世界で起こる市民社会の潮流と日本とのギャップ

2013年10月08日

2013年10月8日(火)
出演者:
市川裕康(ソーシャルカンパニー代表)
ハリス鈴木絵美(Change.org日本代表)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 東日本大震災以降、日本の市民社会の中にも当事者として課題解決に対して動き出そうとする人々が増えてきている。この流れを一過性のものではなく定着させていくために、アメリカの非営利セクターに関わってきた二人が、アメリカ、そして世界の市民社会の新しい潮流を踏まえながら、日本の非営利セクターにどのような転換が求められるのか議論した。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。先日から「日本の市民社会を強くする」、ということをテーマとして議論を始めています。今回は、海外の市民社会と比較をしていく中で日本の市民社会のあり方を考えてみたいと思います。それではゲストの紹介です。まず、ソーシャルカンパニー代表の市川裕康さん、Change.org日本代表のハリス鈴木絵美さんです。お二人とも今日はよろしくお願いします。

 さて、今、アメリカの中で起こっている市民社会の変化に私は非常に関心があります。今回の議論では、その変化と日本の市民社会の現状を比較しながら、日本の中に何か変化を起こすための課題を探すことができないだろうか、と考えています。

 まず、お二人はアメリカで様々な活躍をされて、その後日本に帰ってきました。日本の社会の中で非営利組織を見て、どのような感想を持たれているのか、率直にお聞かせいただけますか。


アメリカに根付く「格好良い」という価値観

市川裕康氏市川:私自身はNPOの運営の経験はないのですが、大学卒業後の1996年にNGO団体で災害援助や在日外国人向けの24時間いのちの電話の運営に携わったことが非営利の世界におけるキャリアのスタートでした。それ以来、緩やかな形でNPOセクターの方々と関わりながら現在に至っています。その間、留学とニューヨークでの仕事などによって、約6年間、アメリカの東海岸で生活しました。そこで、色々なNPO団体の活動を見たり、参加したりしながら日米の違いを感じてきました。まず、2003年に帰国した時に特に強く感じたことは、お金の扱い方に関する日米の違いでした。その背景には、アメリカと日本のNPOで動かすお金の規模が全然違うということがあると思います。

 また、ITテクノロジーの活用という点でも際立った違いがあります。特にここ4,5年、ツイッター、フェイスブックなどが世の中で話題になるにつれて、アメリカの非営利セクターは新しいテクノロジーを、多くの人に自分たちの組織のアイデア、活動、キャンペーンを知ってもらうというアドボカシーとしての使い方だけでなく、会員獲得、寄付集めでもうまく活用していました。もちろん、全ての団体がそうだったわけではありませんが、ツイッター、フェイスブックをうまく使いこなして、何百万人という支援者を集めるなど活動を成功させている例がたくさん見られました。

 一方、日本のNPOの場合、このITテクノロジーの活用はまだ十分に進んでいないというのが現状です。東日本大震災以降、私は有志とともにネットスクエアード東京という団体を立ち上げました。そこで、ソーシャルメディアの活用を、セミナーやワークショップを通じて、草の根レベルで多くの人たちと共有しながら学んでいこうというイベントを過去3年間で20回以上開いてきました。その活動を通じて、日本の非営利セクターではITテクノロジーを当然のように使いこなすという段階にはまだ至っていない、ということを実感しているところです。次第に広がってはいますが、やはりアメリカと比較したところ、まだまだ差は大きいというのが本音です。

ハリス鈴木氏ハリス鈴木:私が政治や社会に関心を持ち始めたきっかけは、2008年の最初のオバマの大統領選挙でした。その選挙運動に携わることで、色々なNPOの仕事を垣間見ました。これが私が非営利セクターと関わるようになったきっかけでした。当時はニューヨークに住んでいましたが、そこで感じた印象をまとめると3つあります。まず、アメリカ、特に私が住んでいたニューヨークではソーシャル、つまり、大学生も含めた20代、30代の若者の間に、社会のことを考えるということがとても格好良いことである、という風潮がありました。大勢の優秀な学生がNPOを金融やコンサルと並ぶ大学卒業後の就職先の候補として検討している状況になっている、ということが、日本に比べると大きな違いだという印象を受けました。

