第2話:グローバルな市場の中でチャンスをつかむ国であるために
われわれはどういう日本をつくりたいのか、改革開放を進めていった先にどういう社会をつくりたいのか、きわめて自覚的に考える必要があります。1980-1990年代、ワシントン・コンセンサスということが言われました。そこでは国家と市場は対立するものと考えられていました。国家の規制をいかに緩和し、経済を活性化させるか、そういうかたちで問題を立てたわけです。
しかし、理論的には国家と市場は対立するものではありません。それは、いくら規制緩和、自由化をしても、その結果、国家がなくなるわけではないことを考えれば、明らかです。国家対市場というのは、国家についての対立する考え方を踏まえたものです。
つい先頃まで、国家について、かつての日本のように、経済成長のために国家が産業政策のような形で市場に介入する開発国家(developmental state)と、アメリカ、イギリスのように、ルールだけつくって、その中では市場原理に遵って競争をやらせる規制国家(regulatory state)という国家観の対立がありました。
国家を市場との関係でこういうかたちに整理するということは、市場の地域化、グローバル化によって、市場が国家よりはるかに大きくなってしまった今ではもうあまり意味をもっていないのではないかと思います。国家の基本的役割は、国際的に国民と国家の安全を保障することと、そして国内的には国民の生命財産を守り、福祉を向上させることです。これは国民国家における基本的な社会契約そのものに根ざしています。こういう国家の役割はこれからもなくなることはありません。問題はそのやり方です。グローバルな市場経済はいろいろな機会を提供しています。それを如何に戦略的につかまえて、自国の経済成長と国民の福祉増進、そして国際社会における国家の地位向上に活用するか、それが問われている。
これについてある出来合いの答えがあるとは思いません。アメリカはregulatory stateのモデルで行くでしょう。中国は社会主義市場経済国家の実験をやっている。しかし、そこで一つ重要なことは、経済政策立案のメカニズム、さらには企業制度、金融制度等の制度をグローバル化した市場経済に整合的な形で再編していくということです。あるいは一言で言えば、どうような市場国家market stateを作るのかという実験が世界中で行われており、少子高齢化社会・人口減少社会という新しい条件の下で日本も同じ課題に直面していると思います。
発言者
白石隆(政策研究大学院大学副学長・教授)
しらいし・たかし
1972年東京大学卒業、86年コーネル大学よりPh.D.を取得。79年東京大学教養学部助教授、87年コーネル大学助教授、96年より同大学教授。98年より京都大学東南アジア研究センター教授。経済産業研究所ファカルティフェローを兼務。主著に『海の帝国、アジアをどう考えるか』『インドネシア国家と政治』等。