司会:曽根泰教(慶應義塾大学大学院教授)
小川是(日本たばこ産業(株)代表取締役会長)
おがわ・ただし
1962年東京大学法学部卒。同年大蔵省(現財務省)入省。主税局長、国税庁長等歴任後、96年大蔵省事務次官を務める。97年退職後、東京大学先端科学技術センター客員教授、同志社大学、政策研究大学院大学客員教授を務め、2000年日本たばこ産業株式会社顧問に就任。01年6月より現職。
保岡興治(衆議院議員)
やすおか・おきはる
1932年生まれ。64年、中央大学法学部卒。鹿児島地方裁判所に裁判官として赴任後、72年衆議院議員に初当選。現在、党緊急金融システム安定化対策本部本部長代理
党国家戦略本部事務総長、党司法制度調査会会長、衆議院憲法調査会幹事。主な著書に『思春期を迎えた日本の政治』など。
村松岐夫(学習院大学法学部教授)
むらまつ・みちお
1940年、生静岡県生まれ。62年京都大学法学部卒。76年より京都大学法学部教授。87年ワシントン大学客員教授、88年オックスフォード大学(St. Antonys College)客員教授に。著書、「戦後日本の官僚制」でサントリー学芸賞、「地方自治」で藤田賞受賞。その他の著書に「日本の行政」、「行政学教科書」などがある。
曽根泰教(慶應義塾大学大学院教授)
そね・やすのり
1948年生まれ。慶應義塾大学大学院法学部政治学科博士課程修了。98年から99年ハーバード大学国際問題研究所客員研究員を経て現職。著書に「決定の政治経済学」、「この政治空白の時代」共著等。
概要
マニフェスト型政治に向けて政治や行政は本当に変わるのか。内閣と与党、官僚システムなど実行過程についての論点は何か。自民党の保岡議員は、官僚の限界を超えた総合的な政策設計に向けて政治の改革が進展していると現状を評価し、行政学者である村松教授は、重要テーマを評価する民間機関の必要性を強調する。元大蔵事務次官である小川氏は、権限とミッションの所在を明確にした政治のリーダーシップの下で公務員の志が生かされることへの期待を表明する。
記事
曾根 マニフェストの定義自体はさまざまですが、私なりに整理すると、有権者に政権像を示すと同時に政策の具体的実行案として、それが冊子にまとめられている。そして、政権期間中にどれだけ達成できたかを監視し、検証することを可能とする形式で発表されることが必要なのだと考えています。最初にお聞きしたいのは、実は民主党側は党内手続が比較的簡単ですが、自民党は従来の政治プロセスがある中で、総裁選での小泉首相の公約を党の政権公約にすることは可能なのか、という疑問があります。小泉首相は総裁選での公約を踏み絵にしたいと話していましたが。
党は公約をつくれるか
保岡 7月8日に国家戦略本部の国家ビジョン委員会が政権公約に関する提言を総理のところにお持ちしまして、そこでは四項目の提言を出しております。1つは総裁選挙で選ばれた候補者の公約を次の総選挙の党の公約の基本に据えること。選挙の際には、国民に伝える手段として、今の公選法の規制を解いてあげなければならないこと。さらに新しい政権公約では、従来の公約と違うことを示す。もう1つは、政権についた暁にそれをより効率よく正しく具体的に実行するための体制を整えること。例えば、内閣の機能強化や、政党と内閣の責任を一体化して強いリーダーシップにして改革を実行するというような、内閣と党の一元化や人事のあり方などを提言として持っていったわけです。
小泉総理はこれに大いに賛成し、時宜を得た提言だと言っていただきました。総理にはよく政権公約のことを理解していただいていると思います。党も次の総選挙の公約づくりに既に入っておりまして、麻生政調会長や公約担当の副会長である武部前農林水産大臣などが中心になって、部会からくみ上げて、テーマを明確にして、具体的な目標を数値で示し、それを実行する財源等実行体制の具体的な取りまとめに向けた検討委員会を立ち上げて作業を進めています。
曾根 小川さん、今までの自民党の『わが党の公約』に、大蔵省は手を入れていることはないと公式には言われていたのですが、予算にかかわるようなことは必ず手を入れていたはずです。ですから、『わが党の公約』を見ますと、各省、各部会の意見が相当集約されて、満遍なく関係団体には目配り、気配りをしていた。そういう意味では、この文書には官僚機構は事前に絡んでいた。では、事後にはどうだったのでしょうか。当選後に、この公約というのは具体的に政策を動かすエンジンとして機能していたのでしょうか。
