2009 総選挙最終盤、工藤が語ります(1) 聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授) |
2009 総選挙最終盤、工藤が語ります(2) 聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授) |
衆議院選挙前半戦をどう見るか
田中: 18日に公示が行われて、選挙戦も後半戦になっています。8月12日に党首討論が行われて、この間、どんな議論が行われてきたかをメディアを通して見ていましたが、あのときの物足りない議論から変わっていない感じです。にもかかわらず、もう選挙の結果は出てしまっているような報道が行われています。投票までの期間が長いということもあるかもしれませんが、若干腑の抜けた感じがしてならないのですけれども、工藤さんはどのようにお考えになっていますか。
工藤: 確かに、私は12日の党首討論を見て、マニフェストを書き直してほしいと思いました。つまり、今の政党が出しているマニフェストは政策体系として説明不足だし、日本の未来を語っていないと。しかし結局、マニフェストは何も変わらなかったですね。一部民主党のマニフェストが2、3点追加されましたけれども。政策体系として国民に何を説明して未来をどう描くかということでは全く変わらなかった。党首の発言を見ていても、1カ月前と同じことをただ繰り返していますね。しかも、テレビを見ていると他の番組でも同じことしか言っていないので。ひょっとしたら、政策を有権者の疑問や関心に合わせて進化させて国民に答えるという感覚が、日本の政党にはないのかなと思いました。
各党間の議論は停滞したままで、政策としては同じことが繰り返し発言されています。やりとりを見ていても、言葉のレトリックだけで、本質的なことに関しては何も明らかにしていない。これでは、歴史的な政権選択、未来を問うような選挙としては迫力不足というか、無責任です。田中さんがおっしゃったように、メディア報道でも民主党大勝みたいな話になっていますから。「この選挙は何なんだろう」と、戸惑っている人も多いのではないかと思います。
田中: そうですね。本質的な問題については答えを出しきれず、マニフェストの内容と違うような発言もちらほら出ている。工藤さんが当初からおっしゃっている「未来を選択する」ための政策あるいはビジョンについては何か進化されたようなものは発見されましたか。
政治が説明すべき4つの課題とは
工藤: ないですね。私はひょっとしたら日本の既存の政党は未来を語らないのではなく、語れないのではないかと思いました。
それほどバラマキのような支出計画と、その財源に、話が集中している。新聞を見ていても「将来ビジョン」とか「目指すべき社会のあり方」が説明されていないとされていますが。では日本の政治が何を国民に説明すべきなのか、メディアは指摘しきれていません。
私は評価を行う立場から見ると、最低4つのことがマニフェストに書かれないといけないと思っています。
ひとつは、小泉改革の総括をきちんとしないといけない。改革路線を継承しなくてもいいわけですが、継承しないとすれば、日本の経済構造を変えるためにどういうプランを出していくのかを語る必要がある。継続するのであれば、格差拡大などの歪みが出てきているわけですから、それらにどう対応するのかということに加えて、政府として国民に保障すべき最低限のサービスをどれだけ行うのかということを語る義務があります。
2つ目は社会保障の問題です。少子高齢化の中で急増する社会保障の財源をどうするのか、制度設計をどうするのか。民主党も、最低保障年金を制度化すると言っていますが、新制度になるのは20年先の話なので。ではその間は今の制度をどうするのかを説明する必要があります。今の年金制度は結局、若い世代の未来に負担を先送りして、世代間格差を拡大し続けているわけです。財政が抱えている、国債の累増問題も同じです。今の課題解決を避けるがために、つまり負担の問題を国民に説明しないために、将来世代に負担をどんどん先送りしている。こういう問題をどう考えるかが、2つ目ですね。
3つ目はアジア、特に中国の台頭を含めて、アメリカの経済危機から世界が大きく変わっている中で、日本は国際社会でどういう役割を果たしていくのかということです。今年来年、日本はGDPで見ても世界第3位に落ちていくと思います。マラソンのレースでも同じですが、上位争いは常に映像で流れるけれども、落ちていくと日本がそこから外れてしまう、そういう時代になってきます。では日本は国際社会で何を目指していくのかと。これら3つはどうあっても説明するべきでした。
それから、4つ目に大事なのは、国民に対するメッセージのことです。アメリカの大統領選挙を見ていて感じたのは、オバマ大統領のメッセージ力の強さでした。それが日本の政党にあるのかというと、全くないですね。いろんなサービスを提供するという話はあっても、日本の将来に向けて何を国民にしてほしいのかという呼びかけがない。しかし、オバマ大統領は語ったわけです。アメリカは未曾有の経済危機の中で間違いなく将来が見えない。しかも過度な競争社会の中で格差が発生し、社会の土台になるつながりも分断されてしまった。その中でもオバマ大統領は、「みんなで一緒にこの危機を乗り切って新しい社会を建設しよう」そして「私たちならそれができる」と呼びかけたわけです。
