「言論NPO設立15周年記念フォーラム」の最後のセッションとして、明石康・国際文化会館理事長、大橋光夫・昭和電工株式会社最高顧問、小倉和夫・国際交流基金顧問、川口 順子・明治大学特任教授、宮本雄二・宮本アジア研究所代表の5名の言論NPOアドバイザリーボードによる公開会議が行われました。
司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、これまで言論NPOが形成する議論のベースをつくってきたアドバイザリーボード各氏に対し、「今、自由民主主義に問われていることは何か。そして、言論NPOは何をすべきなのか」と問いかけました。
日本型民主主義を世界に発信すべき
これに対し大橋氏は、「アラブの春」で中東各国の民主化移行が事実上挫折したことを機に世界で「民主主義に対する評価が低下した」とし、さらに追い打ちをかけるように米大統領選の「見るに堪えない誹謗中傷合戦」が民主主義の威信をさらに貶め、「非民主国家を喜ばせるような事態を生んだ」と断じました。
大橋氏は、日本についてもポピュリズムの台頭は起り得るとしつつも、戦後70年にわたって日本型民主主義を確立してきたことを評価し、このモデルを世界に対して発信することで、世界の民主主義の立て直しに貢献すべきと語りました。そして、日本の政治リーダーに求められる素養として、深い洞察力、人間性、気概を兼ね備えた「人格者」であることを求め、言論NPOはそうしたリーダーが生まれてくるような政治環境をつくるための議論を展開していくべきだと語りました。
日本の民主主義の課題とは
川口氏は、「情報の透明性」や「国民の判断能力の高さ」など日本政治の長所を挙げつつ、国民の政治意識に関する課題も列挙しました。まず、選挙の際の低投票率に表れているように、「民主主義を所与のものとし、メンテナンスしていくという意識が乏しい」ことや、「トレードオフの問題についてはあまり考えずに、その時々の言論空間における他者の強い意見に流されがち」である点を指摘。さらに、主権者であるにもかかわらず民主主義の結果を自分の責任として受け入れず、すべて政治家に責任転嫁する傾向などにも言及しつつ、こうした課題を克服していくために言論NPOを活動すべきと主張しました。
今こそ民主主義のあり方について再考すべき
明石氏は、今回の有識者調査結果を見ながら、「日本人は民主主義に対して、『そんなに良くないけれど、これしかない」と考えており、ウィンストン・チャーチルの『民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治制度を除けば』という名言に通じる冷めた見方をしている』と所感を述べました。
しかし、米英で起きたようなポピュリズムのうねりを日本で起こさないためには、「心ある人たちの動き、とりわけ言論が重要である」とした上で、建国当初のアメリカが「ポピュリズムをふるいにかける」ためのシステムとして民主主義のあり方を徹底的に考えていたことを引き合いに出し、「我々も今こそ自らの民主主義のあり方について再考すべきだ」と主張しました。
民主主義を考える上で、社会の周辺にも焦点を当てた議論が必要
小倉氏は、これまでの資本主義体制の下で形成された「強く、早く、効率良く」という価値観の下での競争により、格差が拡大し、その不満の受け皿となったのがポピュリズム的なリーダーではないかと問題提起した上で、「これからは『弱くてもいい、スローでもいい、非効率でもいい』といった新たな価値観も必要になってくる」と提言しました。
さらに、小倉氏は、現在の「劇場型民主主義」では、過激な発言や行動の当選者にスポットライトが当たりがちになるが、言論NPOは障がい者やLGBTなど「社会の周辺」にいるマイノリティにも焦点を当てた議論をしていくべきと語り、パラリンピックに深く関わる小倉氏ならではの提言をしました。
「公益」を守るリーダーと「空気」に流されない社会
宮本氏はまず、アメリカの政治学者であるフランシス・フクヤマの著作の内容として、「かつてのアメリカは各界のリーダーが『公益』についての共通理解を持っていたが、今は勝利者、強者の考えが優先されるようになってきている」ことを紹介しました。一方で、日本の強みとして、「リーダーの中にはまだ『公益』についての意識が残っている」ことを挙げ、したがって、その意識が消えないように、リーダーやエスタブリッシュメント層が「公益」についての共通認識を守っていくことが大事だと主張しました。
同時に、宮本氏は、「日本の弱点」として、「社会が空気に左右されやすい」ことを指摘し、「このような多勢に流されやすい風潮を是正する必要がある。それが民主主義を守る上でも不可欠だ」と語りました。
議論を受けて最後に工藤は、「民主主義を考えていく上で、次の5年で本当の勝負をしていく。次の世代につなげていくような議論をつくる」と改めて強い決意を表明し、15周年記念フォーラムは幕を閉じました。