2019年10月16日(水)
出演者:
内山融(東京大学大学院総合文化研究科教授)
中北浩爾(一橋大学大学院社会学研究科教授)
吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
言論NPOが進める日本の民主主義診断の第3弾となる座談会が10月16日、「日本の政治改革はまだ途上なのか、それとも頓挫したのか」をテーマに行われました。
議論に参加した、東京大学の内山融教授、一橋大学の中北浩爾教授、北海道大学の吉田徹教授の3氏は、政党本位・政策本位の政治を目指した90年代以降の政治改革の評価では意見は分かれましたが、今が、政治と有権者とのつながりを再構築し、現実の課題に即したさらなる政治改革を進める局面だ、という認識では一致しました。
冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「言論NPOが行っている世論調査では、政治家を自分たちの代表と思っていない人が45%に達し、政党や国会への信頼も低い。日本でも代表制民主主義の仕組みそのものが国民の支持を失っている」と問題提起。「小選挙区比例代表並立制の導入と政治資金の透明化を柱とした90年代の政治改革は、金権政治への反省から国民本位の政治の実現を目指したはずだったが」と、3氏に政治改革への評価を求めました。
「政権交代ある政治」が定着しない中で、改革の負の側面が目立っている
これに対し3氏は、トップダウン型の政治が実現したこと、政権交代が一度は実現したとことは評価しながらも、当時の目的に向かって現在の政治が機能しているとは言い難い、という認識を示しました。
内山氏は、政治改革の目標は国民に選択肢を提供することだった、と発言。「本来、二大政党で国民に選択肢を提供するはずが、今、実質的な選択肢がない。しかも、昔のような自民党の一党優位に戻ってしまったわけだから、その目標は未達に終わっていると言わざるを得ない」と語りました。
吉田氏は、「政党の集権化を促す政治改革は、首相官邸のリーダーシップ強化を目的とした橋本政権以降の行政改革とセットだった」と解説。2009年に政権交代があったこと、また政治のトップダウンが進み、政権の意思決定のスピードが増えたという点では及第点は可能だが、「忖度の政治」などの負の現象が目立ってきている、と指摘しました。
中北氏は、「トップダウンの政治を限界はありながらも実現したが、政権交代可能な政治は実現していない」と、厳しい評価。その上で、「地方議員の多さなど、政党の基礎体力における自公と他党との圧倒的な差は、自公の圧倒的な基盤として考えるべき」と語り、その中で「政権可能な政治システムは可能なのか、という問題に日本の政治が直面している」と語りました。また中北氏は、自民党支配によるトップダウンだけが機能しているため、その弊害が出ている、との見方を示しました。
目指すべき民主主義の姿が定まらないまま進んでしまった政治改革
これを受け工藤は、「政党本位、政策本位の政治を目指し、二大政党が政権を争う競争型の民主主義をイメージした政治改革だったが、その目的や、目的に対する選挙制度などの手段は適切だったのか」と問いました。
内山氏は、「小選挙区制は基本的に求心力を高め、比例代表制は遠心力が働く。妥協の産物でそれを組み合わせたため、お互いの作用が打ち消し合って今の現実に政治ができている。政治改革を行った当時は、制度設計の思想も二つの勢力で合意できず、こうした並立制がもたらす結果の予測ができていなかった」と説明する。
吉田氏は、「当時は自民、社会両党それぞれの中に政治改革自体への反対、賛成派がおり、小選挙区論者と比例代表制論者がお互い妥協して落としどころを見つけることでしか、政治改革を実現できなかった」と各党が妥協した背景を解説。さらに、当時言われた二つの大きな保守政党による政権交代を実現するためには、「野党ブロックがどういう形でまとまっていくかが肝だったが、それができなかった」とし、それが現在の今の自民党一強政治を作ってしまった、との見方を示しました。
これに対して中北氏は、「新自由主義はセーフティネットがあるから安心して競争できるのと同じで、選挙制度改革も、2つの制度のバランスを取った並立制は悪い面ばかりでない」との見方を披露。その上で、「選挙制度改革の結果生まれたのは、二大政党制ではなく、二ブロックの多党制」という基本認識を示し、それが有効に機能し、野党ブロックが力をつけてきちんとまとまれるかは、地域の基盤や政党間の政策的な距離、しかも自公政権が安定した強大なブロックを形成している今となっては、制度論だけでは語れない、複雑な事態が生じていることを前提に考えるべきとの見方を示しました。
