第2セッションでは、「アジアの民主主義のため、まず何に取り組むべきか」をテーマに議論が交わされました。
ここでは第1セッションの議論を踏まえ、アジア各国が自国の民主主義の試練を乗り越え、そして民主政治を鍛えるために、どのようなことに取り組むべきなのか、政党政治やメディアのあるべき姿や有識者の果たすべき役割、さらには今後アジアの民主化国の間でどのような協力を進めていくべきか、などについて活発な議論が交わされました。
まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「政党を中心とした課題解決のサイクルが回っていない」とし、民主主義が機能不全に陥っていると多くの人々が感じる背景には、課題解決能力の欠如など政党の機能不全があるのではないか、と居並ぶ日本の国会議員に対して切り込みました。
日本の政党の課題解決力とメディアのあり方
これに対し、衆議院議員で、元外相の松本剛明氏は、政党には課題解決力が不可欠としつつも、「論戦になったり、報道されたりするのは成果があがっていない分野であり、成果が既にあがっている分野に関しては話題にもならない」とし、「確かに、少子化対策など、国民の将来的な不安を解消するための対策はまだ不十分ではあるが、『年金が危ない』などの言説は明らかにミスリードだし、この10年間を見ても社会保障改革では一定の成果が見られる」と語った上で、「成果については是々非々で評価する必要がある」と主張しました。
これを受けて、衆議院議員で、元防衛相の中谷元氏が「メディアは『色を付けて報道する』傾向があるが、これは問題だ」と語ると、毎日新聞主筆の小松浩氏は、政治家がメディアに不満を抱き、自らの主張をメディアを介さずに伝えようとする場合、その手段はSNSなど直接発信が可能なソーシャルメディアが最適であり、ソーシャルメディアの存在感がますます大きくなっていると分析。しかし、そこは同じ志向を持った人々だけで形成される「閉ざされた空間」であるために、「閉ざされた世界」が形成される傾向が強く、それが「民主主義を分断」してしまいかねないという問題があることを指摘しました。さらに小松氏は、「メディアがそうした状況を作ってしまっているのであれば改善すべきだ。批判だけでも擁護だけでもない、党派性を薄めながら課題解決に向かって皆で議論できるような土俵を作っていくことが、SNS時代のメディアの役割なのではないか」と語りました。
アジアの政党にも大きな課題があるが、明るい兆しも
アジア各国の参加者からも自国の政党と民主主義を取り巻く問題に関する発言が相次ぎました。
インドのジャーナリストで、作家でもあるパラビ・エイヤー氏は、インドの民主主義は、これまで第1フェーズとして、脱植民地化をどう進めるか、第2フェーズとして、様々な領域(地域、カーストなど)の声をどう統合するかという課題に直面しながら発展してきたと語った上で、現在は第3フェーズとして、「生活をいかにして良くするか」という課題に直面していると解説しました。エイヤー氏は、現在のインドでは特に若者の経済、雇用が大きな課題となっているとし、こうした未来の民主主義の担い手の不満に対して政党が答えを出すことができないと、「民主主義は今後さらに大きなチャレンジを受けることになる」と警鐘を鳴らしました。
マレーシアのムルデカセンター共同創設者のイブラヒム・スフィアン氏は、今回の世論調査結果で表れた「マレーシアの政党は、国民から期待はされているが信頼度は低い」という結果に言及しつつ、「そのため、マレーシアの政党はインフラ、雇用など人々のニーズを満たすことで信頼を得ることで努力している」と説明。さらに、それだけでは不十分なので、「説明責任や透明性の向上など民主主義のクオリティを高めるための新しい努力も始まっている」とし、民主主義には「後退」一辺倒ではなく「成長」も見られるなど、明るい兆しもあると語りました。
有権者の「見る目」の確かさが、政党と民主主義を鍛えていく
インドネシアの元外務大臣であるハッサン・ウィラユダ氏は、インドネシアの政党は、いまだ金権政治から脱することができておらず、政党を育てるためにどうサポートするのか、など大きな課題があるとする一方で、「有権者は成熟している。例えば、選挙における現職の再選率は4割程度だが、これはインフラ、公衆衛生、教育など、人々のために成果を出した議員のみが再選されているからだ」と語り、こうした有権者の「見る目」の確かさが政党と民主主義を鍛えていくことになるとの認識を示しました。
