9月8日午前中の非公開会議に続き、午後からは「第3回アジア言論人会議」の公開フォーラムが開催されました。
第1セッションを前に、開会の挨拶に立った言論NPOのアドバイザリーボードである宮本雄二氏(元駐中国大使)は、「民主主義は世界的な危機に陥っている。しかし、統治の正統性として、これに優るものはないし、これをさらにいいものに改善するしかない。アジアそれぞれの文化と融合して発展し、明るい未来を築いていきたい」と、今回のフォーラムへの意気込みを語りました。
民主主義は当たり前の仕組みだが、常に監視する不断の努力が必要
続いて、言論NPO代表の工藤泰志が議論の素材としてアジア5カ国で行った共同世論調査の結果を説明しました。
その中で工藤は、「世界と同じようにアジアでも民主主義の秩序が問われており、今回の世論調査にそれが垣間見られる」と語りました。具体的には、自国の将来について、日本人はとても悲観的で、5割近い人が不安を感じていること、そうした将来の課題解決を政党に期待出来るか、という設問にイエスと答えた日本人は2割ほどであり、その理由として、「選挙に勝つことが自己目的となり、政治が課題に真剣に向かい合っていないから」(46.7%)、「政党が選挙公約を守らないことが常態化し、守れなかったことについて十分に国民に説明しないなど国民に向かい合う政治が実現していないから」(39.5%)との調査結果を紹介しました。
次に工藤は、日本人の4割以上が、民主主義の形態が一番好ましいと回答しているが、意外と民主主義以外の形態でも構わない人が2割強いること、インドでは45%近くいることを挙げながら、「アジアの人々は民主主義に期待はしているが、それに対する疑問が出ている」と分析しました。
さらに、各国の共通傾向として、政党、国会、メディアへの信頼が極めて少ないのに対し、司法、軍(自衛隊)、警察といった実行力を持つ組織への信頼は高いことを挙げ、「民主主義は当たり前の仕組みだが、常に監視する不断の努力が必要だ。そうしないと、崩れかねない、いつ崩れるかわからない」と説明しました。
続いて議論に入りました。
東アジアでは民主主義に対する感情が変わってきた
まず、インドネシアの元外相、ハッサン・ウィラユダ氏は、「民主主義は衰退しているわけではなく、東アジアでは民主主義に対する感情が変わってきている」と指摘し、「確立された民主主義国、日本、インド以外の国々でも、国民による国民のための真の民主主義統治を目指す必要がある。しかし、世界で台頭するポピュリズムは、民主主義の失敗を反映しており、その背景にはエスタブリッシュメントに対する怒りが表れたからだ」と語りました。
これに対して、イブラヒム・スフィアン氏(ムルデカセンタープログラム・ディレクター)も、民主主義をアジアにおいて導入している国々には同じ課題があるとし、「ソーシャルメディア、インターネットは自由だが、より権威主義的な考え方を支持する人々がテクノロジーを駆使して発言するようになっており、リベラルな民主主義が抑圧されているのではないか」と、ハッサン氏が指摘した変容する民主主義に同調しました。
世界一の民主主義大国・インドから出席のパラビ・マイヤー氏が続きます。マイヤー氏は、「インドの民主主義については興味深い結果となった。6割近くは民主主義に肯定的なのに、インド人の45%は、必ずしも民主主義が最善であるとは考えておらず、力強く、政策の実行力のある政治家、リーダーを求めている」と、インドの現状を紹介しました。
政治家は直面する課題や、政治の欠陥に真摯に向かい合うべき
日本の政治家は、この世論調査の結果をどう読み解くのでしょうか。自民党の逢沢一郎議員は答えます。
「政治に対して、日本国民からの評価が大変厳しいものと自覚した。政策の中身、政策決定までのプロセスと時間、思い切った政策をしているということが国民に伝わらない。そもそも民主主義には時間がかかり、どこかで妥協点を見出す、そういう仕組みだということを国民に理解してもらう。民主主義は何と言っても選挙、公正な選挙をやって、その結果を受け入れることが重要だ」
これに対して工藤が、「国会に対し、一般の市民と政治家の間で、分断は考えられる。その結果、将来的な課題を解決するリーダーシップを求める声が出てきても、不思議ではないのではないか」と、問いかけます。
