安倍政権3年の評価を受けて、私たち有権者は何を考えなければいけないのか
~安倍政権3年の実績評価を終えて~

2015年12月29日

田中:続けて議論していきたいと思います。来年夏には参議院選挙がありますが、その選挙に向けて、新しい社会課題が出てきています。我々有権者の視点で、何を見ればいいのかということをそれぞれ語っていただきたいのですが、まず工藤さんからお願いします。


各政策は動いているが、その政策の実現によって目指すビジョンが見えない

工藤:今のお三方にお話しいただいたのは、安倍政権の中心的な課題であるべきだった経済、財政、社会保障です。一方、その他にもいろんな政策課題があります。

 私たちの評価で最も点数が高かったのは、外交・安全保障分野で、5点満点で3.6点という、今までの私たちの評価の中でもかなり高い点数でした。ほとんどの項目が4点、つまり、言ったことがほぼ実現する方向になっているということです。ただ、3点になっている項目には、国民への説明不足の問題がありました。修正している政策や、マニフェストで十分に説明していない政策、例えば特定秘密保護法や安保法制などの大きな問題で、国民に対する説明が非常に足りない中で、点数がどんどん下がっていっている問題があります。

 ただ、それだけでなく、ビジョンを示す必要が出てきています。先ほど、西沢さんから、官僚をベースにして政策がつくられているという話がありましたが、細部の検討は進んでいるものの、政策の結果がどうなるのかが分かりにくくなっているという問題が出てきています。 

 例えば、農林水産分野では、農協改革で去年も今年も高い点数になりました。それから、去年は減反政策の廃止も高い得点となっています。しかし、これを評価していくと、生産調整の問題もあるのですが、いろんなかたちで計画的に価格を維持している現状を、生産者が自由にやっていく社会に転換していく、それは、消費者にとっては、自由化される中で安い農産物、あるいは質の良い農産物を買えるようになるかもしれない。一方で、納税者としては、経営安定のために負担をしていく。こうした方向にある程度、動き出そうということを目指していました。しかし、今回見ていると、例えばエサ米のかたちでの支援になって、その結果として価格が維持されています。これを評価していくと、減反後の日本の農業をどうしたいのかがなかなか見えてこない。これは社会保障にしてもいろんな問題があって、介護にしても、どのようなかたちを目指しているのか、という全体的なビジョンが見えないのです。

 また、安全保障でも全体的なビジョンが見えない、という点が議論になりました。安倍さんが63ヵ国・地域に行って、地球儀を俯瞰するかたちでかなりリーダーシップを発揮して、安保法制をベースにして、中国の台頭の中で力の均衡はかなり作り出しています。これは、海外の人から見ても「日本はいいね、同盟関係を重視した仕組みはできるね」と、安倍さんの行動力に驚く声もあるのですが、では、それらを使いながら、将来的な平和秩序をどうビジョン化していくのか、構成していくのかということが、私たちの評価の議論では非常に大きな問題になってきています。

 ということは、この評価の中で浮かび上がった一つの課題は、将来の日本の姿というものを、各分野をつなぎ合わせてどのようなかたちを実現するのか、という将来課題に対する課題解決の競争が政治レベルで始まってこなければならない。また、政権党はそれに対して「その結果、何を目指すのか」といったビジョンを政治の姿勢として示さなければいけない。言ったことはやっていて、変更があったのに説明が足りないこともあったのですが、そういう次の段階にだんだん来ているのではないかという気がしています。

 目指すビジョンという問題で、安倍さんが言っている新しい三本の矢が、それにちゃんと見合ったものになっているかという問題を、皆さんに聞きたいのですね。

 もう一つ、私も問題意識があるのは、有識者アンケートでは、政策課題に対してはきちんと厳しく評価されるのですが、安倍政権そのものへの支持率は高い。支持率も普通は3年も続くと結構下がってくるのですが、有識者レベルでもある程度高い支持率を得ています。一方、この政権がいつまで続くかと聞くと、長期政権になるのではないかとみる人も3割近くいます。つまり、政策に対する評価の厳しい視線、またビジョンがなかなか見えないという問題と、政権として安倍さんがまだ支持されているという状況を、私たちはどう考えればいいのかという問題意識を持ちました。