小川 結論として言えば機能していたと思うのですが、私はきょうの議論の今のスタートにすごく違和感を感じています。それは、まさに保岡さんが今おっしゃったように、自民党が党の政策をつくるのに、各部会から各省に何を入れたらいいかと聞くのは、我が国の政党政治、政権をこれから奪って政治をやるという上で、過去はそうだったにしても、今も同じことするとすれば非常に違和感を覚えるのです。
今、マニフェストが話題になっているのは、国政における政党の意義は、政権構想をもって政権を獲得する、奪うぞという意味があるからだと思うのです。政権を奪うぞという意味は、50年取り続けるぞという考えもあれば、それを破って取るぞという別の対抗勢力がなければ意味がないわけです。非常に民主主義が成熟する、あるいは経済社会が安定してくると、人々の考え方は二大政党的な方向へ進んでいく。欧米だけではなく、日本でもそうだと思う。マニフェストが話題になったことの意味というのは、政権を党の政策である程度争う動きとして考えれば大いに歓迎できるし、サポートしたいと思うわけです。
曾根 まさしくそこがポイントで、選挙とは有権者が政権を選ぶということであるわけです。そうすると、選択肢を提供しなければならない。その選択肢を具体化したものがマニフェストだと位置づけるとわかりやすいと思うのです。マニフェストを議論するということは、今までの制度を相当変えるぞというメッセージでもあると思うのですが。
村松 従来、どの政権党であれ他の政党であれ、公約がかなり数が多くて、満遍なくという感じがあるわけです。それは、日本国家の政策というのは多いはずですから当然と言えば当然ですが、その中でも重点は何ですか、優先順位は何ですかということはもっとはっきりしていてよかったと思っています。今度のマニフェストの議論の中から出てきているのものには、やはり新しい問いかけがあるのだというように感じています。
曾根 もう1つお伺いしたいのは、マニフェストを導入すると、当然のことながら党と今の官僚機構との関係に手をつけざるを得なくなってくるのではないかと思いますが、これをどう変えれば実行に結びつくとお考えですか。
村松 マニフェストというものが私の言ったような内容で重点があり、優先順位がる形でできても、その実行システムとしては、今の中では内閣が閣議決定か何かして省庁官僚のところにおりていく手続を踏まざるを得ないわけです。ですから、マニフェストを入れたから、すぐにどうなるというところは私には少し見当がつかない。というのは、従来の日本の行政制度では、というのは、トップが今までより強く決めても、それを受けとめて実行していくのが省庁になっていますから、そこのところは従来と案外変わらないという可能性があるのです。
曾根 保岡先生、マニフェストで示された政策の実行の問題は、今までの議論でいくと、内閣・与党一元化の話、首相を中心とする内閣のリーダーシップの問題と裏表の関係です。これを導入するからリーダーシップ強化ができるのだという話ですね。逆に言うと、リーダーシップ強化と幾ら言っても、マニフェストがないと手足を縛られたリーダーシップと言われているようなもので、選挙に通ったマニフェストはそれこそ利益集団だろうと官僚機構だろうと言うことを聞かざるを得ないということですね。
保岡 従来のやり方は官僚が中心で、そこの意見をよく聞いて、官僚と政治家が協力する関係を土台にして動いていた。官僚の意見に政治家は注文をつける。官僚にまとめてもらっていた。
しかし、将来の国家理念に基づく国民生活像が必要な時代に、そういうものを描くのには具体的で明快な基本設計が必要なんですね。そういう長期のビジョンや官僚の縦割りを乗り越える総合的な政策をつくれと言っても、官僚にはできない。だから、これは政治がやらなければ、誰もやる人がいない。この意識の転換、歴史的な大きな変化が大前提だと思うのです。
マニフェストで日本の政治構造が変わる