 また、アメリカでは組織との関わり方にも日本との違いが見られます。日本の非営利セクターでは組織に所属した上で、社会に参加する、ボランティアする、署名活動を展開するなど、色々な活動に従事することになると思いますが、アメリカでは組織に所属することにはこだわらず、自分が関心を持ったソーシャルイシュー、すなわち環境問題、女性の人権問題、動物愛護問題など、社会的に何らかの話題性がある時に参加する人が多いです。今、社会で何かが起きていて、その課題解決に向けた大きな流れが生まれてきた。だから、自分もその運動に参加しよう、という感覚の人が多いと思います。もちろん組織も大事ですが、どちらかというと、よりソーシャルイシューが大事であるという感覚がすごく強いと思いました。

 さらに、個人の影響力が非常に強くなってきていると思います。ひとつ例をあげると、私の友達で、環境問題にすごく関心があり、地球温暖化問題の解決に対して何か取組みを始めたいという人がいました。ある日、彼はある著名な科学者が「家の屋根を白くペイントすると、それだけでかなり温暖化対策に効果がある」と話をしているのをニュースで見たのですね。彼はそれが「すごく素敵だ」と感じて、とにかくニューヨークのなるべく多くの屋根を白くペイントすることを目的とする団体を立ち上げました。現在はNPO団体になって、IRSにも登録していますが、当初の彼はソーシャルメディアを活用して、たった一人で他の州にも真似されるような「屋根を白くしよう」というムーブメントを立ち上げてしまったのです。このように、現在のアメリカでは、組織だけではなく、一個人の影響力も、非常に強くなっているという印象を受けます。個人が自分の信念に基づいて行動しやすい状況になっていると思います。

 一方、日本に来て感じた第一印象は、やはりソーシャルセクターの規模がすごく小さいということです。アメリカではGDP比でいうと、7%~10%がNPOなどソーシャルセクターの領域だと言われていますが、日本ではそこまで至っていません。社会のことを積極的に考えるということについて、抵抗を感じる人は日本でも少なくなってきたとは思いますが、それでも「社会問題の話をすることが格好良い」という価値観になるところまではまだまだ行っていない、ということです。


競争を拒絶する日本の非営利セクター

工藤:日本の市民社会も方向性は変わってきていると思います。ただ、目に見えるところに関してはかなりアメリカと違う気がしています。日本では、確かにソーシャルセクターが格好良い、という社会の風潮までにはなっていません。非営利セクターそのものの構造がアメリカと異なります。日本には6万くらいの団体がありますが、半数以上の団体が寄付を集めていないし、ボランティアも集めていない団体も結構あります。課題解決のために自発的に動いていく、という団体は少ないし、NPO法人の設立要件が緩いため、悪用して設立された団体もあります。

 その結果、経営は厳しいが、寄付も人も集めないし、効率的な経営のモデルを勉強するという動きもないので、活動資金を得るためには結果として行政の下請けになってしまう。下請けになるといっても、行政が課題解決のために動き出したけれど、マンパワーが不足しているからNPOに「一緒にやろう」、ということになったのであればまだ分かります。しかし、そうではなくて行政も別に課題解決の力があるわけではなく、行政も効率化を問われた結果、NPOに下請けに出している、というのが現状です。そういう状況がおかしいのではないか、とようやく思われ始めたのがこの4,5年です。

 その流れの中で、「エクセレントNPO」という存在が必要になるのではないか、と私たちは問題提起しました。まさに非営利の領域でも課題解決に向けた競争をしようということですが、私が「非営利の世界でも競争をしよう」と呼びかけた時に、この「エクセレント」という名所だけではなく、「非営利の世界で競争なんてありえない」と多くの人から、かなり批判されました。

 ただ、日本でも、市民が当事者性を持って、課題解決にチャレンジするという動きは確実に始まっています。その中で、市川さんみたいに海外から来られた方がソーシャルメディアの新しい技術の活用を試みているように、ある種の実験が始まっているという状況です。だから、日本の市民社会もアメリカと全く方向性が違うとは思いません。

