「鳩山政権100日評価」記者会見 8名の評価委員のコメントの詳細を公表します
上昌広氏(東京大学医科学研究所特任准教授)
齊藤誠氏(一橋大学大学院経済学研究科教授)
生源寺眞一氏(東京大学大学院農学生命科学研究科長)
土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部教授)
古川勝久氏(安全保障問題研究家)
松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)
山田久氏(日本総研調査部ビジネス戦略研究センター所長)
工藤泰志(言論NPO代表)
【司会】
田中弥生氏(独立行政法人大学評価・学位授与機構准教授、言論NPO監事)
鳩山政権100日有識者アンケート結果について
田中弥生: まずは言論NPOが今月実施した「鳩山政権100日評価アンケート」の結果について、評価委員の先生方よりコメントをいただきたいと思います。
土居丈朗: 来年に向けた予算編成のプロセスの中でいろいろと話題になったことが、このアンケート結果にも反映されているように思います。典型的なものは「事業仕分け」で、これについては評価が高かったわけですが、鳩山政権には「木を見て森を見ず」という側面がまだまだあるのではないでしょうか。国民の関心が比較的高い個別の問題について、切り落とした方がいいというものがあれば切り落とす、ということはやっています。しかし鳩山政権にはその次の、「木を切った後にどのような森の姿を描くのか」ということを早く示してほしい、という国民の声があるのだと思います。今はまだそれを示しきれていないということが言えると思います。
たとえば社会保障の問題があります。診療報酬の改定はきちんとやるということですけれども、年金制度の問題をどうするのかということに関しては、マニフェストで書いた以上のことを行っているわけではありません。また、公共事業については、ダム建設に関してはいろいろと議論はされましたが、新幹線の予算はついているなど、公共事業全体としてどういう森の姿にするのかということは示しきれていないのです。
もちろん、わずか100日で森の姿を全て示せるわけがないということもあるかもしれませんが、今は「来年早々には示してくれるだろう」という期待感も持てない状況です。おそらく回答された方々にしてみれば、専門家はいいアイデアを打ち出しているのに、鳩山政権はなぜそれを拾おうとしないのだろうかと。そういう声が、今回のアンケート結果にも表れているような気がいたします。
このアンケート結果は、政府予算案ができあがる前の段階での集計結果です。12月上旬というのは、「年内に予算をつくるんだ」という意気込みは感じられたものの、進捗状況からすると「このままでは年内に完成しないのではないか」と、誰もがハラハラしていた時期に行われたアンケートです。今は何とか、年内には決定するだろうというメドがついたということですので、2週間ほどのタイムラグがあるだろうということには、注意する必要があります。では予算が見えてきた今の段階ではどう変わるのかといいますと、今回厳しい評価がなされた説明責任と実行過程のところについては、予算が決定するということで、もう少し好転するのではないかなと感じています。
予算案に関してはハラハラさせられることも多い12月でしたが、鳩山政権が今後どのように予算運営、財政運営していくのかということについては、まだまだ厳しい意見を持っている方が多いといえます。政府としてきちんとした説明が求められると思います。
生源寺眞一: このアンケートが行われた12月初旬はまだ事業仕分けの熱が冷めていない状況ということで、当時国民が抱いた期待と今回の点数との落差が印象的です。今回のアンケート結果を見ていますと、政府と少し距離を置いて冷静な判断ができる方々にご回答いただいたのではないかと感じます。
私が専門としております農業・食料の問題の領域で言いますと、赤松農水大臣は閣僚評価でも下から3~4番目のところにランクされていますし、農家への戸別所得補償も見直したほうがいいという声が多いという結果になっております。戸別所得補償は予算としては満額認められたということで、そういう回答者の意見と予算との間にも大きな落差があるなと感じます。土居先生が言われたことと重なりますが、所得補償にしても他のところにしても、「スローガン」はあって、「農山村の活性化」とか「自給率を上げましょう」とか、誰も反対しないようなスローガンは元気よく掲げられているのは良いことだと思いますが、その次にいきなり個別の手段が来ています。戸別所得補償というのはひとつの手段に過ぎないのであって、その間にある戦略、「5年後、10年後の農村の姿をどうしていくのか」ということが見えていないというのが、一番大きな問題であろうと思います。そのあたりが今の政策の実行段階と、それに対する評価との間のズレになってきているような気がします。
