第二話:民進党の政策は課題解決の手段として妥当なのか
-言論NPO政策評価委員との対話
工藤:まず始めにお伺いしたいことは、今回の選挙は、民進党として何を目的とし、何を実現しようとしているのでしょうか。例えば、共産党は立憲主義の破壊や安保法制を含めて「政策以前の問題」があると主張し、野党が連合してその状況をとりあえずストップさせなければいけない、と言っていました。一方で、自民党の安倍首相は、今回の選挙は「自公対民共」だと言っています。このようなとらえ方に、民進党自身は合意しているのでしょうか。
それから、改憲勢力を3分の2にしないというのは、つまり、非改選も含めて参議院で3分の2を実現させないということが、今回の選挙の民進党としての目標でしょうか。
「改憲勢力の3分の2阻止」と「人への投資」の2本柱で選挙を戦う
長妻:前段のご指摘はその通りです。今の社会が、ある意味では戦前に戻るような、非常に偏狭な、1つの価値観を押し付けるような社会、言論の自由が脅かされるような社会、批判を封じ込めるような社会、憲法や立憲主義をないがしろにするような社会、これまで我々が歩んだ憲法の平和主義を大きく変えるような改正の流れ。こういうものに歯止めをかけるということについて、参議院の32の一人区で一騎打ちの構造に全部持っていくことができました。これは危機感の表れです。ポイント・オブ・ノーリターンという言葉がありますが、社会が一定のところまで行くと、どんなに「まずかった」と思ってももう後に戻れないという地点に近づいているのではないか。そこに到達させないという意味で、3分の2というのは当然、全ての議会においてです。衆議院では改憲勢力が3分の2あります。そして参議院でも、参議院全体で改憲勢力に3分の2をとらせない。とらせれば、おそらく安倍内閣として、憲法改正を発議していくと考えています。
もう1つが「人から始まる経済再生」。日本は、公正な分配による人への投資が非常に少ない。もっと日本は良くなるのに、こういう政策をしていると本当に日本がじり貧になってきます。もう待ったなし、というのが我々の政策の提言です。我々は、この2本柱で今回の参議院選挙を戦っていきたいと思います。
工藤:安倍首相は、今回の選挙の争点の1つとして消費税増税の先送り、公約違反だという批判があることは認めた上で、国民に「新しい判断」を問うと言っています。ただ、消費税の引き上げという問題は、もともと三党合意があって、税と社会保障の一体改革の中で進めた話です。その状況に日本の政治は責任を持つべきではないか。国民の理解を深めるのは政治の責任であって、国民の理解がないからできないというのはおかしいのではないかと思っています。
特に経済環境については、どんな時期においても、増税は経済構造に対してマイナスですから、なぜ増税を先送りするのか、民進党にも答えてもらわないとなりません。しかも、民進党の公約は、消費税の引き上げを延期した上でもプライマリー黒字の目標を設定していますが、どういう財源的な根拠があるのでしょうか。
共産党は「2030年なら黒字化できる」という話をしていましたが、2020年度の黒字化は政府の試算でも消費税の引き上げをし、仮に経済が安定成長したとしても6兆円くらい足りないという状況です。その中で消費税の引き上げを先送りするわけですから、かなりハードルが高い。かつての民主党が言ったように、単に無駄をなくすだけではできないだろうと思います。
もう1つ、一方で社会保障については、貧困や格差という問題があって、政策の体系はかなり出ているのですが、それを消費税の延期とは関係なく、予定通りやるというのが、民進党の公約です。その財源が具体的に説明されていません。赤字国債を発行するか、支出を絞り込むか、という選択肢が言われていますが、それをどのように判断すればいいのでしょうか。
2年の猶予期間で経済を立て直し、その間の社会保障財源は行革で捻出する
長妻:「消費税先送りが争点だ」という安倍総理の話ですが、争点ではないと思います。国民の皆さんも先送りについて賛成の方が多いし、野党は全て、今の経済状況での増税や、歳入に1兆円も穴が開くような軽減税率には反対です。我々は給付付き税額控除ということで、中低所得者に消費増税分を現金でお戻しするというやり方を考えています。そちらの方が財源も少なくて済みます。そういうことに鑑みて、野党も全部先送りということですから、これはまったく争点ではなりません。
