日本の医療は被災地にどう向かいあったのか

2011年6月03日


第3話 被災地の日常の医療をどう回復させるか

工藤:では、引き続き議論を続けます。今、休憩中に話をしていたら、何時間でも議論できるほどいっぱいネタがあるという話だったのですが、ちょっと気になったのが入院の問題です。つまり、色々な人達が被災地で病院にかかりたいという時に、なかなかベッドを空けてくれなかったと。規制によって空けられなかったという話を聞いたのですが、どういうことだったんでしょうか。


病床規制に見られた行政の責任回避

梅村:特に福島などは原発問題がありましたから、実際は30km圏までの方々が避難されていました。そこで、県としてはそこにまた入院患者さんが入ると、いざ避難となった時に大変だからということで、とにかくベッドを全部閉じなさい、という指示を出していたわけです。

工藤:閉じるというのは、入れるなということですか。

梅村:そうです。だから、病院は外来だけをやっておけと。ところが、実際問題として、放射線量が下がってきていますから、南相馬市とか相馬市には人が戻ってきています。そうすると、そこで救急医療とかあるいは急性期医療をやっていると、例えば、急性期の脳梗塞とか心筋梗塞とか、あるいは1日だけ様子を見て入院してもらおうという医療が一切できないのですね。そうすると、軽い方でも福島とか郡山まで行かないといけない。だから、私は「せめて10床くらいはだったら空けてもいいのではないですか」と。院長さんからも市長からも私の携帯に毎日電話がかかってきて、「とにかく、10床、15床でもいいから空けさせてくれ」と、そういう風に話が来るわけです。ところが、県は「いざとなったら逃げる時に大変だから、5床までにしろ」とか「ここは空けちゃいけない」とか言って回るわけですよ。

工藤:県はどういう判断でそう言うのですか。誰かに言われているわけですか。

梅村:いざという時に、やはり責任があると思うのですね。しかし、今は非常時です。医療側から言えば県に言われたらお上の権化に言われたように萎縮してしまうわけですよね。で、何とかしてくれと。勝手に空けたらどうですかと言ったら、次に県が言ってきた言葉が、一度、会津などに避難させたのんでしょう。その患者さんを全員元に戻したら、新たにベッドを空けてもいいですよ。それを戻す方が先でしょう、という言い分をするわけです。確かに、理屈はそうですよ。でも、もうそんなこと言っている場合じゃないと言って院長先生に会津に行ってもらって、すまんけど俺、新しいベッド空けるからなと謝ってもらって、県にこれでいいでしょうと言って、やっと15床くらいベッドが空いたのですね。

工藤:何か、すごいですね。信じられないような話だけど、厚生労働省はその場合どうなのですか。あんまり関係ないのですか。

梅村:厚生労働省と態度がまた難しくて、我々はお勧めしませんけども、禁止もしません。黙認しますと言うのです。黙認と言われたら、県は何か気持ち悪いから規制しようかということになるわけです。

工藤:それはなぜなのですか。
上:当事者ではない人が決めると責任回避になるのですよね。彼らは、そうしても何ら不利益がありません。ところが、この問題は、現地に入ればすぐにわかることなのですね。第1原発が爆発しても、浜通りというのは南北に伸びている地域で南風が吹かないので人口が多い相馬市や南相馬は被爆する可能性がほぼゼロなのです。冬場は南東から北西に吹いています。だから、SPEEDI(スピーディ)みたいに細い線がでてくる。夏場は北東から南西に吹きます。寒流の風が吹くので、やませとか海の方の冷害を巻き起こすのですね。そうすると、人口の多い南相馬や相馬市は、原発が再度爆発してもそこが被爆する可能性はきわめて低いのです。それは科学的な事実であって、そう考えれば、可及的速やかに解除すべきなのですね。解除しなければ、さっき言われたような、毎日たらい回しが起こります。