もうひとつ、「ポピュリズムだ」とか「選挙のための政策になっているのではないか」という意見もありましたが、私もこの感は否めないと思います。ただ、民主党にとっては、マニフェストを掲げてやっているけれども、「マニフェストにはこだわらなくてもいい」という声もあり、しかし変えればマスコミの皆さんに叩かれると。そういう難しい状況にあるということも考える必要があります。マニフェストに縛られるというよりも、ある意味でマニフェスト選挙という「システム」に縛られているのではないか。これは民主党政権に限らず、日本の民主政治について非常に重要な問題を提起していると感じています。
齊藤誠: マニフェストのいろんな項目についても修正を求める意見が多いというのがこのアンケートのひとつの特色だろうと思います。我々が選挙前に行った民主党と自民党との政策分野別討論会でも強く感じたことですが、マニフェストでの政策項目の優先順位や項目間の整合性、個別項目が目標達成に対する手段として適切なのかどうかといったことに関して、どの分野にも強い懸念を覚えました。今回のアンケートにもそれが出ているように思います。回答者が「公約通り実施すべきではない」と答えた項目が、来年度の予算の中に入ってしまっています。戸別所得補償、子ども手当、あるいは高校授業料の実質無料化などが盛り込まれ、暫定税率の廃止は実質上の延期となったわけですが、なぜこうした項目が実施すべきでないかというと、生源寺先生がおっしゃったように、こうした項目を実行することでどんな政策課題を解決できるのかということが非常に見えにくい。たとえば子ども手当は少子化対策だというのが民主党の意見ですが、では何年先の出生率の回復にどの程度寄与するのか、といった見解や、費用対効果で見たときに適切なものなのかどうか、ということが一切示されていないのです。そういうものに何兆ものお金を投入するということが、多くの人が不安を覚える理由だと思います。
そう考えると、現実問題として、マニフェストの組み替えや修正は不可避です。ひとつは連立政権下でどういうマニフェストの組み替えをするのかということ、それから来年の参院選に向けてどういうマニフェストを提示していくのかということに関して、民主党はきちんとした説明責任をもって手続きを進めていかないと、マニフェスト選挙のしくみ自体が成り立たなくなるのではないかという懸念を覚えます。
「鳩山政権100日評価」の結果にについて
田中: 次に、鳩山政権100日評価の評価結果について、まず工藤さんのほうから簡単にご説明をお願いします。
工藤: 政策というものはそもそも、「日本の中でこの問題を解決しなければならない」という現状認識から始まります。まず現状認識があって、そこから目的、目標が設定されていきます。その次に手段の体系が示され、それをどう実行していくかという道筋も示される。つまり政策を語るときには、上位の目的や理念、目指すべき社会といった大きなゾーンから入っていかないといけないのであって、「支出計画」だけでは何のための政策なのかがわからず、評価も低くならざるを得ないわけです。
鳩山政権の100日間の動きを見ると、私たちが選挙時の「マニフェスト評価」で指摘した問題がそのまま、今の大きな問題になってしまっています。マニフェストそのものの策定過程に大きな問題があったと言わざるを得ません。ただ、国民と約束して政権を取った以上、民主党にはこれを実現する義務があります。実現できないとすれば、なぜできないのかを国民に説明しなければならないのです。もちろん、「約束違反だ」と言って納得しない人もいるでしょう。しかし、そのような有権者との継続的な対話を繰り返しながら、民主主義は動いていくのです。私は、政治とはそのような動きの中で機能していくものだと思っています。
私たちは100日時点で、鳩山政権が取り組んだこと、取り組んでいないことを全てチェックしたうえで、厳しい評価をしたいと思いました。それを受けて、鳩山政権に次の展開をつくり出してもらいたい、ということが私たちの期待でもあるのです。
