言論NPOは8月19日、都内にて日本、インドネシア、インド3カ国による公開フォーラム「世界のデモクラシーは後退したのか?~アジアの民主主義国はこの試練にどう立ち向かうのか~」を開催しました。
今回のフォーラムでは、同日発表した3カ国で実施した民主主義に関する世論調査結果も踏まえながら、世界やアジア、自国の民主主義の状況、自国の将来に関して議論が行われました。
◆日本
古城 佳子(東京大学大学院総合文化研究科教授)
神保 謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
杉山 晋輔(外務事務次官)
林 芳正(参議院議員、前農林水産大臣)
藤崎 一郎(上智大学国際関係研究所代表、前駐米大使)
藤原 帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
吉田 徹(北海道大学法学研究科教授)
工藤 泰志(言論NPO代表)
◆インドネシア
ハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外務大臣)
フィリップ・ベルモンテ(インドネシア国際戦略研究所(CSIS)所長)
ジムリー・アシディキ(インドネシア初代憲法裁判所長官)
アジュマルディ・アズラ(国立イスラーム大学 ジャカルタ校大学院長兼歴史学教授)
イェニー・ワヒッド(ワヒド研究所所長)
◆インド
ミヒール・シャルマ(オブザーバー研究財団シニアフェロー)
アジアや世界の民主主義が直面している試練に真剣に向かい合う舞台に
フォーラム冒頭、開会のあいさつに立った言論NPO代表の工藤泰志は、アメリカ大統領選やEU内での移民排斥、さらにはイギリスのEU離脱問題に触れ、「今、アジアや世界の民主主義は試練に直面していると感じている。こうした現象をどう考えればいいのか。私たち日本はこうした問題に無関係なのか。こうした問題を考えていく必要があるのではないか」との問題意識を説明しました。こうした問題意識に、インドネシア国際戦略研究所(CSIS)、インドのオブザーバー研究財団(ORF)という有力シンクタンクが賛同を示してくれたことを紹介し、日本を加えた3カ国を軸として他の国も加えながら、アジアの中で、民主主義をベースにした議論のプラットフォームである「アジア言論人会議」を近々立ち上げることへの意気込みを語りました。
それぞれの地域や国にふさわしい形で、民主的制度を構築することこそ重要
続いて、あいさつに立った外務事務次官の杉山晋輔氏は、日本政府が戦後一貫して平和国家として、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値に重きを置き、国民が平和と幸福を享受する豊かな社会を作ること、同時にアジアをはじめとする国々の民主化を支援し、開発協力を行ってきたことを紹介しました。その上で、民主主義を各国に定着させるために重要なこととして、多様性を受容し、それぞれの国や国民がオーナーシップを感じる必要があること、一定の決まった形態、形をつくることを目的にしたものではなく、「それぞれの国の歴史、あるいは風土、そしてそれぞれの国民性、状況に応じたそれぞれの地域や国にふさわしい形での民主的な制度を構築していくことが重要だ」と語りました。その上で、外交政策を展開する大きな基礎として、民主主義がアジア、あるいは国際社会全体に根付くことを重要視していることを強調しました。
最後に杉山氏は、今回の議論を通じて、真の意味で民主主義とは何か、試練に対する処方箋は何か、ということが見いだされることに期待を示しつつ、日本とインドネシア・インドが相互理解と協力をさらに進めることを祈念して、あいさつを締めくくりました。
その後、第一セッションの司会を務めた神保謙氏が、国際NGOのフリーダムハウスが報告書で、「過去10年間で民主主義は後退局面に入っているのではないか」と指摘していることを紹介。「こうした現象がなぜ、いま世界に生まれているのか。そして、我々が世界のガバナンスや政治制度をとらえるときに、直面している課題というものは何なのか」という点について議論したいと問題提起し第一セッションはスタートしました。
日尼印が手を携え、民主主義を推進していくことはアジアの秩序にとっても重要
インドネシア側の基調報告に立ったハッサン・ウィラユダ氏は、質的に見ると民主主義は後退していると思うが、「全体的には、民主主義は後退していない」との見解を述べました。質的に民主主義が衰退している理由として、「民主主義を確立した西側の民主主義国家においてみられることである」と断った上で、「民主主義的な原理である、差異を受け入れる、人を尊重する、意見の違い、あるいは人種、文化、伝統の違いをお互いが認めるということ」が重要であるにもかかわらず、偏狭な国家主義、人種的、あるいは文化的な国家主義が台頭していることを指摘しました。