ハリス鈴木:「非営利の領域でも課題解決に向けて競争するべきだ」、ということに対して反発する人というのは、非営利の団体が一体何のために存在していると思っているのか、ということを大きな疑問として感じます。非営利セクターにとっては、まさに一人一人の生活を良くするということが社会のアウトカム、結果だと思います。ですから、結果を見る、ということを怖がらないことは絶対に重要です。ふんわりと「何か良いことをしている」という気持ちだけに引っ張られるのではなく、実際にその活動が何を変えたのかという実績を見ることはすごく大事です。経済全体でお金も人材も限られている中で、どうやってそれを一番効率よく、一番多くの人を助けられるかということは、ビジネスでも非営利団体でも同じように大事です。ですから、ちょっと一歩下がった、感情論ではない冷静かつ客観的な見方が本当に大事だと思います。

市川:非営利セクターに限らずとも、例えば、新しいテクノロジーの活用を日々の業務の中でどう活かすのか、という課題に直面して、既存の価値観とのギャップが生まれている、という問題は公共団体も含めた大きな組織でもあるのではないでしょうか。そこではマインドセットのように、どうしても目の前の仕事に取り組んだところ、それに追われてしまう場合、新しいコンセプトや、潮流がどうしても肌感覚としてなじみにくい部分があるのかな、ということは感じます。


重要なのは、誰がオーディエンスなのかを常に意識すること

工藤:東日本大震災の直後には、とにかく人の命を救う、ということが最優先課題だったので、ジャーナリストや医師などがまさに個人レベルで連携を取った結果、色々な新しいドラマが起こったし、多くの人々がボランティアとして被災地に入っていきました。ただ、課題が復旧から復興へと変化した時に、それを担える人が非営利のセクターにもあまりいないことが分かりました。それは、世界で活躍しているようなNGO団体でも同じです。岩手県のある自治体で、他に雇用を生み出してくれるような事業をやってくれる団体がなかったために、あるNPOにお金を流し込んだけれど、そのお金が不適切に使われてしまい、結果として雇用もすべて壊れてしまうなどの例が、いろいろな形で起こっているわけです。これはどういうところに問題があると思いますか。

市川:単純に日本とアメリカを比較することはできませんが、雇用の流動性も一つの原因としてあると思います。アメリカでは、そもそも非営利セクターにいる人が多いし、一度そちらに入った後にビジネススクールや、公共政策大学院に入り、そこからまた行政に戻ったり、金融の世界に行ったりするなど、人の流れがあります。

 また、災害などが起きた場合、その場しのぎの対応ではなく、現地に入って、資金を集めながら、しっかりと腰を据えて、課題の変化に対応できる団体を育成していくという流れもすごく多いと思います。

 寄付についても、社会の中で課題を解決していく上で、資金が必要と思った時に、ポンと大金を出せる人々が多くいます。特に、ここ20年くらいの間、成功を収めたITの企業家にはそういう意識が高い人が比較的多いです。その筆頭がビル・ゲイツ財団やスコール財団です。そのように新しく生まれてきた課題の解決のために、人材や資金を供給する強固な層がアメリカ社会にはあります。

ハリス鈴木:ビジネスでも非営利団体でも同じだと思いますが、どこがオーディエンスなのか、常に気にしていくという姿勢がすごく大事です。先程、NPOが行政の下請け化しているという話がありましたが、必要なだけ行政からお金が下りてくるのであれば、組織として自助努力をする意欲がなくなります。また、寄付を集めない、ということはある意味、周りのコミュニティからの信任を得なくてもいいという発想にもなります。その姿勢を転換して、周りのコミュニティに根ざし、地に足の着いたしっかりとしたものにしていくか、そして、活動の持続性を生み出していくのか、ということがすごく大事な課題なのではないかと思います。行政がお金を出したからといって、すぐに課題解決に適した団体を生み出すことは無理でしょう。そこには市民のニーズもあるので、実際に市民が何を必要としているのか、というヒアリングも必要です。ですから、資金さえあれば非営利の領域における課題をすべて解決できるということもないのではないかと思います。


