【論文】誤解に基づく日米関係の危うさ(会員限定)

2001年9月13日

クライド・プレストウィッツ (米商務省元特別顧問)

ワシントンDCにあるエコノミック・ストラテジー・インスティテュート理事長で、レーガン政権時のアメリカの通商代表。

記事

キャンプ・デービッドにおける小泉・ブッシュ会談は成功裏に終わり、日米関係はこの20年間で最も良好な状態にある。しかし、黒澤明監督の『羅生門』のように、日米が同じ話を語りながらも、お互いの言い分をきちんと理解しているのかどうか、懸念する向きもある。


■ 変容する日米関係

歴史的には、日米関係が軍事同盟と経済発展という二本柱で構築されていたことは明らかである。軍事同盟は、米国が日本の安全保障にコミットし、日本は何の義務もないという片務的な関係にあった。しかし、これは両国にとって好都合だった。日本は、外交面で米国にほぼ追従する形をとることにより、冷戦期間中を通じて重い軍事費や外交上の複雑な課題から解放され、経済的なキャッチ・アップに専念することができた。米国も、その地勢的な戦略を遂行するうえで、日本に重要な軍事基地を配置し、日本という御しやすい同盟国をうまく活用することができた。

経済面では、日本は広範な米国市場に比較的容易に参入させてもらうなど、国内の経済発展に対する米国の支持を享受できた。米国はその見返りに自らの財政赤字の財源を日本から調達し、国際金融政策に対する日本の支持を取り付けることができた。この関係は、米国の政治指導者と、米国がその創設に手を貸した自民党との間の極めて緊密な結びつきによって強化されてきた。

こうした関係は、1970年代に動揺し始めた。日本の多くの産業が世界レベルに達し、しかも開放度の高い米国市場に比べて閉鎖的な日本市場の特徴が貿易摩擦を引き起こしたからである。貿易摩擦は、数量的にも、その深刻さという点でも、1980年代を通じて強まった。最初はドル高によって、次に日本のバブル経済によって、両国の貿易不均衡が拡大したからである。米国人のなかには、自分たちが日本を防衛しているのに、日本の市場には日本人と平等な条件でアクセスできず、また、日本人がペブル・ビーチやロックフェラー・センターを買収できるのに、自分たちがなかなか日本で買収を行えないのはなぜか、と疑問に思う者が出てきた。自民党内部で繰り返される限りない権力闘争や、両国間の重要な問題を解決する能力や意思のない閣僚が繰り返し交代することに対する苛立ちも、米国内で高まり始めた。しかし、結局は、共和党の歴代大統領が軍事的な同盟関係や全般的な政治的関係の悪化を危惧して、経済的な不満を抑えてきたのである。

冷戦の終結、バブル経済の終焉、中国の台頭、民主党のクリントン政権の誕生は、こうした状況を大きく変えた。ソ連の崩壊によって、米国が日米関係のなかでそれまで重点を置いていた安全保障が、それほど重要ではなくなってきたからである。クリントン政権は、「日本は理屈に合わない経済だ」というスローガンの下に、貿易摩擦や日本の市場開放にそれまでより大きな力を注ぐことにした。

それと同時に、日本市場になかなか参入できないために苛立っていた米国企業も、日本より将来が期待できる中国と手を結び始めるようになった。クリントン政権も中国との関係樹立政策を推進し、中国を「戦略的パートナー」と位置づけるに至った。こうして、米国の対日姿勢は「ジャパン・バッシング」から「ジャパン・パッシング」、そして最終的には「ジャパン・ナッシング」に転じていったのである。1990年代に入ると、日本経済は長期低迷期に入り、日本をいつまでも相手にする必要はないと考える米国人も増えてきた。


■ 米国が日本に期待するもの

ブッシュ新政権が今年に入って誕生したことは、産業界の対日姿勢に変化はないとしても、米国政府の政策が突然反転したことを意味する。ブッシュ大統領は米国にとって安全保障問題が優先課題であることを再確認し、日本をアジアにおける戦略的なパートナーかつ友人であると宣言する一方、中国は戦略的競争相手国と位置づけた。したがって、中国は、敵国とはいわないまでも、再び潜在的な脅威となり、軍事同盟国としての日本の戦略的役割が高まることになった。同時に新政権は、貿易や経済問題をめぐって日本をこれ以上「いじめない」ことを公約し、自民党とのこれまでの友好関係を再強化する方向に動いた。こうした米国政府の政策シフトは日米両国で多くの支持を受けたが、とりわけ日本の指導者にとっては、古きよき時代への回帰として受け止められた。しかし、ここで『羅生門』的要素が顔を出す。新政権の政策シフトの意味合いは、日米どちらの話を聞くかで、そして、どちらが正しいかを信じるかで変わってくるからである。

