参加者: 片山信彦氏(ワールド・ビジョン・ジャパン常務理事・事務局長)
加藤志保氏(チャイルドライン支援センター事務局長)
関尚士氏(シャンティ国際ボランティア会事務局長)
多田千尋氏(東京おもちゃ美術館館長、日本グッド・トイ委員会代表)
堀江良彰氏(難民を助ける会事務局長)
田中弥生氏(大学評価・学位授与機構准教授、言論NPO監事)
司会: 工藤泰志(言論NPO代表)
第2部 第3話 市民参加に支えられてこその非営利組織
田中 対象者が自立していく、自分でものを決定していく、さらには貢献者になっていくために支援していくようなところに大きな成果があるという話です。皆さんは、そういうキャパシティビルディングやサービスを提供するお仕事のほかに、政策提言やアドボカシーにも大変力を入れておられますが、それはなぜですか。
関 例えば教育というものが必要とされ、私たちがそれを提供する役割を求められていたとしても、それには限りがあるわけですし、制度的なものがその妨げになっている場合もあります。活動を重ねていく間に、そういった問題にどうしても直面してしまうのです。学校の中で授業を行うだけでは済まされないような状況にぶつかってしまいます。そういうことがあって、例えばカンボジアでは教育政策に対する提言を出し続け、約10年という時間を要して、最終的には小学校教育の中で図書館教育というものがカリキュラム化されていきました。その領域にいる人たちにとっては、その意義がなかなか見えてこないので、現場において実践していくしかないわけです。そこにNGO、NPOの強さがあるのだと思います。同時に、その現場での成果が点としてしか残らなかったり、仕組み化、制度化されないというところは、特に日本のNGO、NPOの弱みでもあるので、政策提言なども含めてやっていくことが非常に重要なのではないかと思います。
「横のネットワーク」と「市民の支持」
田中 何かしらの課題を解決した、というところを社会全体に広げるときに、どうしてもぶつかってしまうのが制度という問題であろうと思います。これらを解決するために、政策提言は有効な方法になるのでしょうか。
工藤 2つの方法があると思います。ひとつは実際にその人自身が政策の形成にかかわるということです。これは日本でも一部で始まっていますが、NPO関係者が政府や行政に民間任用で参加することです。ただこれはもう個人の問題であり、そういう動きは今後も増えていくと思いますが、非営利の活動の帰結がその人自身が政策にかかわらなければいけないということでは必ずしもないと思います。そういう非営利の活動が市民の支持を得ていくことによって、政策的な提案のメッセージ力を高めていく、という方法の方が大事だと思っていますし、それがスタートだと思います。そのメッセージ力が市民に向かって大きければ大きいほど、政治はそれを取り込もうとするものです。
言論NPOの経験で言うと、私たちの顧客はある意味で最初はメディアだったわけです。日本のメディアの報道のあり方や内容に疑問を持つ多くの有識者が、本当の言論のあり方を考えようというのがその始まりだったからです。そのため、非営利の新しい質の高いメディアをつくり、そうした新しい競争を挑むことで日本のメディアを変えるしかないと思っていたのです。でも、本当の意味では私たちの顧客は市民であり、市民が強くなり、しっかりとした判断ができる眼力を身につけることの方が大事だとその後、気が付きました。つまり市民が、自分たちで政治や将来を判断できる議論の舞台をつくったり、そのための判断材料を市民に幅広く提供することに活動の重点が移ったのです。
今ではマニフェスト評価も質の高い評価を提供するだけではなく、自分で政策を判断できる市民を増やしたり、そんな力を身につけるための事業を進めないと、日本の政治はなかなか変わらないと思っています。つまり、市民側に大きく重点を移さないと、メッセージ力を高められないのです。
田中 そうですね。政策提言力というのはもちろん専門的な知識も必要ですが、工藤さんもおっしゃっているように、非営利セクターであるならば、どれだけの人がその案を支持してくれるかということが重要になるでしょう。
工藤 あとは横のつながりがあるかということも大事だと思います。それぞれの活動が自己実現とか自己満足ではなく、社会のためを思ってやっているのだという純粋な使命感さえあれば、「一緒に協力しよう」という動きが生まれます。市民社会の中で突破力を持つ人々がメッセージ力を高めていけるということになります。しかし今は多くの団体がみんなバラバラで自分たちのことだけを考えているというような段階なのです。その中には行政の下請けになったり、自分たちだけのために活動を行う共益団体もある。市民が背負う課題にぶつかっていけるかどうかの瀬戸際にいるような気がします。ですから、率先してやろうとしている人たちが力を合わせないといけないし、一方でそういう人たちの経験を皆で学ぶというようなサイクルが生まれない限り、非営利セクターは本当の意味での力を持てないのではないかと思います。
「自発的な課題解決」と「参加」
