安倍政権3年の評価を受けて、私たち有権者は何を考えなければいけないのか
~安倍政権3年の実績評価を終えて~

2015年12月29日

2015年12月26日(土)
出演者:
湯元健治(日本総合研究所副理事長)
鈴木準(大和総研主席研究員)
西沢和彦(日本総合研究所上席主任研究員)

司会者:
田中弥生(大学評価・学位授与機構教授)
工藤泰志(言論NPO代表)



 言論NPOでは、12月26日の安倍政権発足3年に伴い、「政権実績評価」の結果を公表しました。同日収録の言論スタジオでは、評価作業に携わった方々にご参加いただき、今回の評価が持つ意味や、安倍政権に問われている課題、また、来年の参院選も見据え、有権者が政治とどのように向かい合っていけばよいのかを話し合いました。田中弥生氏(大学評価・学位授与機構教授)が司会を務め、湯元健治氏(日本総合研究所副理事長)、鈴木準氏(大和総研主席研究員)、 西沢和彦氏(日本総合研究所上席主任研究員)、工藤泰志(言論NPO代表)が登壇しました。


政治と有権者の緊張感ある関係づくりのため、評価を行った

 まず、司会の田中氏が、今回の評価をどのような目的で行い、その結果何が明らかになったのか、と工藤に質問しました。これに対して工藤は「私たちは有権者に向かい合う政治をこの国に実現しようとしている。選挙で国民に約束したことが本当に実行されているか。その中で浮上した新しい課題に政治が取り組んでいるかを検証することで、政治と有権者の関係を緊張感のあるものにしたい」と説明。また、実際の評価プロセスについて、2012年衆院選、2013年参院選、2014年衆院選の3つの選挙公約や首相の国会演説を踏まえ、政権が国民に約束していると認められる11分野71項目の政策を評価対象とし、40人以上との専門家との議論のほか、有識者303人へのアンケート調査や省庁へのヒアリングも踏まえて評価を行ったことを紹介しました。また、評価においては、公約の実行状況のほか、公約内容を修正した場合にそれを国民に説明しているかという点も確認していると語りました。

工藤泰志 そして工藤は、「安定した政権が3年間続くのは近年では珍しく、継続的な評価をきちんと実施できる重要な機会だった」とした上で、5点満点で平均2.7点という評価結果に対する全体的な感想として、「平均点は昨年から少し上がっており、相対的に高い評価といえる。
実現した政策もある一方、12項目においては公約内容の変更を国民に説明しておらず、減点対象とした」と説明しました。

 湯元氏は、自身が評価を担当した経済政策について、毎年評価を行っているが、3年目に入ってある程度の政策実行が進んできた一方、本来の目標地点からすれば半分にも満たない項目もたくさんある、と指摘しました。そうした政策を安倍政権が修正し始めていることについて、「最初に目標を掲げたものの、経済の実態は動いていかない。そうしたことに対する本音の真摯な自己評価を行う。だからこそ政策を変えていく、といった説明がなされていれば、もっと高い数値になった。しかし、やはり説明が足りない部分が数多くあった」と述べました。

 また、湯元氏は、評価をする上で難しいのは、単に「公約したことを実行したか」だけでなく、目標の立て方そのものが正しいのかを判断する必要があることだ。できるだけ客観的に評価しつつも、主観的な価値判断も交え、何が正しいかを有権者が考えられるような材料を我々が提供することが大切だ、と語りました。

 鈴木氏は、「政権発足後、時間が経てば実行できることは増えていくが、同時に新しい課題も現れ、有権者が政治に求めなければならないレベルは上がっていく。そうした次の課題を明らかにすることが評価の意義だ」と語りました。具体的には、雇用を例に挙げ、「安倍政権になって雇用は130万人増え、設備投資も足元では戻ったが、増えたのはほぼ非正規雇用であり、かつ賃金が上がっていない。これは、成長戦略があまり実現していないことを示している」と指摘しました。

