田中:先程はマニフェスト評価の総論についてお話いただきました。せっかくですので、皆さんの専門分野について、もう少し詳しくお話を伺っていきたいと思います。まず、湯元さんからお願いします。
アベノミクスの3年間をどのように評価したか
湯元:私は経済政策、特にアベノミクスについて評価をさせて頂きましたが、非常に成果の出ているところと、成果が不十分なところが混在しています。それだけに評価が難しいというところがあるのですが、成果の出ている分野としては、先ほど鈴木さんからもご指摘ありました通り、雇用情勢が近年にない改善ぶりを示している、ということが挙げられます。例えば失業率とか、有効求人倍率でいうとい20数年ぶりのレベルで改善しており、大きな成果と言えると思います。他方で企業業績についても、3年連続増収増益、リーマンショック前の最高益を更新し続けている。この2つを見るとアベノミクスは大成功しているのではないか、と見える部分もあるわけです。
しかしながら、安倍政権は中長期の目標として実質成長率2%以上、名目成長率3%以上という、高い経済成長を目指していくという目標を掲げています。この目標に対しては、この3年間で、消費税の引き上げなどが影響したということもありますが、平均しますとやはり1%を超えていない、0.7%程度といったレベルにとどまっており、目標からの距離はかなり遠ざかっていると言わざるを得ない。
それから、物価目標として2年間で2%の物価上昇を達成するという目標についても、原油価格の低下といった要因もありましたが、既に2年経過してしまい、0%前後というのが現状で、ある意味、逆戻りしてきています。ミクロの方は非常に好調だというところがありますが、マクロの経済パフォーマンスはまだまだ十分と言えるような結果にはなっていません。
では、どうしてマクロのパフォーマンスとミクロの所に大きな差がでてきてしまうのか。私なりに考えてみると、基本的にはアベノミクスで考えている、経済の好循環というメカニズム、つまり、企業業績が改善し賃金上昇につながっていく。そして、さらに個人消費の拡大につながっていく。それからもう一つは、企業業績が回復して設備投資の拡大につながっていく。こうしたサイクルが多少は働いているのですが、十分力強いものにまでなっていないのです。特に消費税が上がった2014年は、物価上昇を差し引いた実質賃金でみると、マイナスの状況が続いていて、ようやくこの数か月でプラスに戻ってきたという状況ですが、非常に弱い上昇率にとどまっているのが現状です。設備投資も少し回復の芽は出てきたと思いますが、力強さという面ではまだまだです。
さらにはアベノミクスの当初のメカニズムとして、日銀の金融緩和という第一の矢によって円安・株高を実現し、思惑通りにいったと思います。他方で第一の矢によって円安になったことで、非製造業や中小企業、あるいは家計にとっては物価だけが先行して上昇し、賃金が上がりづらい状況が続くなど、むしろマイナスに作用してしまっている。それから財政政策である第二の矢も、安倍政権発足後、3年間のトータルで19兆円の財政支出拡大が実行されました。これで飛躍的に経済がめざましく成長しているのか、あるいは地方経済が活性化しているのかというと、それだけのお金を投入したわりには、はかばかしい成長が見られていません。むしろ財政赤字は大丈夫か、という懸念を持たれるような状況です。
次に、アベノミクスの三本の矢のうち、第三の矢である成長戦略が、それなりの進捗はたしかにあると思いますが、まだまだ期待値対比で進捗しておらず、スピードも遅いですし、やるべき政策の数もまだまだ足りないと思っています。第三の矢がまだまだ十分でない状況の中で、第一の矢、第二の矢につねに依存して、経済成長を図ろうとしてきた。そうした中、第一の矢によって物価上昇が先行するという副作用が現れ、第二の矢による財政の大盤振る舞いはできず、常に反動で財政支出による効果がはげ落ちるといったようなことが起きています。本来やるべき規制緩和を中心とした、いわゆる構造改革的なものの実行スピードが遅いという事と、実行の大胆さについても、もう少し期待したのですが、足りないというのが現状です。
アベノミクスの恩恵を地方、家計に波及させるための軌道修正
そうした中で、アベノミクスが事実上軌道修正を強いられてきたのが、まず地方にアベノミクスの恩恵が及んでいかないということで、2年目からローカルアベノミクスということを打ち出し、地方経済活性化のための政策を打ちだしていこうとしています。私はこの路線変更自体は間違っていないと思います。しかし、それに対する具体的な戦略が打ち出され、地方に波及していくかといえば、上手くいくのかどうかというと評価は非常に難しい。