関 結局のところ、われわれ自身も社会化されていないわけです。政策提言を行う際に、その声がどれだけの人に支持されているかどうかが重要だというのは、その通りだと思います。NPOもNGOも数の上では確かに増えて、10年前と比べてそれなりの成果を挙げてきているのではないかと思います。しかし、どれだけ社会化してきているのかといえばどうなのでしょう。例えば、ハイレベルな人たちの中で政策評価をし、提言をしていくときに、その中に市民はどれだけいるのか。市民と乖離している状況の中では、ハイレベルの人たちがいくら動いても、市民性や社会変革には繋がっていかないと思います。
工藤 私たちが直面しているのもまさにそこです。それが本当の意味で市民と結びついていかないと、変革にはならないはずです。何となく「市民派」ということが流行っていますけれども、制度や法律を変えるときなどに「彼らに意見を聞きましょう」ということで、政治がかたちばかりの市民の代表としてその声を聞くというレベルです。それが本当に市民の支持を得ているということになるのかどうか。
片山 先日、DAC(OECD開発援助委員会)の対日審査があり、日本のODAをレビューするチームが来日し、NGOとの話し合いももたれました。その中で、日本のODAについて、日本の市民社会にどの程度受け入れられているのかという質問がありました。
工藤 本質的な質問ですね。
片山 ODAはどのように認知されているのか、あるいは日本の国際協力は、日本の市民社会から本当に支持を得ているのかと聞かれました。彼らにしてみれば、国際協力に対する市民の理解を高めるのはNGOの役割でもあるという認識があるのだろうと思います。行政だけの責任ではないと、そこまで言われたわけではありませんが、私にはそういうメッセージとして伝わってきました。
堀江 結局、課題を負っているのはわれわれであって、課題を顕在化させる義務や責任はわれわれにしかなくて、われわれが言わないと誰も言ってくれないということですね。
片山 若い世代に対してどれだけ取り組んでいるかとか、学校教育にはちゃんと入っているかとか、あるいは地域、メディアとの関係はどうなのかとなると...
工藤 まだバラバラですよね。ある局面では頑張っているところもありますが、市民の中に入って支持を得て、うねりをつくっていくような動きが必要なのでしょう。昔の阪神・淡路大震災のときのような動きの中でリーダーが出てくるのだと思います。
田中 突出した個人というものがだんだん出てきているようにも思いますが。
加藤 湯浅誠さん(自立生活サポートセンター、もやい事務局長)とか清水康之さん(自殺対策支援センターライフリンク代表)が支持されているのは、やはり湯浅さんの場合は、派遣切りされた人たちひとりひとりときちんと向き合っているという事実があるからではないでしょうか。その人たちを色づけせずにまとめあげようとしたひとつの力として、「切られたことに対してものを言ってもいい」という枠の中にポンと入った。ライフリンクに関しては、35年間活動してきた中で、「いのちの電話」だけでは自殺に対して予防対策はできなかったけれども、自殺予防に取り組んでいるところを繋ぎ合わせて政策やメディアに切り込んでいく、ということで、自身の役割を整理できたのだと思います。自分たちだけでやるというのではなくて、実際にやっている活動者をバックに切り込んだから支持者が非常に多い、ということなのではないでしょうか。
工藤 それぞれが違う課題認識を持ってやっているわけですよね。確かに、新鮮な課題に直面したときのほうが波及も大きいと思います。「これを解決しないとどうしようもない」という、一種の急所のような課題も確かにあるわけでしょう。ただ、その中で言える共通の目標というのは、やはりどれだけの市民を巻き込めるか、どれだけの支持を得られるかということではないでしょうか。
田中 それから、「気づき」も進化しています。共通しているのは、そこではないですか。
工藤 課題認識というのはいろいろあるけれども、先ほど関さんがおっしゃったように、自分で判断して、課題に取り組む人たちの層を増やしていく、そこに何かしらの共通項があるのではないかという気がします。社会の参加率のようなものを上げていくというか。増えると同時に、壁を突破できる人同士が交流することが大事なのではないでしょうか。
田中 まさにキャパシティビルディングとかエンパワーメントということですよね。
加藤 その場合、活動と自分の足元の生活がどれだけ結びつくかがカギになると思います。
田中 少し分けて考えるべきではないかと思います。まず条件として、常に「何が原因なのか」と追求する姿勢が進化を生んでいるわけですよね。それから、確かに成果が大きいところ、小さいところがありますが、私たちが現在作業をしている望ましいNPOの評価基準の中では、課題認識の変化に合わせてアウトカムも成果も進化していくというプロセスが重要なのではないかと思います。
日本の非営利組織に問われているもの
工藤 社会変革が問われているということは、やはりその担い手である非営利セクターが課題解決の段階を上げていく、というか成長していかなくてはいけないわけです。でもそれだけではなく、その結果として参加する市民も市民性をさらに鍛えられるというサイクルが動いて、人間も成長していかなければならないと思います。これはなかなか難しいことなのですが、そのかたちをどうつくっていけばいいのかということについて、最後に皆さんから一言ずつ言っていただきましょう。
