スピードと効率性に欠ける民主主義
続いて、「代議制民主主義の危機をどう見るか」をテーマに行われた第一セッションには、欧州から元国会議員二人を含む4人とアジアから2人が参加しました。
司会を務めた工藤は、最初から出席者に単刀直入に聞きました。「なぜ、代議制民主主義は信頼を失っているのか、何が問題なのか」。これに、イタリアのゴジ氏は、「伝統的政治が、国民の新たなニーズに答えられていないのが最大の問題だ」と語ります。「伝統的議論の規範には、理性や統計が必要だが、それが機能しておらず、逆に人々の感情や心に訴えるようになっている」と大衆迎合になりがちな政治の状況を説明しました。さらに、「各地で台頭しているポピュリズムを捉えきれなかったメディアも危機を迎えている。さらに、ソーシャルメディアの管理の仕方も理解されておらず、イタリアの"五つ星運動"はソーシャルネットでできた要素が高い」と分析しました。
さらにゴジ氏は、今の自由民主主義を、プロセスにおいて①意思決定のスピードが足りず、②効率性が悪いのに満足できないために、非自由な強いリーダーを選んでしまうと説明。民主主義を回復するためには、この2点を解消しなければならないが、そのメッセージを伝えるシステムができていないと、民主主義の弱点を指摘しました。この見方を補足するように、イギリスのEU離脱を"BREXIT"と命名したことで知られる元下院議員のマクシェーン氏は、「代議士は5分、有権者に接触しないと民主主義は失われると言うが、民主主義は今、"赤ん坊の時代"なのかもしれない。議論する場で直接、顔を合わせてきちんと議論し、選挙区に帰っても議論しなければいけない」と、民主主義のあり方の初歩を議員が忘れているから、国民感情を受け入れることができない、と話します。
民主主義の危機が言われるようになって、それと反比例するようにポピュリズムが台頭してきました。しかし、フランスの政治学者、レニエ氏は、「ポピュリズムを短く定義すれば、人々の求めに応えることで、今のそれは、ポピュリズムではない。移民など新しい問題が出てきて、文化の衝突や統合の問題などが重なり、移民はイヤだ、となって、そこにポピュリズムが入り込んできた。新聞など民主主義のツール(道具)も、今では役に立たなくなっている」と説明。イギリスメディアで活躍するラックマン氏は、「トランプ大統領は、人々が求めるものを与えようとしている。この姿勢は、いつか問題となって、彼自身に跳ね返ってくるだろう」とトランプ大統領の将来を予測しました。
有権者の気持ちを代弁しているか ――政治家の約束と結果
課題解決が仕事のはずの政治家が信頼を失えば、国民はどこへ行けばいいのか。フィリピンのマルコス独裁体制を批判して暗殺されたベニグノ・アキノ氏を叔父に持つバム・アキノ氏は、「その前の政権がやるべきことをやってこなかったから、独裁者と呼ばれるドゥテルテ大統領が選ばれたのだ。彼は、約束したことをやらなければいけない。人々は結果を見たいのだ」と、政治家の"約束"と"結果"の大事さを強調。ドゥテルテ氏は"約束"を果たすべき、より強いリーダーシップが求められて大統領になったのであり、独裁者とは違う、との見方を示しました。
そしてアキノ氏は、「代議制民主主義とは、私たちの気持ちを代弁してくれるもの。私たちの求めるものを反映するべく選ばれた人たちであって、少数派の利益ではなく、過半数の利益になることをすべきだ」と、上院議員として、地元で貧困問題に取り組んでいる政治家らしく述べるのでした。さらにアキノ氏は、「政治家が約束を果たしていれば問題はないが、代議制民主主義の危機の背後にあるのは、誰がどこを代表しているのか」と指摘。フィリピンは過去7年、経済成長してきたものの、貧困率は下がっておらず、経済格差が大きくなっている。こうした状況下で、「政治家が信頼を失っているのは、一握りの人たちだけが繁栄して、自分たちはダメだ、と思わせるから。人々が独裁者を好むようになるのは、この格差に問題があるからだ」と力を込めて語るアキノ氏でした。
アジアからもう一人、イェニー・ワヒド氏は、インドネシアのワヒド元大統領の次女で、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムからヤング・グローバル・リーダーの一人に選出されたこともあります。「男性は、女性のニーズを理解できるのだろうか。女性の代議員がもっと増え、女性のニーズを推し進めてほしい。それだけでなく、地域や民族のグループの声を反映させていけば、その存在を代表し、それが全体としての代表になっていくのだ」と、多民族国家であり、成熟した欧州民主主義国とは違う、まだまだ若い新興民主主義国家の一員として、また女性の立場から発言しました。
社会の分断への対処は
一方、アメリカの中間選挙では、社会の分断が指摘され、トランプ大統領はそれを選挙で利用していたとも言われました。工藤が問います。「ポピュリズム、ナショナリズム、排外主義などが飛び出し、第二のトランプと呼ばれる人も出てきた。こうしたストロング・マンが民主主義の枠組みを攻撃している。こうした分断をどうやったら解消できるのか」。
ゴジ氏は、「国益とネオ・ナショナリズム(右派ポピュリズム、反グローバリゼーションなど)は別だ。決して同等ではなく、ネオナショナリズムは外の敵を必要とし、ネオナショナリズムが国益を促進することはない」と一国主義、保護主義に警鐘を鳴らします。さらに、「民主主義とグローバリゼーションは一つのジレンマでもあり、その間には新しいバランスが必要だ」と、今後の議論の課題を指摘します。この言葉にアキノ氏は、「ポピュリストたちは約束を守れないだろう。約束したことが、あまりにも大きすぎるからだ」と付け加えました。
マクシェーン氏は、「マレーシアでは、マハティール氏が93歳で首相に返り咲いた。人材不足かもしれないが、民主主義に代わるものはない。民主主義を放棄したら何もなくなる。これからはチェック・アンド・バランスが必要で、民主主義の危機とは言わないでほしい」と、世界の民主主義の現状に望みをつなぎ、民主主義の未来を信じるようでした。
答えが見えそうな議論
「司会者の発言が少ないのは、いい議論が続いた証拠」と言う工藤は、活発な意見交換を終えて、「適切な論点が多くあった。代議員は必要なのか、彼らは課題解決に取り組んでいるのか、公正であるのか。また、民主主義の意思決定のプロセスとスピードが問題になったが、これらを解決するには、議会だけではダメなのではないか。どうしたら政治や議会は、国民の信頼を回復できるのか、私は答えが出そうな予感がしている」と、様々な意見が飛び出したことに満足そうに話し、第二セッションに移りました。