるべきであり、だからこそ、日銀法に物価安定というのが第一目標に書いてある。
ただ、政府としてやるべきことがないかといったらそうではない。それが、金融機関の不良債権処理の促進である。それが進まないから貸し渋りも起こるし、経済の状況にも悪い影響を与える。だからこそ政府としては、金融機関の不良債権処理に邁進する。デフレを止めて物価を安定するのは日銀にやってくださいというのが、基本的な考え方である。
ただ残念ながら、日本銀行はこの4年間にわたって物価の安定に成功してこなかった。消費者物価、GDPデフレーターとも、この4年間下落し続けており、卸売物価で言えば10年以上、物価は不安定なままだ。政府や銀行が不良債権処理に努力しても依然として新しく不良債権が出てきてしまう。そのためには、政府と日銀とが協力して、デフレを止めなくてはいけない、ということである。この点で、政府の代表が2人、日銀の政策決定会議に入るわけで、この間、政府の代表はずっと金融緩和を要請してきていた。具体的には国債の買い切りオペの増額なりを行い、物価安定目標については検討してくださいと言ってきた。政府として日銀に、物価安定目標を導入してくれとは言っていないが、少なくとも検討してくれとは言っている。今後もそれを言い続けるつもりだが、それをやるかどうかは政府の話ではなくて日銀の判断にかかっている。日銀は政府から独立に決定する権限もあるし、その結果に対する責任もある。日銀は政府から独立して金融政策を決めて、物価安定を第一目標としてそれを行うということになっている。政府としてはそれを期待するしか、どうしようもない。
不良債権の最終決着は三業種のリストラ
金融庁では竹中大臣のリーダーシップの下で、不良債権の処理に取り組むことになった。細部にはいろいろな意見もあるが、基本的には正しい方向に向かっていると私も思っている。いずれにせよ、政府は2004年度末までに不良債権の最終処理をすると以前から決めていたわけで、それは実現しなくてはならない。
この不良債権処理を進める時にカギになるのは、銀行の問題というよりも不良債権となった企業や産業の建て直しが大事である。それができないと、いつまでたっても不良債権の問題は出口には向かえない。
一般物価が下がっても、エレクトロニクスや自動車など、生産性が上がっているところはそれに対応できるが、生産性が上がっていないところは対応できない。さらに言えば、土地とか建物という資産を使っている企業は普通の卸売物価の下落とか消費者物価の下落のほかに、資産デフレが続いているから、その影響はかなり深刻になる。こういう全般的なデフレの下で、どこの産業が一番ダメージを受けているかといえば、流通と不動産と建設であり、この3つの産業について、業界再編なり、あるいはコーポレートリストラクチャリングが行われなければ、銀行に資本を幾ら入れても状況はそう変わらない。不良債権は増え続けていくだけだからだ。
不良債権の最終的解決ということは要するに、この三業種の不良債権を抱えている産業、企業、そこをどうリストラしていくかにかかっている。その過程では一種の産業再編成というか業界再編、企業のリストラを、担当省庁のイニシアチブを発揮してやっていくことも必要になるかもしれない。これまでは普通のリストラでは銀行が乗り込んでいって、企業の経営陣を排除して、銀行が実質経営者になって企業のリストラをする。それに対応して、銀行の貸し金についても削減したり、債権について放棄して企業を立て直してきた。だが企業が駄目になって、銀行にそうした余裕が体力的にもなくなり、銀行が乗り込んでいって企業を立て直すということも今はできない。銀行自身も不良債権を抱えて立て直しを図らなくてはならない。こうした状況を考えれば、銀行に公的資金を投入すれば話が終わると言うことではない。そうした企業のリストラの結果、金融機関で資本が不足すれば、当然、公的資金を入れることになる。その前の段階で企業のリストラや中小企業対策など、業界再編のためのイニシアチブ、リーダーシップも考えていったほうがいいと私は考えている。
不良債権処理を加速させるということはそういうことで、やみくもに不安を高めたり、連鎖倒産的な話になって、せっかく再生できる企業も再生できなくなったら意味がない。ただ、相当な痛みを伴うことも事実だし、最終的なセーフティーネットの雇用対策を政府として責任を持ってやることも必要である。
こうした不良債権処理が成功するかどうかは、金融庁や銀行だけの話ではない。日銀がデフレを本気で止めようとするかにかかっているのである。物価がこのまま下がり続ければ、いくら不良債権処理を進めても、新規の不良債権はまたいくらでも新しく出てきてしまうからだ。