曾根 今まで公約は守られないものだと言われてきたのですが、これはある意味で当たり前で、各議員先生方が選挙公報に私の公約と書きますが、それは中選挙区時代の産物で立候補者が多いときには同じ党から5人もいるわけですから、それぞれ党の公約を幾ら言っても選挙にならないわけです。それが小選挙区になると政権党から1人ということになる。そうなると、我が党の公約を訴えやすいと思うのですが、今は過渡期でその混乱が残っています。先生方は次の選挙で何を書くかというのでまだ項目出しをしていると思います。小泉マニフェストで総選挙を戦うのでしたら、一体それと自分との関係をどうするのか、先生方に突きつけられていると思います。もう1つは、総裁選はこれまで党の公約とあまりつながりがなかったと思うのですが、それが今度初めてつながってくる。ある意味で歴史の転換点のような気がするのですが。
小川 私は今回の動きを日本の政治が構造的に変わっていく上での3つの大きな問題の1つだと思っています。第1の問題は定数の問題です。国民が代議政治を布きながら、自分の投票とよその人の投票とに差がある。これは絶対におかしい。統計的な誤差をどう調整するかという以外は完全に算数の問題であり、従って、定数是正を行わなくてはならない。2つ目の問題というのは比例代表制の問題です。つまり、政権を政党がつくるためには、どう考えたって、小選挙区制しかない。その方向へ向かっていると私は思うのですが、依然としてある衆議院の比例代表制を全部小選挙区制へ持っていかなければいけない。
3つ目の問題というのは、政党はどこも政権を取るという政党になってほしい。政権を取るためには、選挙民にとって分かりやすくしなくてはならないものが2つあると思います。1つは、政権を取ったら誰が率いるのか。政党が選挙に勝ったら、その党首が総理として国を率いるリーダーです。もう1つは、我が党はこういう政策を基本的な考え方としている、ということをはっきりと示さないとならないということです。
マニフェストには2つ大きな柱がある。1つは政党の理念です。これは時代認識を踏まえて政党としてあるべき理念は絶対に心に訴えるようなものとしてなければならない。
2つ目は政策ですが、政策で重要なのは重点と順位であって、広さではない。広さはこれから5年、10年、20年と続けていけば、今の選挙公約のように国政の全般になりますが、せっかくマニフェストの議論になって、具体的な政権公約だということからすれば、私は具体性と優先性の重要性が問題であって、幅広さは当面二の次と考えていただきたい。そうでないと、できもしないことを各党が並べるのと同じことになりかねない。国民にとってわかりやすいのは、選挙に向けてリーダーが誰で重点的な政策は何なのか、これは私は3つでも4つでも5つでもいいと思っている。20も30も並べられても、それを最初からやると今までの200ページの選挙公約に戻ってしまうではないか、そんな感じがいたします。
曾根 現実に今起きている問題として、小泉さんの目玉というのは実は3つ、郵政民営化と道路公団民営化の問題、それから三位一体の話、非常に簡単に言ってしまうと1枚紙かもしれない。あるいは2枚になるかもしれないが、非常に簡単なものです。従来型の積み上げでいくと200ページぐらいになるが、優先順位をつけて党の意向を吸収できるのか、あるいは従来型のところへ小泉さんが吸収されてしまうのか。そういう問題があります。
保岡 国民にわかりやすくメッセージを伝えて、幾つかの柱によって国の進むべき方向や考え方を説明できるようにする工夫が必要だと思います。
村松 基本的にお2人の言っていることに相違がそうあるとも思いません。おっしゃられるように、官僚制というのはどこの国でもその活動や役割に、おのずから備わった限界がある。ですから、やれないことがあるわけです。政治家はそれに対して、仮に乱暴なときがあるとしても、やらなければならないし、やれる。それが政治家で、そのことを政治家自身がこの頃非常に自覚し、また、世間からも注目をされ始めた。やはり官僚は自分では決められない。大蔵省といえども決められない。そうであれば政治家に、何が日本の問題かということをしっかり考えて決めていただきたいと思う。
ある時期までは政策について、ある種の理念があった。近代化を早くしなければいかんと、みんなそれに同意していたわけです。それに代わるものが基礎にあって、そして恐らく政党の間に意見の違いがあって、それを綱領にして、さらに具体的に選挙のときにマニフェストが出てくるのだろうと思う。そういう条件がよりよく整うためには、小川さんのおっしゃられたように、定数の問題も選挙区制の問題もあるし、政党の自覚もある。