三党合意の理念は持ちつつ、2年間だけ猶予を与えて経済を徹底的に立て直していく期間にしたいと考えています。民進党の公約は2019年4月に消費税を10%に上げます。2020年度のプライマリーバランス黒字化について2019年4月に消費税10%にすれば、2020年度はフルにその増税分の税収が入ってきます。そういう意味では、プライマリーバランス黒字化という国際公約に影響を与えないようなギリギリのタイミングで上げる。その間の2年間を、経済をきちんと再生させる期間にする。自民党は「2019年10月に上げる」と言っています。なぜかというと、おそらく2019年7月の参議院選挙の後に引き上げる、ということだと思いますが、2019年10月に消費税10%になると、財務省によれば翌2020年度にはフルで消費増税分が増収として入ってこないということで、本当に自民党はプライマリーバランスに責任を持っているのか疑問です。
この2年間の猶予期間で何をするかというと、社会保障について消費税増税と同時にやるといっていたものを2年間前倒ししてやります。これは人への投資、ある意味で財政出動であって、個人消費あるいは能力の発揮を促すもので、経済再生にも中長期で相当プラスになる投資だという位置付けで、2年限定で財源を見つけてやります。その財源については、1つは行政改革実行法、もう1つは財政健全化推進法という2つの法律をテコに徹底的に行革をし、財源を捻出させていきます。もう1つは、民主党政権と比べて自民党政権では公共事業が増えていますので、増加部分について精査して財源にしていきます。3つ目は、金融所得課税を今の20%から5%上げて25%にした時の増収分。最後に、中長期の話ですが、所得税の累進を強化していきます。こうしたことを行っていくことで、財源を徹底的に見つけていきます。
ただ、全てそれで賄えると断言はできません。ただ、これは徹底的にやっていき、できる限り財源を出して、それでも足りない部分は2年に限定して国債を発行していく。こういうことで、財政出動を人への投資として経済を上向かせる、活力を引き出していきます。その後は、三党協議の理念に基づいて、税と社会保障の一体改革をやっていきます。
責任ある財源の数値を野党が示すのは難しい
工藤:財源の数字的な根拠を選挙期間中に公表することはあり得るのでしょうか。もともと、日本経済が成長してもプライマリー黒字はかなり困難です。先送りということになると、「頑張る」というだけではダメで、数字を出すべきだと思いますがその計画はありますか。
長妻:まず、我々が申し上げた以上のことはありません。我々は今、政権の中に入っていませんので、具体的な金額として行革でいくら捻出し、歳出カットがいくらできるということについて、安易に数字を言えないし、責任ある数字を出すことはできません。むしろ、安倍内閣が政権を運営していますが、安倍内閣はプライマリーバランス黒字化を掲げていますから、その黒字化に相当マイナスが出るわけです。バラ色の経済成長がなければ実現できないということですから、どういう道筋でそれが黒字化できるのか、その数字を、まず政府試算で出してもらい、その上で我々も含めて議論に参加していくことが望ましいと思います。
工藤:言論NPOが行った有識者アンケート結果で最も大きかった日本の将来不安は、人口減少と高齢化です。間違いなく、2025年あたりから本格的な人口減少と高齢化が始まり、2030年になるともう手遅れというか、人口減少と高齢化の影響が目に見えるかたちで出てきます。つまり、日本国民が心配しているのは、この国の将来を日本の政治がきちんとマネジメントできるのかということです。今回の公約を見ていると、貧困や格差に取り組んでいく必要があるというのは分かりますが、将来の見通しに対してどういうスタンスを持っているのかが見えません。