工藤:病院に入れないから。
上:人口10万の町で、入院できるところが5人や10人だったらそれは無理ですよね。
工藤:そういう人たちは最終的にどこに行っているのですか。
上:最終的に、時間をかけて遠いところに行ったり、病院にかからなかったりしています。
工藤:今もですか。

上:今もです。今も再開する目途がまだ立っていません。南相馬市民病院は5月16日でしたか、入院を5床再開したら、即座にいっぱいになったと。政府はこう言います。「医療を集約化する」と「仙台や福島に運んでいる」と。みなさん一度行かれるといいと思うのですが、福島駅から南相馬まで片側1車線、特に中央分離帯がないような道を2時間弱走ります。そんなところへ病人を運べません。救急ヘリがあるといいますが、救急ヘリは夜と悪天候では飛ばないのです。現地に入ればすぐにわかるようなことが議論されていないのですね。

工藤:なるほど。それは福島だけの話なのですか。他の被災地でもこういう問題があるのですか。


政治も結局は「上から目線」の官の発想のまま

梅村:まあ、私たちの知らないところで数に違いはあれど、県はこういうことを起こしているのだと思います。あるいは、南相馬にある鹿島厚生病院というところは、入院を再開することができました。それはなぜかというと、結局、上先生もそうですけど、我々とマスコミ、読売新聞さんですが、そのことを大々的に書いてくれて、それで県が焦って解除してくれた。これの繰り返しなのですよ。だから、私は政治の「政」ですけども、「民」側について石を投げていたわけです。ただ、私が思ったのは「政」もひとつ穴を開けることによって、やはり周りが間違いに気づく、つまり裸の王様だということを誰かが言ってあげないといけない。今、県も官も裸の王様だと誰も言わないから、とにかく信念に基づいてやっているわけです。政治というのは「民」側について一点突破、全面展開というのでしょうか、そっち側につかないと駄目でしょうし、今の民主党政権、全体的にそういうわけではないですけど、官側に見えるのですよ。見えません?

工藤:見えますよ。だけど、政治主導でその官を抑えるって民主党は言っていたじゃないですか。抑えられないわけですよね。

梅村:形の上では抑えようとしていますよ。こんなことするなとか、事務次官会議廃止だとか言っていますけど、実際の行動が官の思考に入ってしまっているのです。ごめんなさいね、僕は与党なのにこんなこと言ってしまって。

上:官を抑えるとかそういうことではなくて、やっぱり、現場のニーズを拾ってくる。それに合わせてやっておけば、多分、間違いないのですけど、グランドデザインとか復興構想会議とか、丘の上に家を立てるか立てないとか、今の被災地はそんなことどころではないですよ。やはり、市民のニーズを中心に考えていく必要があると思います。

工藤:前回の言論スタジオで、前の岩手県知事の増田さんも、「被災地に行くと中央との議論が非常に遠く感じて、そんなこと言える段階ではない。まずは、みんなの生活をどうするのだという話だけで、そこら辺のニーズに対応していないのではないか」ということをおっしゃっていました。医療でも同じですね。

梅村:そうですよ。例えば、医療と復興構想会議で言えば、復興構想会議の考え方はなんとなくわかります。だけど、あのメンバーを見ると、建築家がいます。知事さんももちろんそうですけど、脚本家の方がいます、宗教家の方もいます。でも、人の生活を考えた時に、肝の部分は医療と教育じゃないですか。でも、その関係者は一人もいない。いくら前衛的な建物が出ても、まちづくりをしたとしても、我々は現場を駆けずり回ったというか、現場の声をずっと2カ月聞いてきた我々からすれば、本当にリアリティがどこまであるのですかと思います。


日常の医療はこのままでは取り戻せない

工藤:なるほど。例えば、津波があってとにかく救わなければならなかった。それが終わって今度は、被災地の人達、お年寄りも多いしね。これから日常的な医療というものが必要になってくると思うのですが、その仕組みというのは今、どうなっているのですか。もう元に戻ったのですか、それとも、まだまだ大変な事態になっているのでしょうか。そのあたりはどうでしょう。

