ゲスト:渡邊奈々(写真家)
東京生まれ。慶應義塾大学文学部英文学科卒業。米国政府の奨学金を得てバイリンガル教育修士課程修了。リゼット・モデル氏より写真を学ぶ。1980年ニューヨークで写真家として独立。87年アメリカン・フォトグラファー誌年度賞。97年より個展、グループ展で作品発表。
聞き手:工藤泰志(言論NPO代表)
田中弥生(言論NPO監事)
第3話 社会変革は個人の資質にかかっている
日本の市民社会を強くするには
田中 冒頭の設問になりますが、渡邊さんがおっしゃるように、市民社会が強くならなければいけない時代になってきているのに、さっきの解釈だと、日本の市民社会は、相変わらず取り残されています。強くならない。
渡邊 だから、もうひとつ別の名前をつくらなければいけないかもしれない。「政府連携市民セクター」とかね。
田中 「QuaNGO」というものがあります。Quasi NonGovernmental Organizationです。
工藤 O-NPOというものがありますよね。政府と関係を持ちたがる動きと私たちの動きは分けた方がいいと思います。田中 オフィシャルNPOですね。それは英語ではないですけれども。
渡邊 だから民間型と政府型と、2つつくればいいのです。そういうふうにつくって、私たちで使い出せばいいのです。その2つが混ざらないようにすればいい。別に政府型がいけないわけではないので。何かいい名前をつくって、どんどん自分たちで使ってしまう。政府型がいけないと言っても、絶対出てくるので、種類を分ければいいのです。
田中 そのためにはアセスメントツール、評価基準がすごく重要です。でもこの基準は...
渡邊 グローバルにすればいいのです。
田中 私たちは今、エクセレントなNPOを目指そうとしていますが、そうした世界にもつながる基準であればもっと喜ぶし、それが世界でも評価可能となれば、そこに参加したいというようになるでしょうし。
工藤 非営利の世界でも、望ましいものがあって、それにみんなで挑んで、競って、というしくみに頭を切り変えなければイノベーションは起きないし、NPO全体が政府から保護されているというイメージは変えられない、と思います。
渡邊 アセスメントするのというのは、基準をつくるのが難しいのではありませんか。
工藤 今、私たちの作業では、田中さんがそのチーフでとなっているのですが、評価の体系はできそうなところにまで来ています。最終的には自己診断ツールもつくって、個人の経営の中でどうやるかとかいうところまで来ています。
田中 それも外部のエバリュエーターみたいなものも必要ですね。
渡邊 そうですね。こういうスタンダードで、「グローバル・ギビングのスタンダードでやりました」とか。
田中 ラッキーなことに私は、この10年間は、評価を――まあ政府部門が多いのですが、ずっと研究として仕事としてやっていますので、私の中にアカデミック・ソサエティができています。そこにはエヴァリュエーションを専門に勉強してきた人たちが500人位集まっています。中には関心を持っている人もいます。最初はとてもコストのかかる仕事なのですが、たぶんボランティアとして関わりたいという人も出てくると思います。
渡邊 でもこれはやらなければいけないと思います。運営経費と実際のプログラムに使うお金との率(経費率)は、各々の組織を評価する最も重要な基準のひとつだと思います。
田中 これは、今内閣府で調査し始めて、アンケートを取っていますが、いわゆるアドミニストレーション・フィーというか、日本で言う管理費というのは、ぐちゃぐちゃにしてわからないように処理しているのです。
渡邊 だからそれを調べていく。
田中 それは公認会計士の人がアドバイスをするときに「隠せ」と言って指導したからですよ。
工藤 私たちも支出を効率性の基準で判断することは大事だと思います。ただ、それだけではなく、市民参加の視点も問われるべきと思っています。たとえば、人件費はかなり抑えながらも、高い質を伴う成果を上げるには、質の高いボランティアの参加をしくみとして入れ込むしかない。経費率だけだとそれが反映できない。たとえば言論NPOの人件費はかなり低く、総支出の10%程度ですが、実態は無償の部分を費用換算すればその10倍くらいある。
田中 言論NPOはシンクタンクなので、人件費部門でボランティアがかなり活躍しているから、金銭換算すれば本当にエクスペンシブなのです
渡邊 でもボランティアには払っていないでしょう。
工藤 払っていません。ただ、その背景には無償の時間の寄付があるのです。
渡邊 でもそれは計算には入れない。