インドネシアを中心としてアジア各国の政治を比較研究してきた立命館大学国際関係学部教授の本名純氏は、アジアでは選挙制度の変化によって政党のキャラクターが大きく変容していると指摘。とりわけ、インドネシアやフィリピンなどにおいては、政策やイデオロギーよりも、いかに地元選挙区に利益を誘導できるか、という政治家個人の力量が重要になっており、選挙自体は活発であっても政党自体は形骸化してきていると語りました。その上で本名氏は、そうした問題を解決するためには、選挙制度を政党本位としたものに改革していく必要があると主張しました。一方で本名氏は、特に民族、宗教などで多様性のある国においては、アイデンティティに基づく政党によって利害が細分化され、国全体の課題解決よりも、それぞれのコミュニティの利益が優先されてしまうと指摘し、「日本人からはなかなか理解することが困難な事情もある」とも語りました。
フェイクニュースに対して、メディアはどう対応すべきか
次に、工藤は、民主主義を揺るがす「フェイクニュース」に対して、メディアはどのように対処すべきかを尋ねると、小松氏は、既存のメディアが真贋をすべて判断することは不可能としつつ、「まず重要なのは、メディア自身がフェイク(誤報)を出さないように心がけること。かつての記者は間接情報に頼らず、自分の目で確かめてから記事を書いていたが、そうした基本に立ち返り、地道に信頼性を回復していくしかない」と述べました。
ジャカルタポスト論説委員のアティ・ヌルバイティ・ハディマジャ氏も、メディアのチェック機能には限界があるとしつつ、「それでも、本当に重要なテーマに対しては、細かくチェックしていかなければならない。それを取捨選択した上で、『何が本当に大切なことなのか』を発信することがこれからのメディアに課せられた責任だ」と語りました。さらに、ハディマジャ氏は、現在は既存のメディアもSNSによる発信を多用しているが、「それだけでは不十分だ。多様な議論を俎上に載せることができるような舞台づくりもメディアには求められている」と主張しました。
民主主義を機能させるためには、有識者の役割と国際的な連携が不可欠
最後に、工藤は「現在、課題解決を可能とするような言論空間がないが、そうしたものは構築できるのか。民主主義を機能させ、活性化させるためには何が必要か」と問いかけました。
参議院議員で、民進党国際局長の牧山弘恵氏は、有権者の意識の転換について提言。2013年に「国民総政治家―税金の使い道はあなたが決める。」という著書を出した牧山氏は、納めた所得税の1%を市民の指定するNPOに助成し、公共部門の運営をゆだねるというハンガリーの制度を紹介。さらに、ノルウェーの中学、高校など国政選挙の度に行われ、大人の投票行動にも影響を及ぼすとされている「スクール・エレクション(模擬投票)」にも言及し、「そのように公式の選挙以外でも国民の意思を表明する仕組みを増やしていけば、民主主義を機能させる一助になるのではないか」と述べました。
上智大学国際関係研究所代表で、元駐米国大使の藤崎一郎氏は、「政党は遠すぎる」、「メディアは分かりやすすぎる」という二つの課題を端的に指摘。前者については、政党と市民の接点は選挙時だけであるのが現状だが、アイデアを公募するなど政党と市民の距離を近づけるための工夫が必要だと語り、後者については、メディアごとに論調が固まって意外性がないため、コラムニストを多様化するなどしてバラエティに富んだコンテンツ作りをしていくことが大事だと語りました。
宮本アジア研究所代表で、元駐中国大使の宮本雄二氏は、「専門家の責任」について主張。そこで宮本氏は、「政治家の仕事とは、『選択すること』だ。では、選択肢は誰が作るのか、といったら、それは専門家、有識者だ」とし、「有識者が責任を果たしていないのだから、政党も仕事のしようがないのではないか」と語り、有識者こそ自省すべきとの認識を示しました。
アジア地域で民主主義を普及・定着させるために作られた「バリ民主主義フォーラム」の主導者でもあるウィラユダ氏は、長い時間をかけてリベラルな政治体制をつくり上げてきた欧米の先進民主主義国家とは異なり、アジアでは民主主義の構築や経済発展、法の支配の確立など様々な課題を同時並行的にこなさなければならないという難しさがあると指摘。そうした困難を乗り越えるためには、アジア各国が国際的に連携し、成功事例を持ち寄り、共有することでそれぞれの民主主義を高めていくことが不可欠だと呼びかけると、居並ぶパネリストは口々に「この『アジア言論人会議』のような各国が相互に学び合う場がこれからも必要だ」という声が上がりました。
会場からの質疑応答を経て最後に工藤は、「民主主義の仕組み自体は各国で出来てきているが、それを機能させるためには絶えずメンテナンスが必要であり、それがないと仕組み自体への否定的な意見が広がってしまう。それは今回の調査結果からも垣間見える」とした上で、「そのためには、ウィラユダ氏の言うように、成功事例の共有が大事だし、宮本氏の言うように有識者の役割も重要だ」と述べ、今後もこの「アジア言論人会議」のような国際的な言論空間を創出していくことへの決意を述べて、セッションを締めくくりました。