言論NPOは7月21日、「アメリカ大統領選はバイデンで決まったのか」と題しWeb座談会を開催しました。議論には、みずほ銀行ワシントンD.C.駐在員事務所所長の石原亮氏、慶應義塾大学総合政策学部教授の中山俊宏氏、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏の三氏が参加し、司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。
まず、トランプ政権は、コロナ・人種・経済雇用の三点で難題を抱えており、厳しい状況を迎えているとの認識で各氏は一致、選挙戦の行方は夏休み以後の盛り上がりにかかっているとの見方ですが、トランプ氏の現状課題に対するリーダーシップも全国民ではなく、支持者のためのものになっているとの分析が提示されました。ただ、分極化の著しい米国では、そもそも構造的に全国民の大統領は誕生しにくく、全国的に深刻化するコロナの危機がこの分断構造を壊せるかを現状で判断するのは難しい、との意見が出されました。
外交政策については、共和、民主どちらの大統領になっても大きくは変わらないとの発言が相次ぎました。対中政策に関しては、強硬論がコンセンサスとなっているものの、その濃淡には差があり、特にトランプ氏の外交は再選のための外交であり、再選された場合、米国が有利な条件での中国との貿易を求める融和的な外交に戻る可能性も少なくない、との見方も出されました。
今回の大統領選は、米国にとってはこれまでよりも重い選択となり、日本へのインパクトも大きなものとなるとの見方では三氏は意見を揃えています。各氏とも現状ではバイデン氏優勢との見方で、今選挙を行ったらバイデン氏が勝つではないか、との意見もありましたが、同氏にはまだ不安要素もあり、大勢が決するのは大統領候補の討論会後になるとの見通しでした。
厳しい状況に置かれたトランプ大統領。コロナ危機、人種問題の行方がカギに
まず工藤は、対応が後手に回り、14万人という死者を出して批判が高まっているドナルド・トランプ政権の現状についての見方を尋ねました。
これに対しては三氏いずれも、新型コロナウイルスに加え、それに起因する経済・雇用問題、さらには、Black Lives Matterの抗議行動に表れている人種問題も相まって、厳しい状況に置かれているとの認識で一致。
ただ、前嶋氏は、トランプ氏自身はコアの支持層をしっかり固めれば11月の大統領選挙では勝てるとの青写真を描いていること、石原氏は、まだ大統領選挙まで間があり、態勢を立て直す時間があることを理由として、土俵際まで追い詰められているような状況ではないとの見方を示しました。
一方中山氏は、そのコアの支持層の中からも、"トランプ離れ"の兆候も見え始めていると指摘。さらに、分断を煽って、相手方に責任を転嫁したり、スキャンダルをより大きなスキャンダルで覆い隠したりするトランプ氏のこれまでの手法も、コロナ危機や人種問題では通用しにくくなっていると指摘し、トランプ氏が今後さらに難局を迎えると予測しました。この点については、前嶋氏も、コロナ危機や人種問題が、都市部だけで収まらず、全米規模に拡大すれば、政権の動揺も収まらなくなるため、ここが今後を予測する上でもひとつのポイントになると補足しました。
次に工藤は、現下の危機において、米国民の目にはトランプ氏がリーダーシップを発揮しているように映っているのか、各氏の見方を尋ねました。
「一方の側」に対するリーダーシップのみが残った米国社会
中山氏は、トランプ氏が何よりもまず自らの大統領再選を最優先させているとし、例えば、所謂「トランプ・ドクトリン」と呼ばれる外交にしても、その本質は「再選外交」にすぎないと指摘。こうしたことを鑑みると、「トランプ氏」と「リーダーシップ」というのは、「同じ文脈では存在し得ない」と断じました。
また、米国社会の深刻な分極化を踏まえながら、現在の米国民の投票行動が、「この人は支持できるから投票する」のではなく、「対立候補が嫌いだからこちらに投票する」という「否定的な党派性」を帯びていると分析。例えば、2016年の大統領選も、トランプ氏が積極的に支持されたというよりは、ヒラリー・クリントン氏が嫌われていた結果だとしました。その上で中山氏は、こうした米国民の投票行動は「リーダーシップがある政治家を積極的に選び出す」ものになっておらず、したがってリーダーシップのある大統領も生まれてこないという構造的な問題を明らかにしました。