アメリカで起こった市民社会の変化

工藤:アメリカの非営利セクターや市民社会の中で現在、あるいはこの10年間においてどのような変化が起こっているのでしょうか。

ハリス鈴木:まず、インターネットの影響力の増大に伴い、寄付の集め方が変わってきたと思います。企業からの寄付や財団からのお金も依然として重要だと思いますが、インターネットの発達によって、寄付を一個人からでも集められる状況になりました。それを上手く活用している団体は、大手の企業や財団からお金を貰うのではなくて、本当に自分たちが育てたコミュニティからマイクロファンド的に30ドルとか50ドルなど少しずつ寄付を集めたり、あるいは大々的にキャンペーンを展開して、何千ドルあるいは何万ドルという寄付を集める方針にシフトしてきています。しかも、そのためのコストもすごく低くなっています。クレジットカード決済によってインターネットで集められるし、しかもアフリカやアジアなどはるか遠くの国からも寄付が集まるという状況になってきています。さらに、それによってNPOも一消費者・一支援者と真摯に向き合うという姿勢をとても重要視するようになってきたということが一つの大きなポイントだと思います。

 また、ソーシャルセクターが注目される中で、各団体は自らのミッションを果たすだけではなく、その成果をしっかりとアピールしていくことも重要になってきています。特にリーマンショック以降は寄付を集めることはが大変になってきており、企業のCSR担当者や財団からもすごく厳しい目でNPOは見られています。そのような状況において、しっかりと活動の成果を見せていく、というある種の自己ブランディング、マーケティングの力が問われてきています。自分の活動による成果をわかりやすく説明できる団体には、やはり支援者も集まります。非営利セクターに関する情報があふれている社会の中で、自分たちの活動に対して上手く注目を引き付けられる団体がこれからは生き残るのではないか、と思います。

市川:現在、アメリカで市民が社会参加するためのルートは豊富にあります。非営利団体に限らず、例えば、選挙活動やアクティビティ、署名運動、デモなど世の中で「何かおかしい」と感じたことを正そうとする場合、表現方法や手段が異なるだけで参加方法は多彩です。そして、新しいテクノロジーを活用することでその効果を増幅させることができます。その背景にあるのが、この10年から20年の間に起こったNPOセクターにビジネスの手法を取り入れるという社会起業家的なやり方のブームです。ビル・ゲイツがゲイツ財団を創立し、その運営に経営の手法を取り入れ、データを重視した成果主義により、課題解決までの過程を最適化していったことはその代表的な例です。また、リーン・スタートアップなどITベンチャーの中ではよく使われる、コストをあまりかけずに最低限の製品やサービス、試作品を作って顧客からのフィードバックを得ていくサイクルを繰り返すことで効率化を高める、という手法を用いる団体も見られます。

 NPOセクターにビジネスの手法を取り入れるという社会起業家的なやり方のブームは日本でも2006~2008年あたりにあったと思います。そして現在は、ソーシャルメディア・テクノロジーを活用した手法がここ2,3年くらいで新しい大きな潮流になってきているのではないか、思います。


アメリカで出てきた新しいソーシャルミッションの追求方法

工藤:調べたところ、今年のアメリカの非営利セクターの収入は、全部で150兆円くらいあるのですが、その内訳は寄付金が13.3%で、民間からのサービス収入が46.3%、政府からの収入が23.6%となっています。ということは寄付金もかなり集めてはいますが、民間からのサービス収入、つまりモノを売ったり何かサービス給付をしたり、という形の収入の比率が増えているということも新しい潮流なのでしょうか。つまり、課題解決のプロセスの中で、単なる寄付だけでなく、自分たちも努力してお金を稼ぐ。今後の非営利組織はそういうビジネスの領域に入り込んでいく、という展開なのでしょうか。