それから先ほども言いましたが、家計にもあまりアベノミクスの恩恵が及んでいない。これに対して政府は、市場メカニズムを通じてだけではそう簡単に恩恵が及ばないということで、いわゆる官民対話を開いて、企業側に対して賃上げを要求するという異例の政府介入を行いました。本来批判されるべき筋合いのものではありますが、そういったメカニズムをできるだけはやく回転させようという努力をしていることは間違いない。ただその努力が大きく実を結んでいるか、と言えばそうはなっていない。結局アベノミクスは、家計の所得がもっと増えていくといった方向になっていかなければいけない。その為に、後ほど議論になると思いますが、いわゆる新三本の矢ということで、「希望出生率1.8」や、「介護離職ゼロ」といった目標を設定して、事実上は家計に対する支援を中心に強めていこうとしているわけです。当初のアベノミクスは企業に対して、企業が国際競争力を強化して、収益力を強化していくという所に力点が置かれていましたが、現実にはそれがなかなか家計の方にまで回ってこない。それから中長期的な課題が山積している中で、それに対応していなければいかない。
以上のことから、方向性のシフトを打ち出してきた。この辺の事情が、国民サイドからみると、なんとなくわかりにくい。やはり最初の三本の矢がうまくいっていないから、別の方向性を打ち出しています、という説明はなかなか政権としてはできないという所はありますが、現実は事実上、思惑通りの展開になっていないことに対して、政策を軌道修正している部分があって、新たな課題を進めようとしている。その点においては、評価していいと。ただ政策の中身については、これからまた議論になると思いますが、そういう政策転換的なところは評価できるのではないかと思います。
田中:ありがとうございます。政策転換のところの中身については評価できるということでしたが、一点確認させてください。言論NPOでは国民に対する説明という点について大事な評価基準にしているのですが、新たな新三本の矢についての理由というのは、それほど明確に説明がなされていない、という理解でよろしいでしょうか。
湯元:安倍総理の説明というのは、デフレ脱却は目前に来ていて、需要が不足している状況は過ぎ去った。だから、供給力を強化する必要があるという説明のもと、イノベーションや生産性向上を図っていくという話はしています。
それから新三本の矢ということで、GDP600兆円目標という、ここは経済に関する目標ですけれども、それ以外に希望出生率1.8、介護離職ゼロといったように、どちらかというと経済政策というよりは本来、社会政策的なものが織り交ざった形ででてきていて、どうしてそういう形に転換するのかという説明はわかりにくいと言わざるを得ないと思います。
田中:それでは、鈴木さん、いかがでしょうか
2020年度のプライマリーバランス黒字化をどう実現するのか、
具体的な道筋が描き切れていない
鈴木:今回、言論NPOとしては、財政に関して厳しめの評価をしたということだと思いますが、端的に申し上げれば、やはり2020年度のプライマリーバランス黒字化という目標をどう実現していくのか、ということが十分に描き切れていないということだと思います。皆さん忘れてしまっていますが、かつては2011年度に黒字化させると言っていた目標だったものを延期したままであることもあるわけです。日本の場合、これから少子高齢化が急速に進み、あるいはデフレから脱却して、これから金利が上がっていくということを考えると、この財政の問題への取り組みは急ぐ必要が相当あるわけです。そうした点から、厳しめの評価になったということだと思います。
ただ一点、骨太の方針2015では、専門調査会を作って、実際の改革を回していきましょうという事になりました。私自身もそれに関わっているものですから、少しだけ解説をさせて頂くと、12月24日に経済財政諮問会議が「経済・財政再生アクション・プログラム」というものを決定し、発表しています。これは一体何なのかということですが、簡単に言うと政策のメカニズムをつくったということです。改革の工程表を80項目の改革事項について、一つひとつ細かく、いつまでに何を議論し結論を出し、いつからやるかという改革の工程をつくり、その進捗をはかるKPIを設定したということです。つまり、関係者が議論や取組みから逃れられないように期限を区切り、結論を出していきましょうというものです。