前嶋氏も、1990年代頃までは大統領とはすなわち、全国民のリーダーであることは自明の理であったが、今は「一方の側に立つリーダー」になってしまっていると指摘。トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト」にしても、支持層にとっては頼もしく映るが、そうではない層にとっては、「アメリカの半分は消えているようなものだ」と、その分断の深刻さを表現しました。
石原氏は、前嶋氏の発言を補足するかたちで、7月14日に行われた11月の大統領選と同時に実施される上院選の共和党候補を決める予備選について言及。ジェフ・セッションズ前司法長官の返り咲きが有力視されていた中で、トランプ氏が推した元フットボール監督のトミー・タバービル氏が勝利したことを、「神通力」としつつ、これをトランプ氏が自分のコア層に対するリーダーシップを発揮している証左だと分析。もっとも、これは米国全体からすると、分極化をさらに加速化させるものであるため、「大変な事態だ」とも語りました。
続いて、米国の政策に関する議論が行われました。まず工藤が、次期大統領が率いる米国の全体的な外交政策の展開について、各氏の見方を尋ねました。
もはや「世界の警察官」には戻らない米国~二つの「アメリカ・ファースト」~
中山氏は、リベラル・インターナショナル・オーダーを支えるため、米国が国際的なリーダーシップを発揮していくことに後ろ向きなのは、共和党だけでなく民主党も同様であると解説。国内政策が主たる争点となる大統領選は「二つの『アメリカ・ファースト』の戦いになる」との米国ジャーナリストとの論評を紹介しつつ、これを言い得て妙と評しました。
前嶋氏は、ジョー・バイデン氏の考え方には、自身が副大統領を務めた「オバマ政権をもう一度」という側面があると指摘した上で、そのオバマ政権の二期目からすでに「米国はもはや世界の警察官ではない」という性質が色濃く出始めていたと振り返りました。
前嶋氏はその上で、バイデン氏当選の場合には、外交の予測可能性は高まるし、トランプ氏よりは同盟国を重視し、世界保健機関(WHO)やパリ協定にも復帰すると見られるが、それでもやはり「世界の警察官」には戻らないと予測。トランプ氏が掲げる「Make America great again」と、バイデン氏の「Built back better(もう一度しっかり立て直そう)」は本質的に同じ志向のものだとの見方を示しました。
「タフさ」が増してきた対中政策。しかし、濃淡はあるし、今後反転する可能性もある
続いて、米国の対中政策についても議論が行われました。中山氏はワシントンの対中政策の方向性は、オバマ政権二期目から「間違いなくタフになってきている」と解説。現在では、重要な全領域、全イシューにおいて米国の覇権に挑戦してきている「目障りな存在」だと認識されていると語りました。
もっとも、コンセンサスとしては対中強硬ではあるものの、濃淡はあるとも指摘。ピーター・ナバロ米大統領補佐官、元大統領首席戦略官のスティーブ・バノン氏のように共産党打倒まで考えている一派もいれば、従来のエンゲージメント路線を踏襲しつつ、タフの割合も少し増やしていこうとする一派もいるなど「タフと言っても色々なタフがある」としました。今後、そのタフさの濃淡がどの程度に落ち着いていくかも、様々な外的要因によって変わっていくものと指摘。安易に米国は対中強硬で一枚岩となっていると見做すのではなく、きめ細かい分析が必要だと警鐘を鳴らしつつ、自身の見方としては、最終的には米中関係は「競争的な共存」関係になっていくと語りました。
中山氏はさらに、「再選外交」の文脈からトランプ氏の対中外交の危険性についても言及。対話路線かと思えば対決路線になるといったように、「軸」がないことがトランプ・ドクトリンの特徴であるとしつつ、対中外交についても、明確な外交思想に裏打ちされた対応をしているのではなく、何かの組み合わせでたまたま強硬に見えているに過ぎないと分析。したがって、中国とディールをした方が再選の可能性が高まると判断すれば、途端に「タフさが反転」し、融和的になることも十分に考えられると注意を促しました。
