選挙結果をどう見るか(1) 聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授) |
選挙結果をどう見るか(2) 聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授) |
「今後に不安」との声が多数―緊急アンケート結果
田中: 今回の選挙結果は民主党が308議席、自民党は119議席ということで歴史的な大転換点だったと言われますが、今回の選挙結果を見てどう思われますか?
工藤: 一言で言えば、有権者の不満がこれだけ激しい結果をもたらすのかということで、驚いているというのが正直な気持ちです。自民党の政治が終わり、政治は大きく変わったけれども、この結果に関して「本当によかった」と単純に思う人はそう多くはないのではないかと思います。先行きに期待はあるけれど、不安だなあという人もいる。これから本当に新しい政治が日本で起きるのかについては、私にも不安があります。
田中: 私もこの結果を手放しで喜んでいるのではなく、一抹の不安を持っています。それに対応するように、言論NPOでは選挙後すぐに有識者に対してアンケート調査を行っていますが、かなり厳しい結果になったようですね。内容を聞かせていただけますか?
工藤: 開票結果が判明すると同時に、ジャーナリストや経営者、学者などの有識者に7項目のアンケートを実施しまして、現時点で175人くらいの方からご回答をいただいています。それを集計したのですが、やはり今回の選挙結果に対して満足しているのは11.4%くらいで、53.7%は「満足はしているが今後に不安がある」と答えています。あとは24.0%が「本当に心配だ」という答えでした。
では、民主党大勝の理由は何だったのかについてですが、7割近くが「自民党政治に対する批判が今回の選挙の意味であった」と。それは裏返して見ると政権交代への期待となっています。逆に言えば民主党の政策に共感をしたとか、新しい政治を大きく期待したというより、今の自民党政治に対する批判票が「政治を一度変えたい」というかたちで、今回の地すべり的な民主党の勝利につながったと、有識者は判断しています。
投票の際、なぜ政権交代を重視したのかということですが、4割が「既得権益を中心としたこれまでの政治構造の改革を期待できる」と答えており、2番目に多いのが「政権交代でもない限り自民党がこれまでの政策を総括することはなく、解党的な出直しが出来ない」という回答でした。
つまりこれまでの自民党の政権はだめだという思いが、今回の投票行動につながったのだと私は思います。
田中: つまり自民党に反省してほしいということですか?
工藤: 自民党に対する強烈な批判が、自民党政治を変えたいというところまで来たというのが今回の結果だと思います。ただ、民主党の政策を支持するかどうかについては意見が分かれていて、4割は「支持」や「どちらかといえば支持」ですが、やはり半数近くが「支持していない」という声です。今回の選挙は、政策を評価するかどうか以前の問題であったということが、有識者の認識です。
今回の選挙は変化に向けた第一歩
田中: まず政策を問う前に政権交代をさせようと。
工藤: そうです。今回のアンケート結果で驚いたのは、今回の選挙では政権交代、民主党の大勝となりましたが、今の政治状況を多くの有識者がそれとは違う視点で見ていることです。 自民党の政治が終わり、政治は大きく変わった。このような政権交代は、長い間進めてきた政治改革ではある意味で理想でしたが、驚いたのは、自民と民主の二大政党が今後も政権を争うような政治が日本の中で定着するのではないかと見ている人は6.9%しかいなかったことです。56.6%は「既存政党の限界が明確になり、政界再編や新しい政治に向かう過渡期」だと判断しています。「政権交代によってこれまでの政治を一新すべき時」だという人も23.4%で、つまり今回の民主党への交代が新しい政治を選んだのではなく、これから始まる日本の政治の本当の意味での出発だと捉えている人がほとんどなのです。
田中: なるほど。今回の選挙は通過点だということですね。
工藤: 日本の政治の新しい変化の始まりだということです。今回、アンケートに協力していただいた有識者には、コメントを書いてもらいましたので、それを言論NPOのホームページで公開しています。それを読んでいただければと思います。かなり厳しい意見が出ています。