ハリス鈴木:寄付以外のアクションを提供していく必要が出てきたわけですから、ビジネスの領域に入り込んでいくことになると思います。しかし、一番重要なのは、ビジネスか非営利か、という区分にこだわらないことです。何でもいいから自分たちのメッセージを色々な手法で広めていく、というあまり形にこだわらない動きが、特にアメリカの市民社会では流行っています。また、こちらが見ていてびっくりするようなコラボレーションでメディア展開につなげていくなど、意外性も求められていると思います。

工藤:「NPOにこだわらない」というのはどういうことなのでしょうか。非営利セクターの要素というのはまず、「利益を分配しない」という点と、「政府ではない」という点がありますよね。これのどこが崩れて、どこが融和し始めているのでしょうか。

ハリス鈴木:実際にアメリカでは、企業と非営利団体の間に新しい形が打ち出されていて、実はchange.orgもこの形を取っています。Plan BのBから B corporationという名前にしています。これは企業と非営利団体双方の一番良い部分を取って新しい組織形態を作った上で、ソーシャルミッションを追求していくものです。こういった新しい形のソーシャル企業が法律上も成り立っており、アメリカ国内のいくつかの州でもこの新しい形態が打ち出されています。つまり、利益が色々な人たちに分配されるわけではなくて、ミッションのために再投資されるというモデルなのです。

 このモデルに対しては、日本の消費者の方は違和感を覚えるかもしれませんが、アメリカの市民社会には「大企業は悪である」という風潮があります。それはアメリカの大企業がグローバリゼーションの名の下で、諸外国にある意味で経済的な侵略をする。さらに、環境問題や各種の人権問題を引き起こしている。そもそも根本的な問題として、アメリカの企業というのは、法律上コーポレーションという形の上で、利益しか追求できない。だから社会貢献など良いことをしたくても、それをシェアホルダーに還元してはならない、ということが憲法に書かれています。そのような根本的な事情があるためにアメリカでは社会のことを考えていない企業がすごく多いのです。そのような批判もある中で、新しい形態のソーシャル企業のような存在が必要だ、と言われ始めたのだと思います。

 一方、日本の企業は、もちろんすべてがそうではありませんが、根本的に自社だけでなく、社会の利益も考慮した経営をしてきた。だからこそ、日本には長く続いている企業が多いのだと思いますが、近年はアメリカ的な色が出てきているのではないかと思います。

NPOが進化していくために必要なことは何か

工藤:NPOという組織の形態では、ミッションを達成したら本来はそこで終わって解散してもいいわけですよね。しかし、非営利セクターもミッション終了後に継続的に存続し、新しい課題解決のために進化していくというパターンも当然あると思います。例えば、初めは「子供達を助けたい」と考えていた人たちが、その子供に関する問題の背後にある制度・システムを変えたい、ということになると、社会システムのデザインや変更をできる、力も持たないとならない。それは最初の動機から質的に変わっていることになります。だから、NPOもそういう形で進化をするべきであると私は思っています。

ハリス鈴木:この20年くらいの間、途上国への支援のあり方が色々と形態を変えてきたと思います。それは、一旦活動をして、そこで得たデータを見てうまくいっていない点に対しては改善をし、新しい手法を開発する。例えば、途上国の人に対して単に資金援助をするのではなく、投資をするなど、そういう新しいやり方を編み出していこう、という感覚は非営利セクターの人間にもあると思います。

 ただ非営利団体は、どうしても自分たちの団体を存続させるための活動になりがちです。これは、非営利だけではなく企業でもそうだと思いますが、自分たちがこれまでやってきたことを根本的に否定して組織内で新しいアイデアを生み出せる団体というのはそう多くありません。

 そこで、他の団体の活動から刺激を受けること、すなわち、「競争」がとても重要になると思います。ただ、「あの団体は新しい事をやっている。僕たちの団体も進化しないとまずいよね」という刺激も、非営利セクター内にある程度実力を持った団体がいないと比較する機会がないために生まれてきません。途上国支援の分野ではそういった刺激の連鎖が生まれているという点では進化もしていますし、実際、今の支援の仕方は2、30年前と比較したら良くなっているというデータも出ているので、非営利セクター全体としては希望を持てると思います。