 西沢氏は、「本来、政策について有権者に分かりやすく伝えるべきメディアが、客観性、中立性を保てているかという疑問がある」と指摘し、メディアが果たしていない「言論」の役割を担うことを目指して設立された言論NPOが、政策の評価を行っている意義に言及しました。そして、積極的な外国訪問や安保法制などの動きが見られた外交の評価が高く、目立った取り組みがなかった財政や社会保障の点数が低くなった今回の評価結果について「安倍政権の姿勢をよく表している」と述べました。


選挙を起点とした課題解決のサイクルを機能させるべき

 以上を踏まえ、改めて発言に立った工藤は「安倍政権は課題に挑んでいるという印象が強く、民主党とは違ってマニフェストにも評価可能な目標がある」との見方を示す一方、「財政再建計画の策定など、選挙のときに約束した取り組みが、国会の場では議論されていない。また、実際の課題は具体的になっているはずだが、マニフェストには確実に実現できることだけが書かれている」と指摘。「選挙での約束を起点として、政治が課題解決に向けて競争していくサイクルをつくらないといけない」と強調しました。

 工藤は、その背景として、有権者の問題や野党を含めた政治全体の問題があると述べた上で、選挙が単なるイベントとなり、選挙が終われば言ったことに責任を問われなくなる風潮があると指摘。今後も、選挙のときだけでなく連続的に政権の評価を行っていきたいと語り、第1セッションを締めくくりました。


 続いて、各分野の評価に携わった3人のパネリストが、その分野における今回の評価結果についての議論になりました。


「第一・第二の矢」の副作用により、経済指標の伸びにばらつきが発生

 「経済再生」分野の評価を担当した湯元氏は、失業率や有効求人倍率といったミクロ経済指標が20数年ぶりの水準に回復する一方、マクロ経済政策においては、安倍政権が掲げた「実質2%、名目3%」の経済成長率目標や、2%の物価上昇率目標の達成が難しくなっていることを解説し、「非常に成果の出ているところと、不十分なところが混在していて、それだけに評価が難しいところがあった」と振り返りました。

 さらに湯元氏は、政策の成果にばらつきが出てきた理由として、アベノミクスが想定していた「企業業績の回復が、賃金上昇や設備投資の拡大につながる」という好循環が力強いものになっておらず、物価上昇を差し引いた実質賃金はマイナスとなる局面が多く、設備投資の回復もまだ不十分だと指摘しました。そして、アベノミクスは異次元緩和によって円安株高を実現した一方、第一・第二の矢に依存して経済成長を図ろうとした結果、特に円安が、非製造業、中小企業、地方、家計にとっては物価だけが先行して上昇するという副作用が発生していることを説明。「第三の矢、すなわち規制緩和を中心とした構造改革のスピード、大胆さが足りない」と強調しました。

 さらに、当初は企業の収益力強化に力点を置いていたアベノミクスが事実上軌道修正を強いられ、地方や家計の支援へシフトするようになったことについて、「戦略の打ち立てや具体的な政策実行はこれからの段階だが、路線自体は間違っていないので評価できる」と語りました。また、「アベノミクス第2ステージ」については「経済政策と、本来、社会政策的なものとが交ざったかたちで打ち出されており、どうしてそのような転換を行うのかという説明が分かりにくい」と指摘しました。


国民が自分の問題として考えないと、財政問題は解決しない

 鈴木氏は、「財政再建」分野の評価が低いものとなった理由について、「今後の高齢化や、デフレ脱却による金利上昇を見え据えると、財政再建を急ぐ必要があるが、2020年度のプライマリーバランス黒字化の道筋を描き切れていない」ことを挙げました。

 その上で、12月24日に経済財政諮問会議が発表した改革工程表の中で、国民の行動を変えるインセンティブとして地域ごとの医療費や行政経費を可視化するプログラムが盛り込まれたことに触れ、「一定の成果が出たが、あくまでスタート地点だ。一人ひとりが自分の問題として考えていかないと財政問題は解決しないことを、もっと説明する必要がある」と政府に求めました。
また、2017年4月の消費税引き上げに伴う軽減税率の導入について、「今回の増税の目的は社会保障の持続性を高めることだが、社会保障とは本来、弱者を守るために行うものだが、増税にあたって弱者対策が必要だという議論になり、軽減税率を大きな規模で導入することになった」と疑問を呈し、「消費税をなぜ上げるのか」という原点に立ち返って議論することを訴えました。