堀江 それぞれが抱えている課題をメインストリーム化、顕在化させて、より多くの人の共感を得ることが大事だと思います。いくら自分たちが課題だと思っていても、共感を得られないのであれば解決すべき課題にはならないので、そこは、どれだけ多くの仲間を増やせるかですね。専門的すぎてもだめなので、専門的なことをいかにわかりやすく伝えられるかも大事でしょう。
関 それは私たちも日々思い悩んでいることです。カギは、先ほどの、「『気づき』はどうしたら引き起こせるのか」ということだと思います。いろいろなキャンペーンだとかメディアを使ったアピールを通じて問いかけしていくこともNPОのなすべきことのひとつでしょうが、ひとりひとりの暮らしの中での問題意識に働きかけていかなければ、十分には響いていかないのだろうとも思います。被災地で活躍するボランティアの気づきの多くは、まだ表層的なもの、一時の、一方の満足にとどまっている感があります。本当の意味でのうねりや社会変革までにはなり得ていない。自身の暮らしに足元の問題を結びつけ、共感し、学び合えるものを見つけられたとき、初めて社会が変わる動きに繋がっていくのではないでしょうか。私自身についても改めて問うところですが、引きこもった青年たちの声であったり、あるいは子育てをする上で寄り所のない人、介護に明け暮れて最終的に命を絶ってしまうような人々の声から、私たち自身が深いところでの「気づき」と「学び」を覚え、伝わるかたちで伝えていけるようにならねばなりません。
加藤 やはり非営利セクターがすべきことはコーディネーションなのだと思います。ひとりひとりを、「気づき」の能力を持ち得るところまで引き上げるのは難しいですが、「気づいたら巻き込まれていた」「軽い気持ちで参加したら深いところまで気づいていた」という動きをつくるためのコーディネータになりたいと思っています。最終的に目指しているのは、人と人が繋がりあってぬくもりを感じられる社会です。電話を通して人と出会うことを経験した子どもたちが社会の中核を担うようになったときに、「人との繋がりは素敵なことだ」と体験的に知っているところから発想しての動きになっていくことに希望を持っています。それから、実際に活動にかかわったり、活動を知った人たちが「話したり聞いたりする関係がつくれるっていいな」「人と繋がることで安心できる」と思える社会になれば、介護に携わる人も母子家庭で生活する人もきっと、生きていて楽だろうなと思います。そこが今の日本に最も欠けている部分だと思いますので、チャイルドラインという装置を使ってそれを取り戻していきたいです。それはこの団体がNPOであり、市民が参加できるからこそできることだと思います。
片山 国際協力は確かに、日本の支援者とのつながりが薄いのだと思います。生活との連続性が弱いので、非常に悩むところでもあります。私が感じるのは、P・F・ドラッカーではないですけれども、「原則に戻る」というか、「われわれの顧客は誰であり、何を求めているのか」という問題意識を持ち続け、常に調査することが重要なのではないかということです。われわれが何のため、誰のためにやっているのかということを思い出すことが大事で、「それは社会を変えるためなんだ」という気概のあるNGOがいっぱい出てくることが必要なのではないかという気がしますね。
工藤 皆さんのお話を聞いて、「社会に向き合って考えている人がいることを一般の人にわかっていただく」、つまり「見える化」するところに、言論NPOの役割があると気づきました。社会の課題についてこれほど悩んでまじめにやっている人がいる。それを、私たちは徹底的に知らせる必要があると感じました。その中で「気づき」というか、「そこに自分も参加したい」と人々が思えるような議論のプラットフォームを私はつくりたい。
だから皆さんにはそのモデルとなって、突破し続けてもらいたい。それを知らせていく人がいて、やがて市民全体が気づいていく。そうしたプロセスがひとつのうねりとなっていくことが、強い市民社会のために重要なのではないかと思います。
「成果がなければ非営利組織ではない」
田中 私のような一介の研究者が踏み込めないような、あまりに重いお話でしたが、最後はドラッカーの言葉でまとめるのがいいかと思います。キーワードは課題解決ですが、そこに市民参加がないと非営利セクターとしての正統性は得られない。しかしそれは両輪であって、そこに参加したいと思うためには、活動が魅力的なものでないといけないわけです。「成果がなければ非営利組織ではない」とドラッカーは言っています。小さくてもいいから成果を出し続けないと、市民という顧客を惹きつけ、共感を得ることはできないのです。しかし日本の非営利セクターの活動は、まだ点であって社会化されていません。「こういう人たちがいるんだ」ということを伝えるようなインフラ、機能も合わせて必要になるのだろうと思いました。この検討会の役割は、その魅力的な民間が担う公、非営利活動に光を当てて伝えるというところにあるのだと思います。皆さんどうもありがとうございました。
<了>