様々なセクターで、課題解決に向けた動きが始まった

工藤:サービスに対して対価をとるという形での活動を選ぶ場合、どうしてもその対価を支払えず、取り残されてしまう人たちが出てしまいます。その人たちを対象とした活動を行うとなった場合に、ある程度、非営利で取り組む設計が必要になります。やはり、民間が担えるところと、その他のセクターが担うべきところがあると思います。対価サービスを取る仕事だけを社会的な企業と勘違いする、動きがあるのはその整理ができていないからです。そのことを踏まえると、社会のどのゾーンを非営利団体、もしくは非営利団体のように社会課題の解決を意識している人たちが担うのか、ということについて明確なイメージが必要な気がします。そこでお聞きしますが、非営利団体が取り組むべき課題解決のゾーンの性質とはどのようなものだとお考えですか。そして、非営利が挑もうとしている課題はどのようなものに変わってきているのでしょうか。

ハリス鈴木:専門家に投げかけても答えることが難しいような質問ですね。私は、非営利団体は、マーケットの届かない場所で活躍するべきだと思います。ビジネスが成り立たない、あるいはサービスに対して支払うお金がない、そういう人たちに、物理的な面でも精神的な面でも支援をするのが第一なのではないかと感じていて、根本的な支援から始めるべきなのではないかと考えています。その他の問題に関しては、非営利団体にこだわらなくてもいいのではないか、という感覚はあります。

市川:今、個人的に注目しているNPOがあります。まさに行政サービスを効率化するための団体で、日本でも最近少し話題になっているかもしれませんが、Code for Americaというアメリカの非営利団体です。

 ちょうど4年前に発足した団体なのですが、どのような団体かというと、エンジニアだとかデザイナーを全米から集めて、優秀な人材を各自治体・市役所に派遣する、というプログラムを実施しています。エンジニアやデザイナーたちは、最初の一か月は3名程度で市役所に行き、実際に電話応対などの業務を体験したり、市役所の抱える課題をヒアリングしたりします。その後、サンフランシスコのオフィスに戻って、8か月間程かけて、アプリやウェブサービスを作ります。そうやって、市役所のホームページの改善をしたり、交通量データなど、さまざまなデータを分析して、市民のサービスを改善する、といった主旨の活動です。

 昔は、NPOが「行政の下請け」と呼ばれていたようなこともありましたが、現在は「行政そのものをイノベートする」、「業務を効率的にすることで、行政がより大きいインパクトを残せるようにする」という取り組みをしている団体ができ始めたということです。

 現在、この団体の評価が非常に高くなってきていて、ホワイトハウスの連邦政府でもその取り組みをモデル事業にして全米に拡散しよう、ということで、前述の団体の設立者がホワイトハウスに招聘されました。

 今いろいろな変化が起きている中でも、面白い事例だと思います。行政そのものを効率化するNPOが存在している。やはり、行政は大きな予算規模を持って社会にインパクトを出せるという強みがあるし、NPOというのは、テクノロジーや人材をすでに持っていて、すぐに投入するということができるという意味で、この組み合わせがすごく面白いのではないかな、と思います。

 ちなみに、この取り組みは、Code for Japanという名前で、日本でも少しずつ進みつつあります。

工藤:公共を担っている行政が抱えている色々な問題を改善していく、という話はTeach for Americaにも通じるのだと思います。アメリカの中では、行政の取り組みも含めて改善していきながら、最終的な課題解決に向かっていくという潮流が始まっている、ということですね。

ハリス鈴木:今まで民間企業に託されていたITやテクノロジーの力を行政に流し込むことによって、行政の効率をアップさせていこう、という動きは確実にあると思いますし、日本でも広まって欲しいなと思っています。

 もう一つ別の流れとしては、非営利団体という活動形態に限ったことではないのですが、問題に直面している団体が、問題に対して「そもそも仕組み自体が間違っているのではないか」という問題提起をするケースが、最近アメリカではすごく増えていると思います。