社会保障の将来像を、政治が有権者の目線で語るべき

 西沢氏は、財政と同様に低い点数にとどまった「社会保障」分野について、「社会保障について三党で合意ができるということは、各党ともこだわっている政策がないことを意味する。自民党の公約を見ても、官僚が作ったテクニカルな政策が多い」と、政治の関心の薄さを指摘しました。

 その上で、まず年金改革については、2013年8月に社会保障国民会議が提案したマクロ経済スライド発動に着手していない現状を「年金財政の持続可能性を脅かすものだ」と指摘。「負担増を国会で議論するのは政治にとって嫌なことだが、そこを避けていてはいけない」と訴えました。また、国民健康保険の保険者の都道府県単位への変更や、病床数の削減といった改革について、「極めて重要なことだが、今は行政として粛々と進められている段階である。国民にとってどういうメリットがあるかを、政治が語るべきだ」と主張。社会保障改革と一体の関係にある財政支出の削減について、医療提供者の反発を恐れて、数字に落とし込めておらず、その結果、財政健全化のシナリオを作りにくくなっている。今は官僚が将来像を考えているが、本来は政治が有権者の目線で語るべきだ、と語りました。


個別政策への厳しい評価と、高い政権支持率とのギャップをどう見るか

 続いて、工藤が各分野の評価結果を紹介しつつ、「当初の公約を修正している政策、公約で十分に説明していない政策で、国民に対する説明が足りない」ことが、今回、大きな減点要因になったと語りました。

 さらに工藤は、政策の細部が進捗している一方で、中長期的なビジョンを示す必要性を指摘。具体的には、減反政策で、「生産者自らの経営判断に基づく需要に応じた生産」を掲げながらも、飼料用米などの栽培に対する補助金増額によって、従来の生産調整と変わらない構造が残り、減反後の農業のビジョンが見えにくくなっていること、また、外交・安全保障でも、安倍首相の積極的な海外訪問や安保法制の整備によって「将来的な平和秩序をどう構築していくのか」が今回の評価でも大きな議論になったことを挙げ、「『政策を実行した結果として、何を目指すのか』を国民に説明する段階に来ている。その中で、アベノミクスの『新三本の矢』は、そうしたビジョンとして妥当なものなのか」と問題提起しました。

 次に工藤は、言論NPOが今回の評価に合わせて実施した有識者アンケートの結果を踏まえ、有識者は個々の政策課題への安倍政権の取り組みを厳しく評価している一方、政権そのものへの支持率は高く、政権が長期化するとの見方も強いことを説明。「このギャップをどう考えればいいのか」と、二つ目の問題提起を行いました。

 湯元氏は、政権の支持率が高い要因として、まず、具体的な目標を打ち出し、実際に経済指標などで一定の成果を出したことに対する評価があると指摘。それに加え、野党の力が落ち、安倍政権の政策に代わる対案が提示されていないことを挙げ、有識者は「長期政権になれば、本来やるべき政策に腰を据えて取り組めるだろう」という、あきらめと期待が混ざったような意識を持っているのではないかと述べました。また、湯元氏は、「本来、民主主義では、様々な意見や議論がある中で国民の末端の意見も吸い上げ、しっかりと政策に落とし込んでいかなければいけないが、そのような政治の機能が正常に作用していない」と語りました。

 鈴木氏は、有識者アンケートの回答者で50歳以上が8割を占めていることに言及しつつ、「若い人の政治への関心が低く、その一因として政治が目指すべき社会像を語っていないことがある。ただ、それをまず有権者自身が考えて投票行動を起こし、政治を選択していかなければ、良い政治的循環は生まれないのではないか」と述べました。