ただ、そうはいっても、外国から日本を見ると、なぜ日本の政治はパーティー・ガバメントでないのか、キャビネット・ガバメントでないのか、プライムミニステリアル・ガバメントでないのかと言われる。つまり、どこか責任を持ってリーダーシップをしっかりとるという仕組みが弱い。
基本的には今そこが議論されているのだと思う。まだ今の議論の中でしっかりと私には見えないのは立法手続の改革です。自民党には政調会、部会などいろいろありますが、それは一党優位制(プレドミナント・パーティー・システム)というときには起こる現象だと思う。しかしながら、そういう仕組みの中でもそれを長い期間続けると、一体権限がどこにあるのかということもさることながら、責任がどこにあるのかわからなくなる。立法の手続きについて立法府がやるのか、立法府プラス・アルファの仕組みなのかをはっきりしてほしい。
保岡 我々も昨年、新しい政治システムを国家ビジョン委員会で提言したのです。国民の各種の意見を取りまとめる作業と、それを内閣が決断して枠組みをつくってマネジメントする機能とを一体化させ、つなぎ合わせていく。それは事前承認制ではなくて事前審査制だということを提言しました。これは好むと好まざるとにかかわらず、そういう流れにせざるを得なくなってきている。新しいシステムへ明確に変えることは、政治決定、政策決定プロセスの責任の透明化にもつながるだろうと思います。
実行体制のしくみをどうつくるのか
曾根 次に、具体的にマニフェストの実行体制をつくるためには仕組みをどう変えたらいいのか、どこを動かしたらいいのか。それから、実行を担保するものとしてどうチェックするのかということをお聞きしたいのですが。
小川 私は2つだけ申し上げたい。1つは、内閣人事です。政治家はなぜ政治家になるんだといつも問いかけたいわけです。私は、国を動かしたいからだという思いが最大の動機だろうと思う。そのためには政権を取らなければいけない。だから、党として選挙に勝たなければいけない。勝ったら、自分はその地位につきたい。それがかなわないときには、こういうことをやりたいということだと思います。今の我が国の憲法や行政組織法や内閣法は、それを想定しているのだと思います。最後は総理大臣の責任で、何としても政権党のリーダーである総理が人事の責任を持って行うべきと思います。
2つ目は、官僚が政党に直接接触するというのはまことにおかしいことだと私は思っています。しかし、自分が役人の間は、慣習法に従ってやっていました。私は自民党に仕える公務員ではないにもかかわらず、事実上それに近いことになっていた。公務員になった以上、私が党員であるということは全く別の問題だと思います。ですから、行政官と政党との関係をどうしたらよいか、現状に対する問題としてあると思う。官も政党もせっかく動き出しているわけですから、その方向をしっかりつくっていく必要があります。
曾根 とても重要なポイントをご指摘になっていただきました。公務員と政党との関係は日常的な接触が日本では無制限に許されていますが、イギリスでは慣習法的にそこを制約してルールとルートを決めています。つまり、大臣・副大臣経由か、もしくは委員長に手紙を書く形で自分の選挙区の要望などを訴えるというイギリス型はもう1つのパターンです。イギリスでおもしろいのは、マニフェストを書く段階になりますと、総選挙から1年半ぐらいたったところでしょうか、接触解禁になる。野党側も接触できるようになる。つまり、野党側も具体案になると大蔵省の資料とか情報が必要ですので、フィージビリティー・チェックをかけるために野党も接触できるようになる。もちろん与党側もできる。このあたりが非常に重要なポイントなのだろうと思います。ある意味で自民党は自分の手足として官僚機構を使っている。それが議員内閣制だと言う方も随分おいでになるのです。村松先生、制度論としてどうお考えでしょう。
