「アジアや日本はどのような民主主義を目指すのか」をテーマに言論NPOによる「第4回アジア言論人会議」は22日、都内のホテルで開催され、日本、フィリピン、マレーシア、インドネシアからの国会議員などが熱のこもった議論を展開しました。
言論NPOの日本の民主主義に関する世論調査では、3割を超える人が日本の将来を「今よりも悪くなる」と見ており、約6割の人が「政党」、「国会」、「政府」を信頼していないことが明らかになりました。また、強権的な指導者が人気を集めるポピュリズムが広まりつつあり、民主主義自体への懐疑的な見方が高まっている現状を、政治の現場にいるパネリストはどう見ているのか、そしてアジアの民主主義が直面する課題を明らかにしようとするものです。
アジアの民主主義の発展で連携を
議論の前に、言論NPO代表の工藤泰志が挨拶に立ちました。「昨日の言論NPO設立17周年記念フォーラムで、私たちは、"民主主義は信頼を回復できるのか"と問題を提起し、世界の有識者と議論を重ねてきた。代表制民主主義が信頼を失い始めているのは、欧米でも共通した現象が見られ、民主主義は民意を代表しているのかと非難され、効率性を欠いている、とも言われている。さらに、スマートメディアの普及で、社会の断層は進んでいる、との声もある」との認識を示したうえで、今回のフォーラムで、アジアの民主主義の未来のために、人権や平等といった価値を守り、社会を発展させていくために連携していくスタートにしたいと語りました。
次に元国連事務次長の明石康氏が挨拶を行いました。明石氏は、カンボジア内戦を経て、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の国連事務総長特別代表として1993年5月に国民議会選挙を実施し、同国再建の基礎を築いた方です。明石氏は、「当時、カンボジア人によって国連が去った後に(選挙を)しなければと思っていたのだが、それだと何百年も掛かるかもしれないということで、UNTACが実施した」と当時を振り返りつつ、民主主義の重要性と共に、民主主義の導入の仕方についても、慎重に見極める必要性を強調しました。
そして、アジアと世界の変革が急速に進む中で、テーマを絞った議論、効果の高い議論が必要であり、アジアの中でもこうした議論がされるようなスタートになることへの期待を示し、挨拶としました。
当初、会議に出席予定だったマレーシアの下院議員、ヌルル・アンワール氏のビデオメッセージでは、「一党支配や権威主義傾向がある中で、アジアの人たちは勤勉であり、よりよい解決策を見出している。創造力のある市民の声を抑えてはいけない。アジアの国々は東からも西からも良いところを学び、多元的な見方ができるのが強みだ。日本からはインスピレーションをもらい、人と人との対話で、より強いアジアができる」と、言論NPOが始めたアジア言論人会議への期待を寄せました。
自国の民主主義を問われて ――行き過ぎた雑音が心配とも
第一セッションのテーマは「アジアの民主主義は信頼を取り戻せるのか」です。司会を務めた工藤はまず、日本、フィリピン、マレーシア、インドネシア各国の国会議員らに、「自分の国の民主主義に満足しているか、危機感を持っているか」と単刀直入に尋ねました。
インドネシアの元外相、ウィラユダ氏は、「生き生きとした活力ある民主主義でハッピーだ」と顔を綻ばせました。「32年間続き、発言の自由もなかったスハルト体制から脱却し、1998年に改革を決断。権威主義はもはやなく、人権擁護も改革の柱の一つだ。民主化は短期間で行われ、人口から見れば、インド、米国に次ぐ第三の民主大国ともてはやされた」と語りました。さらに、投票率は70~80%で、5%以上の経済成長率は更に成長が見込まれ、アメリカの投票率が下がっていることもあり、インドに次ぐ第二の民主大国になるかもしれない、と笑顔のウィラユダ氏。「自治権を与えられた地方の活力もある」と余裕を見せるのでした。