一方で、ハッサン氏はアナン元国連事務総長がまとめた報告書を紹介し、193の国連加盟国の内、182カ国が定期的な選挙を行っているが、「定期的に選挙を行うというだけでは民主主義とは呼べず、集会の自由、言論の自由、結社の自由、あるいは立候補の自由など、最低限の自由や権利を保障していることが重要である」と主張しました。
また、ハッサン氏は「多くの民主主義国家では、効果的な統治が行われていない中、権威主義的な一党独裁の中国のような国ではかなり急速な経済発展が行われている。多くの新興国に置いて、また新しい民主主義国家においては、権威主義的な過去に戻りたいという誘惑にさらされている」と指摘しました。同時に先進国を含め、今、世界の民主主義国で右翼に傾倒した政府、教養性が段々少なくなっていくような、または民主的な原則がなくなっていくような選挙が繰り返されるなど、民主主義の欠陥、負の部分が顕著になってきていると述べ、こうした状況を乗り越ええるためにも、「日本やインド、インドネシアなどの国々が一緒に手を携え、民主主義を推進するということが重要であり、アジアの地域の秩序のためにも大事である」と強調しました。
民主主義の主役であるという意識を、有権者がどのように持てるかが重要
続いて、日本側の基調報告に立った林芳正氏は、中間層をある程度分厚くしていくことは民主主義にとっても非常に大事なことだと指摘する一方で、「ITの進化により、生産手段が効率化することで、どうしても資本を持っている人が強くなり、富が集中をしやすくなるという傾向が経済社会の中で起きている」と語りました。そうした格差が固定化されることで、「非常に一部の豊かな層と、そうではないそれ以外という形で分化していき、ダイバージェンスが起きているのではないか」と指摘。その結果として、「エリート層に裏切られてきたのではないかという不満が溜まり、アメリカのトランプ現象や、イギリスのEU離脱に繋がっているのではないか」と分析しました。
その上で林氏は、こうした民主主義の後退を防ぐためには、有権者自身が政策や政治を単なる一消費者としてテレビを眺めながらコメントしたり、文句を言うのではなくて、有権者自身が民主主義の主役であり、自分たちが選挙を通して、民主主義という仕組みを作っているというオーナーシップの意識をどのようの持つか、ということが大事だと指摘しました。
民主主義の発展において日本が果たせる役割
アジュマルディ・アズラ氏は、国際組織での諮問委員会に参加する等これまでの自身の経験も踏まえながら、3つの提案を行いました。まず、インドネシアはイスラム教と民主主義の2つが手と手を取り共存できるということを証明した1つの例であるとしながらも、「インドネシアの民主主義についてもまだまだ改善が必要であり、他の国々もさらに民主化を推進していくことが必要だ」と語りました。次に、汚職などにより行政府が選挙などによって約束したことを実現できていないことを指摘し、汚職撲滅なども含め、ガバナンスを強化していくと共に、日本のように成熟民主主義国、並びにインドネシアのような新興民主主義国家との親交も深めていくことの必要性を語りました。最後に、アズル氏は、インドネシアがさらに民主化を進めていく上で、日本が貢献できるのみならず、アジアにおいては最大の民主主義国であり、かつ経済力もある日本が、「中東などで民主主義を発展させる上で、非常に力強い潜在能力を持っているのではないか」と指摘し、日本は役割を果たすべきとの期待を示しました。
民主主義やグローバリズムを考える上で重要な税制度
藤崎一郎氏は、グローバリズムによって他国との競争が激化する中、平等性を確保するための規制を緩和していくことで、強いものが益々強くなっていくことはある程度やむを得ないとしつつも、そこで生まれた不平等に対しては累進課税や相続税などによって、ある程度不満は解消されていたと指摘。今後、経済を活性化し、活力ある社会にしていくためには、さらなる規制緩和に対して理解を示しながら、平等性を損なわないような税制度の構築も同時に求めました。
これに対して、フィリップ・ベルモンテ氏は、藤崎氏が指摘した税制の重要性について、インドネシアに足りないのは税制度であり、「税収をもって、民主主義のコストを払っていく必要があるのではないか」と自説を述べました。その理由として、政府が税金に依存しなくても十分な財源をとれる資源が豊富な国は、絶対主義化しやすいこと、さらに、税収を民主主義のコストとしてあてることで、市民が負担している意識を身に付けることの重要性を挙げました。加えてベルモンテ氏は、民主主義において重要な点として、政府は説明責任を果たすこと、それを国民に知らせるためにも報道の自由は十分に認められなければなないこと、さらには、権力が権力が平和的に移行するシステムを作り出すこと、政治とお金に関する規制の必要性などを挙げました。
今、世界中で大きく揺らいでいるのは「民主主義」ではなく「自由主義」
