「鳩山政権の100日」をどう見るか 聞き手:田中弥生氏 (言論NPO 監事) |
田中: 工藤さん、こんにちは。12月24日は鳩山政権が発足して100日目にあたる日でした。そして昨日25日には来年度の予算案が確定しまいたね。言論NPOではこの100日の鳩山政権をどう見るかということで、有識者を対象にアンケート調査を行い、12の政策分野に関して評価を行って、そして9人の評価委員の先生方の同席のもと記者会見を行ったわけですけれども、今日はこの内容についてお聞きしたいと思います。まずはアンケート結果についてご説明をお願いします。
アンケート結果から何が見えたのか
工藤: このアンケートは一般のメディアで行っている世論調査とは違って、主に企業経営者や専門家・研究者の方々、それからメディアの編集幹部の方々などが回答しています。2000人に送付し、今の時点で324人分の集計が終わっていますが、かなり冷静に、政府と距離を置いて政権の取り組みをきちんと判断できるような方々の回答である、と考えていただいて良いかと思います。今まで安倍、福田、麻生という3政権においても、同様のアンケート調査を行ってきましたが、鳩山政権の100日をどう思うかという質問に対しては「鳩山政権は「当初の期待以下」だという意見がかなり多く、52.5%でした。つまり半数以上が期待以下だと見ているわけです。この期待以下という数字は自民党の3政権よりかなり高いのですが、自民党政権に対しては「そもそも期待していない」という回答が多く、逆に言えば鳩山政権に対しては、当初期待した人は多かったけれども、その期待が急に落ちてしまって、しかも半数以上が今後の政権運営にも「期待できない」と答えているのです。それに伴って支持率も下がり、各政策の評価もかなり低くなっています。特に「首相の資質」など8つの項目で鳩山政権を評価した時に、今までの3政権に比べて特に評価が低いのが「首相の指導力」で5点満点中1.7点でした。これまでは麻生政権の1.6点が最も低い数字でしたが、それに並ぶ水準となっています。ということで、「期待以下」という声が多いのは、首相の指導力のなさと連動しているようにも感じました。
もうひとつの特徴は、民主党と社民党、国民新党という与党3党のマニフェストをこの時点でもう一回判断してもらおうということで設問をつくりました。先の選挙ではマニフェストの内容を読んで投票した人は少なく、だからこの時点でもう一度聞いてみようと思いました。結果は「修正すべき」という声がかなり多く、特に、現政権がどうしても取り組みたいと言っている「高速道路の無料化」などについては「実行すべきでない」あるいは「修正すべきだ」との意見が圧倒的多数です。これは非常に興味深い問題だと思います。詳しい内容はウェブサイトでもご覧になれますが、以上のような点が特徴だと言えますね。
田中: ということは、民主党政権が重要だと思っている政策については、有識者は「優先順位が低い」と考えているということですね。
工藤: そうなんです。つまり高速道路の無料化や農業の戸別所得補償、それから子ども手当などが、何のために行われるものなのかがわからないと。鳩山政権はその目的を十分に国民に説明していないと思います。ただお金を配ると言ってもそこには目的がありはずです。選挙の際に私たちの評価が低かったのはそれが見えなかったからです。目的がきちんと見えていて、そのためにお金を配るということであれば「なるほど」と納得できますが、目的がわからないまま支出計画だけが出ているのであれば、やはり「選挙目当てでばらまいているのではないか」という疑いは消えません。しかも財政状況が非常に厳しい中で、そこに何兆円ものお金を使うことが果たして正しいのか、見直すべきではないかと。おそらくそのような見方が多いのではないかと思います。
鳩山政権100日の評価は「C」
田中: わかりました。次に言論NPOが行なった鳩山政権の100日時点での評価結果について、ポイントを教えていただきたいのですが。まず評価点は高かったのでしょうか、それとも低かったのでしょうか。
工藤: これは低かったと言えます。今回はABCの3段階で評価を出しましたが、総合評価はCでした。この評価は選挙の際に有権者の判断材料のためにやっているので、100日時点では点数を出したくないのですが、それでもCというのは100点満点中40点以下ということになりますから、かなり低かったということです。
それはなぜか。私たちの3つの項目について評価を行っています。まずはマニフェストで言われたことが実行されたか、ということですね。そしてその実行のプロセスはどうだったのかということ。もうひとつは国民に対する説明責任が果たされているのか、ということです。この中で点数が良かったのは、実行の部分で、今は成果を出すという段階には至っていませんが、マニフェストを軸として進めていくということに、鳩山政権は非常にこだわっていますので、そういう姿勢に対する評価も反映され、この実行の項目では半分くらいの点はつけられると。
総合的な評価を下げてしまった要因は、実行プロセスの問題と国民に対する説明不足でした。実行プロセスのところですが、決定はしたものの閣僚間や連立与党間で意見の食い違いが見られ、それを首相はリーダーシップが発揮できませんでした。それだけでなく、「政治主導」ということで、政府が政策を一元化し、内閣主導でやっていくと言っていましたが、予算を見ていても、最後は党の要望によって決断されてしまった。そしてそのときに「党の要望は国民の声だ」ということが言われましたけれども、だとすれば、党の政策決定プロセスをもっとオープンにする必要があります。そういったところで、点数が非常に低くなってしまったということがあります。それから普天間基地の移設問題などを見ていてもそうですが、首相としての意見がブレたり、閣内でいろんな意見が出ることに「最後は自分で決める」と言っても、結局決めることができなかった。個別の取り組みにおいて、それらがどのように進んでいるのかが、国民にとって非常にわかりにくかったのです。説明責任の部分の評価がかなり低かったために、全体の点数も低くなりました。
