【民主主義インタビュー】自由、民主主義、多国間主義を守るため、アジアのリーダーシップは不可欠 / ハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外相)

2018年11月08日

実施日:2018年9月18日
ハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外相)
インタビュアー:工藤泰志(言論NPO代表)


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崩壊した「自由と民主主義」を立て直すには

工藤:言論NPOは長年、民主主義について議論してきましたが、最近の様々な民主主義の後退の動きをどう思っていますか。最近、私はあるアメリカの学者と議論した際に、「従来型の『自由と民主主義』というのはもう崩壊したことを前提として、立て直す作業に入らなければならない」と指摘されました。ハッサンさんは今の民主主義についてどうお考えですか。

ハッサン:私の国、インドネシアは「民主主義の新興国」です。インドネシアという国が完全な民主主義国家になったのは、ここ20年のことです。さらに残念なのは、欧米などの先進民主主義国の民主主義が間違った方向に行っていると感じることです。特に西ヨーロッパ、アメリカではこのような現象が顕著であると思います。ポピュリズムの台頭などが要因です。欧米での選挙を見ると、一部の政治家が国民の恐怖心を煽り、うまく利用しています。アメリカは、政党、ホワイトハウス、米議会、ウォール・ストリートなどのエリート層が権力を握ってきましたが、ポピュリストたちは、このエリート層への不満、世界のグローバリゼーション、自由市場の考え方、IT革命などが引き起こす問題への人々の恐怖心をうまく煽っています。


侵食されるリベラリズム

 その結果、「リベラリズム」、すなわち、個人の自由と権利がどんどん浸食されているということです。これが民主主義が後退している一番根本的な原因だと私は思います。ポピュリズム的政治家は、非常に視野の狭いナショナリズムを掲げて、人々の恐怖心をうまく扇動してきた。例えば、「アメリカ・ファースト」は、まさにこのような形のナショナリズムが台頭していることを象徴しています。そして、その背後で犠牲となっているのが「インターナショナリズム」です。その結果、ナショナリズムとインターナショナリズムが相反するものになっています。同時に、バイラテラリズム(二国間主義)の動きが進み、その結果、マルチラテラリズム(多国間主義)が犠牲になっています。


リーダー不在の世界の民主主義

 世界の民主主義の中で今、リーダーが存在していません。成熟した民主主義の国家のリーダーたちはどんどん内向的になっているという傾向にあります。ヨーロッパ諸国の民主主義というのは、既に信頼性を失っています。欧米諸国の民主主義は、これまで掲げてきた、「自由」、「民主主義」、「人権」に相反するものに変わってしまいました。私は、今民主主義に起きている様々な問題は一時的な現象であることを祈っています。それは、ヨーロッパ諸国を見ても、まだまだポピュリズムを嫌悪する見方が多くあるからです。2020年には、トランプ大統領が再選を果たさないよう、私は心から願っています。広くアメリカの社会を見て見ると、非常に視野の狭い、ナショナリスティックなやり方を好ましくないと思っている人はたくさんいます。先ほど、世界の民主主義を引っ張るリーダー役の不在を指摘しましたが、この空白を埋める役割をアジアが担うべきだと思います。


民主主義の一国主義?

工藤:全く同意です。そこで2点、さらに理解を深めるためにお聞きしたいのですが、1つは、民主主義で守らなくてはならない基本的な価値というのは、個人の政治的な自由・平等、そしてそれに伴った権利だと思っています。自国民のこれらの権利を各国政府は守らなければならない。一方で、自国民限らず、他の国の国民の人権も守らなくてはいけない。民主主義の価値を守るときに、国内の民主主義的な価値を守ることだけを主張しがちですが、国境を越え他の国の民主的な価値も守らなくては、この問題は答えにならない。つまり、国内の人のみを守り、相手を敵だと思えば、一国主義と同じことですよね。ここあたりはどういうふうに論理的に整理すればいいでしょうか。

ハッサン:私にとって、「民主主義」と「基本的人権」は深く結びついているものです。私たちは民主主義でなくても、人権の保護することはできます。「人権とは何か」ということなのですが、基本的な考え方としては、市民権・政治的権利(civil and political rights)と、経済的・社会的・文化的権利は国連憲章の中に規定されています。この市民権・政治的権利で述べられているのは、民主主義そのものだと考えています。人は平等でなくてはならない、自由のために戦う自由、選ばれる自由、表現の自由など民主主義を形付ける価値観がすべてここに述べられていると考えています。普遍的な価値がここには書かれています。