もう1つは安全保障の問題です。確かに、今の安保法制の問題についての議論は理解できるところがありますが、中国の台頭や国際秩序の変化があり、一方でアメリカの他国に対する関与の撤退といったイメージが、アメリカ国民の中でもかなり強まっています。そうした中で、日本の平和をどのように守るのか。そういう状況の中で、周辺事態法を見直すなどといったことは分かるのですが、基本的な構造としてどのように守っていくのでしょうか。例えば、今の自衛隊の量だけで足りるのでしょうか。
長妻:人口減少、高齢化の問題ですが、今の日本の人口減少の原因は何なのか。分析すると、結婚しておられるご家庭のお子さんの数は、戦後すぐは別にして、2人弱ということであまり変わっていません。つまり、圧倒的に変わっているのは、結婚しない方が圧倒的に増えたということが少子化の最大の原因の1つです。それから、非正規社員と正社員では結婚率が2倍も違います。こういうことに鑑みて、希望すれば正社員になって結婚できる社会をつくっていく。つまり、格差を是正していくということも、結果として出生率の低下に歯止めをかけることになるのです。
我々は民主党政権の時に子ども手当を導入しましたが、その影響だと思いますが出生率が少し上がりました。ですから、いろいろな政策を打って、出生率を上げていくことが必要です。ですから、格差の是正ということは全てに効いてくる話なのです。
「支えられている側」の人たちが「支える側」に回っていくような社会づくり
それから、少子高齢化ですが、今のマスコミの報道などは当然「大変だ」というもので、我々も大変だと思っています。ただ、報道のほとんど全てが65歳以上を高齢者とみなして、65歳以上の高齢者、そして15~64歳の現役世代として、この現役世代の人口が減って、高齢者が増えていくとう認識です。今までは騎馬戦型で何人かで高齢者1人を支えていたのが、1対1の肩車型になってしまうということですが、果たしてそのように決めつけていいのでしょうか。「65歳以上は支えられる側」という決めつけではなく、我々は「支え合う力を育む共生社会」ということを主張しています。格差の壁を取り除くことで支え合う力を育み、支えられている側とみなされている人が、週1回でも支える側に回っていく。あるいは障がい者の方、長時間労働で精神疾患になっている方も含めて、支えられている側の方々が無理なく「支える側」に回っていくような社会をつくっていくことが重要です。固定的に「この年齢層が減ったからもう大変だ」というのではなく、現役世代でも大変な方はたくさんいますので、「支え合う力を育む共生社会」をつくっていくことが重要です。
公約の中には具体的に書きませんでしたが、地域の小学校区、中学校区単位で、上からの押し付けでなく新しい地縁をつくっていく。地域包括ケアシステムは介護が中心でありますが、地域包括ケアセンターが、今、日本全国で相当数できております。私の選挙区などは中学校区に1つできています。これを介護のみならず、地域の新しい地縁、見守りのネットワークの拠点として使っていくような社会像を考えています。これは「誰も置き去りにしない社会」というキャッチフレーズです。
中長期的にみれば、いずれ政治が移民の問題を大きく議論していくタイミングもあるのではないかと思っています。私は現時点で意見があるわけではありませんが、それも相当真剣に、深刻に、国民的議論をする必要が出てくる時期が将来的に来ると思っています。
日米安保条約がある限り、憲法9条を守りながら現状の枠組みを維持する
次に、日本の平和をどう守るか、ということでありますが、これはいろいろな考え方があると思います。1つは、他国が認めているように集団的自衛権をフルに認めて、海外で他国と一緒にいろいろな紛争に武力行使をして関わっていくことで、中長期的に日本の安全を確保していくやり方があります。そのやり方の場合は、安倍総理も今回、集団的自衛権を一部入れましたが、総理がおっしゃっていないのは、防衛費の高騰についてです。これは負担しなければなりません。ヒト・モノ・カネをべらぼうに増やす必要がでてきます。ところが、我々は何度もそれを国会で質しましたが、安倍首相は「いやいや、今と同じです」と発言しています。そんな馬鹿な話はありませんので、日本の安全に資するために、我々国民一人ひとりが負担をしてまで支えていくのか、ということです。