田中:ありがとうございます。かなり本質的な発言だったのですが、将来ビジョンがなかなか見えない中で次の矢が出てきているけれども、それが本当に将来に向かっているかどうかもよくわからない。もう一つは、支持率が結構高い、また政権がこれからも続くということで、政策評価の結果が厳しいこととのギャップをどう見るのか、という質問が工藤さんから提示されました。これを踏まえて、お三方からご意見をいただけたらと思います。まず湯元さんからどうでしょうか。


国民の意見を吸い上げ政策に落とし込んでいく機能が正常に作用していない

湯元:安倍政権の支持率の高さは、結果的にこれだけ長期の政権になって、中長期的な数値目標を含めた具体的な目標を打ち出し、それに対して一歩一歩前進している姿が見えてきている。経済パフォーマンスも、まだ十分ではないと先ほど申し上げましたが、雇用や企業収益が回復し、賃金も弱いながらも上がるようになってきたのは画期的なことです。そういう一定の成果を出したことに対する評価が、まずあると思います。

 他方、本来、民主主義の中で、安倍政権のやっている政策が非常に問題だ、というような指摘も出てきてしかるべきなのですが、それを果たす野党の役割、力が落ちてしまっていて、有識者サイドから見ても、安倍政権の経済・財政・社会保障政策にとって代わる対案がなかなか出されていない。そういう状況の中で、安倍政権が長く続くだろうという予想にもなるし、今のスタンスで続けていくと、長期政権になれば、本来やるべき政策に腰を据えて取り組めるだろうと、あきらめと期待が両方混ざったような状況の中で支持率が高いのかなと思います。

 支持率が高いということは、その政権が長期化する可能性がります。そして、それなりの時間をかければやるべき政策目標が実現できる可能性も高まるということなのですが、本来、民主主義とは、様々な意見や議論があって、その中で国民の末端の意見も吸い上げて、しっかりと政策に落としていくということをやっていかないといけません。そのような、政治に求められる機能が、残念ながら正常に作用していないと受け止めています。

田中:来年の選挙に向けては、後でまた一言ずついただくとして、今の工藤さんからの問題提起について、鈴木さんからもご意見頂けますでしょうか。


有権者自身が考え、政策を選択していくという投票行動を起こす必要がある

鈴木:ビジョンが重要である、あるいは、政策の妥当性がそもそもどうなのか、という話ですが、12月25日に言論NPOが発表した有識者アンケートを見ても、回答者は50歳以上の方が8割、40代以上で9割を占めています。つまり、社会全体に関心を持っている人のウェイトが高年齢層に偏っていて、若い人の関心が低い。なぜ低いのかと考えてみますと、やはり、目指すべき社会がどういう社会なのか、ということを政治が語っていないということは一つあると思います。ただ、そこは有権者自身が考えて、実際に投票行動を起こし、政策や政権を選択していくというダイナミズムがなければ、いつまで経っても、期待するような良い政治的循環は生まれないのではないかと思います。

 例を申し上げれば、「どういう社会を目指すのか」ということでは、「長時間労働を是正しましょう」というときに、法律で規制すればいいのか、あるいは、長時間働いているのは生産性が低いからだとすれば、生産性を上げなければいけないのか、という選択肢があり得ます。また、「子供を産み育てられる社会にしなければいけない」という話でも、社会全体が子育てに対して冷たいという問題があるのか、それとも、若い人たちの所得・雇用環境が悪いという問題があるのか。そういったさまざまなアジェンダが本来あるわけで、そういったことについて政府がどういう役割を果たすべきか、有権者自身が考える必要がある。今の政治は、いわゆる新自由主義と、いわゆるリベラル的な政策とのミックス的なやり方でやっているわけですが、一体どこを目指して、どういう手法がいいのか、ということについて、もう少し考えていかないといけない。

 もちろん、デモに参加したり、ネット上で意見を発信したりすることも立派な意見表明の仕方だと思いますが、やはり、最終的には投票に行って、投票行動によって変えていく、あるいは次のステップに進んでいく、ということでないといけないと思います。

 支持率が高いというのは、現状は大まかには正しい方向に向かっていると考えられている、ということだと思います。今まで、短い期間しか政権を担当しない内閣があまりにも多すぎたので、仮に政権が代わっても、政策のメカニズムが回るようなシステムをこの政権でつくれるのかが、非常に重要ではないかと思います。

