第1セッションから引き続き、日本からは神保氏、林氏、藤崎氏、藤原氏が、インドネシアからはウィラユダ氏、ベルモンテ氏、アズラ氏が参加しました。そして、この第2セッションから新たにインドネシアのイェニー・ワヒッド氏(ワヒッド研究所所長)、インドのミヒール・シャルマ氏(オブザーバー研究財団シニアフェロー)が参加し、第二セッションが行われました。
民主主義をめぐる3か国の意識の相違が浮き彫りに
冒頭で司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志により、今回の対話に先立ち実施された日本・インドネシア・インドの3か国共同世論調査結果が以下のように紹介されました。
まず、自国の将来について、日本人の39.8%は、「悲観的である(「どちらかといえば」を含む、以後同様)」と回答し、「楽観的である(「どちらかといえば」を含む、以後同様)」の20.7%を大きく上回っています。その悲観的な理由として、「急速に進む高齢化と人口減少に関して、有効な対策が提示されていないから」の84.7%が最多となりました。一方、インドネシア人の65.3%、インド人の75.9%が自国の将来について「楽観的である」と考えており、「悲観的である」との回答はインドネシア人が8.0%、インド人は19.5%にとどまり、日本と対照的な結果となりました。
次に、自国の民主主義が機能しているかという設問では、日本の民主主義が「機能している」と考えている日本人は46.7%、インドネシアの民主主義が「機能している」と考えているインドネシア人は、47.1%でした。他方、インドの民主主義が「機能している」と考えているインド人は65.0%となり、3か国の中で突出して高くなっています。
その「機能していない」と回答した人に理由を尋ねたところ、日本で最も多いのは「選挙に勝つことが自己目的となり、政治が課題に真剣に向かい合っていないから」の60.2%で、「政党が選挙公約を守らず、十分に国民に説明しないなど国民に向かい合う政治が実現していないから」が45.3%で続き、政党や政治家に対する不信が高まっていることを、浮き彫りにしています。インドネシア人では、「政治・行政側の腐敗や汚職が止まらないから」が63.5%で突出し、これに「国内での貧富の格差が大きいから」が35.9%で続いています。インド人でも同様の傾向が見られ、「政党が選挙公約を守らず、十分に国民に説明しないなど国民に向かい合う政治が実現していないから」と、「政治家や政治リーダーに汚職が多いから」の2つでそれぞれ22%ありました。
続いて、民主主義は望ましい政治形態なのか尋ねたところ、日本人の47.0%が「民主主義はどんなほかの政治形態より好ましい」と回答しましたが、「分からない」と判断しかねている人も30.8%おり、さらに、「一部の環境や状況によっては、非民主的な政治形態が存在しても構わない」も17.3%いました。インドネシア人では、「民主主義はどんなほかの政治形態より好ましい」が55.1%で最も多いものの、「一部の環境や状況によっては、非民主的な政治形態が存在しても構わない」も21.3%いました。インド人では、「民主主義はどんなほかの政治形態より好ましい」が57.6%で最も多く、3か国の中で最も高い割合でした。他方、「一部の環境や状況によっては、非民主的な政治形態が存在しても構わない」(34.5%)の割合も一番高くなりました。
続いて、世界でグローバル化や国際秩序が不安定化する中、強い政治リーダーを国民が求める傾向にありますが、そうした中で、自国の政治指導者のリーダーシップのあり方について尋ねたところ、日本人の59.7%、インドネシア人の65.4%、インド人の62.6%が「あくまでも民主的な制度の範囲で強いリーダーシップを発揮すべき」と回答しました。一方、「自国の経済や社会がより発展するのであれば、多少非民主的でも強いリーダーシップを持っても構わない」と考える人も各国とも2割程度見られます。
さらに、課題解決や経済発展において、自国の政党に期待しているか尋ねたところ、日本人では「期待できない(「どちらかといえば」を含む、以後同様)」が51.7%と半数を超え、「期待できる(「どちらかといえば」を含む、以後同様)」は15.5%にすぎませんでした。対照的に、インドネシア人では、「期待できる」が58.3%と6割近くになり、インド人では85.9%と圧倒的多数が「期待できる」と回答しています。
成功例を「希望」に、地道な改革をしていくべき
世論調査結果の紹介に続いて、ワヒッド氏からアジア及びインドネシアの民主主義の現状についての基調報告が行われました。
ワヒッド氏はまず、インドネシアやインドを中心としてアジア諸国では汚職がいまだに深刻な状態であると指摘。これに対しては、法の支配の貫徹や透明性の向上などにより対策を徹底していくほかないと述べました。
次に、アジアの市民社会のマイナス的な特徴として、多くの人が政治参加する民主主義はかえって混乱をもたらすものという風潮が根強いことや、マイノリティの人権が軽視されていること、さらには世襲の政治家や既成政党が既得権益を握り、資源の公平な分配がなされていないことなどを挙げました。そして、これに対しては、クオータ制など様々な人々の声を政治に反映させるための仕組みを導入することで市民社会のエンパワーメントを強化すること、さらにアイディアとアイディアをぶつけ合うような理性的な言論空間をつくることなどによって、公正な政治プロセスを実現していくべきだと主張しました。
最後にワヒッド氏は、こうした改革には長いプロセスを要し、その間には人々を挫折させるようなノイズも入るおそれがあるが、例えば、地理的・宗教的・民族的に多様性がありながらも、そうした区分を乗り越えた公平な政治参加システムを実現したインドネシアの経験や、12億人という巨大な人口にもかかわらず、成熟した民主主義をつくり上げたインドの成功体験をひとつの「希望」としながら、地道に改革を進めていくべきと主張しました。