梅村:私の個人的な感想ですけど、地域にもよりますけども、実際、内陸部はほぼ正常通りに動いているところが非常に多いです。ただ、私は、ある会議で申し上げたのですが、じゃあ、完全に元に戻すことがいいのかといったら、これはまたちょっと難しい問題です。高齢社会にマッチした医療というものが、やはりあるわけですね。例えば、日本で在宅医療のネットワークは、なかなか広がらなかった。あるいは、医療の機能分化ですよね。介護なのか医療なのか、ここもなかなか住み分けせずに、正直グレーゾーンのようなものがまだまだ残っています。そういうものをきちんとデザインし直すいい機会ではあると思います。ただ、その時にやっぱり現場の首長さん、例えば、市長さんとか、それからやっぱり、地元の作りたいデザインをまず集めることが大事です。よく今、与党の中でも、ビジョン会議をやるから何か出してくれと言われます。しかし、これはもう上から目線です。やはり、首長さんとか地元の合意をある程度吸い上げる仕組み、これがやはりこれから重要になるのだろうと思います。

工藤:なるほど。上さん、医療現場では、内陸部では正常化しているところあるのではないかとおっしゃっていたのですが、医療の従事者というのでしょうか、つまり、被災地の色々な人たち一人ひとりに寄り添わないといけないと思いますが、病人の人たちへの供給というか、寄り添うような人たちは間に合っているのですか。

上:間に合っていないですね。例えば、先程話題になった、福島県の南相馬市民病院には、250床のベッドがあるのですが、震災後そこに勤めている常勤の医師は、わずかに4人で、非常勤医師は0人です。色々な形で退職されたりしています。それ以外の民間病院でも、入院をクローズしているのでキャッシュフローが途絶しています。スタッフを雇用するために、病院では毎月1000万円ぐらいが出ていきます。そう遠くない将来に、倒産するのですね。こういう事態は差し迫っています。で、今、避難所にみなさん行かれていて非常にありがたい、すばらしいことだと思うのですが、避難所って日常生活から明らかに隔絶しているのですね。たとえば、福島の浜通り地区でも人口が約10万人いたとして、避難所の方々を多く見積もっても数千です。残りの方々のところに、ある意味キャッシュフローとか日常生活が戻らないといけないのですよ。こういう意味では、まだまったく戻っていません。例えば、病院なら病院の常勤医で行ってもらう人がいる、入院をしなければいけない。常勤が無理だったら、非常勤で週に3回来て欲しい。福島医大さんは医師不足なので足りない。そうすれば、そういう方がどこから行くのがいいのか、そういうことを、メディアを通じて言えば、必ず手を挙げる方は出てくるのです。私たちの仲間、同じ研究医のグループにも伝えると、私が行きましょう、という方が出てきて、今週すでに非常勤になる手続きをしているのですね。やはり、被災者の人達に日常を返さなくてはいけない。避難所の支援というのはあくまで過渡的なものなのですよ。

工藤:そうですね。医療従事者が減って、足りないというのはどういうことなのですか。お医者さんだった人たちや、看護師さんが辞めちゃったということですか。それとも、元々少ないことが今の問題になっているのですか。

上:元々も少ないです。例えば、徳島県なんかと比べると3分の1以下です。徳島市の、例えば、東北沿岸部3分の1以下なのですが、原発事故に関して言うと、原発事故があって、多くの病院は看護師さん9割方が辞めました。辞めたけど、院長さんは休職扱いにしています。看護師の多くは専門家なので、事態がわかると戻ってきました。非常勤のドクターの場合は、色々な都合があって、例えば、奥さんの意向とか色々あるのでしょうけど、結果的には、ほとんどが出て行きました。みんないろいろな理由がありますよ。結果的には出て行って、現地に残ったのは、ある意味地域の人、地元の開業医さんだとか病院の幹部、ここに骨を埋めるのだという方々が残りました。非常勤の派遣というのは非常に脆いんだなあと。自分の生活や家族がいますから。ですから、今度余震が来たら、次に災害がきた時のライフラインの一番は、地元の医療機関なのです。この人たちが4人とかだと、もうどうにもならなくて、大災害を起こすことになりますので、その仕組みを考えないといけません。


