私は今、ワシントンのダレス空港にいます。1カ月間にわたる世界との議論を終えて、ようやく日本に帰国する途上にあります。私たちがアメリカに入ったのは5月7日。そして、10日にニューヨークに行き、14日には再びワシントンに戻ってきました。今日18日までの4日間、私たちは50人近い、シンクタンク、財団の代表や国会議員、学者、ジャーナリストと議論を重ねました。
窮地に陥ったトランプ大統領
当初私は、今回の訪米で北朝鮮問題をはじめとする、北東アジアの平和の問題について議論しようと思っていました。実際にその議論もしたのですが、滞在期間中にアメリカは大きく揺れ動きました。コミー連邦捜査局(FBI)長官の解任、そして、トランプ大統領がロシアに機密情報を漏えいしたという疑惑があり、その捜査の中止を大統領が迫っているということが明らかになったわけです。そして昨日には、この問題を調査するための特別検察官が任命される事態となり、連日トップニュースとして報道されています。朝、ホテルのレストランで食事をしていると、客も従業員も皆新聞を読みながら議論をしている。トランプ政権の現状についてものすごい関心が集まっている。ワシントンの街全体が大きく揺れ動いていることを実感しました。
そこで、私は多くの人に質問しました。「トランプ政権は1期4年間持つのか」と。すでにご報告しました「トランプ政権100日の評価」座談会では、参加者4人中「4年間持つ」と答えたのは1人だけでした。しかし、その彼の回答も皮肉なニュアンスが含まれていました。4年間持つかどうかという以前に弾劾される。そして、来年の中間選挙を目前に、共和党の中に何かが起こってくる。議論が起こってくる、という見方がほとんどでした。
共和党の中では、トランプさんよりも副大統領のペンスさんの方が理性的で指導力もあるので、「彼に大統領職を任せたい」という声も増えてきている、という見方もありました。
こうした回答は想定以上のものでした。
これは、株式市場も大きく下げた日のことですが、私はワシントンポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル本社などを訪問し、編集幹部やテレビのコメンティターなど意見交換しましたが、そこでもその話になりました。
「今、関心あるのはトランプが弾劾されるかどうかだ。その動きが今始まろうとしている」「あまりにも判断が間違っている、このままで終わると考えることのほうが難しい」。
また、世論調査会社のピュー・リサーチ・センターとワシントンポストの世論調査部門責任者、メリーランド大学の専門家は、もっと詳細な世論の分析をしていました。トランプ氏には色々な問題がありますが、40%という選挙戦時のコアな支持者はまだそう崩れていない。最近の調査でも、そうした傾向だということが議論になりました。その中にも変化はみられる。来年の中間選挙に向けて、候補者がこうした状況をどう判断するのかを、注目している、というのです。
「トランプ大統領は北朝鮮問題で振り上げた拳をどう下ろすのか。私たちはそこに関心があります」という、私の質問にこうした政治状況も考慮して判断するしかない、というのが多くの声でした。
大統領を追い詰めているのは民主主義の力
この状況の先行きについて、私が断言することはまだ適切ではありませんが、少なくともアメリカの社会の中で、民主主義を舞台にして大統領と彼の適切ではない行動に対する様々な反発が大きな力を持ち始めている、ということを私は実感しました。
そして、そうした議論を、アメリカの有識者と毎日行いながら考えたことがあります。
民主主義というのは、個人の自由を守るための仕組みです。が、私たち市民は間違った選択をすることもあり得る。しかし、間違った選択をした結果を、どういうかたちでチェックアンドバランスし、クールダウンするべきなのか。どういう仕組みが必要で、民主主義の中でどう機能させるべきなのか、と。
アメリカの中では司法や議会が、ジャーナリズムが、そして世論が抵抗力として機能し始めている。ひるがえって日本ではどうだろうか。法の支配や民主主義の建て付けはそういう抵抗をできるのだろうか。そうした抵抗力を日本のジャーナリズムや市民は持っているのだろうか。まさに今、民主主義が問われているというのはそういうことなのではない、のか。私たち市民の行動と同時に、様々な民主主義の建て付け、システムが機能するための努力を帰国後取り組まなくてはならない。そう思いました。