村松 憲法によれば、どちらもありです。多分禁じてはいないと思う。ですけれども、公務員の一定条件下における政権党を含む政党への接触禁止はあり得ることだと思うのです。眞紀子法案というのが一時あって、一部方向性として似たものがありました。政党、特に政権党と公務員の間に、今までの本当に密度の高い協力関係も必要だった時期があるわけですが、むしろ今は秩序がある方がいいということで、いろいろなルール化の方向を模索するという方向へ踏み出すべきであると思います。
曾根 政党の方は、公務員との接触の問題は保岡先生が大分ご苦労なさったと聞いていますが、先の改革案で一番反対があったところはどこだったのでしょうか。
保岡 私たちが先にまとめた案は非難ごうごうの中でまとめたんですが、皆さんが考えるよりマイルドで、現状を前提としている案でした。それでも反対が強かった。
日本では政治家が果たしている大きな役割に陳情をこなすという役割があります。どうしても地方の住民のニーズを吸い上げて、それを中央政府につなぐ役割は国会議員の役割になっている。これはある意味では民主主義でもある。これをやめることは、日本における政治のダイナミズムを失わせることにもなる。憲法でそれが許されるのは、行政のチェック機能が国会にはあって、それを実行するのも国会議員ですから、そういう意味で制度的にも担保されているわけです。公務員との接触は、個別の政治家の陳情であったり、あまりにも地域性にこだわるものであったりする。そういうところは国会議員の良識や節度で整理しなければならない。
ただ、当時は、鈴木宗男さんの問題やいろいろな問題が一気に噴き出した時期でしたから、政務官や副大臣、大臣などの政治家が陳情を処理することで、良識のある陳情に変化しないかと提言したのですが、それにしてもダイナミックな変更で、その3人に代表させて受け付けるというのは現実にはなかなか大変なことです。
曾根 個人の公約をお書きになる議員の先生方という問題を指摘しましたが、個々の選挙区において、選挙は自分の後援会で自前でやっているので、党ではないという意識が非常に強い。議員の方々が各選挙区でどのくらいフォローしているのかというと。これは市会議員がやることじゃないかというぐらいの細かい手当てを地元でしていると思いますが、そのこととマニフェストという大きな方向性とを、どう調整したらいいのか。大変難しいと思いますが。
保岡 国会議員にありとあらゆる陳情がくる。しかも、県知事も市長も放棄するような住民の説得も、我々が出かけていって住民と協議しながら公共事業のあり方を決めていく。国会議員が主導しないと地域が動かない。これは地方分権が徹底していないことの結果です。
小川 さっき私が官僚と政党の関係を申し上げたのは、今のような執行面の問題ではありません。それは最も重要な議員の機能だと思いますから、手続をどうするか。透明性を確保すればやり方は幾らでもある。私が申し上げたかったのは、政策の企画立案であり、政党が掲げた政策は、内閣を組織して、そこを通じて行政を動かすべきだという意味です。
もう1つは、マニフェストをつくるときに公務員との接触をどうするか、フォローはどうするかということです。私の頭の中には与党と野党を別に考える考え方がないものですから。野党のときにもどういう接触をするかということも、執行面の問題とは別に検討するべきです。
骨太の方針と党の公約
曾根 ここにご参考までに持ってきたのは、イギリス政府がつくった、ホワイト・ペーパー、グリーン・ペーパーと呼ばれるものと、政府の年次報告書です。特にブレア政権が97年に政権をとった後、年次報告でマニフェストで掲げた177項目中50項目が実施されたというように報告書が出されるようになったのです。
政権党が自ら項目出しをしているわけで、政府側がこういうものを出すのはいかがなものかという議論もありますが、マニフェストとその後の政府の実行に関しての自己評価としてこういう資料が出てくるというのは1つの参考になると思います。
工藤 つけ加えますと、これを達成すればいいのだけれども、達成しない大臣は更迭になることもある。まさにマニフェストを実行するために予算がきちっとコントロールされ、実行体制がどんどん決まり、大臣は評価されて1年でも更迭される。こうした実行システムが整い、それを民間が評価する仕組みがあって、マニフェスト型の政治が実現されている。
保岡 マニフェストが機能し始めるとそういうところにいきつく。内閣と党との問題もありますが、その実行を担保する仕組みも整えなければならない。それが先程申し上げた、日本にとっての絵を描くという、さらに具体的な年次報告のようなものにもなる。
