市民の課題解決への意思を信頼し、
政治参加の仕組みをアップデートしていくことが民主主義修復の鍵 ―言論NPO創立18周年フォーラム 第1セッション報告

2019年11月19日

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 言論NPO創立18周年フォーラムの第1セッションは、「今、代表制民主主義に必要な改革とは」と題し、世界で市民の信頼を失っている代表制民主主義を修復するために何が必要か、議論しました。

 議論には、世界で民主主義の修復に取り組む政治リーダーや研究者らが参加し、様々な文脈から今の民主主義が置かれた困難を説明。

 一方で、市民は依然として課題解決に対する自己決定の意思を持っていることは信頼すべきだ、という認識では一致し、政治と市民、また異なる背景を持つ市民間の対話や、市民の政治参加など、民主主義の仕組みをアップデートする様々なアイデアが出されました。


【第1セッション 参加者】
パネリスト:
ジョゼフ・レンチ(オーストリア新政党「ネオス」設立者)
アレクサンダー・ゲルラッハ(カーネギー倫理国際関係協議会シニアフェロー)
フランシス・キコ・パンギリナン(フィリピン上院議員、自由党前党首)
司会:
工藤泰志(言論NPO代表)
コメンテーター:
吉田徹(北海道大学教授、「日本に強い民主主義をつくる戦略チーム」)


DSC02779.jpg 初めに、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「市民の信頼を失っている代表制民主主義を修復するために何が必要か、世界で民主主義の現実に立ち向かっている方々と議論したい」と、第1セッションの趣旨を説明。「世界で左右のポピュリズムが台頭する一方、既成政党が凋落し、統治の仕組みへの信頼が揺らいでいるのはなぜなのか。それぞれの国の状況を踏まえて話してほしい」と呼びかけ、議論がスタートしました。

各国で民主主義が動揺している要因は

DSC02517.jpg オーストリアで新政党を設立したレンチ氏は、その理由として「政党」の問題を指摘。「古くからある既成政党は、政治の風景の変化を見ないで自分たちだけで権力のゲームをしている。一方で人々は実際の政策の変化、改革の実行を求めている」と語り、既成政党が市民の声に向き合わなくなったことが、市民の政治不信につながっているとの見解を示しました。一方、その状況に乗じて台頭するポピュリスト政党が政権を獲ると、市民の要求とは異なる彼ら自身のアジェンダを推し進めていくことになり、それが政治への信頼をますます欠如させるという悪循環につながると述べました。

 そしてレンチ氏は、こうした状況だからこそ、自党のような、「政治スタートアップ」と呼ばれる、既成政党でもポピュリストでもない新しい政党が欧州各地で出現し、市民と政治を結びつけるための新しい挑戦を始めている、と報告。フランスのマクロン大統領率いる「共和国前進」はその一例だとしました。さらにレンチ氏は、政治スタートアップに刺激を受ける形で、既成政党が自己変革を始める動きも出てきていることを紹介しました。

DSC02561.jpg  フィリピンの自由党で党首を務めていたパンギリナン氏は、自党が政権を失った2016年の大統領選を「アキノ前政権の6年間でフィリピン経済は未曽有の高成長を達成、貧困も削減し、株式市場の上昇も達成した。そのため自由党は勝つと思われていたが、ドゥテルテ氏に敗れた」と振り返りました。同氏は、その選挙結果にデジタルメディアが重要な役割を果たしたと指摘し、SNSの150万ものアカウント情報がドゥテルテ陣営に流れたという点で、同年に行われた英国EU離脱の国民投票や米大統領選の「実験台」のような選挙だったと表現。そうして誕生したドゥテルテ政権は、その後も対立政党の有力政治家をフェイクニュースで攻撃し、また、麻薬中毒者の殺害や独立系メディアの弾圧などに見られるように、SNSも活用しながら社会の分断と憎悪を煽り、「恐怖政治、独裁政治」を行っていると語りました。 

DSC02616.jpg ゲルラッハ氏は研究者の立場から、自由民主主義の基礎は人権という概念を法的枠身によって裏打ちしていることにある、と語ります。その枠組みで与えられる権利は、政治参加や言論の自由といった「市民権」と、最低限の生活保障や教育を受ける権利などの「社会権」で成り立っているとし、両者のバランスを取りながら権利を守ることが重要だとしました。