 鈴木氏は「例えば少子化問題をとっても、子育てに対して理解の薄い社会環境や、若年層の所得・雇用環境といった多様な論点がある。それらについて政府がどういう役割を果たすべきなのか。今の政策には新自由主義とリベラルの両方の考え方が混在しているが、どこを目指して、どういう手法をとるべきなのか、有権者が考えていかないといけない」と語りました。

 その上で、高い支持率の要因として、有識者が、現状の政策が大まかには正しい方向に向かっている、と考えているからではないか、と述べた上で、「今まで、短命政権があまりに多すぎた。この政権において、政権が代わっても持続的な政策運営を行うメカニズムを構築できるのかが重要だ」との認識を示しました。

 西沢氏は、高齢者の公的年金等控除の見直しが進んでいないことを例に、「赤字国債を発行してでも将来世代にツケを回せば支持率自体は上がる」と、高い支持率の一因として、高齢者を迎合する政策を行っていることがあるのではないかと指摘しました。

 続いて、司会の田中氏が、「今までの選挙は短命政権のもとで行われてきたが、来年の参院選は過去の実績への評価も踏まえて選挙に臨むべきだ」と述べ、有権者が投票にあたって何をポイントとして考えなければいけないか、と問いかけました。


あるべき社会を実現する上で必要な痛みを、政党が正面から説明すべき

 湯元氏は、政治がポピュリズム的になり、消費税の引き上げをはじめとした国民が嫌がる問題に向き合おうとしない状況になっていること、また、マニフェストが年々抽象的なものとなり、マニフェストそのもの政治が後退していることを懸念材料として挙げました。

 その上で、有権者が考えるべきポイントとして「あるべき経済社会を実現する上で、国民に痛みが及ぶ改革に対して口を閉ざしている政党なのか、それに真正面から向き合い、解決策を提示している政党なのか」という点を挙げ「少子高齢化、人口減少という大きな課題に直面している中で、国民生活をどのように豊かなものとするのか、そのためにはどのような痛みを甘受しなければいけないのかを、政党がしっかりと説明しているか」を、有権者が監視していくべきだと訴えました。

 鈴木氏は、有識者と、平均的な国民との間では考え方に乖離があると指摘。例として、消費税の軽減税率について「ほとんどの専門家が、低所得者対策としての効果の薄さや対象品目の線引きによる経済活動にゆがみを指摘し、ヨーロッパでもそれに対する反省がなされている。にもかかわらず一般的な国民への世論調査では賛成が多数を占め、実際に導入が決まった。私たちの民主主義の帰結というほかなく、これもまた政治だ」と語りました。

 その上で、「一票の価値を同じにしないと、様々な政策判断にゆがみが生じる」と指摘し、投票のポイントとして、「一票の格差是正を志向している政党かどうか」という点が重要だと述べました。

 西沢氏はまず、「自民党のJファイルや民主党の政策インデックスのような要望リストではなく、「わが党はこういう問題を考えている」と話し言葉で分かりやすく語ってほしい、と、政党側に求めました。

 加えて、「我が国は2017年4月の消費税引き上げの後、2020年までに再び増税することが避けられない。ただ、現状は17年の増税を行うかどうかで議論が止まっている」と指摘。「どういう税体系が望ましいのかを踏まえて、もう一段の負担増の話をしてもらわないと、有権者としても我が国の財政としても困る」と訴えました。


「主権者」を強くする議論に、2016年も挑んでいきたい

 最後に工藤は、今の日本が将来に向けて決定的な局面に来ていると述べた上で、「有権者」ではなく「主権者」という考えが重要だと指摘。「私たちの側が強くなり、自分で社会の課題をきちんと考え、政治に対しても意見を言かなければ、社会が持続しない状況になっている」と語りました。そして、今回の評価に協力した多くの有識者への感謝を述べた上で、「こういう輪をもっと広くするとともに、選挙のときだけでなく継続的に議論していかなければいけない。私たちは新しい年も、課題に対して責任を果たすためチャレンジしていきたい」と決意を述べ、議論を締めくくりました。


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