言論NPOは10日、今度の総選挙での各党の政権公約、いわゆるマニフェスト評価の結果を公表した。
その詳細な内容に関しては、言論NPOのウェブサイトを見ていただくことにして、今回、ここでお伝えしたいのは、言論NPOは政党の公約の評価をどのように行っているのか、ということである。
私たちがマニフェストの評価に取り組むのは2001年の小泉政権下の総選挙から始まり今回で5回目となる。評価は8つの評価基準に基づいて毎回行われており、各分野の専門家など約40名の方に加わっていただき、最終的には「マニフェスト評価書」として提起している。
今回は新しい政党の合併や公約自体の提起が遅かったため、私たちの作業も公示後にずれ込んだが、徹夜作業を繰り返し、なんとか評価を130ページの評価書にまとめることができた。
財源を書いている公約は全体のわずか2%
私たちが政党の公約やその実行の評価に取り組むのは、国民に向かい合う有権者主体の政治を作りたいからである。
マニフェストはその重要な道具である。その品質が前政権で悪かったためマニフェスト自体の信頼が崩れたが、有権者主体の政治そのものを否定されたとは、私は考えていない。であるならば、道具の品質を上げることを有権者が政党に迫るしかない。評価はそのための判断材料の1つなのである。
私たちは評価結果だけではなく、その作業過程の議論やインタビューなども全てウェブサイトで公開している。ただ、公約の評価をどのように行っているのかについては、これまでまとまって説明したことはなかったように思う。
今回はそれを少し説明させていただくことで、皆さんが投票先を選ぶ際の何らかの手がかりになればと思っている。
今回、私たちが行ったのは、全12党の公約集の"マニフェス度"を測る「基礎評価」と主要5党の11の政策分野の各党の公約を8つの評価基準で評価する、「マニフェスト評価」の2つである。
私たちが今回初めて「基礎評価」を導入したのは政党のマニフェスト自体が形骸化し、国民との約束と呼べるものではなくなっているからである。
テレビの政見放送を見ると党首や候補者が「約束」という言葉を連発するが、率直に言えばそれはほとんどが嘘である。公約集に書かれている曖昧な文言を、誰も読んでいないことを前提に、約束と言っているだけだからである。
例えば、12党の公約数は合計で1957あるが、達成目標や、達成時期、さらに財源の3つが最低その公約に書かれていないと、有権者はそれが実現できたかどうか、後から判定することは不可能である。しかし、全ての公約集を見てもその2つが揃う公約さえほとんどなく、わずかに1つだけ書いている公約が198(10.1%)あるだけである。さらに言えば、財源を書いている公約は全体の約2%で、5党が達成期限を公約に全く書いていない。
つまり、大多数の公約は政党の自己主張やアイデア、取り組む課題のタイトルであり、それらが羅列しているだけである。
公約評価の前に、公約集や公約の作り方を吟味
私たちの評価作業ではその行間を読み込んで、その政策の何が曖昧なのかなどを評価基準に沿って探ることになるが、有権者が判断もできない公約を政権公約と言えるのか、という本質的な疑問がある。
そこで今回は、政党の公約の評価にそのまま入らず、その前に公約集や公約の作り方を吟味し、そこに政権を目指す政党として国民に向かい合う姿勢があるのか、を判定することにした。それが、基礎評価である。ただチェックは有権者が誰でも簡単にできるものでなくてはならない。公約集や公約の書き方を外形的に判断する、6つの基準を導入することにしたのはそのためである。
その基準は以下の6項目で構成されている。
まず公約集の表紙に「国民との約束」や「マニフェスト」という記載があるかどうか。「党首の顔」を中心とした表紙になっているか、また公約集は電話帳のように公約が羅列されるのではなく、重点課題に絞られているか。しかも絞られた公約が日本の直面する課題に見合っているか。また増税など負担の公約も正直に書いてあるか、の5項目である。
これは順に言えば公約集の約束度、党のまとまり度、絞り込み度、誠実度、正直度を見るためのものである。意外に単純で驚いた人もいると思う。が、その1つひとつはこれまで10年近くの評価経験から私たちが得た、重要な項目なのである。
「党首の顔」は、党のガバナンスを測る極めて単純な物差しである。表紙に写真がなかったり、2人の顔があるような表紙は党のガバナンスが固まっていない、と疑って間違いない。日本が直面する課題は、言論NPOが9月に行った2000人の有識者アンケートを参考に判断している。選挙の際に政治が国民に示すべき課題としてほとんどの有識者が選んだのは、原発・エネルギー、経済成長、社会保障、財政再建、外交・安全保障、そして一票の格差などの政治分野の改革である。
