民主主義の成熟度はドイツが優れていると回答した有識者がおよそ6割
工藤:続いて、デモクラシーの問題に移りたいと思います。かつてワイマール共和国の中で議会政治がナチスを作り出し凄惨な状況を生み出してしまった。その反省からドイツの民主主義は厳しく綿密に組み立てられている。日本もそれを見習い、民主主義を主体的に組み立てなければならない。日本も最初はそういった意識を持っている人はいたと思いますが、今はそれがなかなか見えてこない。日本のデモクラシーはそうした曖昧な上に作られている気がします。ドイツは、戦後どんな理念でデモクラシーを作り、何を達成しようとしたのか。そしてそれが日本の政治に示唆を与えているのかについて話していきたいと思います。
ここで有識者アンケートをご紹介します。まず、「あなたは民主主義の成熟度において、日本とドイツのどちらが優れているというイメージがありますか」と尋ねたところ、「ドイツの方が優れている」と回答した人が58.3%と6割近くに上りました。「同じくらい」は17.3%で、「日本」と回答したのは、3.9%でした。このアンケートをもとに、ドイツと日本の民主主義はどちらが成熟しているのか、またその理由についてお答えいただければと思います。
平島:ナチズム崩壊の後に一旦占領期が挟まりますが、第二次大戦後に連邦共和国の西ドイツの人々は自ら憲法を作りました。つまり戦前のワイマール期に、政党政治が非常にばらばらで機能せず、議会制民主主義がヒトラーを生みだしたことを反省して、基本法である西ドイツの憲法制定時に、議会制民主主義の安定的運営を制度的に保障するような仕組みを作りました。また連邦憲法裁判所の設置など、様々な制度的な仕組みを凝らしていきました。最初はアデナウアー首相という保守党の政治家が、安定的な宰相民主主義と呼ばれる超安定的な保守党政治を実現しました。そしてその後にようやく政権交代が起こって、真の意味での民主主義が徐々に定着していく道を辿りました。
工藤:どうでしょうか、近藤さんは日本とドイツのどちらの民主主義が優れていると思いますか。
ドイツ国内でも政治不信、政党不信、政治家不信が広がってきている
近藤:どちらともいえないですね。ドイツでも政党不信や政治不信が1990年代からかなり広がっていて、最近の様々な世論調査会社の調査では、政党を信頼すると回答する人は15~20%くらいで、政治不信、政党不信、政治家不信がドイツでもかなり広がってきています。したがって、どちらともいえません。私も最近ドイツで研究者やジャーナリスト、一般の人たちと話してきましたが、ドイツの政治家や政党が国民の声を聴いていないという不満が多く見られました。例えばドイツは国民投票をやりませんし、5%条項によって小政党が連邦議会から排除される仕組みがあります。しかし2000年以降、福祉国家に向けての様々な改革、移民政策の転換、脱原子力政策など政治が大きく流れていくにも関わらず、国民の意見が必ずしも反映されてないという不満が存在しています。
工藤:それは国民の声を反映させるための仕組みのことですか、それとも政治運営の問題をおっしゃっているのでしょうか。
近藤:5%条項や国民投票については制度の問題ですので、制度の問題が大きいと思います。そうした声が大きくなるにつれ、政党不信がドイツで広がっているのだと思います。
網谷:今、近藤さんが良い論点をくださいました。特に1990年代以降、20年間くらい政治不信という言葉が流行語大賞になるくらいドイツでも言われてきました。だからこそドイツの政治制度を手放しでほめる気にはなりません。先程、平島先生もおっしゃっていましたが、制度として作られたドイツの骨格と68年世代と呼ばれる人たちを中心とする70年代から80年代にかけての社会変容・文化変容がセットになって、私たちがしばしばお手本と思うようなドイツの姿があります。例えばドイツの制度だけを取り上げて日本に導入することについては否定的と言わざるを得ません。
改革が進まないドイツは「ヨーロッパの病人」と評された過去
工藤:60年代から70年代の社会変容とは具体的にどういうことでしょうか。
網谷:日本を見ていて不思議なのは、学生運動の活動家が猛烈サラリーマンになりました。ドイツでは必ずしもそうではなく、公務員になったケースやNPO活動に携わるなど、別の形の社会の在り方や生き方を広げる役割を果たすことで、社会の中で男女関係に関する考え方などがずいぶん変わってきました。ドイツの制度自体は、実は権力を集中させることなく分散させることでチェックアンドバランスをかけることで、権力を持っている人間が無茶なことができないことに重点が置かれています。それは逆に言えば、世論に敏感に反応するという政治システムではないのです。例えば脱原発の話に関してもメルケル首相は自分の政策のような顔をしていますが、あれはもともと赤緑連合政権のシュレーダーのときにやったことを、メルケル政権が誕生したときに一度は止めた政策を元に戻しただけなのです。だからいったん決まった政策に関して、継続性は持ちつつ積み上げていくという特徴があります。
しかし、ドイツはほんの10年前まで国内でも国外でも「ドイツはどうして改革できないのだ」と言われてきました。だから確かに私たちが教科書的に教わるデモクラシーのイメージにはドイツは近いかもしれませんが、それで市民が満足しているかと言えば必ずしもそうではありません。