もう1つの生き方は、過去の戦争の反省に立って、日本が誇る憲法9条を守りながら、つまり我が国自身が攻撃を受けないという今の枠組みを守りながら、防衛費を今の水準で推移させることです。誤解があるのですが、物理的に攻撃を受けて初めて反撃したら相当被害が出てしまうではないか、という意見がありますが、これはミスリードする意見です。個別的自衛権でも、相手から我が国に対する武力行使の着手、実際に物理的に攻撃を受けていなくても「着手」があるとみなせば、それは専守防衛として反撃することができるようになっています。ただ、いろいろな工夫が必要です。自衛隊法など法整備の必要があります。また、安全保障は武力だけではありません。私は「人的交流なくして安全保障なし」と申し上げていますが、そこをもっと広げて、インテリジェンス機能も強化する、というような道を選ぶのか。いろいろな意見があっていいと思いますが、我々は、今申し上げた後者の道を選んでいくのが望ましいと思います。
ただ、今申し上げた道を選ぶというのは、日米安全保障条約があるという前提であります。今の体制の中でアメリカとの協調があるという前提ですので、仮にトランプ大統領が誕生して大きく変更がある場合には、日本も安全保障について大幅に戦略を変更する必要が出てくる可能性はゼロではありません。ただ、今の状況では、今申し上げたかたちがベストであると思います。
湯元健治(日本総研副理事長):非常に体系的にまとめられたマニフェストだと思います。自民党との違いとなる政策の主軸は、格差を是正すること、社会保障政策を充実すること、それから雇用を重視するということなので、ここに書かれていることを国民が読んだ場合、もし全て実現できるということであれば、かなりの方が賛成するような中身だと思います。
ただ、全て実現できるかどうかは、やはり、これをすべて実行した場合にどれくらい財源がかかるのか、そして、その財源をどういう手法で捻出するのかということをしっかり書いていなければ信頼することは難しいと思います。
先ほど財源のお話もいくつかありましたが、自民党を上回る政策を書き込まれているので、相当な規模の財源が必要になってくると思います。なおかつ、2020年度のプライマリーバランスの黒字化目標は維持すると書かれています。自民党は、実現できるかどうかは別問題として、「高い成長を目指して税収増を図る」という方針を出しています。しかし、民進党の公約の中には、経済成長を何%まで持っていくのかということがほとんど書かれていません。経済成長をどのようにして税収増を目指すのか。
共産党の話を聞いたとき、できるかどうかは別問題として、消費税以外の増税の金額をたくさん上げていて、トータルで22兆円の増税や歳出の削減策を出しておられました。経済成長も、できるかどうかは別問題として、自然増収で20兆円の財源を確保し、トータルで42兆円の財源を確保して共産党の政策を実現していくとしていました。実現性はともかく、そういうかたちで財源や成長を明確に出されています。しかし、民進党の公約にはそれがほとんど書かれていません。詳しい政策集の中に書かれるのか、確かに政権与党ではないので数字を出せないということはあると思いますが、どのように考えておられるのでしょうか。
将来的に二大政党制を目指していかれると思いますが、そうなってくると、将来の消費税をどうするのでしょうか。自民党はまったくそれについて言及せず、10%までの話しかしていません。民進党は当面は延期としても、その先をどうされるのかお伺いしたい。
財源や成長率は予測が難しく、数値目標を示すと国民の誤解を生む
長妻:実は今、手元に財源表があって、この公約についての増収と支出、財源を相当細かく分析しています。先ほど申し上げた通りの財源の考え方でありますが、2009年のマニフェストではそれを公約に全部載せていました。しかし過去の反省から、実行した場合に、実際にできるか、できないかが正確に予測できないということがあります。むしろ、数字を出すことが結果として国民の皆さんの誤解を生む、出した数字が見込みと違った場合に申し訳ないことになる。ということで、先ほど申し上げたような考え方でやっていきます。