「行政監視の強化」「審議の可視化」の面で、国会にはまだ改革の余地がある
今回の議論では、政治改革の弊害についても議論が行われました。政党や政権の集権化の弊害に対して、内山氏は「日本の政治改革は英国をモデルにしているが、それはつまみ食いに過ぎない」と指摘。「先日、英国の首相が議会を開かなかったことを、最高裁は違憲と断じ、また政党の中でも党首には任期はないが、賛同者を確保すればいつでも党首選を開ける。集権化は進んでいるが、選択肢の競争やチェックアンドバランスが働いている。この点で、日本の議会制民主主義はまだ改善の余地がある」と主張しました。
吉田氏は、「90年代以降の改革が強い政府をつくる結果をもたらしたとすれば、これからは立法府をどう強くするかが議論のポイントとなる」と述べ、会期不継続の廃止や国政調査権の発動要件緩和など、強い立法府をつくることで民主主義の均衡化を図るべき、との考えを示しました。
中北氏も国会の行政監視機能の強化には賛同しつつ、もう一つのポイントとして「審議の可視化」を提示。「与党の事前審査にはいろいろ批判があるが、だからと言って全ての提案を国会に持っていくのも現実的ではない。事前審査のプロセス自体を国民に見える形で行えばいい。また、政治家が地元住民ともっとコミュニケーションを取る仕組みをつくることも、可視化の手段だ」と提案しました。
「政治」と「政策」がセットで機能するのが健全な民主主義
さらに工藤は、政治改革の目的であった「政策本位、国民本位の政党政治」の実現についても議論を求めました。
この中で工藤は、「低成長下での政治の役割は利害を調整することだが、むしろ、自民党も野党も再分配政策を競い合って、財政拡張に誰もチェックもできない事態になっている。また各党の選挙公約は単なるスローガンと化し、政策の体をなしていない。さらに、選挙で約束したことがその後の国会では全く議題になっていない」と述べ、国民への選択肢の提供や政策本位の政治は実現していないのではないか、と重ねて問題提起。こうした中で無党派層が増えるなど、政党政治から市民が退出している状況を指摘し、「政治改革はこうした状況を予測していたのか」と、3氏に尋ねました。
吉田氏は、今の日本の政治は、世界的に展開するポピュリズムと無関係ではない、とし、「欧州の先進的民主主義国では二大政党や二つのブロック間で政権交代を行ってきたが、そうした既存政党が全て凋落して、左右のポピュリスト政党が台頭し、統治の不全を起こしている。日本でも、無党派層が増えだしたのは政治改革以降であり、既成政党は国民が望む政策を提供できていない」と語ります。
中北氏も、市民の政治離れの現象こそ、今の日本政治の最も大きな課題とした上で、「政党が有権者と何らかの形で関係を持つ回路を増やすことが必要。また、大きな課題の解決では、超党派の合意の仕組みを作っていくことも今後の課題」とし、例えば、安倍政権が設置した「全世代型社会保障検討会議」に野党や労組の代表も入ることが望ましい、と述べました。
吉田氏も、選挙以外の時期に政策をきちんと国民間で議論することの重要性に言及し、先進国の民主主義に共通の問題を「政治なき政策」「政策なき政治」と表現。政党は選挙で勝つために甘い政策を掲げるが、グローバル化や少子高齢化により実際に取りうる政策の幅は狭まっているため、その乖離が生じている、とし、「こうした状況を改善し、『政策』と『政治』がセットで、課題解決に向けて機能することが、健全な代表制民主主義の姿だ」と語りました。
これに関連して、吉田氏は、政治と有権者の接点を増やすために、「相対的にコストが低く、かつ有効なのは、公職選挙法の改正だ」と主張。これにより、選挙活動をもっと自由にして、イノベーティブなものにしていくべきだ、と訴えました。
中北氏は、野党をどうやって立て直すのか、というのが大きな課題だが、このほかにも有権者と政党の接点を増やすためには、政党助成金や選挙運動規制を緩和も考えられるとし、政党助成金を議席数ではなく票数割にして有権者から政党への寄付のような形にするなどの工夫を提案しました。
内山氏は、主権者教育を改革する重要性を強調。政治が自分たちの問題だという感覚を持てるようになるには、教育現場でもっと党派的な議論ができる環境を作ることが必要だ、と語りました。
最後に工藤は、11月19日の創立18周年フォーラムで行う、日本の民主主義に対する問題提起に向けて、「今日の議論も踏まえ、論点を改めて整理したい」と述べ、議論を締めくくりました。