民主主義自体がナショナルアイデンティティとなったインド
続いて、工藤は、世論調査で「自国の民主主義は機能しているか」という設問で、日本人やインドネシア人では「機能している」と答えた人が4割だったのに対し、インド人では6割を超えていることを踏まえ、なぜインドでは民主主義が成功しているのか、その理由をシャルマ氏に尋ねました。
これに対しシャルマ氏は、かつてのインドでは識字率が低く、知識も情報もなく世界から民主化に挫折すると思われていたが、それにもかかわらず試行錯誤を経ながら、民主主義プロセスを通じて多様な民族の一体化を実現したという、その成功体験によって「民主主義自体がナショナルアイデンティティとなった」と語り、その強い自負こそが成功の秘訣だと語りました。
その上で、シャルマ氏は、「民主主義をパーフェクトなガバナンスをもたらすものと考えるべきではない。民主主義を通じて国民全体で合意を形成するというプロセス自体に意義がある」と指摘し、EU離脱を決定したイギリスの国民投票は、こうしたプロセスを軽視したことによる失敗であって、民主主義そのものに問題があるわけではないと訴えました。そして同時に、「アジア型の民主主義モデルにも注目すべき点がある」とも主張しました。
アジアで知見を共有しながら、地域の実情に合った民主主義を確立すべき
この発言を受けてハッサン氏も、「確かに選挙というシステムは西側の発明であり、世界中の多くの人が民主主義のモデルは西側にあると思っている。しかし、民主主義の価値は普遍的なものであるし、その地域ごとの形がある」と述べました。
また、自身が構想し実現を主導した「バリ民主主義フォーラム」においては、権威主義国家や軍事政権など様々な形態の国家との間においても、民主主義から得られた知見を共有することで民主化を促してきたという経験を紹介しつつ、「日本やインドも積極的に他国と知見を共有してほしい」と呼びかけました。
日本とインドの民主主義に対する温度差
藤原氏は今回の世論調査結果において、インド人が日本人よりも民主主義に関してポジティブな意識を持っていることに注目。その背景として、インドはシャルマ氏の言うように、「民主主義を勝ち取った」ため、民主主義に対して強い情熱があるのに対し、日本の場合は第2次世界大戦の敗戦の結果、「民主主義が転がり込んできたため、やや『乾いた感覚』があるのではないか」と分析しました。
一方藤原氏は、そのインドにおいても「一部の環境や状況によっては、非民主的な政治形態が存在しても構わない」と考える人が34.5%もいることを「衝撃的」と語り、シャルマ氏にその理由を尋ねました。
これに対しシャルマ氏はまず、インド人は自らの民主主義に自信があるため、「一時的に民主主義体制を停止したとしても、すぐに復活できると考えている」ことを理由として挙げました。そして、もう一つの理由として、現在、いくつかの国の権威主義的体制ないし「管理された民主主義体制」の国において、目覚ましい経済発展が見られることから、特に経済的利益を追求する人々の関心を引き寄せているのではないかと分析しました。
「中間層」が重要な鍵となる
神保氏は、経済発展は中間層を形成し、政治の民主化をもたらすとした「リプセット命題」は、これまで定説とされてきたが、現在、世界経済が拡大しているにもかかわらず、民主主義国家が増えていないことから、「それが揺らいでいる」とした上で、その要因は各国における「中間層」にあると述べました。
さらに神保氏は、タイ、マレーシア、フィリピンなど東南アジア諸国で見られる現象として、中間層が政府の市場介入による産業育成の結果、豊かになってきたため、自由よりも介入の方を求めるようになっていることを紹介。したがって、アジアにおける民主主義の普及を考えていく上では、この中間層の問題を考えることが重要な意味を持つとの認識を示しました。
有権者側も意識の変革が必要
次に、工藤から世論調査では「自国の政党に期待できるか」という設問で、日本人の半数以上が「期待できない」ことの理由を問われた自由民主党所属の林氏は、有権者が「消費者的態度」によって、ただ単に社会保障や経済成長といった果実の配分を期待するだけであれば、低成長時代ではどうしてもそういう「正の分配」が少なくなるために必然的に政党への期待も低くならざるを得ないと分析。
その一方で林氏は、少子高齢化が進み、これから「負の分配」が増えてくる中では、有権者も日本が直面する課題を自分自身の課題と主体的に捉える「オーナーシップ」を持たないと、日本全体が悪循環に陥ることになると警鐘を鳴らし、有権者側にも自覚を求めました。
問題を考えていくことが民主主義のメンテナンスとなる
その後、会場からの質疑応答を経て、工藤から総括を求められた藤崎氏は、これまで世界各地の民主主義国家において、多くの政権交代があったものの、民主主義体制そのものが崩壊した事例はないとした上で、その背景には選挙や言論の自由が人々の不満を吸収する役割を果たしてきたことがあると分析しました。そして現在、民主主義に様々な問題点があることを認めつつも、様々な機会を通じて「省みることが民主主義のメンテナンスにつながる」と指摘。そうした視点でいかにして民主主義をより良いものにしていくか考え続けることが大事だと居並ぶ聴衆に対して語りかけました。
議論を受けて最後に工藤は、国民が選挙において政治的な意思を表明し、そこから課題解決に向かうという形が、民主主義に共通して求められる形だとした上で、そのような形をつくるため、今後の議論にむけた強い意欲を表明し、白熱した議論を締めくくりました。