2017年10月2日(月)
出演者:
内山融(東京大学大学院総合文化研究科教授)
網谷龍介(津田塾大学学芸学部教授)
竹中治堅(政策研究大学院大学教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
その一方で、野党第一党の民進党保守派は、小池百合子都知事が代表に就任した「希望の党」に事実上、合流する方針を示しましたが、政策を軸にして政党を組織するのではなく、選挙のための新政党という色合いが濃いものです。他方、リベラル派は新政党を立ち上げ、野党第一党は分裂しました。果たして今、日本の政党政治は、日本が直面する課題を解決するために動いているのか、日本の民主主義は機能しているのか。
衆議院選挙を前に、東京大学大学院総合文化研究科教授の内山融氏、津田塾大学学芸学部教授の網谷龍介氏、そして政策研究大学院大学教授の竹中治堅氏の三人の政治学者をゲストにお迎えし、「日本の民主主義の現状と課題」について議論しました。
現状の政党政治の変化とは
まず、司会の言論NPO代表の工藤泰志が、「今の政党政治の変化を、どのように見ているか」3氏に尋ねました。
内山氏は「こうした状況は、日本だけではない。政党政治の閉塞感が、既成政党に疑問を持ってトランプ大統領を生み、イギリスではEU離脱というBREXITがあったように政党政治は流動化している」と返答。網谷氏は「欧州の政党政治は、社会的前提があって初めて成り立っていたのだということが、日本を見ているとよくわかる。こういうこともありなのか、と。政党政治は支えるのが難しい」、竹中氏は、「安倍さんは今、解散すれば有利だな、と思って解散したら、小池都知事が"希望の党"を立ち上げた。自民党に対抗する"希望"に、民進党は起死回生とばかり加わり、"希望の党"が勢いを持ったのは、安倍さんにとって意外だったのではないか」と、これまでの経過について、それぞれ感想を述べました。
「雰囲気」や「選挙に勝てるかどうか」で離合集散が繰り返される政党政治
解散を受けて新党が生まれ、そこへ最大野党の保守勢力が吸収され、旧党に残されたリベラル派が集まり新党結成。あまりに急激な変化を目にして、有権者の戸惑いは大きいのではないか、との指摘がなされる中、「国会を解散することで、首相が、有権者が選んだ国会議員の首を切る。この仕組みと、党の身売りで党そのものが分解してしまう。一般企業が集団でどこかに移り、そして無くなるようなもので、これはどこか、おかしいのではないか」、工藤が問いかけます。
「英国から持ってきた仕組みだが、今となっては珍しい解散の仕組みだ。しかし、それを認めている以上は、おかしくない。また、民進党は自民党、公明党、共産党と比べると、足腰が弱い政党。社会的組織として支部とか、党員とかがしっかりしていれば、党を身売りしたくても出来ないだろう」と語る網谷氏に対して内山氏は、「英国のように解散権に歯止めがあるべき。そうした点では"大義なき解散"として、解散権の自由な行使を問題提起した野党には意義があった。また、日本の政党は根無し草のようなもので、個人が組織した後援会が集まり、そこから生まれた政治家が集合して政党が出来ているようなものだ」との見解を示しました。竹中氏は、「1996年9月の解散で、自民党に対抗するために新進党ができ、98年にリベラル派が民主党を作った。今回は、そうした政界再編を一気に一週間でやり、"希望の党"はネオ新進党、枝野氏が立ち上げた"立憲民主党"はネオ民主党のようなものだ。強い自民党に対抗しようとすると二つの選択肢があり、第二保守党を作ると、そこから漏れた中道左派、リベラル派は対自民勢力として固まろうとする。そこで、二つに分かれてはということで、一緒になり、そしてまた分裂する。その繰り返しだった」と説明しました。
さらに工藤は「"希望の党"への入党条件は、民進党が唱えてきた政策とは全く違う。政党は、政策を支持する民意と連携する中で、一つの社会的基盤を作っているのに、それを捨てるようなことが、なぜ起こるのか」と尋ねます。内山氏は、「最初に言ったように、今の閉塞感を、"ゲームチェンジャー"と呼ばれている小池さんなら打破してくれるのではないか。どこに行くのかわからないが、今よりはいいのではないか、という新しいものへの期待感だ」と話すと、「政策とは違う、"雰囲気"」でいいのか、と工藤が疑問を呈しました。
竹中氏は、「政策よりも、目先の総選挙で生き残ること。有権者を甘く見ているのだろうが、政策そっちのけで、新しい看板の下で戦えば、自分は当選する。小選挙区では大政党が有利なので、まず、政治家のポジションを確保しなければ、政策は出来ない。当選するために、手っ取り早いのは、風が吹きそうな"希望の党"にジャンプしてしまう」と指摘しました。「それでは政治不信が生まれないか」と問う工藤に、「国民のための政治家、それとのバランスを今、失っていて、どうバランスを取るかということ」と冷静に答える内山氏でした。
現状の日本の政党政治に期待できるのか
続いて工藤は、言論NPOが9月4日に公表した民主主義に関する世論調査を基に、「日本は少子高齢化で、日本人の6割が将来に不安を持っており、国民の6割が政党政治に期待出来ない、と回答している。国会への信頼は落ち、自衛隊、警察といった実行力のある組織が信頼を得ている。政治学者の皆さんは、こうした世論調査結果をどう見るか」と問いかけました。