ただ、制度設計で、例えば給付型奨学金については、民主党政権のとき、平成24年度の概算要求で既に予算要求しています。その時には、「家計支持者で、年収300万円以下で、高校の評定平均が4.3以上」の方には給付型奨学金を差し上げようという条件でした。そういう規模以上のものを創設することで、概ねの金額を念頭に置いて立案しています。
経済成長については、パーセンテージはここには書いていません。実際に経済成長の目標を出すのがいいことなのか、悪いことなのか。つまり、「名目3%、実質2%」という目標が政府にあると思いますが、そういう目標を出して本当に達成できるかできないか、ということもありますし、そういう目標を出すと、それを前提にして全ての制度を組めてしまう。税収がこれだけ増える、あるいは経済がこれだけ拡大することを前提に財源を書いてしまったり、年金制度をつくってしまうことにもなりかねない。我々としては成長率を「何%」と明記し、それを前提にして財源を組み上げていくようなことは、今回はしなかったということです。
また、この公約に書いてある政策には、巨額のお金がかかるものはありません。財源としては、何兆円という項目はなく、先ほどの財源で説明できるようなかたちになっています。ただ、中長期で考えると、何十年先を見据えて、私が生きていないときも見据えて考えると、消費税かどうかは別として、もう少し、お金に余裕のある方には、資産も含めてご負担いただくことが必要になってくると思います。消費税についても中長期的で見ると、国民的議論をして、ある程度のご負担は必要になってくるのではないかと思います。
ただ、そのときに日本の課題は、例えば「北欧と日本を比べると、税金はどちらが高いですか」と聞くと「日本の方が高い」と答える人が多いのです。実際はヨーロッパの方が税率は相当高いのです。というのは、リターン感がない、払っても戻ってくる感覚が薄いということで、そういうことを解消した上で、理想は、負担をきちんとお願いしても選挙で負けない政治勢力をつくっていくことだと思います。民主党の野田政権もそうでしたが、ご負担をお願いするとぼろ負けしてしまう。ご負担をお願いして、きちんと選挙で国民の理解を得て勝利していく、中長期的にはそういう政治勢力が実現できないと、日本の将来は相当危ういのではないか。そういう危機感を持っています。
小黒一正(法政大学経済学部教授):民主党のスタンスとして、税制の部分では軽減税率に反対で、給付付き税額控除を導入するということで、収入の方についてのイメージは分かりました。他方で、自民党とのアナロジーでいうと、例えば今回のサミットでは内需拡大をメインにするということで、本当にどのようになるかは分かりませんが、報道ベースでは例えば10兆円の補正予算を組むとか、20兆円とか、いろいろな数字が出てきています。その辺についてどのようにお考えになっているのでしょうか。
もう1つは、その関係で、自民党と民進党の大きな違いは、例えば政権を取っているときに、財政の長期推計を出した場合、民主党は、経済再生ケースとベースラインケースがあったとすると、ベースラインケースのような現実に近くて慎重な方を標準シナリオに位置付けていました。他方で、今の政権は、どちらかというと経済再生ケースを採用しています。成長率と歳出と税収のうち、政権がコントロールできるかという点では、成長率は難しくて、歳出と税収だと思っています。民主党政権時の2012年だと中長期試算は2022年度までありました。あれから3年ぐらい経ちましたが、今だと2027年度くらいの中長期試算まで出てきてもいいはずです。こういうものについての財政の透明性についてどう考えているのでしょうか。
特に、一番問題になるのは、各党のマニフェストに書かれていませんが、マイナス金利政策をどうするかということです。民進党は「マイナス金利政策を撤回させる」と書いていますが、例えば、現在足元に出てきているように、三菱東京UFJ銀行がマイナス金利政策の中で国債のプライマリーディーラーの資格を返上するという話が出てきています。ざっくり計算しても、今、国債が800兆円くらいあって、日本銀行が年間80兆円ずつ買っているので、2023年ぐらいには全部の国債を借り切ってしまうというシナリオも考えられます。この辺の政策の違いについて、もう少し踏み込んでご発言いただけないでしょうか。
役所による財政推計のチェック機能を国会が果たすべき
