言論NPOが進める民主主義改革の議論で中核を担う政治学者3氏が10月4日、都内の言論NPO事務所に集まり、11月19日の創立18周年特別フォーラムで行う日本の民主主義に対する問題提起に向け、議論を開始しました。議論では、代表制民主主義の信頼を回復させるため、目指すべき日本の民主主義の姿を再考し、その診断を開始することを申し合わせました。
議論には、内山融氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)、吉田徹氏(北海道大学大学院法学研究科教授)、早川誠氏(立正大学法学部教授)の3氏が出席し、言論NPO代表の工藤泰志が司会を務めました。
言論NPOが行う最近の相次ぐ世論調査では、日本の統治システムの原則である代表制民主主義が国民の信頼を失っていること、政治家を自分たちの代表だと思っていない層が半数近く存在していることが、明らかになっています。
議論はこの問題から始まり、工藤は、「国民が選挙で選んだ代表を通じて課題解決が進む、という統治システムの原則が揺らいでいる」と、この状況を生み出している原因を3氏に問いました。
政党と社会とのつながりという面で、中途半端だった政治改革
内山氏は、自分の一票によって政治を変えられるという「政治的有効性感覚」が、国民の間で低下していると指摘。その要因として選挙制度の問題を挙げ、「大政党への集約を促す小選挙区制と、小党の存続を可能にする比例代表制をくっつけた結果、野党がどこも中途半端な規模となり政権交代の可能性がなくなっている。国民は『結局、自分が投票しようがしまいが自民党政権が続く』という認識になり、政治から離れている」と語りました。
吉田氏は、「選択肢の不在」と、それによる政治的有効性感覚の低下の原因を選挙制度に求めましたが、「ただ、小選挙区制一本でいいのかというと、そう単純な話ではない。衆院と参院の役割分担も含め、どのような政党政治を目指すのかというイメージがまず重要だ」と強調しました。
一方、吉田氏は、日本で政治不信が強い別の要因を提示。「大学に政党支部があって活発に活動している欧州とは異なり、日本は有権者と政治との接点が専ら職能集団をベースとしたものになっている。最近はその職能集団が衰退しているので、ますます政治との距離感が出てしまう」との認識を示しました。
これに対して、内山氏は、政治改革が中途半端に終わっている点として、政党と社会とのつながりが、政党間競争を前提としたものに変わっていないことを指摘。「自民党の地方組織は、実は個々の議員の後援会組織の集まりであり、その議員が離党すれば後援会ごと他党に移ることが可能となっている。これは真の政党組織ではない」とし、政党組織の強化は政党の政策立案能力にもかかわる問題だ、と述べました。
日本で目指すべき「民主主義」と「代表制」のイメージをまず固めるべき
また、議論は90年代以降の政治改革の評価にも進み、早川氏は、「そもそも改革を進めるには、どんな問題を解決すべきか、日本にどんな民主主義をつくるのか、どんな代表制をつくるのか、そのイメージの決定が大前提。その議論を素通りして、競争型の民主主義の導入を当然視したことが議論を混乱させている」と疑問を呈しました。
これを受け工藤は、「利益誘導政治への批判で改革への機運が高まっていた90年代、00年代と異なり、今は逆にグローバル化の負の側面が拡大している。むしろ、低成長下で日本では各党が利害の調整よりも再分配だけを競うようになり、財政拡張を黙認し、将来世代への責任が放棄されている」と、当時と比べた状況変化を指摘。こうした中、競争型が本当に機能するのか、一度見直す局面ではないか、という見方を示しました。
民主主義には、政権交代に向けて大政党間を競わせる競争型のほか、完全比例代表制などで民意の割合を議席の割合に反映させ、連立政権を形成する「コンセンサス型」も存在しています。吉田氏は、コンセンサス型が成り立つ条件として、「政権構成を政治エリート間の協議に託す以上、国民の間にエリートへの信頼が必要だ」と発言。中間組織などの社会資本が弱っている今の日本では、組織を超えたソーシャルキャピタルの強化が必要だと、語りました。