田中: これから大きな政治の変化が始まるとすれば、新しい政権については、皆さん今は様子を見ているということなのでしょうか。
工藤: ただ、そうだとしても実際には政権交代で新しい政治が始まるわけです。この政権が今後どうなるかを監視していく必要があります。言論NPOは政権が変わると、100日はハネムーン期間ということで暖かく見守ることにしています。しかし、それを過ぎれば政権は有権者の監視の対象になるということで、評価を開始します。今の時点で政権がどうなるかということでひとつ言えることがあるとすれば、「どんな政権も課題からは逃げられない」ということです。
選挙の中では様々なばら撒き的な計画が競われましたが、それだけで日本の政治が行われたらこの国は終わりです。やはり、日本の政治は日本が抱えている課題に向かい合うしかないわけです。たとえば少子高齢化が進む中、社会保障の財源や制度設計が日本ではまだ実現していません。財政面では国債が累増しており、国際社会で中国が台頭し、世界的に多様化の流れが強まる中で日本の存在感をどう示すのかというメッセージもない。
選挙ではこうした日本の未来に向けた問いかけがなされなかった、つまり国民に対して新しい時代に対する変化を問うたわけではないのです。でも政権を取った以上、その課題からは逃げられないので、それに対して新政権がどう向かい合うのかがこれからじわじわと問われることになると思うのです。
政治は有権者に未来を説明しなければならない
田中: 今「ばら撒き」とおっしゃりましたが、私も不安を覚えたのが、民主党がばら撒き色の強い政策で大勝したということです。このことによって、「こういう政策を出せば票が取れるのではないか」という認識ができてしまえばそれは大変恐ろしいことと思うのですが。
工藤: その通りですね。結局政治は、「サービス競争をしたほうが票になる」と思っているわけですから、その認識を変えさせない限り何も変わりません。そしてそれを変えさせるのは、実は有権者なのです。
今回の選挙を見ていて、2つの視点で政策を見る必要があると思いました。ひとつは権力を取るための政策であり、もうひとつは有権者が未来を選ぶための政策です。でもこの2つは異なるということです。
政権交代は国民から見れば新しい政治が始まるように見えますが、政治の世界では権力を取るということを意味します。そう考えると、民主党は権力を取るために民主主義の弱いところを突く戦いをした、と私には思えます。古い話になりますが、明治維新のときに尊皇攘夷という考え方がありました。「異国をやっつけろ」という雰囲気に乗っていましたが、そのときに政治に関わっていた人たちは間違いなく「開国は必要だ」と思っていました。つまり、権力を取るための政策と日本に問われた課題とが違うのです。「まず権力を取る」ということで行動するのであれば、負担には触れずにサービスだけを提示する、あるいは官僚など、わかりやすい敵を徹底的に批判することに傾きがちです。そういう方法で権力を取ることが政治の手段として恒常化してしまえば、日本の先行きは非常に厳しいと言わざるを得ません。
2005年の総選挙でも刺客が送られ、わかりやすい争点で選挙が行われました。同じことが、今回も行われた。「政治を変えたい」ということだけが語られて、「では具体的に何を変えるのか」といえば、それは説明されない。それでも風が動いてしまう。この状況を変えるには、やはり政策を判断して政権を選ぶという、強い民主主義をつくっていかないといけない、と今回の選挙で私は感じました。
今回打ち出された政策はほとんどがばら撒きです。確かに、家計に対して直接的に資金を提供することが、完全なる間違いとは言えない場合もあります。ただ、その場合は上位に目的がなければいけません。その目的を語らずにお金だけを渡すのはばら撒きです。でも、サービスには必ず負担があるということをきちんと有権者は考えなければいけません。むしろ、政治は課題解決のために、有権者に対してその負担を堂々と問うなりして、未来を説明しなくてはならない。そういう競争が国会の議論でも始まり、選挙でも問われる。そういう日本の政治に早く変えたいと、私は思います。
重要なのは、課題に向き合っているかどうか
田中: そうですね。メディアも選挙が終わったとたんに「お手並み拝見」という、民主党に対してやや厳しい口調になってきましたが、その中で気になるのが、「マニフェストをどこまで実現できるかお手並み拝見」という論調です。ばら撒き政策をこのまま実行することが重要なのではなく、提案したマニフェストをもとに、政策体系を持ったものにそれをきちんとつくり直していく。その政策を実行した先に何があるのかをいうことを考えてつくり上げることが問われているということですね。
