言論人会議の第3セッションのテーマは「民主主義の発展とアジアの役割」。工藤とインドネシアを代表するメディア、ジャカルタ・ポスト紙の編集長であるエンディ・バユニ氏が共同議長を務め、議論を進めました。
冒頭第1、第2セッションを受けて、工藤が問題提起をしました。「皆さんの話を聞いていると、権威主義の仕組みというのは避けられないのかな、と感じました」と感想を述べたのち、「その人たちの怒りや不満が、課題解決をするという民主主義のサイクルの中にうまく入り込まないと、非常に強いリーダーシップを持っている人にそれを託そうとするか、それとも、課題解決の能力が全くないのに国民を扇動しようとするポピュリストに期待してしまうか、です」と指摘。
加えて先の訪独の経験を踏まえて、欧州の右派ナショナリスト、ポピュリストの後ろにはロシアのサポートがあることを紹介し「民主主義と自由なメカニズムは、間違いなくこのアジアにおいてもチャレンジを受けている。アジアの将来を考えるときに、この大きな変動期において、私たちは何を考えなければいけないのか。この状況を改善して、新しい世界の自由な秩序形成の中で、アジアがリーダーシップを発揮するために、どうすればいいのか。これが、最後のセッションでの皆さんに対する問いです」と、投げかけました。
以下、この問いに対する、各パネリストの発言のエッセンスを紹介します。
グローバリズムの負の側面だけを言い立てるポピュリズム
マレーシア戦略国際問題研究所会長兼最高責任者のタン・スリ・ラスタム・モハド・イサ氏は、現在のアジア状況を考えるうえで、「人口動態などを見ていますと、例えばシンガポールは人口全体の5分の3が自国民で残りが外国人です。マレーシアは2015年現在、4100万人の人口のうち2割が外国人です。また、その中で800万人が若い世代で、高齢化も進んでいます。このような環境が、今後アジアで民主主義に対してどのような影響をもたらすかということも、大切になってくると思う」と指摘。
アジア地域においては民主化をアジェンダとして設定していないという点では、アフリカ諸国より遅れているため、「アジアでどのように民主化を進めていくのかという対話が必要だと思います。遅れているということであれば前に進むのみです、これ以上遅れることもないでしょうから、と前向きに見ていけばいいと思う」と、決意を述べました。
元インドネシア外務大臣のハッサン・ウィラユダ氏はグローバリゼーションに焦点を当てて発言。「グローバル化で生まれる機会によって、国家間での格差が小さくなってきました。ただ、国内で見ると、グローバル化によって利益を得ている人もいれば、痛みを伴う人も出る。選挙期間中、ポピュリストはその感情を扇動するのみならず、グローバリゼーション自体を不公平に表現しています。ヨーロッパでも、アメリカの大統領選もそうでした。ポピュリストはグローバル化に国民が乱用されてきたのだと、痛みの部分だけを語り、グローバル化によってもたらされた利益には触れていません」と、ポピュリズムを厳しく批判しました。
「今、ポピュリズムの政治活動は、もともと感情に訴えて扇動していた段階から、政治的に何かを実行する段階に入っています。ですから私から見れば、ヨーロッパのポピュリズムはこれからは大きく台頭できないと思う」と見通しを述べる一方で、「アメリカを見てみると、あの国は民主国家だ、ということで民主主義の逆風になっている。つまり、民主主義自体がまだ根を張っていない社会では、民主主義に対する疑問が呈されている状況なので、民主主義の促進ということでは、われわれはより汗をかかなければいけない」と、語りました。
共同議長を務めるエンディ・バユニ氏からは、ポピュリズムの意義についてこれまでの議論とは異なった評価が打ち出されました。「ポピュリズムもまた民主主義の一部です。大衆迎合主義的になっても、そういった人たちが良い政策、良いビジョンを持っていればまた人気が出るわけです。そのコミュニケーションのツールとして、インターネットが選挙で勝つ一つの手段になっています。そこも考えてみる必要がある」と。
有権者が賢いということを過小評価してはいけない
