世界5シンクタンク代表者インタビューコロナ危機で民主主義は生き残れるのか

2020年8月07日

 新型コロナのパンデミックの中、世界の民主主義はより厳しい状況に置かれている。コロナ危機に乗じて一部の権威主義的リーダーは権限を強化し、成熟した民主主義でもポピュリスト的リーダーのコロナ対応で経済や社会は混乱し、分裂を深めている。コロナ前から叫ばれていた民主主義の危機、民主主義は生き残れるのか。世界のシンクタンクの代表者5氏は権威主義がうまく対応したというのが幻想だと、断じ、重要なのは、政府への信頼であり、政府が適切に課題に取り組み、説明責任を果たせば、脅威はより少なくなると語る。未曽有の危機の中で問われる民主主義の進化、この助言を日本はどう活かすべきか。

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コロナ禍で民主政府は機能したのか

 半年間のコロナとの闘いで、「権威主義の方が効果的に感染症の危機に対応できる」という議論が当初聞かれた。中国やベトナムのように政府が強権的な力を持っている方が、人や経済活動の自由な動きを制限し、ITを活用して国民を監視し、新型コロナのような感染症を効果的に抑え込めるという考えである。

 ドイツのシンクタンク・SWPの所長のフォルカー・ペルテス氏は、これを否定し、「重要なのは、権威主義か民主主義ではなく信頼のインフラである」と語る。フォルカー氏は、政治体制よりも政府と国民との間に信頼があることの重要性を強調し、国民からの信頼を得ている民主主義国の政府は、今回のコロナ危機に適切に対応したと述べた。

 同じくドイツのシンクタンク・政治刷新研究所のジョセフ・レンチ氏も「権威主義の方がうまく対応できるというのは幻想である」と断じる。初期段階で情報を隠蔽した中国と比較し、情報公開やそのスピードの面で民主的、効率的に危機に対応できるのは民主主義であると分析する。

 欧州で最も被害の大きかったイタリア。シンクタンク・イタリア国際問題研究所(IAI)副理事長のエットーレ・グレコ氏は、非常に厳しい状況下でも政府が直面する困難を軽視せず、一貫性をもってコロナ対応で成果を出したことを評価している。「準備不足もあり当初は大きく混乱したが、その後、コンテ現政権が専門性と一貫性を持ち感染対策を講じてきたことで、感染者は減少した。政府の公衆衛生管理能力を国民は評価し、コロナ前の2020年初に比べ、政府への支持率は上昇している」と語り、厳しいコロナ禍で全国のロックダウンに追い込まれたイタリアだが、政府への信頼という点では民主主義は適切に対応したと説明する。

 これに対して、途上国として生活環境が残る中で感染症対策の難しさを話したのは、インドのオブザーバー研究財団理事長のサンジョイ・ジョッシ氏である。季節・日雇い労働者を多く抱え、「命を守るべきなのか、生活を守るべきなのか、生きるために仕事を休めない人たちをどう守るのか、政府は、すべての措置は次善を追究せざるを得なかった」と話す。ただ、ジョッシ氏はこの様な困難な中でも、人々の自由や人権を尊重しながら民主主義の基本的な価値を失ってはいけないと主張する。また、武漢で初めて行われてから世界の様々な都市も踏襲した中国式の強硬な都市封鎖は、人々が混み合って住むスラムが多く存在し、地方からの労働者も多いインドの場合は有効ではなかったと指摘。一部の都市は、都市封鎖以外の代替策で感染封じ込めを実施したことを紹介しながら、ジョッシ氏は、「民主主義国におけるパンデミックに対する対処法は、権威主義や非民主主義国家のそれとはまったく異なるべきである」と話す。

 では、ウイルスを軽視するボルソナロ大統領の言動が問題視され、感染者も世界二位の280万人に拡大しているブラジルはどうか。

 ブラジル最大のシンクタンク・ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)の会長を務めるカルロス・イヴァン・シモンセン・リール氏は、大統領の言動には多くの問題があるとしながらも、行政機関は比較的安定しており、様々な困難の解決に取り組んでいると話す。また、コロナ禍において軍や司法は、「成熟しており、信頼できる」と語り、特に司法については、長年ブラジルを悩ます暴力の問題について適切に取り組んでいると評価。大統領の問題ある言動とは対照的に、政府を支える行政機関、軍、三権分立の一つである司法は適切に機能しているとの考えを示した。 


コロナ禍で支持を失うポピュリスト、極右極左政党

 インタビューを行った5氏は皆、新型コロナのパンデミックという世界的危機の中でも、民主主義は適切に機能している点を強調している。ドイツやイタリアなどの国では、政府と国民が信頼を回復し、より民主主義の機能を高めた例が紹介され、この中で、コロナ前から民主主義の将来に深刻な脅威となっていた、世界で広がるポピュリズムと右派勢力について興味深い例が示された。