田中: 実績や成果のところは比較的点数が高かったとおっしゃいましたが、私も評価委員として参加させていただいた身として所感を申し上げますと、実績や成果は2つの要件に分かれていて、いわゆるマニフェスト型の政治を貫いているかということと、政策の中身がきちんとしているかということの2つに着目する必要があります。前者のところでは、確かに鳩山政権はマニフェスト型政治を貫いていたということで、私も高い点数をつけましたが、実際の政策の中身や目標は曖昧であったり、あるいは目標設定が違うのではないか、ということがあり、そこはかなり低い点数をつけました。
工藤: そうですね。マニフェストを具体的に進めた、という形式的な展開に関しては、実際にある程度手続きを踏んで動いているということで点数が高かったのですが、実質的な要件、その中身がどうだったのかという話になると点数が下がるので、その均衡で50点、半分くらいになったということです。しかし、政策実行プロセスというのはそれ以前の問題で、意見がばらばらだったり、党の主張によって政策が変更されたり、首相も決断ができない、国民に説明ができないとなると、この要素について先の「実行」の評価と比べて配点は少ないとはいえ、点数は非常に低くなります。
マニフェストの実行はほぼ不可能になった
田中: ところで、昨日政府の予算案が閣議決定されましたけれども、これをどう見たらいいのかということについて工藤さんのご意見を聞かせてください。
工藤: 民主党のマニフェストは、民主党が国民に提案した、子ども手当や高速道路無料化などいろんなものを含めて16.8兆円がかかる、それを財源として捻出するためにムダを削っていく、というストーリーで構成されていました。だから「今後4年は増税をしない、借金も増やさなくて大丈夫だ」と。もともと、民主党のマニフェストは財源に関する説明が非常にあいまいだったので、前回の選挙の時に行った評価でも、私たちは非常に低い点数をつけたのですが、結果としてその税源の捻出がうまくいかなかったわけです。ムダを削減して財源を生み出すということが上手くいかず、結果として埋蔵金―自民党の時もやっていましたが―それを使ってお金を集める。あとは国債を発行して何とか予算を組んだというのが実態です。
そうなってくると2つの問題が出てきます。ひとつは民主党が掲げたマニフェストを実現できるのかどうか。今回は、今後1年について埋蔵金を使って何とか財源を捻出しましたが、埋蔵金は残念ながらもう底をついており、来年は期待できません。その中で借金を増やさないというのであれば、本来は増税をしてその負担を国民に求めるか、もしくは約束した支出をやめるか、あとは将来世代にツケを回す、つまり国債を発行するしかない。そうなってくると、どちらにしてもマニフェストの変更は避けられません。支出を変えるというのは、約束した支出を変更するということであり、政権としては「今後4年間は増税をしない」と言ってきましたので。
今回の予算を見て、マニフェストに盛り込まれた政策を実行することはほとんど不可能になったと思いました。これは来年度の増税の検討を含めて、7月の参院選に向けてマニフェストを本気で変更していかないといけなくなった。そういう事態になってしまったということは、政権は国民に説明しなければいけないと思います。
田中: なるほど。今の話を聞いて私もかなり危機感を持ったのですが、メディア報道や首相の説明を聞いていても、そこまではっきりとは説明されていなくて、「何とか上手くいきました」という伝え方ですよね。
工藤: そうなんです。昨日の発言を見ていても、予算案は「コンクリートからヒトへ」という理念を貫いたと。それから政治主導の徹底や、予算の編成プロセスの透明化など、かなり良いことをやっていて、約束を一部なくしたことに関してはマニフェストの修正をしていかなければいけないとの程度です。しかし、予算の中身をきちんと見てみると、辛うじて組んだという感じです。今回に関しては税収が大幅に減ったということもありますが、鳩山政権からは、経済を大きく変えていくという戦略がまだ提案されていません。「コンクリートからヒトへ」ということは主張していますけれども、もし本当に景気対策を優先するならば、公共事業を行うという選択肢も考えられます。それをやらずに、ヒトにだけお金を配るというかたちになっていますが、その財源について来年以降はメドがついていないということでなれば、国民は消費を増やすでしょうか。私はむしろ、来年以降は予算編成ではメドがつかないという大変な事態になっていると思っています。そういうことについては、説明していませんね。
田中: かなり注意して見ていかないといけませんね。この国の将来がどうなるのかということについて、大きな不安が残ります。
工藤: それから鳩山政権には、根本的なところに疑問があるのですが、政治が政策を考えるときに、「選挙」という要素が強すぎます。今回の予算を見ていても、「来年の参院選をどう戦えばいいのか」いう思惑が見え隠れします。しかし本来、政策というのは科学なのです。つまり何のための政策なのか、その時代や社会の課題にどう向かい合うのか、そしてどう解決するのか、ということに応えていかない限り、政策とは呼べないのです。そういうしっかりとした政策の体系が、政治のレベルでなかなか出てこないのが非常に気になります。
私たちの先の有識者アンケート調査で注目すべきなのは、日本の今の政治状況を、「二大政党が実現し、今後安定していく」と見ている人が非常に少ないということです。有識者の中ではむしろ「選挙対策でポピュリズムが広がり、政治が混乱していく」と見ている人がかなり多い。既成政党への失望があるのは、日本の政党が党利党略を優先し、未来に向かって競争していないからです
つまり日本の政治を、社会の課題を解決し、未来に対して挑んでいくというかたちに変えなければいけない。そのために、「今回は無理だったのでマニフェストを変える」ではなくて、もっと積極的にマニフェストを変え、国民に信を問うてほしいのです。そうしない限り、約束を軸とした,国民との合意に基づく政治を実現することはできないと思います。
田中: 有権者にも、今度こそはマニフェストの政策を見て政治を判断するということが問われているということですね。ありがとうございました。
(文章は、動画の内容を一部編集したものです。)