 その上でゲルラッハ氏は、民主主義が信頼を失っている原因を経済構造に求めました。同氏は、過去25年間、自由民主主義国ではGDPが成長してきたものの、世帯あたりの所得は減り、貧困層が増えていると指摘。将来の生活への展望を失った市民が、自らの生活の向上、つまり社会権を守るためには社会の制度を変えることが必要と考え、そのために市民権を行使しようとしていることが危機の中核だと述べました。そして、こうした市民の不安に迎合して支持を集めているのが、「非リベラルな民主主義」を掲げ、国際秩序から撤退することで国内経済の問題を解決すると主張する指導者だと指摘しました。


 ゲルラッハ氏はこうした状況下で、全ての人が人間としてつながり、災害などの困難で互いに助け合うというコスモポリタニズム(世界市民主義)が失われていると懸念。例えば、先進国の市民は相対的に貧困化が進み、途上国の難民を助ける余裕がなくなっていると紹介しました。そして、貧困化や将来不安の背景には、デジタル化に伴い各国で進む産業構造の変化があると改めて述べ、その中で「市民権」と「社会権」のバランスという観点から、再分配の強化を主張。これにより公共サービスを安価で享受できるようになることが、社会で起きていることに自分が参加できるという感覚につながる、と訴えました。

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民主主義の危機に見られる、「アクター」「条件」「環境」の3側面

DSC02647.jpgここでマイクを握った吉田氏は、3人は民主主義の危機についてそれぞれ違う側面から語っている、と総括。民主主義の「アクター」である政党の劣化に対してソリューションを提供するレンチ氏、非リベラルな民主主義により人権保障の概念が試練に直面しているという「環境」の面を分析するゲルラッハ氏、デジタル化により民主主義が機能する「条件」が変わっていることに着目するパンギリナン氏、と整理しました。

 そして、三つの側面それぞれについて、より構造的な要因を指摘。まず民主主義の「アクター」について、多くの先進国で保守政党は高所得者が、社会民主主義政党は高学歴者が支配するようになり、政党が庶民と切り離されたことがエリート不信につながっている、と分析します。

 二番目の「環境」について吉田氏は、歴史的に見ると、ポピュリズムが台頭するのは産業構造が変化するタイミングだと指摘。現在はIT化を軸としたポスト工業化社会の到来により、中間層が没落の恐怖におびえているが、その意思がエリートに伝わっていない、と語りました。

 三番目の「条件」については、人々の課題認識と政党の競争軸のギャップに着目。「市民が抱える不安は、環境や格差など国境を越え、数世代にわたって解決しなければいけないものだが、政党は各国の国内で、数年ごとの選挙を軸にした政争を続けている。これが、代表制民主主義が機能していないと考えられている一つの要因だ」と指摘しました。


 吉田氏の発言を受けて工藤は、「代表制民主主義は、市民が選んだ代表が課題解決を進める仕組みだ。市民の不安と政治とのギャップが広がっているのは事実だが、市民は本当に長期的な課題を考えて投票できるのか」と疑問を投げかけます。

 加えて、言論NPOが各国のシンクタンクと連携して実施している世論調査では、代表制民主主義を構成する政党や政治家、議会を市民が信頼できないという共通傾向が見られると指摘。「これは代表制民主主義自体への反発なのか、それとも代表制民主主義を新しい形にアップデートすべきという要求なのか」と投げかけました。


政党は市民を信頼し、政治プロセスに取り込む手法を探るべき

 これに対し、レンチ氏とパンギリナン氏は自党の経験を踏まえ、「市民は課題解決の意思を持っており、それを政治プロセスの中で活かすのは政治リーダーの役割だ」と主張しました。

 レンチ氏は、直接民主主義的な手法や「熟議民主主義」など、政策決定において市民により発言権を与える仕組みに言及。政党や政治家が答えを出せない微妙な問題に対しても、市民がつながって議論することで解決策を見出せる可能性があるとし、そのためにも政党はこれまでの内向きな姿勢から脱して、市民を信頼し、市民との直接交流によって声を聞く手法を探るべきだ、と述べました。

 パンギリナン氏は「政党の再定義が必要」と述べ、自党がフィリピンの10万世帯を対象に行った聞き取り調査の結果、支部の増加やボランティア1万人の新規採用など、一般市民が政党に参加する大きな動きが生まれた、と紹介。その理由は「政党が市民を取り込もうという姿勢を見せたからだ」と語りました。そして、「市民は自らの地域で起きていることに懸念を持ち、何とかしたいと思っているが、それを政治にどうつなげるかがわからない」と指摘し、そうした市民の声を取り込むことに政党の役割があると訴えました。