また、普通は、不況の時に公共事業なんかを将来役に立つようにやりましょうということをワイズスペンディングと言いますが、今回、言っているワイズスペンディングというのはそういうことではなくて、現状の「見える化」をしていくということです。例えば医療費は地域によって一人当たりで相当違う。これは一体なぜなのかと。高齢化の分を調整して、あるいは疾病の構造を調整して、それでも一人当たり医療費がものすごく地域によって違うわけです。それから一般的な行政経費も、自治体がいろんなことやっていますが、同じことやるにしても、お金をかけているところと、かけていないところ、地域によってものすごく違いが出ています。そうであるなら、上手くいっているところはなぜなのか。お金がかかっているところは、もう少し安くできるのではないか。こういうことをできるだけ「見える化」して、まさに一人ひとりと言いますか、国民、住民一人ひとりが考えて、行動を変えていけるようなそういうインセンティブを設計して実行していきましょうという改革なわけです。
そうした方向で議論はしてきていて、一定の成果は年末までに得られています。ただ、これはあくまで改革のスタート地点に立ったということに過ぎませんから、こうした動きを社会全体に広めていって、一人ひとりが「自分ごと」としてやっていかないと、財政の問題は解決しない。以上のような考え方について、安倍政権はもう少し広くアピールするというか、説明するということは必要だと思います。
消費税を何のために引き上げるのか、という初心に立ち返り考える必要がある
それから消費税についてですが、2017年4月に税率を上げるということについては、中身に関していろいろな議論はありますが、軽減税率についてあれだけ議論をして、軽減税率導入にあたって、2021年度からはインボイスを入れることを決めた。そういう議論をし、12月の与党の税制改正大綱でも税率引き上げは「確実に」行うということが書かれましたので、消費税はきちんとあげるという方向に向かっていると思います。
ただ一方で、なぜ消費税を上げなければいけないのかという事を改めて考える必要があると思います。当初は、社会保障制度の持続性を高めるためだと説明されていました。社会保障というのは当然ながらある意味弱い人へ向けた政策です。病気になって医療費が必要な人への医療給付、あるいは長生きをして働けない人は生活費が必要ですから年金で手当てしていく。そういった仕組みをきちんと持続させるための増税なのですが、消費税は消費税で、負担を引き上げるためには、弱者対策、低所得者対策が必要だという。こういう議論を続けたのでは、我々は一体何を議論すればいいのかわからない堂々巡りのようなことが起きてきます。実際、今回、軽減税率がかなり大きな規模で入れるということを政治は合意しました。ですから、消費税というものを一体何のために引き上げるのか、社会保障制度を維持するためにどれぐらい引き上げなければいけないのか、という初心に立ち返って考えないといけない。そういうことが今見えてきた。そういう状況ではないかと思います。
田中:少し繰り返しの質問になってしまうかもしれませんが、財政に関して、評価としては高い、低いでいうと、どうでしょうか。
鈴木:相対的に低いと思いますが、ただ着手をしてメカニズムをつくって、スタート地点に立った、とは言えると思います。ですから前進はしているものの、目標達成できるかどうかは、現時点ではわからない、という状況ではないかと思います。
田中:それでは、西沢さん、お願い致します。
やるべきことをやっていないのが年金政策であり、評価を下げざるを得ない
西沢:社会保障分野ですが、総じて点数が低くなっています。民主党政権だった時に、自民党と公明党を加えた3党合意というものが結ばれました。その時の私の感想は、消費税から逃げないという政治の知恵であると同時に、3党で社会保障について合意ができるということは、各党ともそれほどこだわりの政策がないのだな、という印象を持ちました。結局、政策も官僚が作っているものが多いのです。2014年衆院選時の自民党のマニフェストを見直しても、医療・介護が中心ですが、非常に細かいテクニカルなものが多い、という感想を持ちました。