村松 今の日本の白書は省庁白書でしょう。内閣が組閣された時の約束がどう実行されているかの白書、新たに日本の文脈で言えばそういうものをつくっていこうという話でしょうか。
曾根 1つの提言ですが、大臣が任命されます。組閣本部に行って一番最初の記者会見がありますね。あのときに官庁からメモが出てきます。それを読む方がいるのですが、そうではなくて、我が党のマニフェストの下で、私は大臣としてはこうやりたいと言ったらどうでしょう。あのときにマニフェストを使うような大臣を選ぶべきなんですね。
工藤 今の議論を始めるために少し付言しますが、基本的な疑問は政党が独自に公約を作れるかということです。小泉改革の公約は何かを考えると、所信表明演説と連動しているのは基本的には骨太の方針だったわけです。骨太は本来政党のマニフェストではないのですが、経済財政諮問会議の形で、それが何回も直されて公約化され、工程表も出された。こうした政策プロセスは党や官庁などの反発もありながら、進められていたわけです。これは過度的な現象なのか、日本ではこうした形でしか公約を作れないのか、という疑問がある。
曾根 現状の経済財政諮問会議は、1つは利用可能で、マニフェストとつなげて利用できる組織だと思うのですが、どうしたらよろしいでしょうか。
保岡 小泉総理は「マニフェストをつくると民主党などはおっしゃっているが、自分はもう既にそれを実行している、経済財政諮問会議で出された改革と展望の中で全部政策目標を明示し、それもできるだけ体系化して工程表という形で示し、従来に比べたら圧倒的にそういうマニフェスト的な要素を政府自らやる努力をしてきているではないか」というものすごい自負心がある。
三位一体の問題にしても、道路民営化、郵政事業民営化にしても、それをやることによって改革が進む象徴として位置づけている。そういう意味では小泉さんは、今までの政治家よりかなり強い問題意識を持っているのは事実です。小泉首相には、自民党を応援していただいている自民党支持組織だけを向いていたらだめだ、国民全体を見て国のあるべき姿を構築しないと、我々を支持する母体だけの意見を聞いては国を誤ってしまう、という意識がものすごく強い。
ただ、工藤さんから今お話がありましたが、経済財政諮問会議は財政と経済の運営に関する基本を決めるところであって、外交や防衛といったものはあまり入っていない。内閣としては、例えば外交のタスクフォースも必要だし、国益という点で結びついた世界的な経済、その他の分野の戦略もある。それは、先程申し上げたように省庁をまたぐ全体の絵を描いて、一気に改革を総合的に大胆に進めるための仕組みとして、既に内閣に山ほどあるのです。
党では、省庁、部会をまたぐ問題は特命委員会でどんどん立ち上げている。そういう省をまたぐ全体の大きな絵を描いて、そこに向かって一気に大胆に、変化とスピードについていける政治決定というのは、党内で大きく動き始めている。それを閣僚と特命委員会の委員長、政調会長と総合調整大臣と結びつける。そういうことが非常に重要で、それを小泉さんが自分の総裁選挙の公約や党の公約にぶつけて、国民にそこをしっかり判断してもらえるようにできるかどうか、そうしてもらう努力が必要だと思っているのです。
内閣機能の強化をどう進めるか
村松 今までの内閣に比べて小泉さんの努力が非常に大きいというのはそのとおりだと思います。6月末に私がもらった骨太の方針ですと、閣議決定でモデル事業の試みとか、政策群という考え方を出しておられる。モデル事業の試みの中では、具体的に予算の使い道を決めて、具体的な達成期間と数値的な目標をはっきりさせた上で評価しますと言っておられるのです。こういうやり方を高いレベルで平気にやってくれると効果があるだろうなと思う。
私は政策評価と独立行政法人評価の問題で関係しておりますが、これも長期的にはボディ・ブロー的に改善の方向に効いています。しかし、あれは政治的な問題に直に手を突っ込むことをやろうという法律ではない。ですから、日本にとって非常に重要なテーマについてきちんと評価をする手続は、今もあるけれども、別なこういう言論NPOのような民間の形で行うのが重要です。