田中 ただ、その無償の寄付は十分評価の対象になるのです。それは市民参加という非営利組織の本質的な特性に基づくものであり、しかも、無償でありながら高度の知識層の参加を設計して成果を出しているからです。私たちは、評価の体系はそういう形で総合的に設計されないと、エクセレントなものを評価できないと考えています。
ただ、ベンチマークをわかりやすいかたちで示すことは理解できるし、その点で経費の使い方を見ることも大切とは思います。たとえば渡航費という経費ひとつをとっても、その使い方ではいろいろ無駄があります。
渡邊 航空運賃に関しては、国連や世界銀行ではビジネスクラスをノーマル料金で購入し、ファーストクラスにアップグレードする取り決めがある、と世界銀行の友人から聞きました。一方、アキュメン・ファンドやアショカなど、私がよく知っている組織は、CEOもエコノミークラスを使うのが通常です。
田中 日本の場合はほとんどエコノミーですね。
渡邊 経費率を詳しく公表して、どの組織に寄付するかについては、寄付する側が自分の価値基準に沿って、自分の頭で考えて決めればいいと思います。
工藤 私たちはみんなエコノミーで、しかも日程が固定の格安です。それくらい当たり前です。高いコストを当たり前のように使っている団体は、その数字を公表すべきですね。
ファンドレイジング・パーティーを堂々とやれ
工藤 先ほど、渡邊さんは、銀座でパーティーをして、3日間で6000万円集めたって話ですが、あれはどうやってそんなお金を集めたのですか。数万円の会食とバーの活用で200円は寄付だったわけですよね。つまりすごく人が来ているってことですね。
田中 無償で協力する店舗があったということですね。
渡邊 数万円のパーティーでも、ずいぶん人が入る。
工藤 言論NPOは昨年末、8周年パーティーを行いましたが、参加費は食事代と会場代のコスト見合いのため、収益はほとんどありませんでした。
渡邊 それでは寄付が集まらない。もっと大きく考えないと...
田中 これは寄付のパーティーだというかたちを鮮明にしないと。パーティーの位置づけが不鮮明だったのでは。
渡邊 一桁違いますね。アショカは、CEOがそういうことに反対なので、アショカ自身はファンドレイジング・パーティーはいっさいしないのです。しかし、日本ではしてもいいのではないかと、もうひとりのアドバイザーと話しています。
工藤 ああ、ファンドレイジング・パーティーっていうふうに位置づけてしまえばいいのですね。でも、やっていることへの自信がないと、なかなか踏み出せないですね。
渡邊 これから日本で色々な動きが始まっていくと思いますが、最初から日本語の他に英語でもやったほうがいいと思っています。英語サイトもつくって...。どんな社会起業家の国際会議やミーティングにも世界から人が集まりますが、共通の言葉は英語です。ですから、日本だけは例外というわけにはいかないと思います。英語は共通の言葉ですから。英語で出さなければ、まったく話にならないのです。
志望者には、まず日本に生まれた幸運を認識させる
田中 社会起業の仕事をしたい若い人に対して、アドバイスをお願いできますか。
渡邊 私の印象では、一部の若い人は今不景気だとか、または競争社会で大変なので社会起業の方に逃げる、という人も一部いるように思います。物質的に豊かな日本に生まれた幸運を認識する体験を教育に織り込んだらどうでしょうか。たとえば、飲料水のない国に行ってみるとか、そういう深いところの気づきがないと社会的な活動はできないと思います。そういう飲料水もない、マラリアで死ぬような国に行って自覚するとか、あるいはオランダとかアメリカとか、公共の仕事をボランティアで行うというのが当たり前の社会に行ってみてインターンシップやってみるとか、そういうのが必要です。政府ができるのは、そういう社会参加がメリットになる社会を作ることなのです。企業ができることもそういう人たちを優先的に採用するとか、です。Teach for Americaに行くような人はアメリカの社会では、エリートの大学生です。
田中 ハーバードに入学するより難しいって聞きました。
渡邊 そうですよ。この10年でそういうふうになったのです。一部の若者は初任給6万ドルのベンチャーキャピタルの就職を蹴って、年収3万ドルの貧困区の先生を選ぶという時代が訪れました。これは価値観の転換ですね。そういう社会をつくらなければいけない。それは企業と政府、アカデミアがそれぞれできると思います。
工藤 全くその通りです。つまり考え方を変えなければいけない段階ですね。もうその動きは始まっていますが、ただ、それはやはり誰かが突破し続けなければだめなのです。この前、私たちのアドバイザーである小林陽太郎さんにも言われたのですが、「日本の社会にいるリーダーを議論の力で探してくれ」と。ただ、今の日本や世界に必要なリーダーというのは政治家とかではなく、もっと社会の中で、課題の解決のために様々なしくみをつくり出したり、いろんなことに対して向き合っている人。そういう人たちを表に出していかなければだめだ、と思っているのです。