田中:ありがとうございました。鈴木さんからは、政治だけでなく有権者の行動が大事だ、ということをお話しいただいたと思います。それでは、西沢さん、お願いします。

西沢:支持率の問題をお話しします。私たちは、政策を考える中で「世代」というものに注目します。例えば、今の政策課題として、高齢者の公的年金等控除という、所得税を優遇する仕組みがあります。この優遇をなくそうというのは昔からの政策課題になっていますが、一向に議論が進んでいません。それは、高齢者にとっては好ましいわけですが、それによって税収が損なわれる結果、赤字国債が発行され、将来世代がデメリットを受けるわけです。

 公的年金等控除はそのまま温存して、赤字国債を発行してでも将来世代にツケを回せば支持率自体は上がるわけであって、マーケティングとして非常にうまいという感じは持っています。


有識者303人が考える安倍政権の評価とは

工藤:有識者アンケートでも、安倍政権の主要政策に対する評価を聞いています。その内容が参考になるので紹介すると、「安倍政権は日本の将来課題に向かい合っているのか」と聞くと、半数は「向かい合っている」と思っています。「アベノミクスは成功か失敗か」と聞くと、意見は完全に分かれて、失敗だという人もかなりいます。ただ、意見が分かれているのは、たぶん、方向はこの方向しかないのではないか、だけどうまくいかないということで、政策そのものの考え方が全く間違っているという話ではないと思います。

 ただ、アベノミクスの第2ステージ。新三本の矢に対しては、6割が「期待できない」、何を言っているのか分からないという声が多くありました。もっとはっきりしているのは、財政再建は「現状の取り組みでは困難」だという声が72.6%です。この設問は毎回やっているのですが、7割を超えて8割に近づいてきているということは、多くの有識者は「このままでは財政再建は難しい」という判断をしてきているということです。

 高齢化に伴う課題解決について、安倍さんが本当にできるかどうかに関しては意見が分かれました。「無理ではないか」という声と「もう少し期待したい」という声があって、これはたぶん、やってほしい、やらなければいけないというメッセージだと思います。

 TPPには賛成で、あと、一票の格差を含めた制度的な問題、政治的な環境の問題に関しては、努力が足りないという声が非常に強いです。今回の私たちの評価でも、統治構造の問題に関して安倍政権はあまりやっていないという評価になっています。行革など、いろんなことが不徹底になっていますが、こういうことを見ていると、有識者の声は意外にいいところをついている気がしています。

 来年は選挙もありますが、安倍政権を評価の対象としてどう見ていけばいいのか、という視点につながると思うので、そこを皆さんに聞きたいと思います。

田中:今までの選挙は短命政権の中で繰り返されてきましたが、次は連続性の中での評価ですので、過去の実績を踏まえてどうなのか、というところも見て選挙に臨むべきだと思います。それぞれ、次の選挙において、私たち有権者は何をポイントとして考えなければいけないか、ということを伺えたらと思います。


2016年の参議院選挙で、私たち有権者は何を考え、選挙に行くべきか

湯元:政治というものは、どうしてもポピュリズム的になりがちです。つまり、誰もが望むことを公約に掲げ、それを実行する姿勢を見せるということが、その政党や時の政権の支持率上昇につながります。他方で、誰もが嫌がること、例えば、消費税を引き上げるとか高齢者の社会保障の自己負担を引き上げるといった問題については、なかなか政治としては正面から向き合いづらい、さらには、向き合おうとしない状況になっているのではないかと思います。

 マニフェスト選挙、政権公約を政党が掲げて、それをきちんと実行しているかどうかということの評価を、我々はずっとやってきていますが、マニフェストに書かれている内容自体も、数値目標がどんどん減ってきたり、具体性がどんどん乏しくなってきたり、抽象的で、かつ明るい雰囲気を醸し出すような表現の羅列にとどまったり、ということで、マニフェスト政治が後退しかかっているのは懸念材料です。

 そういう中で、我々国民として、有権者として考えていかないといけないのは、あるべき経済社会を実現する上で、国民自身に直接痛みが及ぶような改革に対して口を閉ざしている政党なのか、それに真正面から向き合い、解決策を提示している政党なのか。つまり、いいことばかりを言っている政党が本当に信じられるのか、ということです。そこは、今回の参議院選挙で、いいことを言い合って争うというのではなく、将来の少子高齢化、人口減少という大きな課題に直面している中で、どうやって国民生活がより豊かなものになっていくのか、そのためにはどういうところで痛みを甘受してもらわないとそれが実現できないのか、といったことを、政党がしっかりと説明しているかどうかを、有権者が厳しい目で見ていくことが大事なのではないかと思います。