逢沢氏は、日本の民主主義的な選挙は世界最高水準だが、日本の首相は、世界のどの国より国会に参加し野党質疑に答えていること、また、委員会の質疑はネットで全て見ることができるとしながらも、国民と国会の分断を感じており、日本の政治の欠陥に真摯に向き合わなければいけない、と語りました。さらに逢沢氏は、政治は国民の"いま"の幸せ、安心を提供しなければならない一方で、政治家が簡単に消費税を先延ばしにしてしまう体制はよくなく、政治家は問題を受け止めなければいけない、と話しました。
政治が自分たちの思いを国民に開示し、会話のキャッチボールが必要だ
一方、今回の民進党の代表選を通じて前原氏、枝野氏が全国をまわって、サポーターなどに話を聞けたのはよかった、という民進党国際局長の牧山ひろえ氏は、国民の政治参加がほとんどなく、日本人の間では、政治の話をすると煙たがられる、と話す一方、日本人の政治への関心は、国際比較では低くなく、政治に関心があるのに、政治に距離感をとっていると語りました。また、議会に女性議員が少なく、利益団体を反映できておらず、新自由主義、グローバル化、経済格差のストレスが排外主義へ向かう懸念を指摘。政治家には、「多岐にわたる議論が大事で、わかりやすく、色々なチャンネルをつかって、自分たちの想いを国民に開示し、国民との会話のキャッチボールが必要だ」と、日本の問題点を述べました。
日本とインドネシアのメディアが答える、自国での信頼の低さの理由
国会、政治家と同様、信頼度が少ないと指摘されたメディアは、その信頼度を、どう考えているのか。
毎日新聞主筆の小松浩氏は、世論調査の結果について、日本人の将来に対する悲観的なものの見方が突出しており、その理由として、人口減少、財政破綻、経済成長の不振などの現状を抱え、将来への責任あるビジョンがない、将来への設計図を見たい、安心出来る未来を示してほしい、という国民の意見が読み取れると語りました。
その上で小松氏は、エネルギー問題や社会保障など、大きなテーマであるほど、政治家、有権者はありとあらゆる意見に耳を傾けられたという実感を持つというのが大切であり、決定するまでの討論の中身、国民が知りたいことに対して真摯に答えているか、国会の議論と内容そのものが問われていると指摘。そうした中で、「メディアはプロセスが大事と言いつつ、政策がいつ決まるとか、日程、人事など、目先の物事に目がいって、政治が本質を突きつけてきたかといった問題点が見えなくなっている。そうしたところに、メディアに対する不信があるのではないか」とメディアの問題に答える小松氏でした。
インドネシアのジャカルタポスト副編集長のアティ・ヌルバイティ・ハディマジャ氏が続きます。「私の国でもメディアの信頼は低いが、客観的な報道ができなかった2014年の大統領選の結果から当然かもしれない。宗教組織への信頼度は倍以上もあることからも、インドネシアの民主主義が抱える脆弱性が分かると思う。メディアがしっかりと、仕事を果たさなければいけない」と、同国の実情を話します。
民主主義を壊す強いリーダーを、民主主義で求めていく皮肉
続いて、工藤が「今のアジアの問題は何か」と問題提起すると、インドネシアを中心に東南アジアを研究しているジェトロ・アジア経済研究所東南アジア研究グループ長代理の川村晃一氏は、「今、一つの転換点になっている」と語りました。
具体的には、韓国は任期中に大統領が変わったこと、タイは軍政になり、フィリピンでは法の支配が問題になっていること、さらに、ミャンマーでのロヒンギャの少数民族の弾圧、インドネシアでイスラム保守系が台頭していることを挙げ、アジアの国々は、変化の途上にあると指摘。さらに川村氏は、民族、宗教、格差を煽ることによって、政党政治への不満を募り、国民の分断を図る動きが出て来ており、政治に対して期待を裏切られ、メディアに対する不信を持つ人たちが、ソーシャルメディアを利用し、民主主義を壊していく強いリーダーを、民主主義で求めていくのだ、と皮肉を込めて分析しました。
問題を抽出し、どう対処するのか、ということこそ民主主義の宿命
前駐米大使の藤崎一郎氏は、「民主主義の問題と、自由主義経済の問題は同じではない」と指摘。自由主義の行き過ぎた格差社会への反省はあるが、民主主義はその不満に対する調整局面にはなく、不満があるのは、民主主義の特質であり、不満を表明し、政権を変える、チェンジが出来ることが重要だ、と語りました。
これに加えて宮本氏は、「発展していく過程にあるのが民主主義だ。人間は完全なものを作り出せず、常に不完全なものだ。その不完全さに対処するのが民主主義で、問題を抽出し、どう対処するか、これを制度政策に落とし込んでいく。これは民主主義の宿命なのだ」と民主主義の本質を解き、議論を締めくくりました。