 ゲルラッハ氏は、「ポピュリストもやがて、自らの政策のコストを市民に説明せざるを得なくなる。また、欧州では投票率が上がっており、人々は分極化しているものの、投票に行って代表を選ぶというプロセスは守られている」と、代表制民主主義の仕組み自体が必ずしも危機に瀕しているわけではない、という見方を提示。また、デジタル技術と民主主義の関係を研究する立場から、「テクノロジーを使えば公正な統治が実現するという考えもあるが、政治家はバイアスを好むものであり、デジタルデータが偏った方向に活用される懸念の方が大きい、と述べました。

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他人に対する「エンパシー」の制度化が「熟議」を機能させる条件

 ここで、工藤は各国の世論調査から見える別の側面を指摘。「各国によってその中身に違いはあるが、所得や年齢などによる政治意識の分断が生じ、それがテクノロジーによって固定化される構造になっている。この状況で民主主義をどう機能させられるのか」と、各氏に問いかけました。
 
 吉田氏は、先進各国に見られる分断の本質は「将来展望」の違いであるという見解を披露。戦後、民主主義がファシズムや共産主義との競争に勝ち残ったのは、所有権の保障や質の高い教育によって形成された分厚い中間層が将来展望を持つことができたからだ、と語りました。そして、2016年の米大統領選では「次の世代の将来は明るい」と考える人がクリントン氏に、そうでない人がトランプ氏に投票したことを紹介し、中間層の没落で、将来展望を巡る人々の認識に違いが生じてきたことが、代表制民主主義を機能不全に陥らせている要因だ、と指摘しました。


 レンチ氏は、英国のEU離脱を巡って生じた分断の要因には、賛成か反対かを単純に問う国民投票の仕組みも影響していると指摘。複雑で影響の大きな問題に関しては、市民が長期にわたり議論を重ねる仕組みが必要だとしました。

 パンギリナン氏は、実際に取り組んだ「熟議」の成果を紹介。自党の世帯調査を通し、市民間の直接対話を促した結果、人々は次第に相互理解を深め、SNSのキャンペーンで見られるような脅威や憎悪を煽る言動がなくなっている、と述べました。

 ゲルラッハ氏は、ドイツでも、ある新聞社が、右派と左派など政治姿勢の異なる人同士をペアで対話させた結果、他人の声に耳を傾けるオープンマインドが生じるようになった、と報告しました。そして、相手の立場に立つ「エンパシー(共感)」の醸成が「熟議」には不可欠だとし、これを民主主義制度の中でどのように具体的な制度に落とし込んでいくかが課題になる、と語りました。


 吉田氏は、各国における市民の投票行動を「生活への満足度」と「他者への信頼度」の2軸で分析した世論調査結果を「フランスの共和国前進のようなスタートアップ政党に投票した人は、生活への満足度、他者への信頼度ともに高い。一方、ポピュリスト政党に投票した人は自分の生活に満足していないことが共通項だが、その中でも左派ポピュリストは他者を信頼している人に、右派ポピュリストは他者を信頼していない人に支持されている」と紹介。政党がイデオロギーによって有権者を組織化していた時代から、課題に対する個人のニーズが政治意識を左右する状態へと、民主主義が変質しているという認識を示しました。


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日本でも問われる、社会資本の活性化や地域発の動き

 ここで、工藤がこれまでの議論を「皆さんの意見は、多くの市民は課題解決に自ら関わることを望んでいるという前提だった」と総括した上で、「言論NPOは、まさに、日本において市民が自発的に課題に向き合う流れをつくるために誕生したが、日本の状況はそこまでには至っていない。その観点から、代表制民主主義を活性化させるために、何が必要か」と、日本へのヒントを求めました。
 

 ゲルラッハ氏は、マクロン仏大統領が進めているようなエリートと市民の直接対話の試みが最初の一歩になる、とした上で、それに加え、中間組織、社会資本の活性化をキーワードに挙げます。同氏は、欧州では教会が数百年にわたり、社会の結束と格差の解消を促すファシリテーターの役割を果たしてきたとし、日本ではそのような、公共領域における人々の信頼関係が機能しているのか、と問題提起。「日本には分厚い中間層があると評価する意見もあるが、実際はもっと深いところに問題があるのではないか」と投げかけました。

 レンチ氏は、マクロな政治の変化には時間がかかるので、まずは自治体レベルから市民参加の取り組みを始めてはどうか、と提案。ドイツではNGOが異なる考えを持つ市民を集めて市長に提案する動きがあり、世論調査機関や基金などもそれを支援している、と紹介しました。