これは間違いなく民主主義の復権のメッセージでした。国民と一緒に時代を変えるという呼びかけには、ショックを受けるくらい感動した人もいっぱいいたと思います。
今回の日本の選挙を見て、日本も同じように未来が全く描けないという状況の中で、政治は何を私たちに呼びかけているのかと。それが全くないですよね。私たちも、そういう呼びかけが選挙戦の中でどんどん出てくるかなと思って期待していましたが、議題として出ているのはそういう話ではなくて「財源は大丈夫か」とか、官僚の話とかムダの話とか、サービスの競争とか、そういうことばかりなので、こんなことで日本の将来は大丈夫なのかなと。率直に言って、私は心配な気持ちなのです。
田中: 4つの課題というお話がありました。「大きな政府」「小さな政府」というのはもう時代遅れだという批判もありますけれども、政府というのはどこまで公共ゾーンを担って―シビル・ミニマムと言っていますが―そしてそれ以外のところの公共ゾーンを誰がどういうふうに担っていくのかと。それは非常に保守的なものなのか、あるいは個人の責任と自由に任せる社会像なのか。それは今のマニフェストからはとらえきれないし、ましてや党首討論を聞いていても、そのあたりが全然出ていないですよね。
このまま選挙が終わってしまっていいのか
工藤: 私たちはこれまで5回、評価を行ってきましたが、民主党のマニフェストを見てみると、これまでの岡田代表や菅代表時代のマニフェストではまさにそういうことが書かれていました。目指すべき社会像、それから理念、ビジョンがあった。自民党も「美しい国」など、わかりにくさはありましたが、小泉マニフェスト以来、ビジョンから政策体系まで、描ききろうという意欲があった。しかし今回の選挙を見ると、政策立案のための時間が十分にあったにもかかわらず、マニフェストとしては非常にお粗末なものが出てきました。単なる支出計画のようなものを競っているような状況ですから。そうではなくて、政治が今の日本の何を解決したいのか。目指すべき社会に向けて、現在の課題を分析してその解決策として出すのがマニフェストのはずです。たとえば子育ての対策であれば、現物のサービス給付あるいはお金の直接支払いも含めて、どういう目標で、子育てを応援する社会をつくっていくのかとか、具体的なビジョンなり政策体系が示されていない。それが語られずにひとつひとつの支出計画で、「うちの党は子育て手当がこうだ」とかいう話になってしまっている。
本来マニフェストというのはそういうものではなくて、政策の目的や全体像、体系を示すことが重要です。オバマ大統領はアメリカをいつまでにどう変えていくのかを国民に具体的に示し、さらに一緒に危機を乗り越えていこうと呼びかけた。そういう問いかけが、日本では全くない。このまま本当に選挙が終わってしまっていいのだろうかという感じがありますね。
田中: 支出計画という言い方をされましたけれども、政府が何でもサービスを提供してくれる社会なのか、私たちが自分のことは自分でやっていかないといけない社会になるのか、そのあたりが、個別の政策を見ていても、どっちなんだろうと。見えてこないですよね。
工藤: 今の田中さんのおっしゃったことで言うなら、日本の政治はぜひそういう説明をしてほしいですね。全ての政党の公約を見ると、選挙という事情もあるのですが、政治が何でもしてあげるという話になりがちです。
でも社会保障の機能強化に向けて政府が責任をもつという社会もあるわけです。ただその場合は、負担の議論を政治は避けてはいけない。自分でやれというのであれば、では政府の役割は何か。政府は最低限何を行うのかと。どちらも説明不足です。これでは、国民は自分たちの将来について安心できないし、日本の政治がどういう進路を描こうとしているかわからないわけです。
私は政権交代に反対というわけではありません。国民は本格的な変化を求めています。しかし、政権交代はあくまでも手段であって、政権交代の結果、どういう社会に変えていくのかが大事です。そのための合意の形成こそ、選挙の中で行われるべきなのです。政治の約束が有権者との間で問われる。そういう緊張感のある政治に変えていかなければならない。今回の選挙がその第一歩だとするならば、日本の政治を本当に変えていくためには、有権者自身が、日本の未来を自分たちで考えるという覚悟を固めないと本当の政治の変化は始まらない、と思います。そのためにも、いい加減な約束を見抜けるような眼力が、有権者側にも求められている。
今回の選挙は「変化」への第一歩
田中: 変化とおっしゃいましたが、「チェンジ」という言葉は、日本でも特に政治家の間で流行っている言葉だと思いますけれども、目指すべき将来像があっての変化ですから、まだそこまでには至っていないということですよね。