アメリカの中で変容する民主主義に対する意識
私たちは、民主主義の推進に携わる人たちとも対話を重ねました。そこでは、アメリカの社会の中で民主主義に対する深い考察が始まっていることを目の当たりにしました。今までのアメリカは民主主義を上から押し付けていく、世界に対して普及させていく、という上から目線の考えの人たちが圧倒的で、私はそういう姿に違和感を抱いていました。しかし、そうした傾向は確かに今でもあるのですが、そうではなくて自分たちの国も含めた先進国の中で起こっている民主主義の問題についてきちんと考えてみよう、という声が見られました。そして、彼らは言論NPOとの連携に強い期待を持っていました。言論NPOは15年前、日本の民主主義を鍛え直す、言論の責任を果たそうということで誕生した組織ですが、その言論NPOに対して、「一緒に協力して、今世界が直面する民主主義の困難というものを考える舞台を作っていこう」というような提案が色々なところから寄せられたのです。
今年1月に、トランプ政権が動き始めた時にワシントンを訪れましたが、まだアメリカのシンクタンクや、大学にそういう意識は見られませんでした。しかし、今の彼らは、トランプ政権の誕生の中で揺れ動きながら、民主主義を復元させるための手掛かりや行動を求めていました。そうした中で、日本も日本自身の民主主義の姿を問いかけながら、アメリカと、世界と民主主義を守るために協力し合うべきだ、と私は、強く思ったわけです。
アメリカも徐々に北朝鮮に問題意識を持ち始めている
私たちは、今回北朝鮮問題についても議論しました。この問題に関しても、私たちは今回、色々なことを考えさせられました。議論の様子は後日公開しますが、これからこの問題はどのような展開があり得るのか、という私の問いに対する主な答えだけは今、ご紹介します。一つは、制裁の強化と外交アプローチを戦略的に連携させるプロセス。二つ目は軍事行動。三つ目は何もしないこと。そして、四つ目として核保有国として北朝鮮を認めること。驚いたことにその4つの選択肢全てがあり得ることだと認識されていました。軍事行動もあり得るし、北朝鮮を核保有国として認めるということも選択肢である、と。
もっとも、現時点では、アメリカの皆さんの関心はまだ薄いという印象を受けました。遠いアジアの問題であり、どこか他人事に考えているわけです。しかし、実は彼らも、トランプ政権が仮に4年間続くとして、その間に北朝鮮問題で大きな決断を迫られることがある、ということには気づき始めているのです。
ただそうした将来の脅威以上に、トランプ政権そのものから生じた現下の民主主義の問題が彼らの意識の中で大きなウエートを占めているわけです。そこで、私は議論を通じて、民主主義と同時に平和という問題にも一緒に取り組むべきではないかと説明、提案しました。この議論はかなり本気のものとなりました。
そこでわかったのも、彼らは日米関係の強化に強い期待を持ち、言論NPOが今後進めていく日米対話に非常に関心を持っている、ということです。そして、いくつかの団体と準備も含めて協力を検討することとなりました。
4か国歴訪を終えて、決意を新たに
私は今回、初めてアメリカの政治家の大きなパーティーに参加しました。非常に感動しました。アメリカの政治家は有権者に対して責任ある言葉で語っていました。また、アジア太平洋の将来に向けて責任感を持っている政治家が存在していました。そういう人たちと話をし、私たち言論NPOがやりたいことを皆さんに伝えました。
政治と民間との適切な緊張関係と協力関係。課題の解決にとってそれがきわめて大事だということを感じました。日本でもそうした動きを作らなければならない、と私は決意を新たにしているところです。
今回、北京からベルリン、ジャカルタを経て、ニューヨーク、ワシントンをめぐる中、様々な議論をしました。本当に私たちにとって大きな力を得るような、手がかりを与えてくれるような旅でした。色々なヒントや宿題を得ることができました。それら抱えながらこれから日本に戻ります。今回の海外訪問で得たものをどうやってこれからの動きに発展させていくのか、それが課題になっていくと思います。
東京ではまた皆さんに対して色々なかたちで問いかけ、提案をしていきたいと思います。以上、ダレス空港から工藤が、報告させていただきました。