長妻:補正予算ということで政府・自民党からいろいろな話が出ています。自民党の中からは、合計で20兆円の財政出動を実施すべきだといわれています。いわゆる景気対策なのでしょうが、そうであるなら、我々は、2年に限定して、人への投資である社会保障を前倒しします。これは2年合計でも3兆円に満たないわけで、そちらの方が相当、効果が高いのではないかと思います。そういう意味では、我々が政権にあれば、財政出動としていわゆる景気対策のような、公共事業一辺倒のものはしないということです。
そして、ベースラインですが、経済成長は魔法のようなもので、高く見積もれば財政は楽になり、良い政策、お金のかかる政策も、ある程度国民に負担をお願いしないで説明がついてしまいます。これは禁断の果実でもあって、我々も自戒を込めて言わなければいけませんが、人口減少社会で、今想定されているような成長を標準ケースとして組み立てていいのでしょうか。しかも、成長のために借金を重ねていく。そして、成長できなければ破綻しかねない。今はそういう社会の仕組みが出来上がってしまっていますが、それについても徐々に変更しなければいけないと思っています。
中長期の試算についてですが、我々は、国会の中に財政を推計する部局をきちんと設けるべきだと思います。政府が推計をすると、どうしてもお手盛りというか、楽な方、つまり国民に負担を求めない方になりがちです。ですから、そのような部局を国会に設けて、透明性を高めて、財政の推計をする必要があるのではないかと考えています。残念ながら、先進国の中でも日本は珍しいのではないかと思うのは、日本の最大のシンクタンクは霞が関だけで、一強状態になっていることです。ドイツなどは政党のシンクタンク、これが財団になって一応中立ということになっていますが、エーベルト財団などは日本円で数百億円の補助が出ています。そういうチェックが必要です。
マイナス金利については、公約7ページの一番下に書かせてもらいましたが、効果より弊害の方が大きいのではないでしょうか。先進国、ヨーロッパを見ても、効果が上がったケースがあるのか疑問です。ただ、日銀は独立した機関ですので、我々はあくまで日銀の政策を促すという立場ではあります。日銀は国債を相当買い込んでいまして、GDPの比率ではアメリカをはるかに追い抜いて、歴史的にみても、これほど自国の国債を中央銀行が買っている例はないのではないかという壮大な実験です。副作用はまだ大きく出ていませんが、副作用が出たときには相当大変な事態になるのではないか、と懸念しています。そうした出口戦略について、多少公約で示唆した書き方にしているつもりです。
田中弥生(大学改革支援・学位授与機構教授):私は、行革について質問させていただきます。民主党で行革というと、どうしても事業仕分けという印象があるのですが、具体的にどのようなものをイメージしているのでしょうか。今、私は行政改革推進会議の委員を務めていますが、河野大臣になってから、事業仕分け一色になっており、私は、非常に課題があると思っています。その問題点として、1つは、一方的に攻めるやり方だと官庁が委縮して大事な情報をますます出さなくなってきていることです。2つ目は、財政規律と連動していないことです。削減目標を出さないまま事業を拾い出してやっているので、いっこうに財政規律と結びついていません。最後に、事業だけを1つひとつ切っていても、日本の将来像を考えると間に合いません。政策の単位で選択と集中をしなければ間に合わないと思いますが、これらは民進党では行革の視野に入っているのでしょうか。
政治的なしがらみを排した予算編成の基準をつくることが課題
長妻:公約で掲げた「行政改革実行法」という法律、これは既につくって国会に提出しています。そこには、財政規律や目標の設定という考え方も趣旨としては入っています。行政事業レビューシートを民主党政権の時につくって、今の政府の中で事業ごとに出てくるようになりました。これは、格段に事業の効果検証ができる1つのきっかけになるツールでした。これが、今は全ての事業ごとにあります。そういう意味では、レビューシートを体系的にチェックして、1つの基準で、目立つ事業ではなく、網羅して、税の優先順位、あるいは効果の低いところを自動的にあぶり出すような基準がまだまだ不十分だな、という反省に立っています。目立つところはショーアップしてやるということもあるのかもしれませんが、それだと1つのイベントで終わってしまいます。今、レビューシートが5000事業でつくられていますが、それを、体系的に基準を決めてあぶり出てくるような仕組みをちゃんとつくっていくということです。