平島:私が最初に述べたのは「戦後」のことです。その間にドイツ統一という大きな歴史的事件もありましたし、その後1990年代には政治的な不信が高まり、90年代末には全く改革ができない「ヨーロッパの病人」と言われていました。ただその間、シュレーダー政権が成立して政権交代を経験したり、その時々で市民の政治に対する評価は上がったり下がったりしてきたのだと思います。ただ長期的な視点で歴史を見た時には、国家統一後の連邦共和国という基本法を定めた政治の枠組みは維持しています。だから基本は守りつつ上手くいかない場合は、時間をかけながら政治的に改革していこうとしてきたのだと思います。とりわけ連邦制に関わる部分や財政に関わる部分など、基本法の改正も非常に頻繁にかつ大胆に行われてきました。ドイツの政治を日本の政治の参考にしたければ、そういったダイナミズムも含めて勉強しなければならないと思います。
厳密にはポピュリズムと積極的市民参加を判別する手段はない
工藤:今、示唆的な話がたくさんありました。まず戦後の問題では、長期的な基本的な骨格を見ると、ワイマール共和国において議会制政治が崩れていった過去を繰り返さないために、何としてでも阻止する、絶対にそれをやらないということで、立てつけをかなり作っています。だから先程の5%条項などによって新しい動きを止めたり、議会の中で裁量的な不信任という形で議会を奪取することをやめさせたり、あるいは大統領の権限を強いものにしなかったりしています。日本は司法が違憲問題について機能しているか疑問はありますが、ドイツには憲法裁判所があるなど、過去のナチスのような政党が出ないようにするための基本的な設計思想があることについては凄いと思いました。そうしたことは、過去を総括した中で仕組みを作り上げている。
一方で、直接民主制という問題が、まさにポピュリスティックな展開で民意を集めて政治を変えてしまう。これは昔のアリストテレスから始まった衆愚政治、危険なデモクラシーの展開を恐れたために、国民投票や直接民主制は全部やめて、代議制民主主義を重要視してその枠組みの中でやろうという話になった。少なくともこれは議会をベースにした展開になっていると思います。そこに一般の国民の民意を反映する仕組みが上手くいっていない、との問題が指摘されるようになってきた。こうした問題は政党政治や議会制民主主義における立てつけ上の欠点なのか、それとも運用の問題なのかが気になります。
網谷:よくポピュリズムという言葉が使われますが、ポピュリズムと市民参加が活発なデモクラシーとを判別する手段はありません。それ自体を、何か特定のものだけをポピュリズムということはできない気がします。だから戦後、ドイツの制度を作るときに、国民投票の排除などの形でその回路を一旦全部遮断するしか方法がありませんでした。それで安定はしましたが、それだけでは足りないということになって、昔はなかった市長の直接選挙などは非常に広がってきています。あるいはとりあえず国民投票を導入した方がいいという声も上がってきています。ただやはり反イスラムデモなどがある限り、本当に導入するという形にはならないと思います。もう1つインフラという話で大事なことは、政策を作るインフラです。日本の場合、市民社会が政策を考えるとなると手弁当でやるしかない状況です。そこが役所に独占されている状態では難しいと思います。
政策を作るインフラが整っているドイツは、デモなどの市民運動が盛ん
工藤:ドイツではどういった政策を作るインフラがあるのでしょうか。
網谷:ドイツで代表的なのは、政党の財団という仕組みがあります。それともう1つ、高級官僚の休職制度があります。政治的に合わない政党が政権を取った場合に、官僚が一旦、休職するという制度です。こうした制度は、高級官僚を1.5倍くらい雇うことになりますが、その休んでいる官僚が、連邦の野党が第一党になっている州の政府で働いているとか、どこかの会社に一時的に天下りしている場合もありますが、とにかく野党側の政策を作るリソースになるなど、政策を作る人間が官僚制度の中だけではなくもう少し広く広がっています。NPOなどもその卵を養成している側面もあります。そこはあまり報道されることはなく、目につかないところですが、実は非常に重要だと思います。
工藤:先程、脱原発の問題はメルケル首相の専売特許ではなくてという話ですが、もともと緑の党などがありました。つまり原発政策を変えるなどの大きな議論が市民から出た場合に、それを吸収する仕組みは新しい政党を作るしかないということになるのでしょうか。
近藤:そうはならないと思います。先程工藤さんがおっしゃったように、ドイツは代議制民主主義が非常に強固です。だからといって市民が政治に声を届ける回路が全くないわけではなく、デモなどの市民運動として表れています。ドイツはデモが非常に盛んで、湾岸戦争、イラク戦争、国籍法改正、ハルツ改革、そして今は反イスラムデモなどにみられるように、市民が集まって声を上げる動きが非常に盛んです。そうした動きが、市民が自分たちの意見を表明する場になっています。こうした動きに、政治が反応する場合があります。したがってそうした市民運動もあるので、完全に遮断された代議制民主主義とも言い難いと思います。
平島:今の関連で言うと、市民運動という言葉が出ましたが、安定的な議会制民主主義の枠組みがあると同時に連邦制国家でもあるので、連邦レベルでいきなり登場するのは難しくても州レベルや自治体レベルで様々な運動を通じて影響力を持たせることは十分に可能です。政策的な知が社会の中に分散しているということと、政治的に表現する場であるアクセスポイントがたくさんあって、市民社会が非常に活発だということだと思います。