前嶋氏も、「再選外交」の視点から発言。バイデン氏が、上院の外交委員長や副大統領を務めている間に中国が台頭を許したことから、中国叩きはバイデン叩きの裏返しなのだと指摘しました。
もっとも、トランプ氏の支持者が求めていることは、レジーム・チェンジまで追い込むことなど、中国を完膚なきまでに叩きのめすことではなく、「米国のモノを中国により多く買わせること」だとし、トランプ氏もそれが分かっているから、中国を追い込み過ぎずに最後のところでは手を緩めているとも指摘。そうしたことも、外部の目にはトランプ外交が「わけのわからない外交」だと映ることの要因となっていると語りました。
経済面では、バイデン氏当選の方が日本に有利になる可能性
次に工藤は、日本にとっては、トランプ氏、バイデン氏、どちらが大統領になることが望ましいのかを問いました。
これに対し前嶋氏は、対中外交では、タフな対応をするトランプ氏に対し、バイデン氏は、環境問題でディールをして安保問題を見逃してしまうことを米国内でも懸念されているとし、その点では日本からすればトランプ氏が望ましいように見えるとしつつ、「外交は積み重ねであり、予測可能性がないと動いていけない」という観点からはバイデン氏の方が良いとの見方を示しました。人権問題や、入国のしやすさといった点からは圧倒的にバイデン氏の方が望ましいとし、経済の観点に関しては、立場によって異なるとしました。
石原氏は、「どちらの方がビジネスチャンスがより大きくなるか」という観点から発言。トランプ氏再選の場合は、新しい変化が起きたり、日本のイノベーションを促すような状況になることには疑問符が付くとし、逆にバイデン氏当選の場合には環境・エネルギー政策の転換に伴って、日本企業の技術を活かせるチャンスはあるとの見通しを示しました。
バイデン氏優勢。カギを握るのは討論会の攻防
工藤は最後に、「ずばり、次期大統領はバイデン氏に決まったのか」とストレートな質問を投げかけました。
これに対しては、三氏いずれも現段階ではバイデン氏が優勢だと回答。前回の大統領選では、いわゆる「隠れトランプ支持者」を捕捉できていなかったために、世論調査を基にした各種予測がことごとく外れましたが、これに関しても中山氏は、「調査サンプルの取り方をかなり変えている」ために、世論調査の確度が高まっていると解説。その調査でバイデン氏が大きくリードしていることは、世論の実態をきちんと反映しているとの認識を示しました。
中山氏は、したがって考えるべきは「どういう状況になればバイデン氏が敗北するのか」であると主張。自身の見方としては、トランプ政権が新型コロナウイルスの感染拡大を秋までに終息させた場合や、Black Lives Matterの抗議行動が急進化し、世論から敬遠されたような場合があるとしました。同時に、認知症疑惑が囁かれているバイデン氏の討論会でのパフォーマンスが低調なものに終われば敗北の可能性があるとも語りました。
前嶋氏は、バイデン氏が積極的に支持を得ているというよりも、「反トランプ」が支持を得ているというのが正確だとしつつ、バイデン氏自身もそれは認識していると分析。出馬表明の頃よりも掲げる政策が「左寄り」になってきているのは、「オール民主党」で「反トランプ」なら勝てると踏んでいるからであろうし、実際それは奏功しているとの見方を示しました。
中山氏は、先述の「否定的な党派性」の点で言えば、トランプ氏から見れば、強みはないが弱点もないバイデン氏は「つぶしにくい」候補者であると指摘。民主党としては、そこまで計算して選出したわけではないとしつつ、結果として勝てる候補を選んだと評しました。
石原氏は、「反トランプ」だけでなく、「チーム・バイデン」も支持を集めているとの見方を示しつつ、チームを持たない「ザ・ドナルド・トランプ」と「チーム・バイデン」の討論会での攻防が、選挙戦の帰趨を左右すると予測しました。
視聴者からの質疑応答を経て最後に工藤は、今回の大統領選を「世界にとっても、日本にとっても重要な重みを持つ」とし、今後も引き続き注視していくとし、白熱した議論を締めくくりました。
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