今回は予算編成や経済対策、少子高齢化、雇用、環境など、全12分野についてA(70~100点)、B(40~70点)、C(0~40点)で評価しています。この12分野の評価結果の平均値を判定したところ、鳩山政権の評価はCとなりました。
私たちは「実績」「実行プロセス」「説明責任」の3つについて評価を行いましたが、まず鳩山政権が強い意志を持って、マニフェストを中心とした政治のプロセスを目指そうとしている点は高く評価できます。また「政治主導」ということで、事務次官会議を廃止したり、閣僚委員会をつくったり、政務三役が省庁のガバナンスを機能させるようにするなど、この100日間で期待を持たせるような取り組みを行っているといえます。「実績」に関しては半分の50点が与えられると判断しました。
では何が全体の評価を下げたのかというと、「実行プロセス」と「説明責任」です。たとえば地方政治においても、知事が選挙でマニフェストを掲げて当選した場合、そのマニフェストを今後は県のマニフェストに落とし込む作業が必要になります。部課長を集めて、政策の優先順位を決め、組織体としてその進め方に責任を持つわけです。私は今回、国政レベルでも同じ課題が問われていたと考えています。選挙のときの約束を、政府の約束としてどこまで落とし込むことができたのでしょうか。裸のマニフェストに優先順位をつけて、「政府としてこのように実現していきたい」ということを示す必要があったわけですが、そのような説明は見られませんでした。
ここで出てくるのが連立政権の問題です。本来の民主党の約束とは違う政策が大きなウェートを占めてしまっているところもありますが、連立与党間での合意は非常に曖昧で、なぜそれを実行しようとするのかについての説明が不十分です。政治主導でやるとは言っているけれども、いろんな人たちが自分の意見を言う中で議論があっちに行ったりこっちに行ったりして、最終的になかなか決まらないということが何度もありました。
予算編成についても最後までいろいろな意見が出ましたが、そこで出てきたのが党でした。「党の意見は国民の声である」と言うのであれば、党の政策決定プロセスを完全に透明化させる必要があります。今のままでは、国民の声がどういうかたちで政策につながったのかが非常に見えにくい。マニフェストを軸とした政治は、国民への「見える化」が進むことで本来、非常に透明性のある政治なのですが、最後の最後で不透明なかたちになってしまうということが最も大きな問題です。
特に予算編成と財政の分野について見ると、民主党は「政治主導の予算編成」という大きな路線変更を行い、様々なしくみをつくり上げました。これについては私たちも驚くと同時に、ぜひ成功させてほしいと考えています。しかし問題は、その結果として何を実現できたかということです。民主党のマニフェストは、政策を実行するために4年間で16.8兆円の財源が必要であり、それを行政の無駄削減によって捻出する、という論理構成でつくられていました。つまり、この無駄を削減できないのであれば増税を行うか、国債発行というかたちで将来に負担を先送りするしかないわけです。しかし結果として、「事業仕分け」は手法としては非常に斬新ではあったものの、目標額の財源を捻出することはできず、自民党時代と同様に、埋蔵金を頼りにするという結果になってしまいました。そうなってくると、ここでは説明責任が問われるだけではなく、マニフェストで主張した「4年間、消費税の増税は行わない」という方針の再検討も含めて、予算編成後に財源の問題を本格的に議論していかないと、日本の財政がこのままではもたないということが見えてしまっているわけです。
それから外交・安全保障政策については、「主体的な外交戦略を構築する」ということが一丁目一番地にありました。その中に普天間の問題がありますが、基地問題が外交の全てではありません。日本として外交をどのように組み立てていくのかということのひとつにすぎないわけです。基本的な外交戦略が提起されないまま、基地問題は混迷を深め、実質的には結論は先送りされてしまいました。修復がかなり困難な局面に来てしまっているのです。
このように、財政と外交政策については、マニフェストをベースとした約束の実現がすでに難しくなってきています。各分野の評価については評価委員の先生方から説明していただきたいと思いますが、私たちはこれらの評価をもとに、以下3点を鳩山政権に要望したいと考えています。ひとつは、予算編成が確定した時点で、マニフェストの修正を行ったということになっている以上、まずはこれからの財源運営について、国民に説明すべきだということです。
