「第8回 東京-北京フォーラム」を振り返って感じたこと 聞き手:田中弥生 (言論NPO理事) ⇒ 動画をみる |
田中:工藤さん、こんにちは。たった今、「第8回 東京-北京フォーラム」が終わったところですが、どうでしたか。
工藤:体力的には疲れたのですが、非常に感動的な対話になったな、と思っています。
田中:今回は、中国から重鎮がお見えになったみたいですが、ご紹介いただけますか。
工藤:今回は曾培炎さんと言って、前の経済担当の副総理や、国務院新聞弁公室の大臣とか、現役の閣僚級の人達を含めて40人位の人達が来日しました。メディアや経済界からも、中国のトップがきました。実は、今、日中関係はあまり良くないので、要人の訪日はほとんどがキャンセルされている状況です。ただ、この対話は毎年やっているということもあるし、非常に多くの人達がきてくれました。
田中:要人だけではなく、若手のメディアの方達もきていたのですよね。
工藤:若い中国のジャーナリストが100人きました。
田中:ですから、200人ぐらいの席があったのですが、ほとんどが埋まっていましたね。では、日本の方は、どのような方々がご参加されたのですか。
工藤:日本からは玄葉外務大臣や福田元総理などを始めとして、細野(豪志)大臣、古川(元久)大臣など閣僚の方は3人来られたし、経済界からは山口日銀副総裁や大手企業のトップなどです。それから、メディアの編集幹部もかなり来ていましたし、各分野の専門家も来ていて、日本側からも50人位の人達が参加したので、合わせて100人ぐらいで2日間にわたって議論を行いました。
今回は、日中関係が非常に悪い中、しかも今年は日中国交正常化40周年ということもあり、僕たちは課題を設定していたわけです。つまり、日中関係が相互理解という点で、ここまで問題になって、両国国民の感情が悪化しているわけです。そうなってくると、日中関係が次に向かうためには、障害を克服するしかない。その障害について議論をしよう、ということを今年の4月ぐらいに北京で彼等と話をしていました。今回は、それに向けた本音の話ができたので、今年は最終的に「東京コンセンサス」という合意を形成することができました。今回のフォーラムの対話としての内容は、非常に満足している状況です。
政府外交から一歩や半歩進んだ議論を行うことこそ、トラック2の外交の役割
田中:少し詳しく伺いたいのですが、ご存知の方も多いと思いますが、具体的にどのような障害についてお話しされたのでしょうか。
工藤:そもそも何をやっているのか、ということなのですが、僕たちは中国だけをやっているNPOではありません。国際政治に横たわる世界的な課題に対して、日本としてきちんと発言していこうと。また、それだけではなく、日本の民主主義も強めよう、ということをやっています。その中で、唯一、隣国の中国という国が大国化する中で、領土問題などもあり色々な形で国民感情が悪化しているわけです。少なくとも、この問題の課題が日中関係の今後だけではなくて、これからの安全保障などでもリスクがある、ということ。このままでは日中関係はマズイのではないか、という問題意識を両国が合意しないと話にならないわけです。もしくは、その問題意識が合意されるのであれば、その問題を解決しようという話に入れるのだけど、今回は、このままでマズイのではないかと。国民感情も悪化しているし、尖閣問題を始めとして色々な形で緊張感もあります。これを放任しておくと、とんでもないことになってしまうかもしれない。それに対して、リスクをきちんと回避しなければいけないし、間違っても変なことにならないようにしないといけない、という点では、日本と中国のパネラーは完全に合意したのですね。
それをベースにして、どう乗り越えて行けばいいのかと。僕たちはトラック2なので、対話で直ぐに答えが出るわけではありません。元々外交は政府間でやらなければいけないのですが、政府があまりよくない状況で、僕たちみたいな民間におけるこのようなトラック2の対話に特別の意味があって、やはり一歩でも半歩でも先をいかなければならない。政府だけに任しておいたら危険な状況になるかもしれません。だから、一歩でも半歩でも先を行って、どうしようかという議論になったわけです。
田中:そうすると、今も尖閣という言葉が出てきましたけど、政府は、領土問題は存在していないと言っていますけど、それはあることを前提にしてある種ガチンコで、日本と中国が議論をしたということですね。