 ドイツのシンクタンクのレンチ氏は、コロナ危機を適切に対処したドイツやオーストリアでは、実際に課題に取り組む政府や与党が効果的な危機管理により支持を集める一方で、野党や極右・極左政党が支持を失っている例を挙げた。また、イタリアのグレコ氏も「反移民政策などを掲げる二つのポピュリスト政党は、政府批判をするが、危機下で国民が必要とする政策や解決策を打ち出せず、強い訴求力を持つことが出来なかった」と明かし、コロナ危機が現政権への支持拡大につながったことを述べた。

 この理由について、フォルカー氏は、近年の右派、ポピュリズム政党への支持は、グローバリゼーションでのヒトやモノの移動に対する政府への不満や抗議の意思表明の意味であったが、自分たちの生命に関わる問題となれば、明確な方向性もない、経験もない政党に政治を任せたくないという気持ちが強まるとの国民の気持ちを指摘。「政府が適切に課題に取り組み、国民への説明責任をはたしていれば、これらの極端な政党の脅威は少なくなる」との考えを示した。


より深刻化する社会・経済問題
-対応を誤ればポピュリスト、右派政党への支持に流れる懸念も

 パンデミックの危機の中でも民主主義は機能できると主張する5氏。一方でこの5氏が強調したことは、長期化するコロナの危機の中で、各国の経済や社会課題に政府が適切に対処できなければ、ポピュリズムや過激な思想を持つ政治勢力が再び台頭し、民主主義にマイナスの影響を与えることへの強い懸念だ。

 ドイツのフォルカー氏は、現在新型コロナの対応で支持が上昇したメルケル政権について、「この傾向は長く続かない」と示し、今後、国民の不安に対し行政側がきちんと説得力ある形で対応できなければ、政府への不満の受け皿として再び右派政党に支持が移る危険性を指摘した。同じくドイツのレンチ氏も経済への甚大な影響が表面化する2020年下半期以降、いかに政府が経済を支えることができるかが重要であると伝えた。

 経済低迷の影響についてより懸念しているのは、イタリアのシンクタンクのグレコ氏だ。深刻な財政難にあるイタリアは、政府が限られた資源の中で社会的弱者を守る仕組みを作らない限り、社会の不満が拡大し、再度反EU・半移民を掲げる政党の勢力が強まることを指摘している。その上で、「社会のシステムを改善し、民主主義の基盤を強化しなければならない」と話す。


新しい技術改革の中、民主主義国は対応できるのか

 さらに、新型コロナのパンデミックで世界に急速に広まるデジタル化の波が人々の雇用に与える重大な影響を指摘するのは、ブラジルのシモンセン・リール氏である。「デジタル化の浸透で、競争の条件が変化し、仕事や産業の在り方が大きく転換する世界史的にも重要な技術革命に今世界は直面している」と論じ、民主主義に重要な中間層に生活水準の低下と構造的な失業の時代が到来する中、民主主義国は適切に対応できるのか、疑問を呈した。


国際協調主義しか未来はない

 最後に、民主主義と共にコロナ禍でその将来が懸念される国際協調体制について、5名のシンクタンクのリーダーに意見を聞いた。新型コロナ拡大の局面では、世界的感染拡大に対する国際協調やリーダーシップの不足が露呈され、EUや国連などの国際機関の機能不全も厳しく批判された。「国際協調は幻想」という厳しい見方も存在する中、世界はグローバルな課題に協力して取り組むモメンタムを作り出せるのか。

 この問いへの世界のシンクタンクの考えは、「国際協調しか道はない」という強い意見であった。インドのジョッシ氏は、パンデミックを機に、世界のサプライチェーンや自由貿易のルールの再考がなされるが、国際秩序の根本は変化せず、世界に国際協調以外の選択肢はないと強調する。

 加えて、感染が急速に拡大した際にはEUからの支援を拒否されたイタリアのグレコ氏も「コロナ危機を経て結果的にEUは結束を強めた」と話す。その例として、最近加盟国間で合意した復興基金の例を挙げ、ヨーロッパ諸国は多国間における連携を維持することを再認識し、EU内での連携を深化するために改革案を検討していること、さらにWTOや国連組織などの国際連携を促進するために協力をしていると紹介した。

 最後に、フォルカー氏は、コロナ禍で顕著となった国際課題へのアメリカの指導力の低下を挙げながら、アメリカのリーダーシップがなくても民主主義のミドルパワーが多国間で国際協力体制を維持する重要性を強調した。日欧を中心とした、様々な協力の枠組みの成功例を紹介しながら、「地域の責任あるプレーヤーの重要性は高まる」と語る。さらに中国のような政治体制の異なる国々とも、国境を超えるグローバルな課題では連携する意義についても延べ、新型コロナのワクチンを国際公共財として考え、その開発・普及に世界が協力できるかが国際協調体制の分水嶺になると締めくくりました。

 未曾有の人類の危機でも民主主義は進化を続け、生き残ることができる。この半年間の世界の経験と助言を日本は今後、どのように活かしていくのか。その実践が今、問われている。

西村友穗(言論NPO国際部長)

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