パネリスト:
ブルース・ストークス氏(ピューリサーチセンター・ディレクター)
グレン・S・フクシマ氏(米国先端政策研究所上席研究員)
前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
司会:
工藤泰志(言論NPO代表)
11月6日投開票のアメリカ中間選挙の結果を受けて、言論NPOは11月13日、緊急フォーラム「中間選挙結果と世論動向から読み解くトランプ政権とアメリカの民主主義の行方」を開催しました。会場となった都内の言論NPO事務所会議室には、急な開催にもかかわらず30名近い聴衆が詰めかけるなど、有識者の関心の高さをうかがわせるフォーラムとなりました。
世論の動向から垣間見えるアメリカ社会の"分断"
議論に先立ちまず、ブルース・ストークス氏がアメリカ世論の動向について解説しました。ストークス氏は、今回の中間選挙によってアメリカ社会における構造的な変化と、「分断」がより一層際立ったと切り出した上で、それを裏付けるものとして自社の世論調査結果について紹介していきました。
まず、トランプ政権の「経済政策の成果」については、約7割が「うまくいっている」と評価しているにもかかわらず、「国の方向性」については約5割が不満を抱いているという結果を紹介。通常、経済政策の成果に満足しているのであれば、国の方向性にも満足するという傾向が出ると解説した上で、この両者にねじれが生じている点に、アメリカ社会の大きな変化が表れているとの認識を示しました。
ストークス氏はさらに、移民など「国の安全」に関する問題は大統領の支持率にあまり影響を及ぼしていないことや、「貿易と関税」についても、世論は争点として捉えていないという結果を紹介。日本のメディアで大きく報道されているこれらの問題は分断の主因ではないとの見方を示しました。
一方で、「白人とマイノリティ」の関係性を問う設問では、人種間で顕著な意識の相違が見られるという結果を挙げて、分断が人種に起因している可能性を指摘。また、今後の政権運営に関する質問では、民主党支持者は共和党に妥協すべきでないと考え、共和党支持者は民主党に妥協すべきではないと考えているという結果から、党派間での分断も進んでいることも指摘し、こうしたことから「分断解消の兆しが見えない」と今後のアメリカ社会の行く末に警鐘を鳴らしました。
共和党と民主党、どちらが勝ったのか
ストークス氏の解説を踏まえ、本格的な議論に入りました。司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志はまず、上院では共和党勝利、下院では民主党勝利となった今回の選挙は、「どちらが勝ったと言えるのか」と問いかけました。
これに対し前嶋和弘氏は、「どちらともいえない」と回答。そもそも上院に関しては、改選議席35のうち26議席が民主党であったため、民主党が過半数を得るためには26議席を全部死守した上で、さらに3議席を共和党から奪わないといけないという高いハードルがあったと解説。そのため、共和党の勝利は当初から想定の範囲内だったとしました。
同時に、共和党が下院で敗北することも想定の範囲内だったと指摘。まず、米議会の選挙では現職の再選率が90%程度と極めて高い一方で、現職が出馬しない選挙区では反対党の候補に一挙に風が吹くという選挙事情を紹介。その上で、今回の中間選では共和党では約40人の現職議員が出馬を取りやめ引退したのに対し、民主党の引退議員は約20人だったとし、この差である20議席を共和党は戦う前から失っていたようなものだったと解説しました。
そうしたことを踏まえつつ前嶋氏は、2016年大統領選でトランプ大統領勝利を支えた中西部の「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」で民主党候補者が勝利したことなどを考えると、民主党は「ブルーウェーブとまではいかなくとも、確実に小波、渦は巻き起こしている」と評価。一方で、終始劣勢が伝えられていた共和党も民主党現職から議席を奪うなど、健闘したため、「トランプ大統領は追い上げたともいえる」とし、やはり総合的に見れば「引き分け」と評価できるとしました。