順番に申しますと、まず年金ですが、やはり高い点数がつけられません。年金財政を持続可能なものとするために、2004年の年金改正でマクロ経済スライドが導入されましたが、その後、発動されていません。そうした状況から、マクロ経済スライドを発動できるように法改正をしようということが、2013年8月に出された社会保障制度改革国民会議の報告書にも書かれていますし、自民党のマニフェストでも、国民会議の報告を受けて法改正を実行するというふうに書かれています。しかし、結局2013年8月に国民会議の報告書が出て以来、何も着手されていません。ですから、これも年金財政の持続可能性を脅かすものであって、本来、年金を国会に出すのは政治にとって嫌なことだと思いますが、それを避けていけては、年金は持続可能とはならないわけであって、高い評価を付けることはできません。
他方で、年金積立金140兆円を年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用していますが、これも国民に十分な説明がないままに昨年の10月、日銀の追加的な金融緩和の発表と同時に、基本ポートフォリオの見直しが発表されしました。こうしたことも含めて、やはり本来やるべきことをやっていない、というのが年金だと思います。
医療・介護政策に関して、財政とのリンクがなく、説明責任を果たしていない
医療・介護に関しては、3党合意のメインは医療・介護でした。社会保障と税の一体改革のメインは医療・介護で、一つ目は国民健康保険です。これは自営業者、農林漁業者、非正規雇用の方や、74歳以下の年金受給者なども入っている市町村が運営する制度ですが、その国民健康保険の保険者を変えるということです。単純に都道府県に移すのかというと、そうではなくて、都道府県単位にしますと言っており、わかりにくい状況になっています。もう一つは、ベッド数が今は、一般病床と療養病床の合計で133万床あり、世界的に見ても多いのですが、これを減らしていきましょうという二本柱を立てています。今年6月に内閣官房が、2025年には115万から119万床にしましょうという推計を出しました。しかし、こうした非常に重要なことが出されていることを、一般の国民は知りません。
今は行政としてこれを粛々と進めている段階にあると思いますが、国民健康保険の保険者がこう変わります、こうした変更にはメリットとデメリットがあります、と。あるいは133万の病床があるの現状から、2025年には115万から119万に、約20万床減らそうとしています。これにはどういう意義があって、あるいはどういう影響があるのか、ということを官僚任せではなく、政治が語るべきだと思います。やはり入院医療費を減らさないと財政的な影響も大きいですし、在宅でなるべく過ごせることが我々にとってもハッピーでしょうから、方向性としてはいいのですが、その意義の説明という意味では、やはり物足りなさを感じています。
また、鈴木さんが財政のことをお話されましたが、133万床から、115万床~119万床に減らしていくという事と財政とのリンクがありません。財政にこれぐらい影響がありますといったものを見せないと話は完結しないはずですが、数字で見せると、医療提供者側からしてみると、「えっ、医療費が減るの!」という反発を恐れているからか数字が出されていません。そういった意味でも、説明責任で非常に物足りないものを私は感じています。ですので、なかなか高い点数がつきにくかったということだと思います。
田中:西沢さんの説明を伺うと、ある程度やることについてはメスを入れているけれども、ただそれが現場でどうなるのかという説明を、もっと政治が語るべきだという事と、社会保障というのは財政支出削減と切っても切れないものの、そこの説明がまだ足りないということでしょうか。
西沢:医療はあまり一般には認識されていないかもしれませんが、一体改革の柱であって、去年と今年にかけて、大きな法改正がありました。私の受け止め方としては、官僚の人たちがあるべき将来像を考え進めてきているのですが、本来はそれを政治が語るべきです。しかもその説明は、医師会んまどに遠慮するのではなく、我々有権者の目線で話すべきであるのに、そうはなっていません。そうした点が物足りません。財政の数字に落とさないので、財政健全化の数字を作れ、作れと言われても作りづらいわけです。その点も不十分です。
田中:はい、ありがとうございました。今、第二ラウンドで少し、各論に入りましたけれども、次に来年の選挙に向かって、何を我々どう考えたらいいかということについて、話したいと思います。