「日本人の選択は消極的選択なので、積極的信頼はない」と答えたのは網谷氏。竹中氏は、「政治への信頼が低下しているのは、この20年間、所得水準は低迷したままで、生活が良くならなければ、政治に期待もしないのは仕方ない。こうした経済低迷と1票の格差問題。都市住民の1票の価値は平均値の6~7掛けで、投票行動に十分なリターンがない。数が少なくなりつつある若者向けの政策がなければ、若い人たちは選挙に行かず、シルバー民主主義で高齢者対象の政策ばかりという悪循環になっている」と語りました。
その原因として竹中氏は、「日本は選挙が多すぎる。去年、参院選があって、今回、(衆院選という選挙を)またやる。英仏は5年、独は3、4年に一回。参院選は3年に一回だし、統一選もよくない」と竹中氏は問題点を並べた上で、政党は草の根の組織が大事であり、特に地方レベルの政党組織の足腰が弱いので、そこを安定化させ、衆院選、参院選、地方選といった選挙制度のあり方を統一させることの必要性を指摘しました。内山氏も竹中氏の意見に同意を示した上で、「国民は増税を嫌う、と言われるが、政治に信頼があれば負担増を受けいれる。しかし、政治に対する信頼が無いから、増税を受け付けない。そこで日本財政がおかしくなる。そして不信のスパイラルになっていく」と語りました。
課題解決に向けた政治を目指すために、有権者に何ができるのか
工藤は、「今度の選挙ではマニフェストを出さない政党もある。今までと違う政策を掲げる政党に移る候補者もいる。私たちは将来に不安を感じ、政治に期待したいと思っているのに、どうしたらいいのか。こうした状況下で有権者は何が出来るのか」と尋ねます。
「新しいことに引きずられるのではなく、政党、政治家が何を考え、何をやろうとしているのか見据え、また、マニフェストを出していない無責任さを見抜かなければいけない」(内山氏)、「メディアは小池さんに、もっと具体的な経済の問題を質問してもらいたい。『小池さん、あなたは日本の財政上、どれだけのことを理解しているのか。GDP比率で累積債務残高はどれだけあるのか、アベノミクスはダメだと言っているが、日銀の金融緩和の後、どうEXITするつもりなのか、加計学園問題で国家戦略特区の決め方が悪いというが、どうやって規制緩和を進めていくのか』とか聞いてもらいたい。そうすれば、小池さんも真摯に経済政策を考えるのではないか」(竹中氏)と言葉が続きます。
ドイツの政治が専門の網谷氏に工藤が、「ドイツでは、マニフェストを出さないということはあるのか」と尋ねます。網谷氏は、「ドイツにマニフェストという発想はない。イデオロギーをベースにした綱領というのがあり、長期目標があって、その上で短期的な選挙のためのプログラムがある。今、どこでも政党の維持低下が言われるのは、イデオロギーの意味が薄くなってしまうと、政党の形でまとまっている意味はないからだ。野党の間は、イデオロギー化できるので政党として固まれるが、政権に近くなって個別の政策を言いだすと、目先の課題ではまとまらない」と指摘し、政策ベースで言うと、マニフェストというのは難しい語りました。
これに対して工藤は、「マニフェスト至上主義ではダメで、それを修正したらしっかりと国民に説明すべき。三党合意の時には、債務残高など日本の将来を真剣に議論していたのに、今は議論もしていない。課題解決に向き合わなければいけない政治なのに、国民の不安だけに迎合する政治になりかねず、これはポピュリズム政治化になりかねない」と続けます。竹中氏は、「消費税に関しては、政府はもう少し待てば、賃金が上昇していくので、物価が上がり、税収も上がるというが、実際にはそうなっても、財政収支上は効果はしれていて、増税しないといけないが、そこに向き合っていない」と同意を示しました。内山氏は、「政治が希望を語るのは大事だが、悪い事態に備える覚悟を語るのも政治の役割だ」と話し、網谷氏は、「選挙公報やポスターをバカにしないで、字面から人となりがわかることもある。まさかウソは書けないから、情報がないわけではない。政策論争に関しては、国民にそこまで求めるのは酷で、新聞やメディアに頑張ってもらいたい」と述べました。
工藤から、「これまでの議論は、二大政党制がベースになっているようですが、二大政党制は日本に必要か」と問いかけると、意見が分かれました。
「利益、利害、価値観が多様化しているからこその多党制で、二つのブロックにまとめようとするから無理が生じる」というのは内山氏。一方の竹中氏は、「中途半端にやっているからいけない、もっと二大政党制に振り切るべきだ。選挙制度が小選挙区と比例区を並立させているが、票を奪い合う共産党がいるだけに、リベラルはしんどい。単純に小選挙区だけにすれば、共産党は音を上げてリベラルにつき、いい中道左派になるかもしれない。日本はその実験がしきれてない」と断言しました。「いいか悪いかは別にして、日本の選挙制度は中途半端になってしまっている」と竹中氏に同意を示す網谷氏でした。
有権者が今回の選挙でできることとは
最後に工藤が、「有権者は、今回の選挙でどうしたらいいのか」一言で答えてほしいと質問します。
三氏は、「(候補者が)一貫した言動をしているか、それを見ること」(内山氏)
「(選挙に)期待しすぎずに参加すること」(網谷氏)
「(投票に)行くこと」(竹中氏)
と回答し、議論を締めくくりました。
言論NPOは、今回の民主主義を含め、10月22日の選挙までに5回の議論を行います。同時に、安倍政権の実績評価、各党のマニフェスト評価など、投票の際の様々な判断材料を提供していきます。