同国のワヒド元大統領の次女、イェニ―・ワヒド氏は、「インドネシアの人たちは、最も楽観的な人間」としながらも、「言論の自由が行き過ぎると、安定した権威主義的な時代がよかった、という人もいる」など、新たな民主主義がもたらすノイズが懸念、と指摘します。しかし、全体的に見れば、「民主主義は最もいい仕組みで、かつ国内で穏健派が主流になってきたこともあり、イスラムの寛容の精神という価値観を守りつつ、今の軌道を楽観主義で歩んでいけば、将来、実を結ぶことになるだろう」と将来への肯定的な見方を示しました。
強権的人物が選ばれたのは
工藤が次に指名したのは民主主義国の中で強権的政治家、ストロングマンがいるフィリピンです。マルコス独裁体制を批判して暗殺されたベニグノ・アキノ氏を叔父に持つ上院議員のバム・アキノ氏は、「民主主義への信頼性は変わらず存在している」と語ります。ただ、民主主義にとって重要であるメディアについては、ソーシャルメディアの発展や、現在の国民の風潮から、既存メディアが国民の望むものを提供できず、メディア自身が危機に陥ってしまった結果、国民が強権的な人物を選んだのかもしれないと指摘。こうした状況を生み出さないためにも、「国民が努力して民主主義を守らなければいけない」と語ります。そして、「これまで公約も実現できていないのが、私たちが学んだ教訓であり、人間の尊厳を真ん中に置いた政権が必要となってくるだろう」と、次を見据えるかのようなアキノ氏でした。
ヴィラリン氏はフィリピンの野党の下院議員で、労働者の権利向上などに力を入れていることで知られています。「フィリピンの民主主義はワナにはまって、ドゥテルテ大統領に利用されているのではないか」と語り、民主主義の制度を使って制度を攻撃しているとの見解を示します。一方で、6.8%の経済成長があり繁栄する中でも、経済格差は拡大中で、大統領はこれに対応できていないと、野党議員の視点で語ります。さらに、「マルコス時代は終わり、自由競争の時代になったが、雇用とか正義とか課題はずっと無視されたままだ。金がある者のための民主主義で、もっと市民の声を取り戻すべきだ」と、問題点を指摘するヴィラリン氏です。
マハティール首相は権威主義的?
今年5月の総選挙で下院議員に当選したマレーシアのチェン氏は、市民団体のリーダーとしてクリーンで公平な選挙を求めて活動を続けてきました。それが選挙で実を結んだ形になったチェン氏は、「今度は公約を果たさなければならない。新政権誕生前は、連合政権を作って汚職撲滅などを掲げ、貧困層のため経済を立て直そうと訴えてきたが、なかなか実現は難しそうだ」と、現実の厳しさを話します。そうした中でも「ゆっくり手をつけながら、少しでも経済を変えていくために予算配分を考えつつ、財政の立て直しが大事だ」と、公約にじっくり取り組んでいく姿勢を示していました。これに補足するように発言したのはマレーシアの政府・政党関係者を手助けしてきたスフィアン氏で、「強権主義的な傾向を持ったマハティール首相が返り咲いたが、権威主義的な文化を改められるか、民主主義下のノイズに、どう対処していくか。時間がかかるかもしれないが、国民に背を向けられないようにしたい」と慎重に語りました。
日本が問われる、民主主義をいかに機能させるか
次は日本の国会議員の番です。まず、国民民主党代表の玉木雄一郎氏。「日本は完全な民主主義国で、それをどう機能させるか、どうアップデートさせるかが問われている」と現状を語ります。その上で、「政治家が誰を代表しているのかが重要で、日本の高齢化が進む中で、次の世代にいかに負担を残さないようにするか。与野党談合して、現役世代で解決できるよう選挙で訴えていく必要がある」と意気込みを語ります。一方で、国民の代表が集まる国会については、国会での与野党のやり取りが、初めから終わりまでゲームのようなもので国民はシラけており、将来の問題を解決する機能を果たしているとは言えない。国会が機能するために、国会をどうように変えていくのかが課題だと指摘しました。