グレン・S・フクシマ氏は「7対3で民主党の勝利」と回答。共和党の勝利が「3」である理由としては、上院での勝利と同時に、下院でも民主党から議席を奪った選挙区があったことを挙げました。上院勝利の要因としては、前嶋氏と同様の選挙事情を紹介すると同時に、各州2議席、すなわちワイオミング州(人口60万)とカリフォルニア州(人口4000万)でも同じ2議席であるため、人口数の少ない保守州で勝てば一定の議席を確保できるという上院特有の選挙構造について解説しました。
一方、民主党の勝利が「7」である要因としては、女性議員が史上最多となったがその多くが民主党議員であったことや、多くの州における知事選で勝利したことを指摘。さらに、18歳から29歳の67%、女性の59%、黒人の90%、アジア系の77%が民主党支持というように、白人男性以外の広範な層での支持を獲得したことによって、中長期的な民主党優位の構造の土台を築いたことを挙げました。
トランプ大統領は「ねじれ」を受けて行動を変えるのか
次に工藤は、今回の中間選挙で生じた議会の「ねじれた」状況においてトランプ大統領の行動が牽制されるのか、それとも強化されるのかについてパネリストに問いかけました。
これに対し前嶋氏は、「『メキシコとアメリカの壁』をはじめとした政策を民主党が通すはずがないが、それを逆手にとって『下院で民主党が政策を止めているのが悪い』というシナリオを作るのではないか。このように、敵を作った上でそれに立ち向かう自分を演出して大きく見せるのがトランプ流だ」と語りました。特に、上院に関してはトランプ大統領に反対する共和党穏健派が辞任しつつあり、これまで以上に動きやすい状況ができているため、尚更下院民主党との対決に専念しやすい状況になっているとも語りました。
フクシマ氏は、前嶋氏のトランプ大統領は敵を作り出すことで強くなるという見解に同意。民主党への攻撃姿勢が強まることが予想される中、対する民主党の対応としては、「下院で相当数の調査権を発動し、次から次へと情報を要求することで現在の政治が抱える様々な問題に迫るのではないか」と、民主党の「攻める」体制を予測しました。
ただ同時に、そのように民主党の攻勢にさらされたとしても必ずしもトランプ大統領の弱体化に直結するわけではないとも予測。その理由として、トランプ大統領は嘘の多さから大統領としての資質を疑問視され、好感度や支持率自体は高くないものの、その掲げる政策は「大幅減税や『オバマ・ケア』からの撤退など共和党の政策の志向と非常によく一致している」ため、確固たる支持母体は一定数存在することを挙げました。
さらに、弾劾についても言及。民主党支持者の中には、弾劾をすぐに開始すべきという意見もあるとしつつ、これまで弾劾によって辞任させられた大統領はアメリカ史上1人も存在せず、そもそも上院の3分の2の投票がなければ弾劾が発生しないことから、上院で共和党が過半数を握っている現状では余程のことが起こらなければ弾劾はないと断言。これもトランプ大統領の足元を揺るがす要因とはならないとの認識を示しました。
ストークス氏は、"You can't teach an old dog new tricks."というアメリカの諺を引用しつつ、トランプ大統領の行動はいまさら変化しないと断言。さらに、世論調査結果を引用しながらトランプ大統領を支える世論構造について説明。「CBSが今夏に世論調査した際に、約40%がトランプ支持を表明した。一方、『トランプ大統領が嘘をついていると思うか』と聞くと、支持者の半分ぐらいしかそうは思っていない。したがって、全国民の20%ぐらいが『嘘はついていない』と考えていて、30%は『時々嘘をつくが悪意はない』と考えている」と解説し、こうしてある程度の層からの信頼を得ている以上、行動を変える理由はないと語りました。
日米通商交渉の行方
続いて工藤は、日米通商問題について質問しました。まず、共和党の支持者は、「アメリカが貿易において不公平な扱いを受けている」と考える人が多いとした上で、「その不公平感は中国に対して抱いているものであって、日本に対してはそこまで不公平感を抱いていない。それにもかかわらず、トランプ大統領は日本に対してもかなり厳しい圧力をかけようとしている」と指摘。このようにトランプ大統領と世論の間にギャップが存在する理由を問いかけました。