保岡 私たちは縦割りの省庁に関係なく、国民が抱えている具体的な状況や必要性、またそれを生かすのに最もいい形の政策を考えなくてはならない。そういういろいろな政策決定をすべてやるインテリジェンス機能は、情報があって正しい判断が初めてできる。あるいは情報を正しく解析して初めて正しい判断ができる。日本は省庁に情報が集まりますが、全体としての国益という点で総合化する部門がないですね。縦割りの省庁、官僚主導からどう新しい時代を築く絵に従ったシステムに切り替え、その実行を評価してもらうか、その点では、小泉改革はいろいろな視点は正しい方向に全部向いている。ただ、それが大胆に思い切ってどんどん進む形をとらないのは、やはり絵がないからで、いい絵と実行体制を持つ政治がまだ完成していない。ただ、そこの方向に向かって、小泉さんは正しい方向を向いているとは思っています。
村松 現状は、縦割りですが、官僚主導ではないという状態だと思う。そこに問題があると思います。政策が断片化する。政治の側の統一的な意思をどういうふうにつくっていくのかというのが問題ではないか。
曾根 最後に2つのことで結論的にご議論いただきたいと思います。1つは政策決定の仕組みの問題です。経済財政諮問会議だけでなく、外交問題などいろいろありますが、この仕組みをマニフェスト型にどう動かしたらいいのか。特に官僚機構を含めて内閣機能の強化をどう具体化することが必要か。もう1つは評価です。行政評価や政策評価。村松先生は政策評価をおやりですが、最終的には政治評価だと思います。これをどう考えるかです。
小川 政党の本来のあり方として、わかりやすいマニフェストを出すのは当然です。その際に例えば外交や経済の絡む話をあまり強い政権公約にすべきではないと思っています。外交は相手がある話であり、経済はこうしたいというのはあっても、基本的は海外の状況などさまざまな要因で動くのであり、大きなコミットメントはできないわけです。デフレを私は絶対克服したいとか、成長を加速したいという思いは語ることができますが、具体的な数字を公約することはできない。
工藤 保岡先生、例えば政治は選挙の際には負担などの問題はなかなか言いにくいという事情があります。しかし、そこぐらいしっかりとしたものを提示しないと、今の日本は展望を描けないという問題もある。一方で、現在の経済財政諮問会議が事実上の公約を作っているという形態は、今後、マニフェストを導入した場合も同じように進むと見ればいいのでしょうか。
保岡 経済財政という点で言えば、それは非常に重要な部分ですが、党がいろいろ意見を言って諮問会議の内容を大分修正したと、マスコミは言っています。しかし、私から見れば、そしてまた小泉首相や経済財政諮問会議から言えば、大した修正ではない。たくさん意見を聞いて表現を上手にしただけであって、中身はほとんど変えていない。だから、党と内閣との最終的に了承し合った骨太第3弾というのは、私はそれを前提に小泉公約もつくるべきだし、党の公約もつくるべきだと思います。
ただ、小泉さんから言えば、少なくとも私はどう思うかというと、骨太の方針ではものすごくきれいな文章はできている。しかし、財源調整や、もっと具体的な設計をして国民が応えてほしいところに具体性がない部分がある。特に社会保障についてもっと進んだ形のものを小泉さんは用意すべきだし、先程申し上げた三位一体や、道路、郵政の民営化の問題などに象徴はされていますが、ある程度それが意味するところ、小泉改革の中でどういう意味を持っているかをきちんと説明することが大事ではないかと思っています。そんな感じを個人的には持っています。
自民党の公約は骨太の方針
保岡 総裁選が終わった後、党の公約つくりは政権公約策定委員会の段階でまたすごいことになると思いますが、最終的には我々が選んだ総裁に一任して最後の形を整えてもらうことになると思います。小泉さんが総裁に再任されれば、政権公約は経済財政諮問会議の骨太第3弾が基礎になると思います。
曾根 村松先生、いかがですか。例えば経済財政諮問会議と地方分権推進委員会と地方制度調査会での一応の役割分担では、市町村合併は地方制度調査会ですか、税財源の問題は分権委員会に、と役割を振っておいて、最後には経済財政諮問会議でそれをまとめる。ところが、これはそう簡単な話ではないですね。