私も大臣のときに、無駄な事業をあぶりだそうとしてこういう経験をしました。「厚生労働省として、事業を優先的に並べてくれ。下の方にある事業は優先順位が低いから、局ごとに出してくれ」と指示しても、一向に出てこない、「全部横並びで、全部1位です」となります。役所は優先順位をつけないわけです。国会に設置するのか、第三者の機関なのかは分かりませんが、目立つところではなくシステム的につけるような、政治が優先順位をつけるメカニズムが必要です。霞が関ではないところで政治として優先順位をつけ、優先順位が下の方の事業は、お金が厳しいときは我慢してもらう。しかし、実際には政治力の強い予算は削れない。必要な予算が残るのではなく、政治力の強い予算が削れない。これが日本の大きな問題ですので、そこを、政治力とかしがらみを排してつくる基準や仕方が大きな課題だと思っています。
工藤:最後に、多くの人たちが民進党の公約に疑問を持っているのは、政策の中に曖昧な表現が多いことです。例えば、TPPについて「今の合意には反対」と書いていますが、TPP自体についてはどうなのでしょうか。また、憲法については「国民のいろいろな合意が必要だ」ということですが、党内に考え方の違いがあって、そのために政策が明確なかたちで示されていないのではないか、という疑問があります。
何よりも、最初に「今回の選挙の目標は改憲阻止だ」とおっしゃっていましたが、それをどのように実現するのか、公約そのものをそういうかたちに持っていくべきではないでしょうか。国民に今回の選挙の目的を明確に示していかないと、国民も今回の選挙に真剣に取り組むという熱情が出てこない気がします。
「新しい人権」などの追加は否定しないが、自民党草案のもとでの改憲は危険
長妻:冒頭に申し上げましたが、2大争点として、憲法の問題と経済格差の問題ということで、公約の最後に憲法の問題を書いたつもりです。憲法の問題については、我々は、憲法を指一本変えてはいけないという立場ではありません。ただ、平和主義をないがしろにする自民党草案のような改正については、大変危ういからやめるべきだと思います。我々も、かつて憲法で中間報告を出しましたが、当初想定されていなかった新しい権利を憲法に盛り込む必要性は否定していません。例えば知る権利や環境権です。もし、知る権利がきちんと他国並みに憲法に明記されていたら、特定秘密保護法も、相当かたちが変わったのではないかと思います。ですから、そういうところの議論はいいのですが、根幹にかかわる平和主義や立憲主義、基本的人権についての、今の自民党の憲法草案の思想のもとでの憲法改正は非常に危ういと感じています。3分の2の改憲勢力を取るということは、自民党の憲法改正に慎重な立場の野党は一切入らないで改正できてしまうことになるので、そういう危うさを感じています。それが大きな争点の1つということです。
また、憲法改正については党内で中間報告をまとめていますし、その中で相当「こういう部分は変えたらいい」というような話があります。ただ。1つあるのは、おそらく自民党は憲法改正が国政上の最優先課題の1つだとお考えになっているのではないかと思います。我々は、憲法改正というテーマが国政の最重要課題という位置付けではない、と考えています。重要ではありますが、今、一番喫緊にやらなければいけないものなのか、ということについての温度差は、自民党との間にあると思います。ただ、自民党の公約を見ても、憲法改正については最後に何行か書いてあるくらいで、以前あれだけ国会でおっしゃっていたものが、選挙直前になるとピタッと止まるわけです。選挙の争点は総理大臣が決められるものだ、と思っているかもしれませんが、そんなことはないわけで、世間やマスコミや国民の皆さんが決めることであるわけです。そういう意味で、私は、今回の最大の争点は憲法だと思っています。