藤原帰一氏は、「自由民主主義」には他者の承認、違うものと共存する、法の支配などの考え方を有する「自由主義」と、政治参加、多数者の支配からなる「民主主義」といった大きく異なる2つの要因からなることを指摘しました。その上で、今、衰えているのは「民主主義」ではなく他者の承認、共存といった「自由主義」が大きく揺らいでいる結果、移民排斥という形でヨーロッパで急速に拡大し、移民国家でもあるアメリカでも広がっていると語りました。
これに対して神保氏は、フリーダムハウスなどの統計に触れながら、この20年間で民主制度自身を採用する国の割合がが増えていないことから、「経済のパイは拡大しているものの、新興国は自らの体制を自由化せずに台頭する現象が続いているのではないか」と推測できると指摘。こうした状況下で、「日本が進める価値観外交として関わっていくアプローチというものがどこまで有効になるのだろうか」と疑問を投げかけました。
藤原氏は、「議会制民主主義はどんどん広がっていく、市場経済もどんどん統合されていく、という2つの前提条件を基に東西冷戦後の世界を考えてきたのが戦後の世界観だった」と指摘。ただし、第二次世界大戦後、議会制民主主義をとる国が急速に増大したものの、東南アジアでは軍事政権が広がった時代があったかと思えば、ポルトガルスペインの独裁政治の崩壊、ラテンアメリカの軍政崩壊など、第三の波、第四の波といいわれるように、「民主化は緩やかにずっと継続的に進んでいくという変化ではない」と語りました。
加えて藤原氏は、深刻な問題として、「アラブの春」が、議会制民主主義国の拡大ではなく、内戦の拡大、破綻国家の拡大を進めてしまい、エジプトなどは再度独裁へ回帰するなどということを生み出してしまったことを挙げました。
こうした状況を踏まえながら藤原氏は、「民主主義か、そうでないか、ということを外交政策の柱にすることは時には、民主主義かそうでないか、ということを政治的に利用する可能性があり、価値観外交が唱えられた時代にも日本外交は現実的にはこの問題に随分注意をしてきた」と日本外交の専門家としての印象を語りました。その上で、「放棄することではないけど、原則にすることも難しい」として、やや後退しているのが現状ではないかと語りました。
有権者のオーナシップは重要だが、政治が課題解決の方法を提示する方が重要
古城佳子氏は、これまで世界的に政府の介入を嫌い、グローバライゼーションを推し進めてきたものの、世界金融危機のようなリスク、格差の拡大が指摘されるようになると、人々は政府に対して大きな期待を寄せてしまう。その結果、本来課題解決に必要な国民に評判の悪い政策は提案できず、「政府の選択肢は狭まっているのが現状である」と指摘しました。その上で古城氏は、基調報告で林氏がオーナーシップの重要性に触れたことに対して、「政治家、あるいは政党が、今の課題や解決の方法をある程度提示さないと、国民はどのような政策を支持したらいいのか分からない」と語り、先進国における民主主義の問題点は、政治側にある点を強調しました。
一方、新興民主主義国家の問題として、「中所得の罠」を克服しなければ自由主義的な経済の発展と、民主主義ということを両立するうまいモデルを作っていくことは難しいのではないかと語りました。
既存のリベラルデモクラシーが果たし得る機能も、時代に応じて変化する
吉田徹氏は、「今、民主主義が揺らいで見えるのは、これはリベラルデモクラシーの揺らぎであり、デモクラシーのそのものの問題ではない」と語り、藤原氏の意見に同調しました。その上で、戦後の民主主義が安定と平等を実現できた理由として、自由主義の原則を抑制し、「階級均衡型のデモクラシーを実現していくことが、戦後の日本が分厚い中間層、民主主義のインフラとしての中間層を築き上げてきたこと」を挙げました。
加えて、本来、経済発展と民主主義は必ずしも関係しないものの、民主主義が生き残っていくためには経済発展が非常に重要にもかかわらず、先進国が長期停滞論(secular stagnation)という時代を迎えるようになり、結果的にリベラルデモクラシーが揺らいでいる、という点を指摘しました。そうした状況下で、70年代以降、代議制民主主義とは違う民主主義のあり方、直接民主主義的な政治参加であったり、デモやボイコット、不買運動やグローバルキャンペーンが始まってきた。その亜種として、ポピュリズムが台頭してきたと語りました。その原因として、環境問題や格差問題、教育問題など国際社会が抱えている様々な問題が代表制民主主義の時間のサイクルと齟齬を来すようになったことを挙げ、「今後、既存のリベラルデモクラシーが果たし得る機能も、それに応じて変わってくるのではないか」との見通しを示しました。
その後も、各パネリストから様々な示唆に富む意見が出され、時間を超過して議論が続くなど、非常に内容の濃い議論となり、セッション1は終了しました。