大きく傷ついた被災地の医療提供体制

工藤:なるほど。それは福島ということの特別な状況なのですか。それとも他のところも同じなのですか。

上:他のところも、結局、病院が破壊されて1回クローズしていますから、再開する時に実際に来るかどうかはわからないです。福島のように放射線で破壊されて、物はあるけどクローズしているところ、建物も壊れてクローズしているところ、多分、実態は同じはずなのですね。で、メディアなどは避難所にたくさんドクターが行っている、いっぱいいると報道しています。しかし、いずれ、この人たちはいなくなるのですよ。この人たちは、日常いる人達ではないのです。日常は格段にサイズがダウンしているのです。安全で、災害に強い国にするためには、ここにてこ入れしないといけないのですね。てこ入れとは、人がそこで安全に暮らせるようしないといけないのです。そのための議論というのは、まだほとんどされていないのが実状です。

工藤:今のお話はどうですか。

梅村:そうです。ただでさえ少ない地域ですから。だから、まず出て行かないようにする。それから、もう一度定住してもらうようにする。これが非常に大事なことです。これは、実は医療だけに関わることではないと思います。やっぱり今、被災地、特に医療機関などもそうなのですが、いわゆる残存債務、二重ローン問題というのがあります。ここであんまり避難所の医療のことだけに目を向けていると、元のサイクルに戻っていく、もっと言うと借金を返して、もう一度そこに二重ローンを抱えてでも行くかと言ったら、東北地方の人口を考えると、なかなか難しくなってくる。そういう意味で言えば、二重ローン問題と、それからこれ、個別の話になりますけど診療報酬の問題。やはり、被災地には特例を作るべきなのではないかと思います。そこで、日常のサイクルを戻してあげるということをしないと、いつまでも避難所だ、非常時だ、このことだけに目をとらわれてくると、非常に悲惨なことになるのではないかと思います。

工藤:それから老人への介護の人たちとかね、色々な人たちね。でも、それは診療報酬ベースとか介護報酬ベースでやるとすれば、そういうのを特別な形にして人を呼び込む、ということなのだけど、今はそういう流れになっていないですよね。

梅村:診療報酬改定については、夏ぐらいには議論がありますから、そこまでは債務をどうするかという話をしてあげたらいいのですが、そこから先は、今回の診療報酬改定の議論を本格化していく中で、最重要課題になると私は思いますよ。これは多分、日本の保険制度が始まって以来のことになると思います。

工藤:つまり、これは単なるボランティア的な話ではなくて、仕組みとしてそこにきちんと医療行為をする人たちがちゃんといる、という話にしていかなくてはいけんわいわけでしょ。

梅村:そうですね、これは、後1年後ぐらいには顕在化してしまうと思います。


被災地の医療救済はまだ現在進行中

工藤:ちょっと話に熱中してしまって時間を忘れてしまったのですが、今の話を聞いて、医療という分野に関してはまだ現在進行中なのだな、と実感しました。やはり、日常に戻るということが、これほど大変なことなのかという感じがしました。ここに関しても、やはり、もっと議論を深めていきたいと思っています。さて、言論スタジオでは、次回は原子力に依存しないエネルギー問題について、それは可能なのか、ということを5月23日にやりたいと思います。また見ていただければと思います。今日はどうもありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

報告・動画 第1話 第2話 第3話


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5月18日、言論NPOは、言論スタジオにて上昌広氏(東京大学医科学研究所特任教授)と梅村聡氏(参議院議員)をゲストにお迎えし、「日本の医療は被災地にどう向かいあったのか」をテーマに話し合いました。

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