2つ目は、4年間で16.8兆円という財源の調達をどのように進めるのかということを説明してもらいたいということです。それをベースとした政府の約束を、来年の通常国会における施政方針演説の中で組み立ててもらいたい。それがない限り、なし崩し的に「やっぱり駄目だった」ということになりかねませんし、これは約束に基づいた政治とはいえません。そしてぜひ、次の参議院選挙において、政府のマニフェストについて改めて信を問うてほしい。私たちはマニフェストを軸とした政治というものに期待をかけているわけですが、やはりマニフェストそのものの政策体系が不十分なのです。修正すべきところは修正して、「こういうかたちで進めていきたい」ということを示してほしいと考えます。そして、その策定プロセスもなるべく公開してもらえないかと。「見える化」を進めてほしいと思います。
最後に、鳩山政権が現在進めている政治主導のプロセスはどうしても実現してほしい。国家戦略会議などは果たしてどの程度機能しているのでしょうか。「政治主導」をここまで追求しようとした政権はかつてなかったわけですから、それをどのように実現していくのかをぜひとも説明してほしいと考えます。
全てに共通するのは、「説明」です。説明を通じて有権者に向かい合う政治を行っていけば、マニフェストを軸とした政治は、かなり強いものになっていくと考えています。
田中: 次に各分野での評価結果について、評価委員の先生方よりご説明をいただきたいと思います。
松下和夫: 環境政策を中心に申し上げますが、そもそも民主党マニフェストにおける環境政策の記述自体が極めて不十分であり、問題があったと考えています。というのは、具体的な個別政策は書かれているものの、これが全体の中の末端の部分で付け足し的に書かれていて、どういった社会を目指すのか―CO2を減らしながら豊かな経済社会を実現するとか、環境に対する投資を通じて新しい産業をつくっていくとか、そういう理念がないのです。そういった問題が、「目指すべき社会像がない」というアンケート結果にも表れていると思います。
環境分野においては、環境対策と経済成長戦略の統合が必要だと考えられます。米国ではすでにグリーンニューディール政策ということで、新しい取り組みが具体化されていますが、日本の場合は、そういった課題への準備が進んでいないように思われます。
一方で評価すべき点は、鳩山首相が就任直後、国連総会で演説し、日本の温室効果ガス削減目標として、「1990年比25%減を2025年までに実現する」と、麻生政権時代と比べると非常に大胆な目標を提示したということです。そのことによって、米国や中国が独自の数字を公表することになり、結果的に今回のCOP15において、内容は不十分ではありますけれども、全体の機運を高めたということにある程度寄与したといえるでしょう。
ただし、その大胆な目標を実現するための国内対策がまだできていないということに危惧を抱いております。制度設計には時間がかかるのでもう少し見ていく必要がありますが、民主党は公約として3点セット、つまり環境税と国内排出権取引市場の導入、自然エネルギーの活用ということを掲げていますが、その準備が遅れているということが指摘されます。環境税については税制大綱の中で、歴代政権の中で初めて、「1年後の導入を目指す」というデッドラインを示したことはある程度評価できるでしょう。
総じて、個別の取り組みについては意欲的ですが、それを実行する過程が見えず、今後どのように目標を達成し、新しい経済社会をつくっていくのかということについて、より明確な説明が求められていると思います。
土居: 財政に関連するところについても、鳩山内閣の説明責任がまだ十分に果たされていないと言えます。たとえば「事業仕分け」の結果を覆すのであれば、どうしてそうなったのかについての説明が求められますが、今の段階では十分ではありません。今後は通常国会の場で予算案が議論されることになるでしょうから、なぜそのような予算づけになったのかということについて、さらに踏み込んで説明していただきたいと思います。