前嶋氏はまず、「トランプ大統領の考える貿易摩擦とは、『脳内摩擦』なので実際に何がどのように摩擦しているのかは我々には見えにくい」とし、日本にとっての対応の難しさを滲ませました。共和党支持者とのギャップについては、「トランプ大統領のレトリックと共和党支持者のレトリックに多少差があるのではないか」とした上で、「『脳内摩擦』であったとしても、脳内で歪められた真実が繰り返し喧伝し、市民の間に浸透していくと、『トランプ大統領が言っていることが正しい』と思うようになってしまう」という見解を披露。したがって、通商問題におけるアメリカの対日世論はこれから徐々に厳しくなっていくと予想しました。もっとも、その圧力は「中国やメキシコに対するものよりは弱いだろう」とも付け加えました。
フクシマ氏は、「トランプの日本観は1980年代に形成されたのではないか。当時の彼のインタビューを聞くと、明らかに日本がアメリカを食い物にしている、日本は非常にずる賢い、と考えていたことがわかる」と指摘。今は中国の方がより大きな「敵」であるために、そちらに目が向いているものの、こうした日本観は現在に至るまで一貫して続いていると語りました。
もっとも、今後の日米通商交渉については、農産物に関しては圧力を強めてくる可能性があるとする一方で、自動車については日本に市場開放を迫るのではなく、アメリカ市場への輸出に少し制限をかける程度にとどめると予測。その背景として、日本企業がアメリカ国内で雇用を創出していることなどから、アメリカ世論が日本を敵視していないこと。さらに中国、北朝鮮などと対峙することを考えると、同盟国日本に対しては過度に強硬な姿勢には出られないため、「日本メディアが危惧しているような無理難題を要求してくることはないだろう」と楽観的な見通しを示しました。
ストークス氏は、ピュー・リサーチセンターの世論調査では、共和党員の80%が「他国が米国から不平等なほど利益を得ている」と見ていて、民主党員で同様の回答をしたのは28%だったと説明。しかし、ストークス氏は、日本に関しては「現在、アメリカ人の3分の2は日本に好感を持っている。また、1993年には貿易関係で日本はフェアだ、と答えていたのは24%だったが、今では半分以上がフェアなトレイダーだ、と回答しており、不公正とは見ていない。日本とは摩擦は起きないのではないか」との見通しを示しました。また、「アメリカにとって、今の悪者は中国であり、日本の政府関係者も日米貿易交渉はうまくまとめたい、と話しており、今はそれほど(米側の)抵抗もないようだ」と語りました。
アメリカ社会の分断はさらに深まるのか
今回の中間選挙では、アメリカ社会の分断の深刻化が見られましたが、この社会の行き着く先はどうなるのか、と工藤は尋ねました。
「トランプ大統領は、国民の分断を利用して支持を集めている。それは国民の間に分断の意識があるからではないか。これは20年前と比べると別世界のようで、分断社会のスタートは公民権運動、あるいは南北戦争まで遡るほど根が深く、今が分断のピークではないか」と語るのは前嶋氏です。さらに、「現代のソーシャルメディアというのは、世の中を分断させる。これがどこで落ち着いていくか。人口動態を考えると、2020年には分断のまま行って、トランプ大統領が2つの極ではなく、真ん中を行くように分断を壊してくれたらいいのだが」と苦笑いしながら話しました。
フクシマ氏も、2020年までに、分断はかなり酷くなる可能性があるとの見解に賛意を示した上で、「トランプ大統領自身がこれを利用して、再選するのではないかとも思うが、2~4年後はわからず、妥協の方向に行くのではないか、とも考えている」と見通しました。
これに対し、ストークス氏は、「近い将来、アメリカではマイノリティが白人より多くなり、私たちは、"死に絶えて行く人種"であり、私たちの声も"死に絶えて行く"のだ。時代とともに変わっていくということで、共和党も変わらざるを得ないだろう」との共和党の今後の変化にも触れました。さらに、「ヒスパニックだってキューバ人はプエルトリコ人を嫌い、プエルトリコ人はメキシコが嫌いで、投票行動も違う。また人は、年を経ていくとリベラルから保守化していくかもしれない」と語り、今後、共和党や民主党といった政党自体も変わっていくだろう、とこれまでの経験からの見解を示しました。