人権侵害には、内政干渉の原則

 ところが、アジアの国々の多くは、この普遍的価値を必ずしも共有していません。アジアにはアジアの価値観があるという理屈です。また、内政不干渉を挙げ、人権に関する議論は国内で済ませてしまう、国外の干渉が入ってくることを許さないという傾向があります。

 私は、これまでアジアの国々に対してまず「人権とは何か」ということを訴えてきました。先ほど言いました、平等、自由など、民主主義で保障されている自由にはどのようなものがあるのかを皆に分かってもらうと同時に、特に「内政干渉の原則」について説明を重ねて参りました。1993年に、「人権に対する侵害があった場合、それは国際問題である」という判断がされました。というわけで、先ほど工藤さんがおっしゃったことに繋がっているのですが、「人権」というのは普遍的な価値、世界規模の問題です。例えば、他国で人権侵害が起きていたら、私たちはそこに目を向けなくてはならないですし、人権侵害が起きているということを声高に訴える必要があります。

工藤:今の話が私の非常に大きな関心で、人権なり民主的な価値というのは、政治体制の違いではなく「人類の財産」だと思っています。ですから国連憲章にも書かれている。国連の方とこの問題を議論したときに、「確かに国連憲章にある人権とは民主主義そのものである」と彼らは認めたのですが、しかし今の国連は、違う政治体制の人がいるので、世界に大きく広めることはできないと言われました。ですから「民間でやってほしい、我々はサポートしたい」と言われたのです。

 そして2つ目の関心ですが、これは答えがないかもしれませんが、中国のデジタル技術の飛躍的な発展をみると、個人の情報を管理していく技術がかなり一般化して、それを世界に普及し始めています。つまり、個人情報が管理され、「個人の自由が制約されている社会」というものが世界の中で広まる傾向が出てきた。この問題を我々はどのように考えればよいでしょうか。


中国国民は、パンのみで生きる?

ハッサン:答えはないのですが個人的なコメントです。人権と民主主義の間には、非常に近い関連性があります。やはり、民主主義でない政府が、人権を促進して保護する例はほとんどないです。中国のような国では、個人情報が管理されているだけではなく、市民の生活も政府によって管理されています。また、表現の自由や結社の自由などのその他の権利についても非常に制約されている社会です。また、選挙権についても、中国の場合は共産党の党首を中国の人々が選ぶのではなく、党内で選んでいきますので、そのような自由も人々は持っていません。確かに中国の経済は目覚ましい発展と遂げていて、中間層の人数も非常に増加しています。ただ、中国国民が食べ物に不自由せず、教育の水準が上がってくれば、次に人々が望むのは、間違いなく「さらなる自由」を求めることではないでしょうか。パンだけでは人々は生きていけないものだからです。人間というのは、ある程度満たされたら必ず自由を望むものです。

工藤:民主主義の危機に直面し、民主主義に関する様々な問題を考える機会が増えました。国連の問題も含め、今まで議論してこなかった様々な問題を話し合うタイミングに来ていると思います。

ハッサン氏:ジュネーブで勤務していた時に、国連の方とはたくさんの協議を行ってきました。私の結論としては、「民主主義がなければ人権は無し」ということです。当時インドネシアは軍事政権でした。私は1989年に、インドネシアで人権に関するナショナル・コミッション(全国委員会)を設立すべきであると主張し、設立を主導しました。軍事政権時代のことでしたが、設立することができました。

工藤:人権の問題は1つ大きく考えなければならない問題だと今感じました。


人権と民主主義は同時に推進すべき

ハッサン氏:2008年には、ASEANに人権委員会をつくるべきだと主張し、私はそのリーダーを務めました。しかし、人権の保護・促進だけでは意味がなく、やはり、人権と民主主義は同時に推進しなければならないものだと感じます。インドネシアでは確かに民主主義への転換はうまくいきましたが、ASEAN諸国においては決してそうではありません。時間もかかりますし、忍耐も必要です。

工藤:今私たちが考えなければならない論点を整理した方がいいのではないかと思ったのです。日本の中では、民主主義を機能させるための様々な制度的改革をしなければならないし、多くの国民が問題意識を共有しなければならない。「民主主義」というものをもう1度しっかり考えるべきであると思っています。人権や普遍的価値、これらの保護と促進として、国連の役割はなにか、議論しなければなりません。今、マルチラテラリズムな仕組みが危機にある中、一国主義はナショナリズムになる危険があります。やはり「マルチラテラル」と「民主主義」の2つの問題を真剣に皆で考えなくてはならないと感じました。

ハッサン:その通りだと思います。マルチラテラリズムを守ることが、世界的には民主主義の保護の要です。

工藤:民主主義や多国間主義について、国際的に皆で話し合い、協力する場が必要です。ありがとうございました。


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