 たとえば、オキュパイ・ウォール・ストリートの際には、大局的な視野に立って、社会的・経済的格差という問題を生む社会の「仕組み」への問題提起がなされました。そういった社会の「仕組み」への問題提起を、どうやって市民活動の活性化につなげていくのか、ということも大きな課題だと思います。

 社会の課題に取り組む団体が、毎日、一生懸命課題解決に取り組んでいても、そもそも仕組みがおかしいので、問題が全く解決されないという事例はいくらでもあるわけです。そのような社会の課題を解決するためにも、やはり、行政に働きかける、政治に働きかける、というNPOの政治的な活動も、最近とても重視されていると感じます。

 特に、アメリカは、現在共和党が力をふるっているので、さまざまな分野における共和党主導の行政予算削減を防ぐために、非営利セクターが立ち上がる、という動きがあります。NPOは、自分たちの活動を運営していくだけでなく、政治にも参加していかなくてはいけない、という認識があるのではないかと感じますね。

工藤:日本の場合、NPOは政治から距離を置きがちです。このNPOと政治の距離の遠さというものは根が深くて、根本的にNPO関係者の間には政治運動に抵抗がある、という風潮があるように思います。しかし、政治に対しても、民主主義を採用する社会の一員として、市民たちが積極的に向かい合っていく、という流れが始まっていると私は感じております。

 行政をベースにした課題解決のお話と、民間をベースにした課題解決のお話、さらには企業が公共に取り組んでいく、という新しい形の課題解決のお話についてお伺いしました。これはアメリカをはじめとする世界や日本の中で、社会の課題解決に向かって、すべてのセクターが動き始めているということですね。

ハリス鈴木:根本的な流れとして「お金だけではないよね」という意識が形成され、価値観が変わってきたのだと思います。

 特にリーマンショックの前後でずいぶんと価値観が変わって、「あれ、このままじゃまずいよね」という空気が形成される中で、企業も「何か行動をしないとまずいよね」と考え始めたのだと思います。


世界で始まった「当事者として課題に対して向かい合う動き」

工藤:実は、私も前職で「経営は誰のためにあるものなのか」という議題で議論をしたことがあります。日本でも、「株主のために株価を上げるためにやるのか」「従業員や地域のためにやるのか」というような議論がありましたが、そのような議論の立て方は、日本では今は見られなくなってしまいました。

 一方で最近、企業のCSR活動や社会責任投資、というものが注目されています。これらの活動は今、日本社会で盛り上がっているのでしょうか。全体的に、きちんとした議論がないまま、なんとなくアメリカで起こった変化を受けて、日本もそれなりに何か考えなければならないという、ある意味で混乱した状況になっているような感じがしています。

市川:混乱というより、民主党政権時代「新しい公共」と絡めて言われた「社会企業家」という言葉だとか、いわゆるバズワードがそのときどきで話題になり、話題になっただけで検証されないままに、次のフェーズの新しい潮流・単語・バズワードが出てきて、何となくそれにみんなが飛びついているのではないでしょうか。

工藤:確かに、日本は言葉だけを拾ってきて、あてはめている側面はあると思います。しかし、アメリカで起こっている変化は、さっき「価値観の変更」といった言葉でハリス鈴木さんが述べられた「課題に対して当事者として向かい合いましょう」ということに収束すると思います。つまり、企業、非営利団体、そのほかステークホルダーもすべて含め、この地球をみんなで動かしていこうよ、と。

 しかし、日本の中ではそういう議論はまだまだない、というような気がします。

 例えば、インターネット選挙の例がありますよね。日本ではネット選挙の動きが始まって、一つのスタートは切れたと思うのですが、日本の中で大きな変化は感じますか。

ハリス鈴木:私はそもそもインターネット選挙が解禁されたからといって、選挙結果が変わるとは思っていませんでした。感想としては、マーケット・エントリーのハードルが下がってよかったな、というところです。

 結局はインターネットもツールに過ぎないわけで、ネット選挙は、インターネットというツールの裏にいる人たちが、「インターネットを使いたい」と思い、自分たちの感情や言葉が通わせることが重要なのであって、解禁するかしないかで何かが変わるというようなことはないと思っていました。