「事業仕分け」そのものに対する期待はもちろんありますが、問題は来年度のみならず再来年度の予算まで見据えたときに、それを予算編成過程の中にどう位置づけていくのかということです。わが国では、カレンダーの中でまず予算編成の方針を固め、概算要求基準を出し、各省から概算要求が上がってきて、いろいろな政治的な折衝も行われながら最終的に税制改正大綱をまとめ、歳入の中でどのようなかたちで歳出を行うのかということを最終的に確定させていく、というプロセスで政府予算が固まっていくのであって、まさに夏から冬にかけての予算編成過程というものがあります。今まではまず6月に「骨太の方針」出てから概算要求基準が出され、8月末には各省から概算要求が出され、12月初旬には税制大綱が固まり、クリスマス前後には予算案が全部固まっているという、ほぼ固まったタイムスケジュールがあったので、それを目指して政治家は行動し、国民もそれを見守ってきました。
しかし鳩山政権ではこれをいったん、白紙撤回に近いかたち見直すことになりました。その中で「事業仕分け」も行われたわけですが、では来年、平成 23年度予算をつくるというプロセスに入ったときに、何月に何をするのかということは明確になっていません。22年度予算をつくることももちろん大変だとは思いますが、政権を長く存続させたいのであれば、その次の23年度予算をどういったスケジュールでつくっていくのかということを、そう遅くない時期にきちんと示さなければならないと思います。
それからもうひとつ、マニフェスト評価という観点から申し上げますと、アンケートの回答者が「マニフェストそのものを見直す時期に来ている」と判断したということは、鳩山政権がPDCAサイクルの最初のチェック段階に入ってきたということ、参議院選挙では遅いのだということが指摘されたのだと思います。来年の参院選前までにマニフェストのチェックを行い、選挙でその信を問うという行動が求められているということです。もちろん野党の自民党も党としての政策スタンスを示すということがあって初めて、マニフェストの重要性も一段と高まるわけですので、そういうことを期待したいと思います。
生源寺: まずは総論的なことを申し上げますと、政治主導・脱官僚ということで、縦割り行政を廃止したり、既得権益との癒着を切り離すというのは大変結構なことではありますが、政治主導とは「乱暴なことをやっていい」ということではありません。農政を見ていると、そのような面がどうも拭えないように感じています。
今回の皆さんの報告で共通していることは、私たちはある意味で政策科学の一端を担っているわけですけれども、政策が政策科学の領域に入ってきていないということではないでしょうか。政策の選択をどう考えるのか、費用対効果をどう考えるか、政策相互間の整合性をどう考えるのか。そういう観点での検討が弱く、それらが別の世界で決まっているという印象を覚えます。
また農政・食糧については、今回は基本的に戸別所得補償を評価していますが、BSEの全頭検査や、食品のトレーサビリティの問題など、食の安全にかかわる項目もマニフェストにはたくさんあるのです。しかし、これらのほとんど未着手の状態です。消費者重視/生産者重視という単純な分け方をするつもりはありませんが、政務三役の皆さんは結果的に、戸別所得補償という生産者への現金給付の制度設計にエネルギーの大半を割いてしまっている、ということです。そして、消費者の観点はすべて後回しにされているという状況だと思います。
戸別所得補償は、もともと議論の多いものでした。そのことを前提に、評価ではそれがどの程度履行されているのかということと、戸別所得補償と他の政策の整合性の問題、それから戸別補償政策そのものが適切な政策なのかどうかという議論という、3つの角度から検討する必要があります。まず戸別補償政策は、民主党が考えていたよりもはるかに早く、前倒しで進んでおり「実行に着手した」という意味では、高く評価されると思います。また、民主党が意図していたかどうかは別として、結果的に米の生産調整が、生産者の経営判断を重視するという方向に一歩踏み出した点は率直に評価できると思われます。