工藤: 私は、今回の選挙戦全てをマイナスにとらえているわけではありません。政権交代は日本の政治の閉塞感を打ち破る点でとても大事なことだとは私自身も思っていました。今までの既得権益を壊したり、これまでの政策を変えるためには、政権を1回リセットすることは必要なのです。
それから、生活が困っている人の視点に立って政治が機能する呼びかけがあったのは正しかったと思います。「政治や政府は生活力や力の弱い人にためにあり、そういう目線で政治を行いたい」という民主党の姿勢には共感も覚えました。ただそれを政治姿勢として示すだけではなく、本当に政治の力で実現するのであれば、単なるスローガンや心構えではなく、政策の体系にしなければいけない。
たとえば雇用のセーフティネットをどう整備するのかとか、最低保障年金をいつまでやるのか、またそれができるまでにはその間をどうするかなど。いろんな面で語られていないことがあります。政治の姿勢はわかりましたが、それらに対して応える責任が、やはり政権党や政党には問われます。
また、マニフェストでばら撒きを掲げたからといって、その通りにばら撒かなかったからおかしい、ということでは話になりません。こうした支出の計画を、目的を明らかにしたうえで、政策体系としてまとめることが政府として必要になると思います。マニフェストは国民との政党の約束ですが、それをこれからどのようにして政府の政策にしていくのかが、今後問われるのです。
田中: そうですね。「マニフェストを実行できるかどうか」という非常に近視眼的な見方はよくない。まさに政策の質をどう高めるのかとか、どう設計するかということを見ていかなければいけないですね。
工藤: その点で今回アンケート結果が非常に重要です。「なるほど」と思ったのは、有権者が政党の限界を感じているということです。つまり、政治が日本の未来を全く国民に説明できていないのは、選挙だからというわけではなくて、日本の政治にそもそも提案力がないということなのではないかと。したがって、自民党や民主党をはじめとする既成政党そのものの存在意義が問われる段階になってきている、と感じているのです。
2つの政党は政権を争いましたが、今回のアンケート結果を見ると、多くの人が2つの政党の限界を感じている。これは日本や日本の政治が本質的に変わる時期に入ったということに他ならないと思います。
私は、そのためのボールは新政権にあるのではなく有権者にあるのだと考えています。日本の政治の改革のドラマは、有権者が日本の未来に対してどのような判断を下すかによって決まるのです。私たちは、そういう覚悟をもって政治を見続けなければいけません。
田中: ただそのためには、我々がどういう視点でものを見ていくかということが重要ですが、最後にいくつかキーワードをお願いします。
工藤: やはり課題にちゃんと向かい合っているかということを私たちは考えています。課題とは、少子高齢化への対応や国際社会での役割などについてきちんとした姿勢を示せるかどうか、きちんとした議論や政策展開ができるかを見なければいけない。それからマニフェストはやはり大事なので、これを政権の政策にしなければいけないのです。ただ、そのプロセスにおいて、私はマニフェストで掲げた通りにやらなければいけないとは思いません。つまり「マニフェストにこういうふうに書いたけど、こういうふうに変えた」「検討の結果、こういうことが重要だということがわかった」ということであれば、国民にそう説明したうえで政策を発展させることはあり得ることなのです。あくまでも課題解決に対してどう向かってくのかということが、今後100日間は大事になります。私たちはそれを見て、100日後から評価の作業に入ります。
田中: なるほど。それは私たちも注意して見ていきます。
工藤: 私たち言論NPOは来年に向けてすぐに評価作業チームを立ち上げ、いろんな勉強会をして、皆さんにもそのプロセスを公開していきます。日本の国民が強くならなければ、日本の政治は変わりませんので、やはり私たち自身が問われていると思っています。これからもそういうふうに政治に向かい合っていこうと思います。
田中: そのような期待は大きいと思いますのでがんばってください。
工藤: ありがとうございます。
(文章は、動画の内容を一部編集したものです。)