市民が当事者として課題解決に向かい合うような流れを作りだす |
田中:工藤さん、明けましておめでとうございます。
工藤:明けましておめでとうございます。
田中:さて、2017年、言論NPOにとってどんな年になるでしょうか。
2017年は、言論NPOの真価が問われる年
工藤:今年は、言論NPOそのものの真価が問われる年だと思っています。言論NPOはまさに15年前、民主主義と自由というものをこの日本に強く機能させるために誕生した組織です。私たちは、市民が強くならなければ日本の民主主義は強くならないと考えています。
ところが、イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙でのトランプ氏の勝利など、世界中で民主主義が揺れ始める出来事が数多く起こり、民主主義や自由というものが壊れかねない状況です。我々が目指してきた自由や民主主義を、どのように考えるのか。まさに我々自身の動きの真価が問われる非常に重要な年になるな、と感じています。
田中:確かにヨーロッパ、アメリカに、民主主義の問題が顕著な形で現れています。日本の民主主義の状態を工藤さんはどうお考えになっていますか。
トランプ現象は、民主主義を考える大きなきっかけに
工藤:アメリカでトランプ現象が話題になったとき、ワシントンでアメリカのジャーナリストと議論しました。彼らが恐れていたのは「自分たちが無力だ」ということでした。つまりトランプ現象を作り出したメディアが、大衆、多くの人たちの反発や怒りという声に何もできない。そう感じたのはエリートといわれる知識層もそうだったわけです。
ここで我々が考えなければいけないのは、課題解決に挑まない民主主義というものが極めて脆弱だということです。多くの国民が、自分の職や将来に対して不安を抱えている。それに対して、政治や、いわゆるエリートと呼ばれている人たちが全く対応できず、市民の怒りに繋がった。
では、日本はどうか。アメリカではよく日本には移民がいないからポピュリズムは起こらないだろうと言っている人がいましたが、私はすでに日本にもポピュリズムはある、と思っています。昨年8月に世論調査を行ったのですが、日本の国民の半数以上が日本の将来に不安を感じていました。そして、政党政治にその課題解決を期待できている人はわずか15.5%しかいません。つまり、将来に不安を感じているものの、国民は課題解決を政治や知識層に期待していないのです。この状況を利用して支持を集めるような政治が出てきたときに、日本でもトランプが現れる、と思います。ひょっとしたら、もういるかもしれない。だから、これは対岸の問題ではない。我々が民主主義というものを大きく考え直す非常に大きなチャンスを得ていると、私は思っています。
昨年の11月に、ドイツのガウク大統領が訪日した時に呼ばれたのですが、その時に私は、大統領に民主主義の未来、をどう思っているのか、と聞いたのです。彼は東ドイツ出身で、秘密警察に管理される社会を知っているのです。彼はこういうのです。個人の自由や人権を排除する社会を望ましい社会だといえるのか。また、他国を攻撃して、国内のナショナリスティックな感情だけに支えられるような政治のシステム、それも我々が望む仕組みなのだろうか。そうではないだろう。確かに、民主主義というものは色んな問題を抱えている。しかし、民主主義は学ぶことができる。今、私たちは民主主義を学んでいるのだと。
私は、彼の話に感動しました。世界で起こっている民主主義の脆弱性、ポピュリズムの問題を、民主主義というものを学ぶ機会だと彼は言うのです。その通りだと、思いました。
田中:工藤さんは「課題解決」という言葉を1つキーワードに挙げていらっしゃると思いますが、具体的に日本における課題はどんなものがありますか。
日本が直面する2025年問題とアジアの平和
工藤:人口減少と高齢化、そして、アジアの平和の2つだと思います。2025年、団塊の世代が後期高齢者である75歳以上になり、2030年には80歳、85歳になってきます。そうすると、多くの高齢者が寝たきりになり、介護や医療を始め、様々な問題が起こってきます。にもかかわらず、その高齢者を支える社会保障のメカニズムがまだ実現できていない。
日本の目指すべきビジョンや姿が、政治の世界から国民に提起されず、中途半端な取り組みしか動いていない。
私たちが選挙のたびに行う、マニフェスト評価の点数がこの数年、かなり低く、点数をつけることのほうが難しくなっているのに、メディアでは話題にしない。多くの人たちが、それ自体に無関心となっている。世界のジャーナリストも、日本はこの極端な高齢化と人口減少への対応に失敗するのではないか、という見方が強まっていると感じます。
田中:世論調査の結果にみられるように、多くの人が将来に不安を持っているにもかかわらず、それをメディアが話題にしない。このギャップはどうして生まれているのでしょうか。
知識層、言論界に問われる「無関心の罪」
工藤:昨年、「帰ってきたヒトラー」という映画をみたのですが、同じ質問がありました。
ヒトラーが現代社会に生まれ、テレビに出演した時に、テレビのキャスターに質問をされた。「あなたは危機だというけれども誰も危機だと思っていませんよ」と。それに対してヒトラーが言うのです。「それはあなたたちテレビが本当のことを社会に伝えていないからだ」と。