マレーシアのムルデカセンタープログラムディレクター兼共同創設者であるイブラヒム・スフィアンは「私の国、マレーシアとこの地域では、とられるべき戦略は『民主主義の社会化』。つまり、社会に対する民主主義、いかに人々の生活をより良くすることができるかです」と述べました。そして選挙に参加し結果を左右する経験、デモクラシーによって都市部と農村部の対立を妥協させる機能などが、社会化に貢献すると期待を表明しました。
フィリピン大学ディリマン校行政・ガバナンス国立学校准教授のマリア・ファイナ・ディオラ氏は、将来、民主主義を発展させていくための要素として次の4点を挙げました。
第1が「民主的な空間をさらに拡大していくこと、それを大衆に届けるために重要なのが、価値を基本とした公共サービスにおけるリーダーシップ」。第2が「対話の必然性。これは人権侵害など悪い問題を扱う対話」。第3が「リーダーがきちんと資源などを価値に合わせて配分し、実行することができるため能力開発」。第4が信頼に関する重要な軸として、政治が掲げる中心となる価値。「例えば、グローバル化によってローカルではどのような影響があるのか、などの価値の文脈を設定することです。それを再度定義し直しながらサイクルを回すことが必要なのだと思います」と述べました。
シンガポールの南洋理工大学准教授のアラン・チョン氏からは「もし選挙で自分が投票しなかった候補が選ばれたとき、その候補を受け入れることができるか。人によっては、受け入れることができない人もいるわけです。それは民主主義の大きな課題であって、アジアでの多くの民主国家では、これが非常に大きな課題なのではないか」と、疑問が出されました。
これに対してハッサン氏がインドネシアの経験を踏まえて、民主主義の機能について、次の三つに言及しました。「(選挙で約束したことが)実行できないと次の選挙で簡単に負けていく。有権者は賢いわけです。今は十分な情報を取ることもできますので、現職が実際に実行したかどうかが分かる。有権者が賢いということを過小評価してはいけない。また民主主義というのは、選挙をきちんとオーガナイズすること、民主制度を作り上げていくことも民主化の一つだと思う。もう一つ、選挙に対する不備、不満の解決については、司法が一番の責任を負い、選挙結果の紛争に対して中心になって判断を行うということです」と、司法の重要性を強調しました。
ポピュリズムは民主主義を考える大きなチャンス
以上の議論を受けてバユニ、工藤の両議長が総括を行いました。
バユニ:米国では3年後に有権者はまた違う方向に投票するかもしれない。やはり民主主義というのは選挙を通して、国民の意識がいろいろなかたちで反映される。一方、今後もグローバリゼーションなくして世界は語れないということなので、グローバリゼーションに抗うのではなく、民主主義をグローバリゼーションの中で擁護していく。そういった点では我々の作業はまだ途中だが、今後この地域の国々がそれぞれの事例、経験を共有化していくということで、この会議は非常に良かった。
工藤:ポピュリズムという問題は、民主主義を考える非常に大きなチャンスだと、私たちは思っています。つまり、多くの市民や国民が不安を持っている。それに対して政治が、民主主義の仕組みを使ってきちんと成果を出していかないと、この立て付けそのものに大きな疑問が出てしまう。民主主義はもともと完成されたものではないので、これを機能させるのは我々市民の力なのです。これを機会に民主主義をきちんと根付かせる、そして、日本のような国にとっては民主主義をもう一度鍛え直す、ということが必要な局面だと思います。
私はヨーロッパやアメリカに行って、皆に二つの同じ質問をしています。一つは、「政党政治は国民の支持を得ているのか」、もう一つは「知識層やジャーナリストは市民の支持を得ているのか」ということです。この二つに対して「そうだ」と言える人は、いまだ世界に一人も見たことがありません。皆さんも、私もそこが一つの大きな課題なのだと思っているはずです。
こうして合計約7時間余にも及ぶ第2回アジア言論人会議は、実り多い議論を終えました。