鈴木:有識者の考え方と、平均的な国民の考え方との間に乖離があるという問題があると思います。有識者は財政再建について非常に厳しく見ています。しかし、例えば軽減税率について一般的な世論調査を行えば、賛成という人が多いわけです。軽減税率に関しては、財政や税の専門家は、ほぼ例外なく、この制度を入れても低所得者対策にならないし、対象品目の線引きが難しくて経済活動にゆがみを与えるし、あるいは線引きが政治的な利権になるリスクもあると指摘しています。それから、ヨーロッパでは、複数税率がまずい政策だったという反省が今なされています。それにもかかわらず、今回、軽減税率導入が決まったのは、私たちの民主主義の帰結というほかないわけでありまして、これもまた政治だということです。

 やはり、いろんな意見を広げて共有していくほかないのですが、一票の格差の問題が重要です。倍率うんぬんではなく、とにかく一票の価値を同じにしないと、いろいろな判断がゆがむと思います。原発の問題もTPPの問題も、ありとあらゆる問題がそうですが、一票の格差をきちんと是正していくことを志向している政治でないと、判断がゆがんでしまいます。これは、皆一人ひとりは合理的に投票していたとしても、社会全体としての意思決定がゆがんでしまうということです。私は、そこをきちんと考えている政党かどうか、ということが非常に重要ではないかと思います。

西沢:選挙のとき、マニフェスト以外に、民主党の場合は政策インデックス、自民党の場合はJーファイルというものが付録でつくのですが、私は曲者だと思っていて、何でも書いてあるのです。おそらく、各政治家の地元の要望が全部そこに集約されていて、地元では「ここに書いてある」と説明されていると思います。しかし、読んでも何だか分からない。ですから、ああいうものではなく、もっと話し言葉として、マニフェストで「わが党はこういう問題を考えています」と分かりやすく語ってほしい、というのが、政党に対する注文です。

 もう一つは、我が国は2017年の消費税引き上げの後、2020年までに、もう一度増税しなければいけないということが、だいたいのコンセンサスになっています。ですので、負担増について語ってもらわないといけないのですが、おそらく、17年4月に消費税を上げるかどうかで止まっているので、そこは議論になりにくい。しかし、選挙のときにある程度言っておかないと、2017年4月の後の増税の話がしにくくなるので、そこは、各政党に、どういう税体系がいいのか、消費税でも所得税でも相続税でも何でいいのですが、もう一段の負担増の話をしてもらわないと、有権者としても困るし、我が国の財政としても困るなという感じがあります。

田中:では、最後に工藤さん、お願いします。


政治が強くなるためには、私たち有権者側が強くなる必要がある

工藤:こうした評価を2004年の小泉政権のときからやっています。そのときから、きちんとした緊張感のある民主主義の関係をつくりたいと思ってやってきたのですが、評価する団体もだんだん少なくなっている状況です。

 ただ、今の日本の現状は、私たちの将来にとって決定的な局面に来ていると思います。そのとき、どのようにこの状況を乗り切るのか。この前、言論NPOの14周年パーティで「日本のデモクラシーをどう考えるか」という議論をしたときに、皆さんが口をそろえたのは「有権者」ではなく「主権者」という考えになっていかないといけないということでした。つまり、自分たちが地域や日本のいろんな課題についてきちんと考えて、将来に向けて生きていく、政治に対しても意見を言っていくというかたちをつくらないといけない。いろんな人たちにリップサービスばかりしていては、もう持たない状況になっています。

 私は、政治が強くなるためには私たち有権者の側が強くならないといけないと、ずっと思っています。だから、こうした評価は来年の参議院選挙の時にも必ずやりますし、今回もいろんな人たちが協力してくれたことに感謝しています。自分の仕事がある時にも、アフターファイブでいろんな人たちが力を貸してくれました。ただ、こういう輪をもっと大きくしていかなければいけないだろうし、選挙の時だけでなく継続的に議論していかなければいけないと思っています。現状、日本には様々な課題がありますが、私たちは私たちなりに責任を果たさないといけないと思っていますので、新しい年にはそういうことにチャレンジしていきたいと思っています。

田中:ありがとうございました。安倍政権のちょうど3年、そして来年度予算が発表されたというタイミングで、安倍政権の実績評価を行ったわけですが、実機評価の詳細な結果は言論NPOのホームページに掲載されていますし、12月27日の毎日新聞朝刊にも掲載されています。皆さん、ぜひご覧になっていただければと思います。

 今日はありがとうございました。



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