主権在民の原理の修復は、有権者の知識や意識を高める以外に解はない
その後、議論は、代表制をどう機能させていくのか、を軸に幅広く行われ、工藤は「そもそも投票とは義務なのか、権利なのか」という根本的な論点を提示。公職選挙法を始めとした多くの制度が、目指すべき民主主義のあり方やこうした基本的な論点が十分に考慮されないまま設計されているため、低投票率の下で全有権者の10%の投票でも政治家になれる小選挙区が存在するとし、「こうした選挙制度や選挙運動の立てつけと、政治家は全国民の代表であるという代表制民主主義の理念とが乖離してきているのではないか」と疑問を投げかけました。
これに対し早川氏は「現代においては極論だが」と前置きした上で、「選挙は本来、優秀な人を選ぶという点で、民主政でなく貴族政的な制度だと考えられてきた」と発言。「人類が経験してきた選挙の歴史の中では、エリートによる統治や高額納税者のみが投票できる制限選挙など、民主的ではない運用が当たり前だった。政治家は優秀なエリートでなければいけないという考え方は今でも残っているし、同様に、投票者にも短い期間で候補者を見定める意欲や能力が必要で、それができるエリートでなくてはならない、というのが長く主流の考え方だった。この論理構成はかなり強固で、一人一票という私たちにとって自明の前提すら、相当に努力しないと、実はそう簡単に正当化できるものではない」と語り、授業で学生の意見を聞いても、一人一票と、能力を持つ人が複数票を持つ制度との間で賛否が分かれる、との経験を明らかにしました。
吉田氏は、知識と意欲を持ったエリートかどうかを誰もが納得する形で区別する方法は存在せず、また、政治の知識は教育環境にも左右されるため、制限選挙は出自による身分の格差を固定化してしまう、と、一人一票の意義を強調しました。同時に、「日本の政治にイノベーションが起きない原因は公職選挙法だ」と断言。1年以上かけて予備選を行う米国の大統領選を引き合いに出し、最短で1週間にすぎない選挙期間や、候補者のインターネットによる発信の制限、といった規定を見直していくことが、有権者が候補者をじっくり見定められる環境をつくっていく、と強調。それに加え、早い段階からの主権者教育も重要になると改めて訴えました。
工藤も、国民を主権者とした統治原理を発展させるためにも、有権者の知識や意識を高めていく以外に解はないと結論付け、そのためには、各分野の有識者が横断的につながり、課題解決のための議論を提供する仕組みの修復が鍵になると主張しました。
国会改革は「審議過程の実質化」と「行政監視機能の強化」が柱
続いて、議論は、政党改革や国会改革など、これから始めるべき政治改革の個別のテーマへと移りました。国会改革については、今後の議論では「審議過程の実質化」と「行政監視機能の強化」の二つをどう強化するのかを、論点としていくことで合意。いくつかの具体的なアイデアが出されました。
内山氏は、この点においても、目指すべき民主主義像の設定が欠かせなくなってくる、と強調。国会のあり方には、ドイツのように実質的な立法機能を持つ「転換型」と、イギリスのように国会論戦を国民への与野党のアピールの場とする「アリーナ型」の二つがあることを紹介。「日本ではその軸足が定まっていない」とし、法案の決定過程をより実質的なものにする努力と、行政府への監視機能の強化こそがその骨格になると語りました。吉田氏も「政治改革の結果、行政府のリーダーシップの強化に国会のチェック機能の強化が追い付かず、バランスが崩れている」とし、内山氏の提起に賛同しました。
さらに内山氏は、こうした民主主義の制度を点検する視点として、国民が民主主義体制を支持、信頼しているという「正統性」と、民主主義によって課題解決が機能している「実効性」の二つを提示しました。
工藤は、この日の議論を踏まえ、問題意識を共有する多くの政治学者に加え、政治家も交えて議論を継続していきたいと語り、当面は、11月19日の18周年フォーラムでの民主主義に関する提案に向けて準備を進める考えを示し、白熱した議論を締めくくりました。