さらに「正直度」は消費増税をしっかりと書いているかを見ている。
私はこの増税は実施の時期の議論はあっても争点にすることはおかしいと考えている。高齢化が驚くべき速さで進む中で、毎年1兆円以上、社会保障の関係費は増加しており、国の債務も発散的に累増している。
この認識があるなら、負担や給付減を触れない政治家は間違いなく正直ではない。消費税の増税が嫌なら他の負担に言及すべきで、前の政権が失敗したように、どこかに埋蔵金や無駄があるという聞こえがいい説明に、もう騙されてはいけないのである。
この5つの項目を私たちは表紙の項目の配点を満点3点、その他を満点2点として計12点の半数の6点を取れたところをひとまず"合格"としている。
横柄な態度を取る政党の公約に限って生煮えで、党内の合意すらえられない
しかし、これだけでは公約集が国民の約束になるとは言えない。そこで、この6点以上を得た政党の公約をさらにチェックして、最低でも目標や期限、財源の1つでも書かれている公約が全公約の10%を上回っていることころを、基礎評価の"合格政党"としたのである。
その詳細は別途示させていただいたが、この6つの項目をクリアできたのが、民主党と自民党、公明党、日本未来の4党である。
この4党ともぎりぎりの合格であり、もし先の測定可能な公約の比率の10%を引き上げると、該当する政党はいなくなる。本来、国民との約束というのなら、30%程度が最低だと私は判断している。しかし、残念ながらそうした政党はこの国に存在していない。
日本の政党の公約がここまで曖昧になったのはいくつか理由がある。民主党の政権のマニフェスト失敗の反動があるのは事実である。しかし、政党はそれを言い訳にして公約の内容の無さを曖昧にしているだけである。ある党首は、「できることしか書かない」と言い、「有権者になぜそこまで説明しなくてはならないのか」と開き直る党の代表もいる。
公約はできることを書くのではなく、やるべきことを書くのであり、有権者に説明をしない人間は、有権者の代表となる資格はない。そういう有権者に横柄な態度を取る政党に限って、その公約を見ると、そのほとんどは生煮えで、党内の合意すら得られないでいる。
政党は日本が直面する課題に向かい合い始め、そうした公約も多くなったが、こうした不誠実な態度が続く限り、政党政治が信頼を取り戻すことは不可能だろう。こうした政治を有権者主体に変えていくためにも、曖昧なままのマニフェストを認めるわけにはいかないのである。
シングルイシューで勝負する政党に対する考え方
評価の説明に入る前に2つ説明しておきたいことがある。
マニフェスト評価とは政権公約であり、政権を競うための公約を評価することが目的である。しかし、政党には別の考えも存在する。例えば政権を競うことは無理だが、政権党が暴走しないように抵抗勢力として存在する、あるいはシングルイッシューで勝負する政党もあり得る。私自身は多様な民意の代表としての政党の役割があってもいいと考えている。
だが、こうした政党も全て課題解決のプランの妥当性が問われるとなると、点数は極めて低くなり、その党の存在を否定してしまう可能性もある。ただ実質的には全ての政党が政権を目指しておらず、点数の違いはそういう事情も考慮して判断していただけたらと思う。
もうひとつは、評価団体自体のガバナンスの問題である。選挙とは有権者が自分たちの代表となる政党や政治家を選ぶことであり、その際に政党のマニフェストを判断して有権者は投票し、次の選挙ではその実績に対する評価を投票という形で行うことになる。こうした民主主義のサイクルが回ることが、私たちが希望することである。
そのため評価もそのサイクルに合わせて行うことが必要となる。言論NPOの評価は選挙時の公約の評価にとどまらず、政権を取った政党の政策実行の評価を国民との約束の観点から定期的に行っており、評価の検証も行っている。
しかし、選挙時には様々な団体が評価を行うが、残念ながら自分たちの評価が結果的にどうだったのか、実績結果を報告する団体は皆無である。前回の民主党政権時に高い評価を出した団体がその後、政権の役職や業務に加わるなどの例があったが、評価する団体は中立でなくてはならず、特定の利害に関係したり、その政権に協力するなんてことはあってはならない。
自分のことを言うのは少し気恥ずかしいが、言論NPOの活動は中立で特定の利害から独立しており、その外部評価の結果をウェブサイトでも毎年、公開している。評価団体の信頼も確立しなければ、民主主義のサイクルも実現しないのである。