工藤:そうではなくて、領土問題は法律的にも歴史的に見ても、尖閣諸島は日本のものです。その点では、政府が言うように領土問題は存在しません。しかし、中国も同じ事を言っている。主権国家というのは、領土問題では引くことはできず、お互いに自分のものだと言うしかないわけです。しかし、譲れないにしろ、その譲れない中での緊張感が、国民感情が影響され、悪い方向に発展する可能性がある。つまり、この問題を危険な方向にいかないために、何ができるのか、ということが僕たちのアジェンダなのです。僕たちが領土問題を解決するとか、そういうことができるわけではない。しかし、その問題に大きな危険が孕んでいることを、僕たちは日中関係で納得しなければいけないわけです。であれば、暴発的な危機管理、例えば、偶発的な事故が起こり、そこから戦争になったりする場合が多いので、それをきちんと管理する仕組みを政府はつくらないといけないし、この問題を日中やアジアの将来などを含めた長期的な視点の中で、冷静に考えていく。色々なことに一喜一憂することが危ないのです。そういうことに関して、冷静な議論を継続しようということが、かなり話しあわれたわけです。
8年間続けてきて得られた、両国の信頼関係
僕は、今回、ディア対話の前半にはパネリストとして参加し、安全保障の対話は見たのですが、そこで今までにないことを感じました。やはり、安全保障対話でも対立するのですが、日中それぞれから「東京-北京フォーラムは対立のために集まっているわけではなく、問題を乗り越えよう」という声が必ず出てくるのですね。何かこの状況を一歩でも半歩でも進めよう、という努力が両国側にあるわけです。僕は8年前にこの対話をつくったときは、日本企業に石が投げられるなど両国関係はもっと深刻で、デモも頻発していました。あの時も2004年には中国の活動家が尖閣に上陸したり、小泉さんの靖国参拝があるなど、大変な事態になっていたわけです。その時も、政府間の交渉が全て止まった中で、民間側や市民に何ができるのか、ということで僕たちはこの対話のチャンネルを作ったわけです。ただ、その当時の議論は、今の様なものではありませんでした。やはり、建前の議論になっていましたし、中国側は政府の言い分を言うだけだったし、全く対話になりませんでした。しかし、この8年の間に課題を乗り越えよう、という議論が出てくるということは、やはり本気の対話の力は大きいのだなと感じました。つまり、喧嘩してもいいのですが、言い合えるということは、お互いを尊重しない限りそういう対話はできませんし、それが互いの信頼関係をつくるのだと思います。今回、このフォーラムに参加した多くの有識者の間には、そういう信頼関係ができているのだな、ということを火時用に感じました。
田中:そうですね。私も1回目から拝見させていただいていますが、お互いに危機感はあるのですが、打っても返ってこないというか、なかなか溝が埋まらないような会話が続くこともあったのですが、今回は話が噛み合った中で、しかもプラス思考の議論が双方に見られましたよね。
工藤:対立して相手を批判するだけ、という状況ではないですね。そして、会場には溢れんばかりの人達が参加していたわけですが、その人達から適切な意見や質問が出ていました。
メディア対話では2つのことを言いました。今、尖閣問題を含めて、日本は84%の人が中国に良くない印象を持っているわけで、日本の方がかりかりしているわけです。一方で、中国の世論調査を見ていると、中国の教科書が問題じゃないかとか、中国のナショナリズムが日中関係を考える上で、非常にマズイのではないかとか、中国の自国の問題を批判しているような論調が、結構出ているわけです。でも、日本は相手を批判するだけの状況にある。
一方で、中国が経済的にも成長して大国化し、軍事的にはかなり不透明な形で動いている。それに対しては、中国の説明責任は問われるのではないか、ということが安全保障の対話でもありました。その中で、やはり何とか解消していかなければいけない、という感じがあるし、僕たちの議論がなければ、会場からそういう質問が出てくるわけです。今言ったように、日本はなぜ1つの方向だけでかりかりするのか、と中国から質問されたし、逆に中国も自分達の内政を振り返るような論調がなぜ出てきたのか、というように色々な議論が出ていました。また、安全保障対話を見ていたら、あなたたちは本当に戦争を起こしていいと思っているのか、みたいな突っ込んだ議論がありました。
安全保障対話はインターネット中継をしましたので、今でも見る事ができますし、他の対話については、これから随時録画をどんどん出していきますので、ぜひ見て欲しいと思います。やはり、今回は内容や質を含めて、日中間において他には存在していない、と言えるぐらい貴重な議論が行われたな、という感じです。
田中:ある意味、議論のマナーという意味でも、非常に大人になったというか、お互いに成熟してきたな、という感じがしますね。
工藤:問題意識というか、課題を共有しているからですよ。つまり、このままだとマズイよね、という感じを持ってきて、その上で、お互いに議論をしているという状況が重要なのですね。