工藤: そうです。言論NPOは今年初め、麻生政権の100日評価を行った際に、有識者を対象にアンケートを実施しました。その結果を最近思い出したのですが、「今の日本の政治状況をどう考えているか」という質問に対して、最も多かったのは「既存政党の限界がはっきりし、新しい政治に向かう過渡期にある」という回答で、半数以上ありました。
それから「政権交代によって日本の政治を一度壊さないといけない」という回答も半数近くありました。つまり、今の2つの政党の中で、「片方がだめだからもう片方」という二大政党が実現しているというような判断はほとんどありません。私は、この有識者の声が今の日本の政治状況を見事に説明していると思います。今回の選挙で政権が変わってもそれは始まりに過ぎないのであって、これから日本の政治がどう変わっていくかということが問われる局面になっていると思います。
そのときに一番重要なのは、私は今年の正月に「日本の根本的な変化が必要だ」と言いましたが、そうした変化、つまり「チェンジ」を行うのは有権者だということです。有権者なり市民が、自ら未来を選択して政治を判断するというふうに頭を切り替えないといけない。政治が提供するものをただ選ぶというだけでは、政治は変わらない。
日本の未来が問われているときに、政党がサービスだけを競っている。これでは、政治家は「有権者はサービスにしか関心がない」と考えているとしか思えない。
つまりサービスしか票にならない。しかしサービスには必ず負担があります。それを明らかにしないで、「今回の選挙では負担は言わなくていい、将来世代が考えればいい」というのでは、有権者がバカにされていると言っていいと思います。
有権者も、そうした扱いでいいのかどうかを考える必要があります。自分たちで自分たちの未来や国の未来を判断できるような力をつけないといけないし、そういう気迫が日本の政治を強くしていくのだと私は思っています。
田中: そうすると、「サービスはおねだりをするけれども負担はしたくない」というのではまさに55年体制から変わっていないということですから、それは政治家も発想が変わっていないし、有権者も下手をするとそこに引っ張られてしまうということですね。
問われているのは日本の民主主義
工藤: 私が気になっているのは、日本の政党は民主主義の弱いところを微妙に突いてきていることです。それを日本のメディア報道があおってしまうという構造もある。民主主義の弱さというのは基本的に、選挙が人気投票になってしまう可能性があるということです。でも政権選択の歴史的な局面で、人気投票の域から出られない政治でいいのか、ということを考えないとならない。
人気を得るためには、負担よりもサービスのほうがいい。だから負担の問題を隠してしまうのです。それから、誰か敵をつくり、それをあおることで人気を得ようとする。日本の官僚主義というのは、確かに目に余るものがありますが、官僚だけを批判すれば何かが変わるわけでもない。既得権益を改善するなら、政官財、全てのしくみが問われることになります。政党のあり方、業界と族議員との関係、政治とカネの問題、官僚の天下りの問題、全てが日本の政治の中では、まだ構造化している部分が残っているのです。
でもそういうことを抜本的に変えるために政党が競おうとしているわけではない。ただ、官僚の天下りを問題にしているだけです。
2005年の選挙のときも小泉劇場というものがあり、刺客を送ったりしていました。あのときと同じような選挙のパターンになっているところが今もある。
つまり民主主義の弱さが突かれているわけです。でも、そういうところで決まる民主主義は非常に薄っぺらです。もっと強い民主主義をつくらないといけない。政策をきちんと見て判断して、有権者が日本の政治を変えていく。それがマニフェスト政治の眼目だったわけです。
今回の選挙は、日本の未来にとっての第一歩にすべきです。そのためにも、この選挙を、日本の民主主義をもっと強いものにしていく契機にしなくてはならない。選挙まであと一週間。日本の政党には日本の将来の課題から逃げないで説明してほしい、のですが、本当に問われているのは私たち有権者自身の方だと、私は思っています。
私たちはこの国の未来から逃げられるわけではない。そうであるなら、有権者が日本の政治をもっと良いものにしていかないといけないわけです。日本の政治を本当に変えるには、そうした覚悟が必要だと思います。これからまたこの一週間で政治の議論は進化していくかもしれませんが、この間の選挙戦を見て痛感したのは、そういうことです。
田中: 有権者自身も力をつけないといけないということですね。
工藤: 有権者がこれからの未来を決めるのです。だから私たちはこの時代から逃げてはいけないと痛感しています。このような状況では、どこの政党に投票すべきか、内心悩んでいる人も多いと思います。しかし、この一票から始めるしか方法はないのだと、私は考えています。
田中: 今日はありがとうございました。
(文章は、動画の内容を一部編集したものです。)