日本の民主主義制度のどこに問題があるのか ~ドイツと比較しながら検証する~

2015年3月13日

2015年3月13日(金)
出演者:
網谷龍介(津田塾大学学芸学部国際関係学科教授)
近藤正基(神戸大学大学院国際文化学研究科准教授)
平島健司(東京大学社会科学研究所教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 3月13日放送の言論スタジオでは、「日本の民主主義制度のどこに問題があるのか~ドイツと比較しながら検証する~」と題して、網谷龍介氏(津田塾大学学芸学部国際関係学科教授)、近藤正基氏(神戸大学大学院国際文化学研究科准教授)、平島健司氏(東京大学社会科学研究所教授)をゲストにお迎えして議論を行いました。


ドイツの過去との向き合い方から得る示唆とは

工藤泰志 第1セッションの冒頭で、司会の工藤が、「日本と近隣国が対立する中、『歴史認識と和解』が大きなテーマになっている」と述べるとともに、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートでも、ドイツのメルケル首相の「過去を総括することが和解の前提になる」との発言に対して、8割近い有識者が賛同している結果を紹介しました。

 これに対して平島氏は、自身もこの発言に賛同するとともに、「ドイツの雑誌『シュピーゲル』では首相の発言を『礼節をわきまえた警告』と報じていたが、こういうことを直言してくれる国があることは日本にとって幸運なことだ」と評価しました。
一方、網谷氏は「首相発言の全体的なコンテクストを読むと、ドイツの基本的な外交方針のあり方を述べたものであり、歴史の克服だけに重点が置かれているわけではない」と解説しました。

 近藤氏も1980年代頃まではドイツも過去の克服に積極的に取り組んでこなかったが、ヨーロッパの地政学的な観点から取り組まざるを得なくなったことを指摘しつつ、「日本のメディアはドイツの過去の克服をやや美化しすぎているのではないか」と述べ、単純に日本と比較することは妥当ではないと語りました。
これを受けて平島氏も日本との前提条件の違いは認めつつ、「シュレーダー政権以降、継続して取り組んできたことは重要である」と述べました。


 次に、歴史認識問題における日本の政治家の発言がしばしば物議を醸していることを念頭に、工藤から「ドイツの政治家は歴史認識問題についてどう語っているのか」と問いかけがなされました。

 これに対し、網谷氏は「ドイツの場合、『政治家はこう話すべき、これは話してはいけない』という暗黙のスピーチコードがある印象を受ける。これはすぐにできたものではなく、戦後長い時間をかけて徐々に浸透してきたものだ」と述べた上で、「日本の場合は問題発言が問題視されていないのではないか」と日独の違いを浮き彫りにしました。


 続いて、工藤がドイツの周辺国との和解プロセスについて尋ねると、近藤氏は「透明性を持って謝罪をしてきたことが大きい」とした上で、「ドイツでは戦争に関する文化的な施設が至るところにあり、戦争の記憶が薄れないようにしている」と日本との大きな違いを指摘しました。

 ただ、網谷氏は「あくまでも『ドイツ』ではなく『ナチス』に対する反省であるし、チェコやポーランドなどまだ問題が残っているところはある」と注意を促しました。


ドイツでは、市民社会からの新たな動きが始まっている

 その後、議論は日本とドイツの民主主義についての議論に移りました。工藤が有識者アンケートで「ドイツの方が日本よりも民主主義が成熟している」との見方が6割近くに上ったことを紹介しつつ、「戦後のドイツは民主主義を機能させるためにどのような取り組みをしてきたのか」と問いかけました。

 これに対しまず、平島氏は「戦後のドイツはワイマール憲法時代の反省から、議会制民主主義をいかにして安定的に運営するか、という点を最も重視してきた。憲法裁判所もその一環である」と解説しました。

 一方、近藤氏は成熟度に関しては日本もドイツも変わらないとの見方を示し、「1990年代以降、ドイツでも政治、政党不信が広がってきている」と指摘しました。その背景として、「国民投票を否定したり、『5%条項』により小政党を排除した結果、国民は『自分たちの声が政治に反映されにくい』と感じている」と述べました。

 網谷氏もその見方に賛同し、「ドイツは世論に敏感に反応するような政治構造にはなっていない」と述べました。その上で、「いわゆる『68年運動』の世代が、NPOなど社会活動に参画することによって、市民社会から新たな動きを始めている」と述べ、民主主義の枠外で、社会の変容が起こっていることを紹介しました。

 工藤は「そのような新しい市民の声を政治に届けるためには、5%以上の得票が可能な政党を作るしかないのか」と尋ねると、近藤氏は「ドイツではデモが非常に盛んで、政治もそれに反応するため、市民と代議制民主主義の間は完全に遮断されているわけではない」と述べました。平島氏は「小政党は連邦レベルではいきなり得票することは難しくても、州レベルであれば十分に可能だ」と指摘しました。


政党が社会の中に根を張り、市民が政治を理解するためのインフラが整っているドイツ

 第3セッションでは、まず工藤がドイツの政治や制度の中で、日本への示唆になるものは何か、という有識者アンケート結果を紹介しながら、「ドイツの制度をそのまま日本に導入することは妥当ではないが、日本の民主主義を機能させるための何らかの視点は得られるのではないか」と問題提起しました。

 これに対し、平島氏も、「個別の制度だけを見ることは妥当ではない」と前置きしつつ、有識者アンケートでも最も回答が多かった「民主主義の能力育成のため、連邦・州政府が政党や労働組合、教会などと連携しつつ、幅広い政治教育を展開していること」を挙げました。その上で平島氏は、各州に設置されている「政治教育センター」の活動を紹介しながら、「市民に対して、現実の政治の仕組みを理解するためのインフラが上手く提供されている点は参考になる」と指摘しました。

 網谷氏は憲法裁判所を選んだ有識者が5割を超えたことに言及しつつ、「憲法裁判所は議会の発言を弱くすることにつながるので、デモクラシーの間に緊張感が生まれる。これを選んだ有識者が多いのは、議会に対する日本人の不信感を反映しているのではないか」と分析しました。


 続いて、日本とは異なり、得票率に応じて配分されるため、落選した場合でも支給されるドイツの政党助成金制度に議論が及ぶと、網谷氏は「ドイツ連邦共和国基本法(ボン基本法)上も、『国民の政治的意思形成に関与することが政党の役割である』と明記されており、政党が社会や国民の中に根を張っている必要がある。だから議員を送り込んでいない政党にも補助金が下りなければならないという発想で、そもそも日本とドイツでは政党や政党へのお金に関する考え方が異なる」と解説しました。


 最後に、市民の政治への関心に議論が移ると、平島氏は「国家統一後、最近では市民の政治不信が高まるなど問題も生じていますが、議会制民主主義に飽き足らない市民の動きは、議会外で様々な市民運動を組織したり声を上げるというダイナミズムの振幅が大きくなってきている」と述べ、市民社会の健全性を指摘しました。

 これらの発言を受けて工藤は、「日本の民主主義を考える上で大きな示唆を得た。これからもこのような議論を続けていきたい」と今回の議論を締めくくりました。

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