私がここで「市民を強くする言論」を始めたのは、そうしたリーダーを「見える化」するために言論の舞台を使いたいと思ったのです。
それと、私たちのような活動は、実際に社会の課題を解決したり、そのために実際の社会の政策決定の中で役割を果たしたりしていかないといけない、という段階に来たような気がします。まさに社会変革の一部として動き出さないと、だめなのかなと思っています。小林さんが別の座談会で言っていたことなのですが、社外役員にNPOの人間を入れるとか、それくらい企業の価値観を変えなければいけないということです。
渡邊 ただ、それには単に非営利団体にいたから優先すべきというわけではなく、その個人の資質にかかっています。個人の資質やミッションの深さを探るためには、その人をよく知らなくてはなりません。そのためには、面接時間をなるべく長くすることを提案します。1、2時間話をして、相手のことを知ることは到底不可能です。できれば、5、6時間、最低でも3時間ぐらい必要ですね。私がこう言うと、いつも「そんなことができるわけがないじゃないか」と笑われることがよくあります。私の理解では、笑う人たちは個人の資質が全ての源であるという、新しい時代が始まりかけていることに気づいていないのです。
アショカを例として挙げると、上級スタッフがひと5時間ずつ10人ぐらい、つまり合計50時間ぐらいインタビューを行います。親のこととか育った環境とか、祖父母のことなども全部聞いていきます。それで初めて、相手のことが少しわかり始めます。同時に本人も考えなければいけないことが出てきます。たとえ5時間は無理でも3時間ですね。それも工藤さんや田中さんのようなよくわかっている人が面接をする。その人がミッションドリブンであるかとか、価値観が確かなものであるかといったことを見極めて採用していく。
工藤 それはいいですね。今、言論NPOには学生のインターンが結構多いのですが、やはり大学のしくみを見ても、教師が学生に向き合っていないのですね。ですので、若い人たちが社会のために何かをしたいというのはあると思うので、それを引き出してあげることができれば何かが変わる可能性がある、ということを...
渡邊 そうです。そういう人たちの話をよく聞いてあげることが大事です。夢みたいなことを言う人もいます。だけどそうでもない人もたくさんいます。
田中 同時にNPO側も、3万9000団体のうちの1%でもいいから、この分野で本当にいろんな意味でいいクオリティで仕事をする人を増やさなければいけないですね
渡邊 それはスタッフのクオリティにすべてがかかってきます。それで私が思うには、引退したエグゼキュティブというのは使われていない資源ですので、彼らが面接官になるべきです。アショカはこういった方々を面接官に使っています。
田中 しかし、いきなり企業から来た人は企業の論理を持ってくる。企業の論理が通る部分もありますが、非営利はその考え方では少し違う。それを理解しないで、企業の方法論を押しつける人がいますが、それはどうですか。
渡邊 それは訓練します。10何時間と。だから、やはりすごく時間がかかるのです。だけどそれくらいしなければいけないのです。
最後は「人」、個人の資質にかかっている
工藤 渡邊さんのお話は私たちが思っていることとぴったりで、かなり驚きました。
渡邊 私は具体的なものが好きなのです。理論だけ言っても仕方ない。具体的に何か変えないといけない。それで、人が資源だから、それをアセスするシステムをつくらなければいけないと思っています。ビジョンだけを言っても仕方がないので。
田中 最後は「人」なのですね。何だか、市民社会とかいう漠然としたものがあるように語りがちなのですが、最後は個人ですよね。
渡邊 「海」が水滴からできているように、「市民社会」は人からできています。この見極めを怠ることは、建築で土台を疎かにするようなことです。
工藤 だから私たちの議論づくりのタイトルは「強い市民社会をつくる」ではなく「市民が強くなる言論」になりました。
渡邊 ホームページも今度は英語のものをつくるべきですね。EnglishとJapaneseで選べるようにして。付け加えて申し上げますと、「日本」と言ってやってしまうと、日本独特のものになってしまうのです。日本独特の基準になってしまうので、そうならないように常に「世界の中の日本」という位置づけにする。それで何か始めるときには、最初から「グローバル」っていう視点で始めるのがいいですね。日本独自のものにならないようにすべきです。
工藤・田中 今日はどうもありがとうございました。
<了>