 パンギリナン氏も地域発の動きとして、フィリピンのある市長が市議会の隣に「評議会」を設け、官民が連携してあらゆる課題に取り組んだことを紹介。その結果、市長は亡くなるまで20年間にわたって再選され続け、同市はその間に四級市から一級市に昇格し、彼の政治勢力も圧倒的な支持を集め続けている、というエピソードを語りました。


無関心層の当事者性をどう高めるかが日本の課題

 レンチ氏は、代表制民主主義における「代表」の意味を巡って、政治への情熱を持ったプロの政治家のリーダーシップは重要だとしながらも、代表制民主主義を機能させるため、それを二つのモデルによって補完していく必要があると主張しました。一つは、課題に強い関心を持つ市民が自発的に解決策を生み出す直接民主制的な仕組み、もう一つは、日本の裁判員制度のような、無作為に選ばれた市民が議会に参加する仕組みです。レンチ氏は、それらを実現する条件として、市民が夜間や休日などを使って政治にリソースを割くことを容認する「ワーク・ライフ・ポリティクス・バランス」の考え方をいかに社会に広げるかが鍵になる、と語りました。
 
 吉田氏は、こうした市民の政治参加を日本で進める上での課題について、「欧米の民主主義不信は、市民が過度に政治意識を強めた結果であるのに対し、日本では逆に、政治が自分たちとは遠いものに感じられているがゆえに政治不信が生じている」と分析。日本において、ポピュリスト勢力が政治的無関心層に浸透して票を伸ばす恐れを指摘し、市民にいかに「正しく」当事者性を持ってもらえるかが、民主主義を強くすることにつながると述べました。その手段として吉田氏は、公職選挙法の改正による過度な選挙運動規制の見直し、非選挙権年齢の引き下げ、サラリーマンの立候補を容易にする休職制度の整備、さらに地方議会において議員の一部を「くじ引き」で選ぶ制度や、市民の熟議によって税金の使途の一部を決める制度などを列挙し、「制度改革によって、日本の民主主義にイノベーションを起こす余地はまだ大きい」と主張しました。


民主主義を繁栄させるため、国境を越えてアイデアを共有する局面

 ボトムアップ型の政治改革に関する様々なアイデアが出されたところで、工藤が「一方、世界では、トップダウン型の課題解決を掲げる指導者が民主主義国の内部で出現し、独裁的な傾向を強めている。これに対し、市民の自発的な参加が最終的に大きな成果をもたらすことができれば、体制間競争の中で民主主義の魅力を高めることができるのだが」と、各氏に意見を求めました。

 これに対し各氏は、民主主義の価値を共有する人たちの世界的な連携が必要という意見で一致。ゲルラッハ氏は、「EUの成立にあたってはロシアの脅威が加盟国間の共通項になった。今こそ、その原点に返るべきだ」、パンギリナン氏は、「自党にはマクロン大統領と共通のアドバイザーがいる。民主主義をただ存続させるだけでなく、繁栄させるために、国境を越えてアイデアを共有すべきだ」、レンチ氏も、「スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんによる気候変動対策の抗議行動など、民主主義の革新に向けて世界中からグッドプラクティスを探している」と語りました。

 吉田氏は、この中での日本の役割について、昨年締結された日本とEUのEPA(経済連携協定)の一部である「戦略的パートナーシップ協定」で、法の支配、民主主義、人権という共通の価値の促進に対する日本とEUの貢献がうたわれていることを紹介。「日本、そしてEUの大国であるドイツは、実際にファシズムを経験し、こうした価値の重要性を自らの歴史において示している」と、国際社会で「非リベラルな民主主義」が台頭する中、日欧が自由民主主義の防波堤を果たすことの意義を語りました。

 最後にマイクを握った工藤は、「米中対立を受けて世界のシステムが分断するのではないかという懸念があり、一方では各国で権威主義や保護主義、ナショナリズムが強まっている。その中で日本がどのような役割を果たすかが問われている」と、改めて世界の状況に言及。そのような厳しい局面の中でも、「市民の力を確信する考え方が、欧州、そしてアジアにあることに元気づけられた」と、議論を振り返りました。そして、「市民が人間として持つ共感力、相手の立場に立つ姿勢を信頼するという民主主義の原点に返り、その観点から制度設計をし直す」と、今後、言論NPOが進める民主主義改革の議論の視点を提示します。

 一方で工藤は、「言論NPOの世論調査では、若者を中心に、民主主義への懐疑的な見方が強まり、民主主義がなぜ大事なのか、分からなくなっている」と紹介。こうした状況下で日本の課題を議論する第2セッションに、この議論をつなげていきたいと語り、2時間近くにわたる第1セッションを締めくくりました。