僕は、アメリカを始めとする海外のチャネルがあって、その中で議論をするけど、大体同じルールでやっています。日中間でそういう対話をすることは難しいのではないか、と思っている人は沢山いると思います。しかし、日中でも始めは駄目だったけど、8年間継続していると、そういう対話ができるのですね。
田中:そうですね。非常に大人の、成熟したクオリティの高い議論だったと思います。
工藤:色々な問題で違いは沢山あるけどね。
外交においても、当事者意識を持ち自分で考えてみることこそ重要
田中:でも、8年前から比べると、非常に距離も近くなってきた気がしました。
2つお聞きしたいのですが、今後の「東京-北京フォーラム」のプランと、この動画を見ている人達に対して、日中問題についてこれから注意していった方がいいこと、あるいは考えていった方がいいことについて、ヒントを頂ければと思います。
工藤:今回、ボランティアやインターンの人達が50人位いて、さっき食事をしたときに同じような話をしたのですが、外交や政治という問題は、政府や外務省に全て任せればいいわけではありません。今回みたいに、「世論」ということについては、何もできないわけです。確かに、日本の政治が分裂したりとかではなくて、外交に関してきちんとした主張をしていくとか、そういう事があれば、まだちゃんとした議論ができるかもしれないけど、今は、今は、全くできない状況です。仮に、政治が機能したとしても、例えば両国関係が悪化すれば、政府間の交渉は止まってしまう。メディアは互いに批判するだけで感情の悪化が進み、過熱してしまう。そして、経済界はビジネスチャンスを壊したくないために沈黙してしまう。そういう状況は誰が改善するのかと。今のままだと、どんどん過熱してしまって、最終的な暴動というところまで行ってしまうのではないか。そこに、政府とか色々な組織とは違う、個人とか市民とか...中国と市民の対話ということに、違和感を覚える人もいると思うけど、しかし、やはり当事者としてこの問題をどう考えればいいか、という個人の層がない限り、この対話は成立しないわけですね。僕たちも政府に頼まれてやっているわけではありません。中国側も政府とは違う意見を言うわけです。すると、僕たちの議論を見ながら、外交であろうが、日本の将来であろうが、政治であろうが、自分達もその一員として考えなければいけないのだ、と。特に、大国化していく中国の隣にいるという状況になると、目をつぶって誰かに任せるという状況では、非常に危ないわけです。僕たちもまだまだかもしれないけど、この問題について議論をしよう、解決しようという意志を持っています。つまり、そういう風な見方で、政治や外交などについて考えて欲しい。
次にあるのは、そういうことを僕たちみたいなNPOがやるということの意味なのですね。つまり、外交なり、公共的なゾーンに対して、政府ではなくて僕たちみたいな場の方が機能するわけです。逆に言えば、政府では何となく動けないような状況の中に、僕たちは無理をしてでも一歩進めることができる。そこに関して、今日も中国の趙啓正さんが「この対話は公共外交だ」と言っていました。つまり、中国という国は、政府協議と民間交流しかわからない体制だったのが、その間に「公共」という概念が入ってきたわけです。民間のチャネルなのだけど、そこに政治家や政府関係者、ジャーナリストもみんな入って議論する。しかもそれが、両国の課題に対してきちんと答える、という新しいジャンルが日中間には存在していて、それが公共外交だと。この僕たちの対話は、その公共外交の1つなのですね。しかも、かなり影響力のある公共外交を8年間でつくり上げたと。やはり、こういう風な形で時代は動くのだ、ということを考えて欲しいわけですね。つまり、僕たちは当事者であり、中国が嫌でも隣の国なわけです。「ひょっこりひょうたん島」みたいに、明日はアメリカに行く、というわけにはいかないわけだから、自分達の今の状況を冷静になって考え、最悪な状況を起こさないために、そういうことを考えていくしかない、と僕は思います。
田中:やはり、個人個人の当事者意識ですね。
工藤:そうですね。ただ、それで全ての答えが出せるかはわからないけど、その努力はするべきだと。そうしていかないと、他国との交流においても、単なる交流ではなくて、本当の意味での相互理解は進まないだろうと思っています。
今、尖閣問題を議論するということも凄く大変なことでした。しかし、それを中国と議論した以上、この問題が暴発しないような形で対話を継続するべきだと思っています。今回、それを「東京コンセンサス」の中に入れて中国に提案し、7月2日の深夜までかかりましたけど、何とか合意できました。やはり、これを継続的にやっていく。来年は北京でこのフォーラムをやるけど、その間も継続的に議論をしていって、僕たち日本側の主張をどんどん中国に伝えるし、変な形にならないように、日中間でとことん話をしてみたいと思います。
田中:楽しみにしています。がんばってください。