もう1つは、税制に関してはもっと分かれていると思うんです。経済財政諮問会議と政府税調と党税調と分かれていて、これをまとめる仕組みもなかなかない。多分マニフェストというのは、税や社会保障というものに踏み込まざるを得ないと思うのです。それを言っただけで実行するところは相変わらずばらばらでは困るわけです。そこあたりのグリップというか、リーダーシップ、あるいは制度設計というところは現状からその次のステップで何かお考えになるところがありますでしょうか。
村松 そのレベルの問題については、基本的には政権を担当する政党が統一した意見を持つこと以外にないのではないでしょうか。だから、重要なのは、議員定数の問題です。また、比例部分をどうするかということです。それを射程に入れて考えるのでしょうが、ただ今現在すぐとなりますと、そんな名案はなかなかないのではないでしょうか。
小川 現実的でないかもしれませんが、今の地財調や分権委や政府税調などを見ていても、権限とミッションのありかたを明確にするためには、政治の姿勢を強めていただくよりほかないと思う。党に国を動かす権限はないわけです。それは内閣の話なので、今度は内閣のどなたに権限が与えられているのか、それを明確にして、そのミッションをやっていただく。誰にこの問題はミッションが与えられているかというところを少し強く打ち出さなければならない。先に私が人事だと申し上げたのは、党でいろいろご意見がある、そうならば、強いご意見がある方ほど内閣に入る戦いをして、閣僚になられておやりになるということなのだと思います。
曾根 今回の議論はマニフェストから始まったわけですが、その実行を考えた場合、さまざまな問題があることが分かりました。結局のところ、本来の内閣の役割を果たせということだし、党の意思決定ないし党の有力者が内閣に入って実行するというシステムに移行する。そのためにも首相のリーダーシップが必要だし、それを選び政権公約を決めるのが総裁選挙だったということになります。その意味では党は党で政策を決めて、内閣が出してきたから注文をつけるというシステムを一元化するシステムに変えるという時期であり、ある意味でマニフェストはそのきっかけになり得るのではないかと思います。
保岡 マニフェストは大きな道具になり得る。これをより具体的に、より正確にニーズにこたえるものにし、メッセージとして国民に伝わるものとして出すべきです。それで国民と政治とが結びついてくることが民主主義の基本だと考えます。今いろいろなたくさんの問題が出ました。それをいい方向に収斂していく道具として、日本だからこそマニフェストが必要であり、イギリスのマニフェストをただ日本に持ち込むのではない、ということを考えなければならない。その意味では我々独自の政権公約論をこれからもっと深めていかなければいけないと思います。
村松 おっしゃられている通りですが、国民の判断を重視する以上、国民の理解が高まるように説明をしっかりしなければいけない。そのところでメディアが頑張ってほしいし、しかし、メディア以外のシンクタンクであれNPOでもいい。中間報告でもいいし、最終的な観察でもいいし、多様な意見が出てくるべきですね。そうでなければ、いい均衡点でなくて、非常に偏った意見でメディア世論が決まってしまう可能性もあると思います。
必要な政治のリーダーシップ
小川 公務員はなぜ行政官になっているかというと、これは、皆いろいろな思いはありますが、最大公約数は国、公の仕事に自分は強く参画したい。そして、政策を決定することはできないけれども、政策の企画立案に自分は参画してみたい、それが公の仕事だという思いだと思うのです。
本日の議論からもはっきりすることは、政治家が大きな方向は決められる。一方、公務員は単に自分はそのコマだと思っているかというと、そうではない。日々我々はそういう政策を執行することを同時に考えている。だから、大臣に対してだって、総理に対してだって、我々はこうしたらどうですかという助言を幾らでも出せる。それが相当生かされるだろうなというのが自分としての生きがいに返っていると思うわけです。そういう思いが強いので、政治が次第にリーダーシップを発揮していく中で、私は、公務員のその志がこれから先も生かされるだろうと、強く期待をしております。
工藤 きょうは長時間どうもありがとうございました。
(聞き手は工藤泰志・言論NPO代表)