基礎評価をクリアした4党+「維新」を評価
今回、私たちがマニフェスト評価を行ったのは、先の基礎評価を一応リアした4党と、日本維新の会の5党である。
日本維新の会の公約はこの基礎評価をクリアできず、国民との約束とはいえないものではあるが、党首の個性などで高い支持率を得ていたことから、有権者の参考として評価を行うことにした。
評価は11の政策分野ごとに8つの評価項目で行い、その平均を5党の総合点として公表している。
では、どうやってこの評価を行うのか。それを一言で説明するのは難しいが、私たちは04年の総選挙で初めて評価をやった時以来、同じ評価基準に基づいて評価を行っている。これは2つの要件で構成されている。
1つは、公約を約束としての整っているかを判断する形式的な要件である。これは先の基礎評価にも一部関係するが、評価項目はさらに詳細となる。例えば評価項目は、その課題に取り組む理念や目的、明確な目標設定、達成時期と財源の裏づけ、そして目標実現までの工程や政策手段が説明されているかである。これは1つひとつの公約を読みながら採点していく。そのすべてが満たされた場合40点となる。
そして2つ目は、その公約の中身を実質的に評価するもので、その公約が課題解決のプランとして適切か、また課題解決に向けた実行する体制や党のガバナンスが整っているのか、などが判断される。配点は60点である。
マニフェスト評価で重要なのは各分野の「評価の視点」
今回、主要5政党の公約のマニフェスト評価は最高点でも100点満点で39点と40点を下回っており、一般的には合格といえる水準ではない。その最も大きな理由の1つは、公約の約束としての形式的な項目がこれまでになく曖昧になっていることだ。
これは09年の総選挙と10年の参議院選挙の際の私たちの評価と比べると一目瞭然である。民主党と自民党の形式要件の合計の平均点は40点満点で09年が30点、そして10年が20点、そして今回は約16.3点にまで下がっている。
私たちが今回の公約で唯一プラスに評価できるものがあるとしたら、多くの政党が公約の中身を日本の課題に合わせ始めたことだ。だが、その答えを国民に十分に提起しているわけではない。
その差が実質的な要件での採点の差につながっている。この評価は評価委員らの主観が入りこむために、複数の委員に点数を出していただき、議論などを踏まえて最終的にそれを一本化している。その際に評価委員が議論の前提にするのが、各政策項目の「評価の視点」である。
この「視点」は、この分野の課題解決で政治は何を国民に示さなくてはならないのか、を明らかにしており、この視点を元に、評価委員が公約の妥当性を判断している。
例えば、社会保障の項目には、「高齢化と家族形態、就業形態など社会保障制度を取り巻く諸環境の変化を的確に捉え、必要に応じ、制度の再構築を目指しているか。その再構築プランは、財源の裏づけ、実現に向けた工程の両面からみても妥当性があるか。さらに、医師不足や偏在に対して政治は具体的にどう対応すべきか、も課題となる」と書いてある。
こうした「視点」は、事前に言論NPOが行う、有識者2000人へのアンケートや政策当事者のヒアリングなども踏まえて形成し、評価委員がまとめている。
その全てをここでは紹介できないが、この「視点」を定めることが、この評価では決定的に重要な作業になっている。言論NPOの選挙専門サイト「未来選択2012」ではその視点や評価結果を全て公開しているので、そこを参考にしていただけたらと思う。
この国を本質的に変えるのは有権者の覚悟
さて、私たちの評価の仕方はこれである程度は、説明させていただけたと思う。皆さんも公約を手にして、その中身を考えてみれば、いろんなことに気が付くことになるだろう。少なくてもテレビの政見放送での政治家の発言に騙されることはなくなるに違いない。
もちろん、私たちの評価だけが全てだとは考えておらず、評価の世界にも当然、競争は必要である。しかし、それ以上に大事なのは、有権者がこうして政党の公約を厳しくチェックすることなのである。
私たちはこの9月から「有権者は政治家に白紙委任をしてはいけない」というメッセージに賛同を求めるキャンペーンをウェブ上で行っている。私たち有権者がそうした覚悟を決めれば、間違いなくこの国を本質的に変ることができるだろう。
今回の選挙こそ、その第一歩にしなくてはならないのである。
本原稿は、下記ダイヤモンドオンラインでも公開されています。
http://diamond.jp/articles/-/29412