ただ、マニフェストに書いていないことが行われている面もあるのです。たとえば戸別所得補償は生産費と価格の差を埋める、専門的に言うと「不足払い」であり、米国や昔の英国で行われていたものですが、定額をあらかじめ定めて払うということになっていて、価格が下がったときはさらに追加して払うことになっているのです。そうなると、仮に天候不順によって不作で価格が上がるということになると、ある種の過剰保障になる可能性もあるわけです。作柄がわかるのは参議院選挙の後なので、民主党にとってはそれは問題にならないかもしれませんけれども、そう考えると、当初想定されたシステムとの間に齟齬があるように感じます。民主党は「価格の差を埋める」ということを盛んに言っています。これはこれでひとつの考え方ですが、コストが高いところと低いところの差を考慮して、その分を補填してくれるのではないかという期待を持っていた国民の多かったのではないかと思います。しかし実際には一律の単価を決めるということになっています。マニフェストの段階ですでにそう言われていたので、これは「変更」とは言えませんが、理念と施策の意味合いにギャップが出てくるということです。「一律」というのは一つの考え方ですが、生産コストの低いところが優遇されるということになれば、ある種の所得再配分として民主党が「足りないところを埋める」と言ってきたところと、ちょっと違うのではないかという気がいたします。
それからもっとも重要なのは、給付が5年後、10年後の水田の再生につながるかということですが、現在、1ヘクタール未満の水田農家が約7割を占め、経営者の平均年齢は60代後半です。つまり、農業においては世代の交代が進んでいないわけです。計算してみると、このような農家には1ヘクタールあたり約9万円が支払われることになるわけですが、これで小規模農家を維持することができるかというと非常に疑問です。これはマニフェスト評価の段階から指摘されたことですが、依然として答えが示されていないというのが現状です。また、民主党は一昨年の参議院選挙当時から「規模加算」を打ち出していますが、具体的なかたちが一切出てきていないということで、これも依然として問題だと言えます。
齊藤: 私は経済政策を担当しておりますが、評価のポイントは2つあります。
まず第1点は、マニフェストに書いてあった経済政策は大きく言うと、「再分配」政策でした。つまり、非常に困っているところ、所得の低いところに資源を配分していくというタイプの政策で、それはそれでひとつの意義があるわけですが、パイを拡大させるマクロ経済政策はあまり謳われておりませんでした。このことについて周囲から「成長戦略がない」と批判されると、「これからそれを国家戦略室で考える」と。そして出てきたのは成長戦略、景気対策、デフレ脱却政策と、名目GDP成長率。これらは全部自民党政権で掲げた目標で、基本的にマクロ経済政策については、かなり違った理念を掲げながら、自民党の経済政策をほぼ踏襲するようなかたちになっているということです。
もうひとつは財源についてですが、これを税金で賄うというのは先進資本主義諸国では常識です。日本は米国とともに、国民所得に占める社会保障と税金の比率が最低というグループに属しています。経済全体の担税力は高いので、しかるべき税金を取ってそれを社会保障に充てる、あるいは教育や医療に回すというかたちで再分配政策がとることができるわけですけれども、このことについて財源を不問にして、「事業仕分け」などで予算を捻出するとか、埋蔵金を使うという言い方でお茶を濁してきました。先ほど土居先生もおっしゃっておりましたが、これは来年はできても再来年以降はとても無理です。そうすると、税金や保険料の引き上げと言うことに、責任ある与党として向き合わなければならないと思います。埋蔵金を頼りにしたり、経済が回復してから自然増収で賄うという論理はとても通じません。
最後に先日、民主党財政金融委員長の玄葉議員とお話しする機会があったのですが、そこで感じたことを1点申し上げます。それは社会保障等の負担の問題についてですが、これは選挙のことを考えると非常に言い出しにくいけれども、一方で必ず説明が必要になってくる問題です。社会保障費負担について言えば、消費税を中心とした増税と社会保険料の引き上げはどうしても必要になるのですが、その時に玄葉さんの口から出たのは「超党派」という言葉でした。政策が選挙の人気投票の対象になってしまえば、国自体が転んでしまうことになりかねません。民主党政権が責任ある政権運営をしていくためには、外交や財政など、国家の基盤にかかわるところに関しては、あえて超党派的なかたちで意思決定を行わないと難しくなってきていると思います。
上昌広: 医療分野についてお話しさせていただきます。民主党マニフェストでは、医師の数と医療費の水準をOECD水準にまで上げるということを言っていました。鳩山首相と政務三役の言い方は違いますが、この2点について、政務三役のレベルでは非常によくやったと思っております。