 ネット選挙は、まだ使い慣れていないツールなのではないか、というと印象でしたね。

工藤:日本の非営利セクターと世界の、そしてアメリカの非営利セクターを比較すると、テクノロジーの応用だとか、それを使う力だとか、技術、そして組織的にそれを活用する力だとか、まだまだ日本の非営利セクターには足りないと思いますし、今いるステージが異なっているような感じもしています。

 しかし、世界で起こっている変化、アメリカで問われている変化は、日本の非営利セクターに問われている変化と基本的には同じだと思います。そうであるなら、完成はしていないながらも、日本の非営利セクターは世界やアメリカと同じ方向に向かっていくのでしょうか。


日本の市民社会に見える変化の端緒

ハリス鈴木:私は2012年6月に帰国し、7月にChange.orgを立ち上げたのですが、それまで10年間アメリカで暮らしていました。震災のときも日本にいなかったので、色々なメディアの報道を見たり、現地にいる親や友達にも話を聞いたりすることを通じて、ある意味少し遠くから日本を見ていました。やはり震災の前と後では違いがあると思います。私は、震災以前の日本を直接経験したわけではないので、私個人の経験からは言えないのですが、周りから、日本は震災前後ですごく変わったと聞いていますし、Change.org自体も、もし震災以前に日本に上陸していたら、全く話題にもならなかったのではないか、と言われたこともあるくらいです。つまり、意識の変革というか、「何かおかしいな」と思い始めている人が日本で増えてきていると思いますし、さまざまな活動を自分たちで立ち上げたり、起業したという方も、私が想定していた数より、はるかに多いです。帰国してからも、東京・大阪といろいろなイベントに出ていますが、本当に元気いっぱいで「いろいろな活動を始めたい」という思いを持った人がいる多くいたことがとても意外でした。

 海外での日本の報道は、「元気がない」、「ここ20年経済がうまくいってない」というようなものが多い中、やはり何かが変わってきているのだと思います。何かが変わってきている中で、今、日本は色々なものを試している状況なのではないかと思います。

 これもメディアの報道が大きいと思いますが、「震災後3年目で寄付が集まらなくなっている」、「風化が進んでいる」と言われていますが、根本的に社会というものに対して関心のある人たちは絶対増えたと思います。まだその変化は、活動として表に出てきていないのかもしれませんが、その変化なり活動なりが軌道に乗って、今後展開してきたらいいなと思っていますし、市民社会に対しても同じように思っています。

工藤:今日はアメリカの状況も踏まえて語ってきたのですが、私はハリス鈴木さんの言ったことに非常に共感しました。若い人も含め、日本の中で、課題に対して何らかの形で貢献したいという人が結構います。この前の震災のときはまさにそのような人たちが行動を起こしました。そのような人たちの中には、もう表舞台から去ってしまった人もいるのですが、それ自体は別に悪いことではなくて、また何かが起こったときに、自分たちの知恵やネットワークを使って社会の課題解決に動こうという人たちが、日本社会にたくさんいるということが分かったわけです。

 それらを踏まえて、日本の社会が本当の意味での当事者性をもち、色々な課題に向かう仕組みをつくるためには、社会の課題を解決するために貢献したい、という思いを持った人たちを巻き込んでいく、参加してみたいと思わせるような非営利組織がどんどんアクションを起こしていく、そのような組織の姿を社会に見えるようにしたり、何かが変わり始めたと思ってもらえるような動きをつくっていかなければならないと思いました。

 ただ、別に動きをつくらなくても、貢献したい人たちは課題を見つけて、解決に向かって行動に移すのだと思いますが、少なくとも市民社会が色々な形でにぎわっている、そしていろいろなことが進行している、ような状況が必要かな、と今日は感じた次第です。

 ということで、今日は世界で起こっている市民社会の新しい潮流と日本の潮流、というテーマで議論してきました。市川さん、ハリス鈴木さん、ありがとうございました。