言論NPOは11月13日、東京・千代田区のフォーリン・プレスセンターで記者会見を行い、9月に実施した「日本の政治・民主主義に関する世論調査」の結果を発表しました。
記者会見には言論NPO代表の工藤泰志のほか、言論NPOが調査を受けて組織した、日本の民主主義のシステムの診断作業を行う専門家チームから内山融氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)が登壇しました。
会見の冒頭、言論NPOが民主主義を巡る取り組みをなぜ行っているのか、工藤が説明しました。
工藤は、言論NPOは2012年から米外交問題評議会が主催する世界24ヵ国のシンクタンク会議に参加し、以降、世界の識者と議論を重ねてきたが、民主主義の変調は既にその時から感じられていたことを紹介。「その後、世界のシンクタンクとも連携し、継続して各国での世論調査を行った結果、問題の本質は、代表制民主主義が市民の信頼を失ったことにある、と分かった」と語りました。
そして、「世界には『日本の統治は安定している』という見方もある。しかし、私たちの調査の結果、代表制民主主義を構成する国会や政党、政治家、メディアへの信頼の喪失という傾向は、この日本も、ポピュリズムが表面化する世界各国と全く同じであることが分かった」と述べ、調査結果を受けて、日本の民主主義の仕組みを徹底的に診断し、その改革案を社会に提起する作業に入った、と紹介しました。
「日本の統治は低投票率によって保たれている」という皮肉な現状
続いて、工藤は調査結果を説明。政治不信の構造が特に若い世代で顕著であり、しかも彼らの中に、民主主義自体への懐疑的な見方が生じていることを明らかにしました。
まず、日本の将来を悲観的に見ている国民が6割近くに達し、「令和」への改元を受け将来への楽観的なムードが高まった前回5~6月の調査より約10ポイント増加。一方で、日本が直面する課題の解決を政党や政治家に「期待できない」との見方が7割を超え、また民主主義を構成する機能のうち「政治家」を信頼する人は2割と最も低く、「政治家」「政党」「国会(議会)」の信頼度も2~3割台にとどまっています。中でも、そうした政治不信の傾向は30代以下の若年層で強まっています。
また、「民主主義はほかのどんな政治形態より好ましい」という回答が39.8%で最多となる一方、「国民が満足する統治のあり方こそが重要であり、民主主義かどうかはどうでもいい」も33.8%に上っています。
このように、国民に選ばれた代表が課題解決の議論を進める代表制民主主義の構造そのものが市民の信頼を失っている現状について、工藤は「日本も、欧米と同じ状況だ」と改めて強調しました。
そして工藤は、派閥政治や金権政治への批判を機に行われた90年代以降の政治改革によって、首相のリーダーシップの強化は進んだが、所期の目的である政策本位、国民本位の政治は実現しておらず、逆に、「かつてと異なり、国民の不信が民主主義のシステム自体に向かっている」と総括。
さらに、日本では欧米のようにポピュリズムが大きな動きとなっていない理由は「投票率が低いから」だとし、「現在、政治に無関心な層が新しい政党に流れたとき、日本の政治は一変する」と警鐘を鳴らします。「その意味で、日本の統治が無関心によって支えられているというのは皮肉な現象だが、本来、それは民主主義にとって望ましくない」と工藤は述べ、今回の調査結果を受け、市民が民主主義を考える動きを作り出していくことへの決意を示しました。
「制度改革」と市民の「意識改革」が民主主義再建の両輪
続いてマイクを握った内山氏は、調査結果について「政治学者としてショッキングだったのは、政治家が国民の多くから『自分たちの代表』と思われていないことだ」とコメント。衆議院の英語名がHouse of Representative(代表者の院)であることを引き合いに、この結果は、システムとしての代表制民主主義の基盤が崩れていることを意味する、と指摘しました。
そして、民主主義の構成要素のうち「司法」への信頼が最多となったのは「中立的、非政治的だからだ」とした上で、三権が並び立って構成されている民主主義において、司法への信頼だけが突出して高く、同時に国民の代表として選ばれた政治家や国会などへの信頼が低いのは、不健全な状況だと指摘。
一方で内山氏は、「民主主義は望ましい統治形態」とする見方が最多となったことはまだ救いであり、だからこそ今が民主主義を立て直すチャンスだ、と述べます。そして、「制度改革はその手段の一つだが、制度だけで全てが変わるという発想はリスクが伴う。制度改革と同時に、民主主義への意識、態度をどのように育てていくか、市民社会として取り組んでいくべきだ」と、今後の民主主義改革の取り組みへの姿勢を語りました。
まだ答えが出ていない民主主義の様々な論点を巡り、本気の議論を開始する
その後、出席した記者との質疑応答が行われました。
政治不信の要因について問われた工藤は、「政治が国民に向かい合っていないからだ」と発言。「多くの国民は20年以上前から、高齢社会において自分の生活がどうなっていくのか不安に思っていたが、この点を政治がアジェンダにしたのは最近のことで、しかも課題解決の具体的なプランは国民に提起されていない。言論NPOは2004年から各党のマニフェスト評価を行っているが、最近の選挙公約はプランとしての体裁が整わないスローガンと化し、課題解決を軸にした政策形成のサイクルが形骸化している」と指摘しました。その結果、有権者は政党や政治家に失望し、民主政治そのものからの退出を始めた、という見方を提示。「今回の調査結果を機に、政治がこの現象を真剣に受け止めてくれることを期待する」と語りました。
次に、民主主義改革の具体的な中身について、内山氏は「まだ模索している段階だ」としながらも、その視点として「長期的な国益の追求」を提示。単に市民の短期的な利害や意見を代弁するだけであれば、代表としての政治家や議会の存在意義はなく、それらの利害を社会的に統合する役割をどう発揮するかが問われている、と述べました。
これに関し工藤は、「民主主義において重要なのは、市民の『意思』だ」と強調。多数派がその時々の雰囲気や感情にのまれて決定するのは危険であり、市民がどのように課題解決の意思を形成していくのか、模索を続けるべきだ、と語りました。そして、「課題を考える努力を市民が放棄するのであれば、社会の安定と引き換えに自由や権利を犠牲にする監視社会、権威主義体制を選ぶしかない。それを望まないなら、意思を持った市民が選んだ代表が課題解決を進めるというサイクルを修復し、今の時代に合わせてアップデートする不断の努力が不可欠だ。世界ではその作業が始まっており、日本でも誰かが始めないといけない」と、言論NPOが民主主義の点検作業を開始した目的を改めて語りました。
最後に工藤は、今回の調査結果も踏まえながら11月19日(火)に開催する創立18周年特別フォーラムでは、元デンマーク首相で前NATO事務総長のラスムセン氏ら世界で民主主義の修復に取り組む論者、そして日本の将来に危機感を共有する国内の識者を集め、今日の記者会見で取り上げた問題を本気で議論すると説明。さらに、このフォーラムでは、内山氏ら民主主義の点検作業に参加する政治学者も集まり、日本の民主主義を根本から見直すダイナミックな案を社会に提起することへの決意を表明する、と明らかにし、記者会見を締めくくりました。