米国が向かう先はリベラルか、保守か。その行方について前嶋氏は、トランプ大統領は米国がリベラル化せず、保守性を保持し続けるように様々な手を打っていると指摘し、それを示すものとして、裁判官人事を挙げました。例えば、保守派判事のブレット・カバノー氏を最高裁判事に任命しましたが、最高裁判事は終身制であるため、司法の世界において、保守層の意向が今後30年、40年に渡って反映されることになると解説。さらに、高裁や地裁のレベルでも保守派の判事を続々と任命していることを紹介し、これをトランプ大統領による共和党や保守派に対する「置き土産でありレガシー」であると表現しました。そして、その背後に見え隠れするのは宗教保守派の動き、とりわけペンス副大統領の動きであると説明しました。
2020年大統領選の展望
工藤はさらに問い掛けます。今回の選挙では、女性やマイノリティが多く当選し、「いろんな政治家が出てきて、社会がバラバラになっていくように感じた。トランプ大統領を負かすような、トランプ大統領を越える民主党の政治家が出てこない限り勝てず、私たちは、トランプの再選を覚悟しなければいけないのか」と。
フクシマ氏は、2016年の大統領選を振り返りつつ、「民主党候補のヒラリー・クリントンは、トランプ大統領を品がなく、大統領になる資格がないことばかり強調し、過小評価していた。民主党はこれを反省してどういう政策を打ち出していくか。現在、21人の候補者がいるようだが、人を引き付ける魅力に乏しく、はっきりとしたリーダーもいない。魅力的な候補者を探し出して、育てる必要がある」と、民主党に注文を付けるのでした。
ストークス氏は、「2008年にオバマ氏が大統領候補者になるとは誰も思わなかった。民主党の候補者なんて、今の時点ではわからず、予測するのも馬鹿げている」と指摘しつつ、トランプ大統領の支持者は強く、民主党が彼を負かすのは相当厳しいのではないかとしました。さらに、ある調査では、元副大統領のバイデン氏(22%)、元民主党予備選候補、バーニー・サンダース氏(19%)などの名前が候補者として挙がっていると指摘し、「現段階では誰も候補者として明言しておらず、単にバイデンの名前が最も知られているというだけのことにすぎない」と、予想できない、という予測をしてみせました。
一方で、2020年の「トランプ再選」に向けた展望について、「今回の中間選挙では、中間層は民主党寄りにシフトしたこと、さらにトランプ大統領が2016年の大統領選で自身が勝利した地域で、今回応援演説に入ったにもかかわらず議席を得られなかったところが散見されることはマイナス要素」と言います。
しかし、州知事選では注目されたオハイオ、フロリダ両州で共和党が勝利するなどプラスの要素もあると語りました。そして何より、2016年大統領選では事前の世論調査で劣勢が伝えられていたにも関わらず、蓋を開けてみたら勝利していたように、「トランプ氏は選挙当日になるとなぜかうまくいく」という世論調査会社泣かせの予測不能性があると指摘。したがって、現在は逆風が吹いていても「2020年はうまくいく可能性がある」との認識を示しました。
続いて、会場からの質疑応答が行われました。中間選挙後の対北朝鮮政策について問われたフクシマ氏は、トランプ大統領は外交を常に内政、さらには選挙と結びつけて考えているとした上で、中間選挙が終わった今は、2020年の大統領選を意識していると分析。したがって、自らの再選可能性を高めるために「国内の支持を得られるような行動に出る可能性は排除できない」と語りました。
議論を受けて最後に工藤は、「日本は今後、どう進んでいけばいいのか。今日の皆さんの話で、トランプ大統領を過小評価するな、ということはわかったが、トランプを"悪"とする単純な話ではなく、日本は世界の多国間主義、民主主義を守らなければいけない」と今回の対話を振り返り、緊急フォーラムを終わりました。