米国側から見ると、アジアは潜在的に世界で最も不安定な地域である。中国が台頭し、覇権的な野心を抱いていると見られるからである。ブッシュ新政権下で日本を担当する首脳のバックグラウンドは、経済ではなく軍事・国防である。したがって、中国を押さえ込むことが、同政権のアジア政策で最優先課題となっている。ブッシュや彼のアドバイザーたちは日本をアジアで最強国とみなすと同時に、中国を潜在的な脅威と受け止めるという、米国と同様の考え方を日本が持ち、米国の政策を留保条件なしに受け入れるものと信じている。彼らは、経済問題には二次的な重要性しか認めず、米国が貿易・経済問題の重要性を低く見れば、日本は米国外交の従順な家来という伝統的な役割を演ずるだけでなく、さらにその役割を強化するものとにらんでいる。したがって、米国首脳は、日本国内における最近の憲法9条改正論議を歓迎しており、自らの発言のなかでもその動きに応援を送っている。もちろん、米国政府は、小泉首相の登場や、これまでのように交渉相手となる自民党の復権を歓迎している。そして、日本経済が混乱する可能性を懸念し、日本経済の構造改革や景気回復のためには円安も容認する構えを見せている。しかし、米国政府が日本に最も期待しているのは、米軍を支援することによって日本がアジアの安全保障上の地位を拡大・強化し、これまでとまったく同様にほとんどの外交問題に関して米国の指導力に全面的に従うことである。


■ 日本の最重要課題と米国の落胆

もちろん、日本側の見方はいくぶん異なる。日本は、150年前の徳川幕府末期のように、経済、政治、社会の広範囲にわたる危機の真っ只中にある。10年間も続いた不況のなかで、失業率は史上最高の水準に達しており、政府債務もかつてない規模に膨らんでいる。こうした不透明な状況のなかで、平均的な日本人は消費を抑制しているだけでなく、結婚を遅らせ、そして結婚しても子どもの数を減らしている。その結果、急速に高齢化が進み、間もなく人口が減少を始める。それと同時に、国民は政治に影響を与える権利や手段をいままで以上に手にするようになっている。政府の硬直性が薄まり、政府が普通の市民や有権者に対する責任を意識するようになり、米国の指導者によって長い間育てられてきた高級官僚の指導力が低下するなかで、一部の有力者が牛耳ってきたかつての政治が急速に崩壊している。

したがって、日本にとっての最重要課題は、国内の構造改革である。中国は、戦略的脅威というよりも、経済的刺激要因だといえる。日本の国内製品の多くが、中国からの洪水のような輸入品によって代替されているからである。日本の指導者たちは、ブッシュ政権を、日本が抱える経済的ニーズに応えてくれ、それと同時に日本が安全保障や外交面で積極的な姿勢を示すことを歓迎するものと考えている。

問題は、日米関係に関する両国の解釈が必ずしも噛み合わず、対立してしまいかねない点である。国民に対して責任を持ち、独立的で自主的な外交を主張する、民主主義的な日本人であれば、米国特有の対中政策に関わりたくないと考えるかもしれない。どちらにしても、国内の政治経済が微妙な段階にある日本にとっては、アジア全体の問題は米国ほど緊急事態としては受け止められないはずである。さらに、政治意識の高い日本人であれば、国家ミサイル防衛、地球温暖化、日本の米軍基地問題などについても、米国の官僚や指導者たちとはかなり異なる見方をするだろう。したがって、米国の指導者たちから見ると、落胆したり、裏切られたと思ったりする可能性は高い。もし現実にそうなれば、長期的な日米関係にとって深刻な打撃となりかねない。


■ 誤解に基づいた関係はつねに脆弱

日本側でも、落胆を生み出しかねない要素が潜在的にある。日本にとって必要な支援をすることを、米国経済ができない可能性があるからだ。実際、日本経済の構造改革が米国経済にとってマイナスとなり、日本の有権者がほとんど支持していない、日本の安全保障面の役割を強化すべきだという要求を米国が強めることも考えられる。端的にいえば、米国経済は、輸入をこれ以上増やせないような、能力の限界に達しているかもしれないのである。いずれにせよ、米国経済の減速が直ちに反転するとは考えられず、景気が回復したとしても、数年前のように5~6%という成長率に達することはないだろう。米国経済は、外国からの資本流入に依存してようやく回っている。つまり、米国人は生産する以上に消費しているのである。それができるのは、米国人の消費を支えるために、米国以外の国がお金を貸しているからである。日本は、なかでも有数の貸し手である。しかし、米国の対外債務は巨額に上っており、外国人はこれ以上お金を米国に貸すべきかどうか、迷い始めている。しかし、米国がお金を借りられなくなると、米国の消費や輸入は大幅に減少する。ところが、日本経済を回復に向かわせることは、日本の消費を増やし、貯蓄を減らすことである。しかし、日本の貯蓄率が低下すれば、米国への資本輸出が先細り、米国景気が減速するから、米国経済にとっては問題となる。

誤解に基づいた関係はつねに脆弱であり、しかも、残念なことに現在の日米関係がそれに当たると考えられる。両国が事実を正確に受け止め、指導者たちがあまりに多くのことを互いに求めないことが望まれる。