まず医師数について申し上げると、従来の縦割り行政では見えにくいのですが、これは文科省の領域になります。これは鈴木副大臣が、舛添前大臣から引き継いで、10年で医学部定員5割増ということを遂行していますので、高く評価できると思います。それから中医協の中に大学病院関係者が1名入ったことも良かったと思います。医療費に関しては、OECD平均水準まで引き上げるというマニフェストの内容が実行されていません。しかし、この経済状況下で、医療費が10年ぶりに1.5%増になったという点では、政務三役は非常によくやったのではないかと思います。これは官僚ベースではなく、政治主導で進んだことでもあります。
実績としては、マニフェストで約束した通りお金をつけることができなかったことは評価を下げますけれども、政務三役レベルの取り組みは高く評価できるのではないでしょうか。実績は高くても50点、説明責任もそれほど高くはありません。9月に中医協のメンバーから日本医師会を外して、山形大学医学部長の嘉山孝正氏を任用しましたが、彼が患者さんなどからの声を吸い上げ、結果的に説明責任を果たしたという点は、国民目線ということからも高く評価できるように思います。しかし大臣などがメディアで直接説明する機会は少なかったように思います。説明責任については、当事者はもう少しやりようがあったのではないかという気がいたします。
ただ、記者クラブ的な縦割りのしくみが政権全体の評価を難しくしているところがあります。医師不足については文科省、医療制度については厚労省、さらには行政刷新会議がやっている独立行政法人の問題などもありますので、こういうものを全て評価しないと、政権の評価は難しい。これは今後の検討課題であろうかと思います。いずれにしても、政府がどこまでできるか、コミュニティがどこまでできるかという議論は必要だと思います。
古川勝久: 外交・安全保障の分野について申し上げますが、省庁を回ったりいろんな方々のお話をうかがうなどする中で懸念していることがあります。かつて局長級が行っていた業務に相当数の大臣や副大臣、政務官が忙殺されているのではないか、つまり大臣が局長になってしまっているような傾向が見られます。現在は特に外交において、このような現象が顕著であるという気がいたします。
民主党政権のマニフェストでは、「対等な日米関係をつくるために、主体的な外交戦略を構築する」ということが謳われているにもかかわらず、今日に至っても具体的にどのような体制が政権の中につくられているのかが見えません。外交戦略の戦略部署の素案なり議事過程に関する情報というものも、少なくともメディアでは拝見したことがありません。同様にアフガニスタンの支援策、これは国際社会における最大の安全保障上の課題のひとつとされていますが、日本政府としても数年かけて5000億円を拠出するという結論が出されました。しかし具体的にどういうふうに、最終的に誰に対して支払っていくのかということが見えてこない。あるいはどのような協議を経てこれが決定されたのかという情報が全く開示されていないということが、まず指摘されます。
昨今、普天間基地のみが外交・安全保障問題の最大の懸案とされていますが、岡田大臣の発言を聞くと、「日米合意しかない」とおっしゃっております。マニフェストについては当初、「在日米軍基地は見直しの方向で臨む」と記載されていました。その方向で臨むというスタンスから、「既存の日米合意しかない」という決定に至るまで2カ月かかっているわけですが、なぜこんなに時間がかかっているのか。そもそも今の日米合意ができた経緯や理由、嘉手納統合案、住民の方々にどれだけの迷惑をかけことになるのかといった過去の検討プロセスについて、今の閣僚が就任前にどのような勉強や情報収集をしてきたのかということが、問われざるを得ないのです。「見直しの方向で進める」というマニフェストによって、沖縄をはじめ地元住民の方々の中で、期待感が否が応でも高まっているわけです。「見直しの方向で進める」というステートメントが、基地問題をめぐる議論のダイナミズムをどれだけ変えるのか、ということについての見通しが甘かったのではないかと思わざるを得ません。
その他、東アジア共同体や対北朝鮮政策、核廃絶については、基本的には前政権からの実務的な流れが踏襲されているところが多くあります。スーダンへの自衛隊の派遣の可能性も検討している点は唯一、新しいポイントとして評価してもいいのではないかと思いますが、他の部分に関しては、今日の時点では新しい要素は見えてきておりません。
