「第7回非営利組織評価研究会」 報告

2008年6月30日

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 2008年6月19日、都内の学術総合センターにて非営利組織研究会が開かれました。第7回目となる今回の研究会では、ゲストスピーカーに経営学者の野中郁次郎氏(一橋大学大学院国際企業戦略研究科名誉教授)を迎え、「社会的知識創造とリーダーシップ ―Social Entrepreneur-ing―」をテーマに議論が行われました。

概要

080619_nonaka.jpg 野中氏は冒頭で、自身がこれまで開発・発信してきた企業における知識創造の理論を紹介しました。そのなかで野中氏はまず、世界はもの(thing)で出来ており静態的に分析可能という、英米諸国で有力な固定的・静態的な世界観ではなく、人の主観と物事のプロセスを重視する動態的・流動的な世界観こそが、知識創造を考えるうえで重要であると指摘しました。そして、このプロセスから得られる直接的な経験により人が得た、主観的で言語化が困難な知を暗黙知と名付けたうえで、この暗黙知と客観的・理性的で言語化可能な知である形式知が相互作用を繰り返して動的に綜合されていくことこそが、知識創造のエッセンスであると述べました。そしてそのためにも、このような「知」の相互的な流れをマネジメントすることが、知識創造のために重要であるとしました。

 この知識創造のプロセスを、野中氏はSECIモデルと名付けています。このモデルにおいては、個人の持つ暗黙知が対話や比喩といった方法で形式知として体系化され、実践されたうえで、実践から新たに得られた経験から新しい暗黙知が生まれる、という相互的なプロセスが生じます。そのなかで、さまざまな個人の暗黙知が組織に還元されることで組織の知も増幅されていきますが、このようなプロセスが生じるいくつもの「場」を有機的に配置した知の生態系を構築することで、さらに人々の知が総動員されて社会全体が豊かになっていく、というのが社会的知識創造の基本的な考え方であると野中氏は述べました。


 つづいて野中氏は、このSECIモデルは公的な領域に従事する組織に適用しうるものであると提起し、その具体例として、熊本県の黒川温泉、北海道の旭山動物園、徳島県の上勝町の事例を説明しました。

 さらに野中氏は知識創造モデルを機能させるための鍵要因としてリーダーシップについて説明しました。つまり、知識創造というダイナミックなプロセスにおいてビジョン、対話、実践、場、知識資産、環境の要素をトータルに関連付け、マネジメントするのがリーダーシップの本質であると述べました。そのうえで、このリーダーシップの根幹にあるのは、アリストテレスの提唱した「フロネシス(実践的知恵)」という概念であるとし、それは人が個別具体的な出来事のなかでつねに最適な意思決定・行動をとるための知恵である、と定義しました。このようなリーダーシップには6つの条件があると野中氏は指摘し、なかでも多くの人が経験を共有するための「場」を作る能力が、リーダーにとっては非常に重要であると強調しました。そして最後に、「暗黙知と形式知をスパイラルで回しながらプロセスをマネッジしていくのが、社会的知を生み出すリーダーシップの本質である」と結論付けました。

 その後議論は質疑応答に移りました。そのなかでは、野中氏の組織経営論において営利組織と非営利組織に違いはあるのか、また公共的な意識を持つ個人と営利企業の関係はどうなるのかという質問や、リーダーの育成に関する議論、営利企業の社会的な目標と株主からの評価との関係などについて、活発な議論が交わされました。このなかで野中氏は、評価システムとして定量的な指数と定性的な指数を組み合わせている企業の例をあげながら、重要なのは定性的な評価と定量的な評価のバランスであると指摘しました。

 議論の最後に本研究会代表の田中弥生氏が発言し、「研究会の目的として非営利組織の評価をどのようにすればよいのかという問題意識があったが、定性的な評価と定量的な評価の組み合わせという話を聞いて安心した。しかし、組織のプロセスをどう評価するかが非常に難しい問題だ」と指摘し、議論を締めくくりました。


 次回は6月23日、座談会方式でこれまでの非営利組織研究会の成果の総括を行う予定です。