一方、自民党の衆議院議員・小泉進次郎氏。「トランプ大統領のお陰で、民主主義の観点から言えば、今はチャンスだ。アメリカが統率力を失いつつある中で、法の支配や民主主義の価値を図るスタートが今、始まった」と語ります。そして、「ポスト平成の民主主義をどう語るか。自由民主党というのはいい名前で、自由と民主という言葉は、前向きな響きがあるが、よく考えると個人の自由と多数の民主は、時々、衝突する。衝突を理解しながら、そこをうまく調和させてバランスを取って、国民の声を聞いて反映させる。民主主義とは何か、それを語るチャンスがきたのではないか」と指摘。選挙制度が中選挙区から小選挙区になったことで、小選挙区では一対一で対決姿勢を見せなければならないが、日本が直面する課題については、「党派を超えた超党派で取り組まなければいけない。その難しさとジレンマを特に感じている」と自分に言い聞かせるような小泉氏でした。
人々の声を"聞く"プロジェクト
パネリスト全員の発言を踏まえて工藤は、「欧州では社会に断層ができて、民意と政党の乖離が出てきているが、政党は民意の代表になっているのか」と、問い掛けました。「私は、"聞く"というプロジェクトを始めた。人々に寄り添い、人々にとって何が重要なのか、一般市民に政党に入ってもらう仕組みを作った。ポピュリストが人気があるのは、人々の問題を見つけるのがうまいからだ」と、明解に話すのはアキノ氏でした。
これに対しワヒド氏は、アジア特有の視点を持ち出しました。「多くの人は、欧米の民主主義をアジアに適用しようとするが、欧米とアジアでは政治の文化が違う。アジアではむしろ、コンセンサスを調和することで守るメカニズムが存在している。アジア独自の民主主義を形成し、それを社会に適応させていく必要がある」と語りました。
国会改革で与野党は一生、握手できない?
この意見に小泉氏は、「アジアのコンセンサス作りがすごく難しいのは、価値観が多様化しているからだ。一つのグループ内でも多様化していて、身動きできないこともある」と話しました。一方で、「民主的価値が弱体化していくのを目にして、野党がいるのも民主主義だと思った。野党がいることの価値を、もう一度、語る必要があるのではないか」と話します。さらに、「今の国会の仕組みを続けていくと、与野党のやり取りはずっとショーになっていく。国会改革で何が難しいかというと、与野党が握手できないこと」と指摘。根本的改革を成し遂げるためには、成功体験を作ることで、山の頂に上るには、まず一歩を進めなければいけない、と与野党が課題解決に向けて協力する必要性を説きます。
こうした小泉氏の見解に対して、共に国会改革に力を入れている玉木氏は、「ペーパーレス化、一つできなかったら先に進めない。時々、政権交代できること、それが実のある改革につながる」と語ります。その上で、「まず野党の私たちが力をつけなければいけない。今後の党運営では、国民の声を聞くメカニズムが大切で、多様な民意をくみ上げる仕組みの再構築の能力が問われる」と話しました。
最後に工藤から、日本が直面する課題を解決していく中で、政治や政党の役割はどうなっていくのか、と投げかけれた小泉氏は、有権者と話をする中で、「きっと政治は何とかしてくれる」と思って、政治を頼ってくれる有権者が大勢いることを紹介。その上で、「政治が国民を信じなければ、国民は政治を信じない。さらに、メディアを含めたいわゆる政治コミュニティが変わっていくことが大切ではないか」と語り、政治コミュニティの住人一人ひとりが、もう一度、民主主義や政治を考えていく必要性を指摘しました。
こうした議論を受けて工藤は、「民主主義を考えていく上で、我々、有権者自身が問われている局面であるということを実感したと同時に、世界で始まっている民主主義を考えるという舞台を、きちんと日本にもつくっていく必要性を感じた。そのために、言論NPOは汗をかいてきたいと思う」と決意を表明し、第一セッションを締めくくりました。