最後に、「対米政策に関するビジョンが見えない」という意見が、今回のアンケート調査でも多く見られました。なぜ在日米軍基地があるのかについてや、有事を想定した役割分担、抑止のあり方などが検討されるプロセスがあってしかるべきかと思いますが、何のためにどのような抑止力をどう担保するのか。検討のプロセスも見えていません。総じて、政策に対する不信というよりも、意思決定プロセスに対する不信や不満が、外交分野における評価にも大きく出ていると感じます。
山田久: 私からは雇用政策について申し上げます。まず評価できる点としては、雇用情勢が厳しいということで雇用政策そのものがひとつの焦点になっているということもあり、マニフェストで掲げられたいろいろな項目については、かなりの割合で着手されていると言えます。ただ中身を見ていくと、そもそもマニフェストそのものの策定段階に問題があったのではないかと思います。
雇用の問題は経営サイドと労働サイドの結節点にあるので、バランスのとれた広い視点が求められる分野です。成長と再分配のバランスや、効率と公平のバランスが求められるわけですが、民主党の政策を見ていると、先ほどからのご指摘にもあるように、再分配の視点が強いわけです。そうすると、確かに一定の労働者の処遇を改善するということもありますが、結果として雇用の数を減らすリスクを持っているわけです。これは、現在焦点になっている派遣規制の強化の問題で言えることです。
雇用政策については、私自身は3つの大きな柱があると思っていますが、それはセーフティネットの問題、雇用の受け皿をどうつくるのかという問題、効率的で公平な労働市場をどうつくるのかという問題です。この3つをどのように、トータルとして整合的に考えるのかが重要となりますが、社会のビジョンというものの骨子を書き込んでいく作業が必要であり、これは本来ならば選挙の前に求められる作業だったのではないかと思います。 ですから、形式要件に関する評価はある程度高いけれども、実質要件では辛い評価をつけざるを得ないと思います。今回のフレームワークで申し上げると、実行プロセスと説明責任という点では、厳しい評価をつけざるを得ないのではないか。たとえば先ほどの派遣の問題ですが、果たしてこれで十分議論が尽くされていると言えるのでしょうか。まだ議論の途中ですが、このままだと原案に近いかたちで法案が提出されそうです。
繰り返しになりますが、雇用の問題を考えるにあたっては経営サイドと労働サイドのバランスを取る必要がありますので、他の分野に比べて特に説明責任、実行プロセスの透明性が求められるわけですが、その点については十分であるとは言い難いように思います。
田中: 私からは「新しい公共」分野の評価について説明させていただきます。これはマニフェストにはありませんでしたが、鳩山首相の所信表明演説の中で、目指すべき将来像の大きな支柱として出てきた言葉です。そして所信表明演説の後いち早く、緊急雇用対策、経済対策、補正予算の中で「社会的企業支援」ということで70億円の予算がつきました。ここではまさにマニフェスト型のプロセスが実行されており、形式的に見れば非常に高い点数が与えられると思います。
しかし問題は内容でありまして、ひとりあたり10万円の人件費補助、それを1年間を上限として出すということで、給料を補助金で出すというスタイルをとっていますが、その先その方たちに何を期待するのかという目標や目的、そこに到達する道筋が見えないかたちで出されているのです。目標がはっきりしないのであれば、これはバラマキになる可能性が非常に高いということです。
もうひとつ申し上げたいのは、社会的企業の定義が曖昧だということです。「収益事業を行うことに特化する」ということがありますが、そうだとすれば国際協力のような非収益的な活動、あるいは言論NPOをはじめとする政策提言などの全く収益を生まない活動がスコープから外れることになりますので、これだけでは新しい公共の像が浮かんでこないということがあります。さらに言えば、この政策は国家戦略室から出てきたわけですが、行政刷新会議が行うのか、あるいは内閣府の別の部門が行うのか、「私たちの省がやります」という調和がなかなか取れていないようにも思いますので、ここもリーダーシップが問われるところではないかと思います。