そうした状況を多くの知識層は理解しているが、残念なことに無関心を装っている。この状況は改善しないといけない。
田中:無関心を装っているということですが、意識的に、それとも無意識でしょうか。
工藤:多くの人たちは、自分たちがいろいろ真面目な議論をしても、政治がそれを取り上げるわけではない。政治家の問題だと思っている。確かにそういう面はあるが、それは自分が行動しない理由にはなりませn。それよりも多くの人たちが自分の居場所というものを守ることで精一杯になってしまっています。大学の教授で、日本の社会の課題解決のために何人の人が今動いていますか。ほとんどの人が自分の職を守るためだけに働いている。それは大学に限らず、ジャーナリズムの世界も同じです。これが無関心の罪です。
田中:要するに、多くの人たちが自分のことしか、考えていないと。
工藤:しかし、無関心を装うこと自体がこれからは難しくなる。自分の生活の中でも介護や医療や、育児と働くことが、直面する課題になっています。自分の生活でそれに対応できないときに、誰にそれをぶつけることができるのか。課題から逃げることはできないからです。
その不安や怒りを利用する政治家が、支持を集めるのは、こうした状況があり、米国も日本も同じだからです。しかし、不安を利用する政治家が、課題を解決できるわけではない。必要な時間をむしろ浪費してしまい、取り返しのつかない状況になってしまうことがある。それが欧米で指摘されている、ポピュリズムであり、民主主義の危機なのです。
この状況を変えるためには、課題解決の大きな動きを作り上げるしかない。それが、言論NPOの新年のとても大きな課題です。
市民が強くならない限り、日本の民主主義は強くならない
田中:知識層やメディアが他人事として評論家のように、アジェンダについて語っているという姿については、私も同感ですし、それについてはある種の憤りを感じることもあります。ただ、今社会に課題があって、何かしなければいけないと思っている人たちもいるのは確かです。そういった意味で、知識層ではない人たちは、何をしたらいいのでしょうか。
工藤:私たちに問われている、ことはそのことなのです。言論NPOを15年前に立ち上げたときから言っているのですが、市民が強くならない限り日本の民主主義は強く機能しないのです。つまり、市民こそ無関心であってはいけない。自分たちが当事者として、課題というものを考えない限り、この状況を変える動きとならないのです。
政治家に任せていれば、政治家が何かを解決してくれるのではないのです。それを迫らないといけない。主権者は私たちなのです。選挙において、課題解決をする政治家を私たちは見抜かないといけない。でもそれだけでもだめなのです。自分たちも課題というものに関して、どうすれば解決できるのかということを考えないといけない。そうした1歩が大きな力になった時に、日本は大きな変化を迎えるのです。
私たち言論NPOの役割は、そのためにあるのです。本気でやらなければ日本の将来、世界の民主主義は持たない、それぐらい大きな危機感を、新年感じているところです。
田中:まさに、課題を解決するためにはどうしたら良いのかというところまでを視野に入れて議論するということが大事だということですね。では、具体的に2017年、どんな計画をお持ちでしょうか。
2017年、市民が当事者として課題解決に向かい合うような流れを作り出す
工藤:私の挑戦は、この1月、ワシントンから始まります。アメリカ訪問の10日間で、アメリカの多くの人たちと議論をして、民主主義が直面している大きな課題について、私なりに考えてきたいと思います。そして、その流れをもって3月、東京に世界10カ国のシンクタンクの人たちを集めて、世界の民主主義を考える、東京会議を発足させます。
ここで民主主義と自由で私たちが共有すべき課題を議論し、G7に提案しようと考えています。そして、アジアでも民主主義の議論を始めます。
同時に日本の将来に向けて課題解決に向けて、議論のサイクルを回していかないといけない。今起こっている政策課題について多くの人たちの参加を得て議論をして、その流れを政治にぶつけていく。そのフィードバックを市民にしていくという流れを私たちは作り出したいのです。
そして、言論NPOにとってのもう一つの大きな課題は、平和です。中国やロシアなどの大国が地政学的な対立を促進するような状況がある。規範を失った世界が、力のパワーゲームに戻ってしまうという状況ではまずいわけです。アジアでは中国の台頭があり、この地域の平和というものをどう作っていくのかということにまだ答えがありません。この地域の平和を作るために我々はこの12年間、中国や韓国と対話を進めてきましたが、それをさらに加速させるつもりです。平和のための土俵づくりを市民が行い、課題解決の意志を持つ世論をこのアジアの中に広めながら、政府外交というものを動かしていく。
そのためにも、アジアの中でこの地域の平和と協力的な発展、そして課題に関して多くの人たちが議論し合うようなマーケットを作っていくという作業に本格的に取り組まなくてはなりません。
私が、新年は真価が問われる年だと言っているのは、民主主義と平和という、まさに言論NPOが15年前に固めた覚悟が問われていると思うからです。しかも、この流れを次の世代につなげなくてはならない。
その強い一歩を踏み出そうと思っています。
田中:頑張ってください。